佐藤茜のよもやまばなし

エピソードの総文字数=4,155文字


「佐藤さんの居る現実とこの世界の間にある最も大きな違いは、睡眠という習慣がない点でしょう。
 この世界の住人は、基本的に眠りません。とは言え、休むという考えがないという意味ではなく。昼夜問わず動き続けているという感じでしょうか。
 だから、ベッドと呼ばれる道具がこの世界にはありません。
 また、佐藤さんのようにすぐに帰ることを希望する方がいらっしゃる一方で、帰ることを拒否するような方もいらっしゃいます。そして、先ほども言いましたが、来訪者が最初に持っている金額は予め決まっています。
 したがって、そういった選択をした人の中から、金銭を盗る目的で犯罪を起こす方が出てくるため、それ以前と比較すれば、犯罪率は多少高くなっているようです。
 それから――」
 彼女はそこで一度言葉を切って、こちらの様子を伺うような視線を向けてきた。
 意図がわからないこちらとしては、なんとも反応できない類の態度だったのだけれど。とりあえずは小さく笑っておくことにする。
 すると、彼女はふっと笑ってから言葉を続けた。
「――そうですね、佐藤さんになら言ってもよさそうです。
 来訪者の方にはこの世界にいる間にだけ使える能力が発現します。例外はありません」
「……最後のほうで、また大きいのをぶっこんでくるね、ナビくん」
 そう呟くようにその言葉を口にした後で、口から漏れた発言の内容にはっとして、思わず口元をおさえてしまった。
 大人しく話を聞いていたところに、突然驚くような内容が飛び込んできたものだから、つい彼女のことをそう呼んでしまったわけだが。
 彼女には彼女の名前があるはずだし、名前がわからないからといって仕事の名前からあだ名を作るような真似事は普通であれば好まれる行為じゃないだろう。
 ……しかも、よりによって初対面の相手に、だ。
 何を間抜けなことをしているんだ私は、この人に見捨てられたら終わりなんだぞ!? ――なんて、内心で自分の馬鹿さ加減に呆れ果てて頭を抱えるような気分を味わいつつ、どう切り抜けようかと考えていたのだけれど。
「……ナビくん、とは私のことですか?」
 彼女はと言うと、特に気分を害した様子もなく、不思議そうに小首を傾げながら確認するようにそう問いかけてくるだけだった。
 拍子抜けしたと言うべきか、何事もなくて助かったと言うべきか。この場合はどちらだろうなと考えながら、問われた内容には素直に答えることにした。
「……ああ、うん。そうだ。君が自分のことをナビゲーターだと言っていたから、名前も知らないし、ついそう呼んでしまったんだよ。
 もしも不快な気持ちにさせたなら、謝る。申し訳ない」
 しかし彼女は笑えを浮かべながら首を横に振った後で言う。
「いえ、問題ありませんよ。差し支えなければ、私のことは今後、そのように呼んでください」
 その笑みに、これまでとは違う――どこかはしゃぐような雰囲気が滲み出ていた気がしたのだけれど。
 それが感じられたのは本当に一瞬のことで。
 彼女はすぐに表情を戻すと、話を続けた。
「それで先ほどの話の続きですが。
 佐藤さんに発現した能力の名前は"罠創造"だそうです。
 ……もっとも、私にわかるのは名前までなのですが」
 彼女が申し訳なさそうに眉尻を下げた表情を浮かべたので、私は小さく笑って言う。
「気にする必要はないさ。確かに名前だけ判っても仕方ないが、構わないよ。使うつもりもないしね」
 そして、世間話でも振るように言葉を続ける。
「しかしそんな能力があるとなると――それを基にした犯罪か、あるいはヒーローごっこでも流行っていそうな気はするけれど」
 ただ、その言葉は本心からのものでもあった。
 なにせ、彼女は先ほどこう言ったのだ。
 来訪者には必ず何かしらの能力が備わるのだと。また、来訪者の中には金に困って犯罪に走る者も居るのだ、とも。
 ……そうであるのなら、犯罪率が上がるとかって話も納得しやすい。
 なぜなら、人間は低きに流れるものだからだ。
 窮状において頼れるものがあるのならば、それがたとえ藁であろうとも縋るのだから、便利な能力が発現すればそれに頼って悪行を為す人間も出るだろうし。
 同時に、そんな状況において、もしもその話を夢や意気に溢れた子どもがこの場所で聞いてしまったのならば、特別な能力と異なる世界という状況も合わさって何かをし始めるだろうことは想像に難くない。
 それだけの話である。
 とは言え、私の想像はそう外れたものでもなかったようで。
「……実際、噂程度であれば、そういう話もありますね」
 彼女は少し思案するような間を置いた後で、そんな言葉を口にした。
 話の流れを遮る理由はないので、話が続くようにと、合いの手を入れる。
「それはどんな噂なのかな?」
「……この世界は、佐藤さんの暮らす現実世界に住む人たちの想像力を基にできていると言われています。
 最近、その想像力が欠如しているとかで、建物の崩壊や住民の早死にが相次いでいるんだそうです。実際に関連性がわかったわけではないそうですけどね。
 しかし、それを理由に、現実世界と交流を持とうという人間が出始めているという噂が広がりつつあります」
 交流、という単語を聞いて、思わす笑ってしまった。
 彼女が怪訝そうな表情で見つめてきたので、笑みを維持したまま口を開く。
「いや単に、その交流というのが侵攻でなければいいんだけどね、と思っただけだよ。
 夢の世界に居る人々が、夢を忘れた現代社会の人間にそれを与えに来る――字面だけを見ればそう悪くないように見えるとは思わないか?」
 私の言葉を聞いて、どう反応したものやらと、彼女は困ったように笑うだけだった。
 どうやら、彼女からの共感は得られなかったようだが。そうなる気持ちも、わからなくはない。
 ……あまり良い方向に話は転ばないだろうことが明らかだからな。
 そう考えてから吐息を吐いて笑みを消し、言葉を続ける。
「とりあえず、今の話を聞いて気になることが増えたんだけど。聞いてもいいかな?」
「何でしょう」
「ひとつめは、世界間の移動が意図的に可能なのかという点だ。
 私がここに来たのは本当に偶然の産物なんだろうと思っているのだけど。交流を持とうと動く人間が居るなら、その方法があるということだろう?」
「……確かに、佐藤さんの意見は理に適っているとは思うのですが。
 申し訳ありません。私には、わかりません」
「気にしないでいいよ。じゃあ次の質問をしよう。
 ……ただ、この質問は、もしかしたらナビくんの気を悪くさせてしまうかもしれないけれど」
「気にせずに、仰ってください」
「……では、遠慮なく。
 さっきの話には、現実社会の想像力欠如により住民の早死にが出るという内容があったけれど。そもそも、この世界の住人はどうやったら死ぬんだ?」
「……それは、どういう意図での質問なのでしょうか?」
「大変申し訳ないとは思うのだけど、これは単純な好奇心から来る質問だよ。
 夢の世界で人が死ぬ、というのは私にはなかなか想像できないことでね。あとは異世界に生きる人間の生態を知りたいという、純粋な興味だ」
 彼女はこちらの言葉を聞いて、かなり驚いたような様子を見せたけれど。特にこちらを咎めるような気配はなく、少し考えるような間を置いてから口を開いた。
「ニュアンスが伝わるかどうかはわかりませんが。あえて言葉にするのなら――自分のこれから先を想像できなくなったら、または、もう十分生きたと思えたら、のどちらかです」
「病気や怪我、あとは……他人からの殺傷は原因にはならないのかな?」
「この世界のおいて、怪我は割りとすぐに治るものです。本人の意識次第になりますが。
 また、この世界には痛みというものがありません。ですので、大怪我をしたところで、その場で完治する、ということも十分にあります」
 なるほど、それはまさに夢の世界にふさわしい状態だ。
 そう思ってから、ふと疑問に思ったことを追加で聞いてみる。
「それは、私にも適用されるのかな?」
「ええ、それは勿論」
「そうか。ふむ」
 疑問を覚えていた内容については情報を引き出せたので、そんな風に頷いてから、私は彼女から視線を外し、黙って顎に手を当てた。
 得られた情報の整理と、他に何か確認しておかなければならないことはないかを考えるために、思考を切り替えたかったからだ。
 そのまま黙って思索に耽っていると、
「佐藤さん?」
 不意に、彼女が私の名前を呼んだ。
「……うん? 何かな」
 彼女の声を聞いて、思索を中断してから視線を彼女に向けると、彼女は少し慌てたように手をぱたぱたと振りながら言う。
「ああ、いえ、その……随分と長い間黙っていらっしゃったので。どうされたのかと」
 そして彼女の口から出てきた疑問は、もっとも過ぎて、言い訳の言いつくろいようもないものだった。
 そりゃあ、いきなり会話をしていた相手が黙り込めば、対応に困ろうというものだ。私だってそうだ。いや、誰だってそうだろう。
 ……悪い癖だなぁ。
 そう思いながら内心で溜め息を吐き、彼女と視線を合わせてから口を開く。
「いや、申し訳ない。思いついた疑問に答えてもらえたものだから、他に何か聞いておかなければならないことはないか、それを考えていたんだよ」
 彼女は私の言葉を受けて、本当に意外な言葉を聞いたと感じただろうことがわかる表情を浮かべてから言う。
「……そんなに気になりますか? この世界のことが」
 彼女の口から出てきた言葉に、私はすぐに頷いた。
 当然じゃないか。だって――
「――初めて訪れる場所なんだ。何が起こるかわからないんだし、知っておくべきことは多いだろう」
 私が思ったところを素直に口にすると、
「……少なくとも、今まで担当した方で、佐藤さんほどこの世界の仕組みなどを気にかけている方はいませんでしたよ」
 彼女はどう反応すればいいのかわからないような、何とも言いがたい表情を浮かべてそう言うのだった。

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