ペイガニズムの倫理と資本主義の精神 ――浪人ですが東インド会社に就職しました――

5-2. 教訓はたいていやらかした後に思い出す

エピソードの総文字数=4,478文字

 頭があって、腕があって、脚がある。

 それは確かに、人の形を成している――あくまで大まかには(・・・・・)、であるが。
「巨人……ッ!」
 だからル=ウの言葉も、あながち間違いではない。この地域に伝わるアガマの神話には、無数の巨人族の伝承が語られている。

Membunuh(まんぬぶ)mengalahkan(まがらかん)mengalahkan(まがらかん)menghilangkannya(まぐふらかにや)membunuh(まんぬぶ)……」

 轟くような低音で、呪詛とも歌ともつかない言葉を吐く巨人。その黒緑色の身体は鱗に覆われていて、身体の横からは甲殻類のように体節のある鋏と脚が突き出している。背筋の丸まった身体に乗った頭は、体高の四分の一を占めるほどに巨大だった。

「――Sajaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!!」

 鮟鱇(アンコウ)のようにだらしなく開いた口から、咆哮の声が轟く。
 
 魚と海老と人間とをでたらめに混ぜたような巨人が、群れを為して(・・・・・・)メリメント号を囲んでいた。


     * * *
 

「フォア回せ! 総展帆! 各砲門、応射! どんどんぶっ放すのである!」

 艦長(リチャードソン)の号令が響き、メリメント号の十四門の砲がそれぞれに火を噴く。メリメント号を囲んだ海賊たちの船は、殆どが小型の砲艇(ガンボート)だ。要するに、大砲を一門だけ乗せた小船の群れである。
「艦尾に被弾だ! 艦長(リチャードソン)!」
「合点である、お嬢! 船匠班、応急処置急げ!」
 海賊の砲艇(ガンボート)は数が多い――沈めても沈めても次から次の数を増やして襲い掛かってくる。メリメント号の砲数は十四門。敵は砲に倍する数で追い込んでくる。いくら一撃で沈むような小船とはいえ、こう囲まれては被弾も重なってくる。
「艦尾下甲板、浸水止まりました! 航行に支障ありません!」
 ついさっきまで艦尾の修理に参加していた伊織介が報告を上げた。

 数百隻もの海賊船に囲まれ、数十、数百発もの砲弾を撃ち込まれて――メリメント号はそれでも尚、健在だった。
 小型ガレオンとはいえ、数百トン級の全装式帆船(フルリグド・シップ)というものはそう簡単には沈まない。だから当然、敵も接舷斬り込み(ボーディング)を狙ってくる。

「イオリ、お前は甲板の守りに入れ! 賊どもが斬り込んでくるぞ!」
「もうやってます!」
 ル=ウの指示に応えながら、伊織介は手に持った船槍で船縁にかけられた鉤爪(フック)を叩き落とした。鉤爪(フック)から伸びる(ロープ)を登っていた海賊の一人が、雄叫びを上げて海に落下する。
 海賊たちは、砲艇(ガンボート)の射撃を頼みに手漕ぎの短艇(カッター)を忍び寄らせていた。複雑な紋様の刺青(タトゥー)で飾られた半裸の男たちが、蛇行剣(クリス)を片手にメリメント号に攀じ登ってくる。

「こいつら、いったい何人いるのさ」
「切った張ったでなければ、嬉しいくらいにはいっぱいですわね」
 リズが連続射撃で短艇(カッター)の漕手を打ち倒し、甲板に上がってきた海賊をフランが殴り落とす。

 無限とも思える数の敵に囲まれて尚、メリメント号には希望があった。
「海賊風情が何するものぞ、我々には魔女がついているのである! 総員、気張るのであるぞおっ!」
 艦長(リチャードソン)の喝に、乗組員たちは歓声で応えた。

 ――いける。生き残れる。この苦難も、突破してみせる。
 誰もがそう思った、筈だった(・・・・)

「せいっ!」
 伊織介が、甲板に乗り込もうとした海賊に向かって真っ直ぐに槍を突き出した。
 槍先は腹部を深々と捉え、そのまま海に向かって突き落とす。海賊は絶叫しながら海面に落ちて――瞬間、海から猛烈な湯気が上がる。ぶじゅう、と肉の焼けるような嫌な音。
「……なんだ!?」
 船縁に身を乗り出そうとした瞬間、伊織介の鼻先を巨大な拳が通過する。
「――ッ!?」
 慌てて身を引く伊織介を追うように、太い腕の持ち主が船縁から攀じ登ってきた。そいつは確かに先程伊織介が海に落とした海賊だったろう。腹部には生々しい傷跡が残っている。

 だが、顔が違った。
 違うというよりか――顔面が10倍、20倍ほどに醜く膨らんでいる。膨らんだ蛙のような頭部が、不釣り合いに小さな胴体に乗っている。

「な……!?」

 見る間に、海賊の身体は嫌な臭いの煙をじゅうじゅうと立てながら変容していた。
 全身が腐った魚のようにぱんぱんに膨らむ。頭と腕が顕著に大きくなって、逆に胴と脚は短く見えた。苦悶とも取れる呻き声を上げながら、海賊はあっという間に、その身を異形の姿に変える。
「Maaaaaaah――!」
 だらしなく開いた大口から苦しげな唸りを漏らして、そいつはよつん這いで甲板に降り立った。

「巨人……ッ!」
 ル=ウが思わず声を上げる。だがそれは、甲板の異形を見ての言葉では無かった。

 メリメント号を取り囲む海賊たちが、悲鳴を上げながら、次々に異形の姿に変わっていく。
 ある小船は、異形を乗せたまま沈んだ。ある船は、異形と混ざって、そのまま海に流れていった。ある船では、異形化を免れた海賊が逃げようとして、しかし異形に捕まってその大口に飲み込まれた。

 体高は3メートルから5メートル――深海魚のような、あるいは両生類のような巨大な頭を乗せた巨人の群れが、メリメント号を囲んでいた。


     * * *


「――Sajaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!」

 全身から腐った体液を零しながら、どたどたと覚束ない足取りで異形の巨人が突進してくる。
「怯むなイオリ! 二人で(・・・)仕留めるぞ!」
 ル=ウの声を背中に受けて、伊織介は槍を構えて巨人の懐に飛び込んだ。
「――動きが(のろ)いっ!」
 視界に映る幻覚魔術(ガイド)の助けを借りるまでもなく、伊織介は頭を屈めて太い腕を一撃を潜る。
 瞬間、槍が翻る。
 槍は精密に、開きっぱなしの大口を突いていた。
「……Auuuudhhh」
 にやり、と巨人が笑ったように見えた。口内を深々と貫かれながら平然と――脇腹からぞろりと生えた甲殻類のような鋭い脚を伸ばして、伊織介を貫こうとする。
 だが、
二人で(・・・)――ですよね。ル=ウ」
 一閃。伊織介を襲った鋏状の脚は、一刀の下に斬り捨てられる。

 異形の巨人が、腕の他に複脚を持つように。
 伊織介もまた、脇からもう二本の黒い腕を生やしていた――ル=ウの黒腕だ。
 
 巨人を突いた槍は、ル=ウの黒腕が握ったもの。
 伊織介は自らの、本来の腕(・・・・)で、腰の小太刀を抜刀していた。
「そうだ――殺せ、イオリ! (ふね)からこの異形(ばけもの)を叩き出せ!」
 伊織介に比べて、相手は相当に身体が大きい。槍でなければ上半身には攻撃が届かない。
「承知ッ!」
 だから伊織介は、まず脚を斬った。ぶよぶよと水死体のように膨らんだその体躯は肉厚で斬った感触に乏しいが、二本の脚で立っている以上は、骨があり、筋がある。それを、断ち切る。
「やああああっ!」
 技巧など何もない、力任せの刃が異形の足首に深々と食い込む。肉と筋の千切れる音、骨を砕く感触――たまらず異形が前かがみに倒れ込む。
 すかさず伊織介は倒れ込んだ巨人の背中に駆け上った。背中側は硬い鱗に包まれ、後頭部までそれは広がっているが、逆にいえばそれは弱点を覆うように配置された鎧だ。

「こいつ……ッ! 混ざり過ぎ(・・・・・)てはいるが、水虎……いや河童(カッパ)か!」
 ル=ウが叫ぶ。確かに、鮟鱇(アンコウ)のように巨大な頭の後頭部のあたりには鱗の集中した部分がある。
「こんのおおおおおおおっ!」
 吠えて――ル=ウの黒腕が、力任せに後頭部の鱗を引き剥がしにかかる。めりめりと音を立てて鱗が皮膚から千切られて、たまらず異形が暴れ始めるが、もう遅い。
「ここだ。殺れ、イオリ!」
 応える代わりに――黒腕が剥がした鱗の隙間に、伊織介は小太刀を鋭く突き込んだ。

「Jijaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!!」

 絶叫。巨体がのたうち回るが、突き刺した刀にしがみつきながら、さらに刃を掻き回す。
 しばらく不快な叫び声が続いて――数回の痙攣の後、異形の巨人は動かなくなった。

「――やった」

 不快な(ぬめ)りのある体液を浴びながら、伊織介は刀を引き抜く。
「やりました……!」
「ああ、そうだ。イオリの手柄だ」
「僕が……役に立てる……!」
「頼りにしているぞ、イオリ。さあ次だ! こんな大物、メリメント号には積みきれん。艦に踏み込ませるな!」

 ――〝頼りにしている〟。
 魔女のその言葉が、どれほど心地よいものか。

 今や伊織介は、魔女に縛られて戦っているのではなかった。己の意志で、望んで魔女に従っていた。

「――〝わたしはさらに〟! 〝あなたがたの罪によって〟! 〝七倍も激しく〟! 〝あなたがたを打ちたたく〟!」
「いつも思うんだけどフラン。祈りながら殴るっていうのは、正直ちょっとどうかと思うよ」
 フランが艦舷を登ろうとする巨人を十字架で殴り倒し、リズが長銃(マスケット)で追撃を加えている。

「的がデカくなっただけである! 葡萄弾(グレープ・ショット)を惜しみなく使えい!」
 艦長(リチャードソン)の指示に従い、両舷の砲列が一体ずつ、異形の巨人を撃ち落としていく。

 状況はギリギリだ。被害も出ている。残念なことに、幾人かの水夫は異形に食われた。
 だが――無意識に、伊織介は笑顔を浮かべていた。

(役に立っている。僕が(・・))
 異形を斬る。異形を突く。ぶよぶよする肉を切り裂き、鱗を砕き、頚を獲る。
(良い――)
 一撃で頭蓋を砕かれるような豪腕を躱し、一口で全身を噛み砕くような大顎から逃れ、着実に殺意を積み上げていく。
(良い、職場だ)

 ――これかもしれない。自分が追い求めていたものは。
 限界まで己を賭ける戦場(いくさば)。自分を信じてくれる仲間。討つに値する(てき)
 血が沸き立ち、心が踊り――しかして恐怖心が塗りつぶされていく。

 だからきっと、それは因果応報というものだ。

(なるほど)
 伊織介は自嘲する。気付いた時には、もう遅い。
(勝って兜の緒を締めよ……だっけか。その通りだなぁ)
 高揚のままに暴れまわったツケ(・・)か。巨人の頭部にまたがり止めの一撃を加えていた伊織介は、逆舷側から飛び込んでくる、さらなる巨体に気付かなかった。

 ――ばくん、と巨大な顎が開いて。
 
 巨人の大口が、伊織介の身体を飲み込んだ。 

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