放蕩鬼ヂンガイオー

01「古代人は低脳なんだから」

エピソードの総文字数=2,752文字

 夜の竹林を多数の影が縫う。 

 先頭、プレートアーマーを着た獣が二足歩行で猛ダッシュしていた。
 小柄な少女がそれを追っている。

「グワハ! さらばだ、落ちこぼれの放蕩鬼(ほうとうき)!」

 獣が人語を叫ぶ。
 その体は黒い霧のように性質を変えて空気中に溶け出し、瞬く間に闇と同化しはじめた。

「ま、待てヂゲン獣っ! 今度こそ逃がさないしっ!」

 少女は獣のいた空間にあわてて金棒を向けた。
 が、既に獣の姿は消え去ってしまっていた。

 くやしそうに立ち尽くす少女。

「待てえい! 面妖なカラクリを操りよって、今宵こそ逃がさぬぞモノノケの童女よ!」

 少女のあとを、大勢のサムライがたいまつ片手に追いかけてきていた。
 みな目が血走っている。帯刀者ばかりであり、柄に手をかけて抜刀の準備に入っている者までいた。

 竹林に、サムライたちが持つたいまつの赤い炎と、少女の纏う蒼き炎が対照的に輝いている。

 くそ! また嫌われた! また嫌われた! また人心を掌握できなかった!

 ――ヒーローなのに!

 少女は舌を出してサムライたちを挑発した。

「へーんだ! このわからずや! 恩知らず! 原始人! あたしに助けられたことぜんぶ棚に上げて、なに逆ギレしちゃってるのだ! もうしらないし! 地獄に落ちろ猿ども!」

 少女が機械の腕をかざす。眼前の空間に光の亀裂が入り、裂け目から虹色の粒子があふれ出してきた。
 サムライたちはどよめき、腰の引けた動作で刀を抜いたり地べたにひっくり返ったりしていた。

「じゃーね! あたしはヂゲン獣を追うし、あとはお好きなように!」

 溢れ出す虹色の光を両手で掻き分け、泳ぐようにして前進。

 ああ、これだ。
 何度経験しても慣れることはない、時空を超えるときに感じるめまいのような感覚。軽度の頭痛を誘発させられる不快感。断じてこの時代の原住民に嫌われた精神的ダメージに起因するものではない、と信じたい。

 光に全身をくぐらせる直前、視界のはしに百姓の小僧の姿が見えた。深々と頭を下げているような気もしたが、詳しく確認している時間などなかった。

「――ヂゲンアウトッ」

 次の瞬間、全ての光は消え去っていた。
 目に映る景色がすっかり完全に入れ替わる。

 強烈な横殴りの風に息を飲む。
 少女は目を凝らして《拡張四肢》を操作、周囲の状況を把握する。

 暗闇だ、時間帯は夜。空気に若干の汚れが見られるが許容範囲内、ただし気温湿度はともに高く温暖湿潤もしくは亜熱帯の気候帯と推測される。
 上方に小規模な積乱雲を確認、予測高度二千メートル。下方には……コンクリート製と思われる巨大な建造物群。

「けっこういろいろ発明されてる時代なのだ、繁栄してる……。これだけの明かりに人が住んでるってことは、LAEの補充も期待できるかもしれないのだ」

 建物にともされた明かりは数え切れないほど。
 少女は目を細めてなまぬるい息を吐いた。

「……蒼炎号、電算指示。最優先で概念分析、あたしたちの使うエネルギー、LAEを、この世界の言語で最も吸収効率のいい単語に変換して」

 少女の言葉に呼応し、鬼体の腕部に光の文字が浮かび上がった。
 腕時計の要領で肘を上げて確認する。

〈近シイト思ワレル候補ヲ三点提示〉
 イ:生命力ノ指向性投射 
 ロ:オプティミズムニ準ズル狂信 
 ハ:生存戦略的偶像崇拝

 少女は不満を隠そうともせず、しかめっつらで答えた。

「だめ。むり。ボツ。古代人は低脳なんだから、もっと簡単な言葉じゃないと」

 光の文字はいったん消え去り、改めて新しい文章が浮かび上がる。

〈新条件『馬鹿デモ判ル』ヲ追加シテ再考慮〉
 イ:キミタチノ熱キ魂
 ロ:正義ヲ信ズル心
 ハ:燃エ

「そん中だったら『燃え』かなー、文字数少ないし。……っていうかあれっ!? さっきからアンタ”日本語”提示してない!?」

〈当鬼ハ現座標ヲ、二十世紀前後ノ日本語文化圏ト判ジテイル〉

 少女は絶望した。
 生身のほうの腕で頭を抱える。

「……ま、また日本? いくらあたしでも、何度も故郷で嫌われるのは傷つくのにー……」

 こみあげるものがあり、思わず落涙してしまった。

 地上に吸い込まれてゆく涙の先に、何かの影が動く。

『グワハ! 残念だったな放蕩鬼。だが悲しむことはない、貴様はかつて他ヂゲンの原住民に好かれたことなどないのだろう? ここがなんという国だったとしても同じではないか』

 ノイズ混じりの野太い男声。
 月明かりに照らされたのはプレートアーマーであった。

 大柄な体躯を黒色合金の鎧で包んだその生物は、所作こそ人間そのものでありながら、首から上が獅子のそれであった。
 言葉をしゃべればヒゲが揺れる。上昇気流にあおられ、たてがみがなびく。

 西洋の騎士を思わせる装備に一点、全体の調和を乱すアクセサリーが光る。
 氷塊で作られた骸骨を数珠なりにつなげて肩からたすきがけにしており、それらが表面から霧のように白いもやを常時周囲に噴出していた。

「み、見つけたし! ヂゲン獣、シシドクロ将軍!」

 少女は奮起し、シシドクロに金棒を向けた。……が。

『LAEの集められない放蕩鬼など恐るるに足らず。このアイススカルにかけて、負けるわけにはいかぬのだ――ぬうん!』

 シシドクロが腕を振るう。
 視界に黒が刺した、そう思った次の瞬間、少女は後方に吹き飛ばされていた。

「っだあッ!?」

 ダークLAEの塊をぶつけられたのだろうと推測する。
 脳が衝撃にぶん殴られる。露天甲板に霜が張る。せめて意識だけは失わないよう歯を食いしばる。

『全ヂゲンに絶大零度の安息を。とどめを刺してくれるぞ放蕩鬼、このヂゲンを支配する第一歩にしてやろう』 

 視界が回転する。高度が急速に奪われていく。立て直したいがLAEが不足している。このままでは古代人の街に落下してしまう。

「くっそ! なんとかしなきゃ…………って、ええ――ッ!?」

 少女は目を見開いた。
 かろうじて確認した落下予測地点に、巨大な人影が見えたのだ。

 しかも、その表層がメカニカルな質感なのである。
 遠距離、しかも夜間のため詳細は不明だが、五メートルはあろうかという機械製の人型兵器がビルの合間に仁王立ちしていた。

「まさか仲間!? 二十世紀やそこらのAQなんて、まだ設立して間もないはずだけど……」

 不審に思いながらも少女は一縷の望みをかけ、不明機への接触を試みることにした。




 ■プロローグ『古代人は低脳なんだから』……了

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