佐藤茜のよもやまばなし

エピソードの総文字数=3,596文字

 昼休みになった。
 この学校は昼休みに校外に出ることが許されていることもあり、昼食の取り方も人それぞれである。
 近場のコンビニでおにぎりなどを買ってきて、教室で既に弁当を持って待っていた友人と合流する者もいれば。
 校内にある売店でパンを買って、学食を利用する級友と一緒に食堂へと向かう者もいる。
 私かい?
 私はどうしているかと言えば、不経済だからと母が弁当を持たせてくれるから、教室でそのまま食事を摂るのが常である。
 基本的に誰かと一緒に食事を摂ることは少ない。誘われれば別だが、誘ってくれるような友人は少なくともこのクラスには居ないので、授業が終わって昼休みになったら即座に食事を開始する。
「…………」
 ちなみに、思春期特有の、親に何かを用意してもらうことへの気恥ずかしさなど私には存在しない。
 なぜなら、そんな意地を張る相手もいなければ、理由もないからである。
 むしろ、量も私好みで味も私好みなのだから、感謝こそすれ蔑ろにするなどありえなかった。自分でも作れるけど、人に作ってもらう食事はそれだけでおいしいのである。
 ……今日のメニューは何かなー。
 などと考えながら、鞄から弁当箱の包みを取り出し、結び目を解いて広げる。
 そうして広げた布の上に現れるのは、大きめで無骨なデザインの二段型弁当箱。中学校からの愛用品である。
 口元がにやけるのを自覚しつつ、弁当箱の蓋を開けて、まずは上段の中身を確認する。ここに入っているのはおかずである。
 さて、中身は何だろうな――と確認してみれば。
 今日のおかずはからあげ、ミニグラタン、ミートボール、餃子であった。野菜はない。肉オンリーである。すばらしい。
 女子的にはアウトなのだろうが、個人的にはナイスおかずと言う他ない。流石は私の母だ。よくわかっている。
 うんうんとおかずの内容に満足しながら弁当箱の蓋を裏返して、その上のおかずの入った上段を載せる。
 そうすることで見えるお弁当の下段には、白ごはんがぎっしり詰まっていた。
 ああ、すばらしきかな、白い平原。この国に生まれたからには、やはり米が主食でないとダメだろう。私はパンより米派である。
 ……おなかが空いていて、若干テンションがおかしくなっているかもしれない。
 まぁ食べるのが好きだから仕方ないね。
 というわけで、昼休みはお弁当が食べられるので、学校にいる時間の中で一番好きな時間であり、テンションが地味に上がるわけなのだが。
「いただきます。……ん?」
 いざ至福のときを味わおう――としていたところで、誰かが私のほうに近づいてくる気配を感じて、今まさに弁当に届かんとしていた箸の動きを止めた。
 そして視線を弁当箱から離して、周囲を確認すると、ある人物と視線が合った。
「佐藤さん、君は随分と視線に敏感なんだね」
 言って、当たり前のように隣の席に座ったのは、一人の男子生徒――黛その人であった。
 ……何しに来たのこの人。
 テンションが最高潮になりつつあったタイミングに水を差されてしまい、若干うんざりしつつも、隣に座った黛から目を離すことはできなかった。
 なにぜ、やらかしてしまった午前中の一件のことがある。
 流石に衆人環視のあるこの場所で何かをしてくることはないだろうが、うっかり手が滑ることは誰にだってあるだろう。そんな不幸な事故で、私の弁当が台無しにされるようなことがあってはならない。
 そんなことは許されないというか、許さない。絶対にだ!
「…………」
 私は黛の動きを注意深く観察しつつ、椅子をわずかに後ろにずらし、どんなことが起ころうとも対処できるように身構える。
 しかし、視線の先にいる黛は、こちらの動作を特に気にした様子もなく、ただ向けられた視線に困ったように笑っているだけだった。
 しばらくそのまま様子をうかがってみたものの、黛は言葉が出ないのか何なのか知らないが、黙っているだけだった。
 昼休みは学生生活において非常に貴重な時間である。その貴重なものを浪費する気はないので、こちらから話を振ることにした。
「……何の用なの?」
 黛はこちらの質問に、少し躊躇うような間を置いてから答える。
「……いや、午前中の話でさ。ちょっと、相談をしたいと思って」
「――相談? 私に?」
 その答えを聞いて、こいつ正気か、という言葉が浮かんできたが、そう断じた私の感性は絶対に間違っていないと主張したいところである。
 ぼっちの私に相談を持ちかけること自体がそもそもナンセンスだが、八つ当たり気味に罵倒するようなことを言った相手に罵倒された原因を相談する、など正気の沙汰とは思えない。
 そうでなくとも、彼は一般的に言うところのリア充であり、友人も多いはずである。
 もっと相談し甲斐のある人間の一人や二人、知っているだろうに。なんでわざわざ私を選ぶんだ。バカか。
 黛の回答を受けてそんなことをつらつらと考えていると、私の視線からどうして、という疑問符が伝わったのか――どうかは知らないが、黛は話を続けた。
「あそこまで辛辣に言ってくる君なら、忌憚のない意見が聞けると思って。
 ……俺に肩入れなんてしないだろ?」
 なんなのこいつ、マゾなの?
 そんな言葉が喉まで出かかったものの、この場所でそんなことを言うわけにもいかないのでなんとか我慢した。偉いぞ私。
 そして空腹で栄養の足りない頭を頑張ってフル回転させて――判断が狂ってしまうほど今の彼は現状にまいっているのだろう、と黛の言葉を最大限好意的に解釈した上で、言葉を選んで口にする。
「……そうだな。少なくとも、君たちの誰かに対して肩入れすることはないよ。今のところはね」
「それに、言いたいことを言うだろ」
「君たちを思って言わない、ということは、ないだろうね。私は君のことが心底どうでもいいから」
「そうはっきり言われるときついんだけど。……少し話を聞いてくれないか?」
 黛からのお願いは、正直なところを言えば断ってしまいたかったのだけれど。
 ……こうも視線を集めている現状では難しいな。
 この状況で彼の提案を断ったら、それはそれで面倒事が起こりそうだった。もう手遅れな気はするけれど、被害の総量を減らす努力はするべきだろう。
 そう自分を納得させてから、溜め息を吐いた後で言う。
「……黛、君が後悔することになってもいいなら、付き合おう。
 ご飯を食べながらでもいいならね」
「場所は移してもいいか?」
 黛の言葉に、私は溜息を追加しながら広げた弁当箱を閉じて、包みを結び直す。
「個人的には移動したくないんだけどね。
 君がそれを望むというのなら――そうだね、ベランダにでも出ようか。今日は都合よく、あまり人はいないようだから。内緒話のトーンで話せば、あまり声も漏れないかもしれないぞ」
 言って、私は背後、窓の外を親指で指した。
 そこには各教室を繋ぐように、人が二人ほど並んで歩ける広さのあるベランダがついている。そして教室後方、つまりこの教室の場合は私の席のすぐ傍に外と繋がるガラス戸があり、そこからベランダに自由に出入りできるようになっているのだった。
 黛は数秒迷うように固まっていたが、やがてわかったと頷いた。
 私は弁当箱の包みを持って立ち上がり、ガラス戸を開けてベランダに出る。
 外は風が少し強いようだ。スカートを軽く押さえながら、右に進む。
 少し遅れてばたんと閉まる音が聞こえた。背後を肩口から窺えば、黛が続いて出てきたようだ。
 視線を前に戻して足を進める。
 この教室はもっとも階段側に近い教室だ。そのため、ベランダは教室前方のところで終わっている。
 私は奥まったところ――ベランダの柵と教室側の壁で囲まれた隅に座り込み、弁当箱の包みを再び開くことにした。
 私の動作を見て、ここで話すことにしたとわかったのか、黛も教室側の壁を背にして座り込む。
 彼のほうは食事の類を携行していないようだったが、それは私が気にすることではないと考えて、広げた弁当箱を前にいただきますの言葉をきっちり捧げてから食事に移った。
「……本当に食べるんだな」
「食べながらでいいなら聞く、と最初に言ったはずだよ。
 場所は移したんだ。これ以上の要望は聞けないね」
「ここだと誰かに聞かれるんじゃないかな」
「周囲は十二分にうるさいから、声をひそめればわからないさ。
 そもそも、誰かに聞かれたくない話をしたいななら、話す相手と時間を間違っているよ」
 こちらの言葉を聞いて、黛は少し悩むような様子を見せたが、
「……まぁいいか」
 やがて自分の中で折り合いがついたのか単に諦めたのか、そんな言葉を呟きながら吐息を吐くと、本題を話し始めた。

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