年下上司

1 春なんて 面白くもないだって今 一緒にいるのはお前だけだし

エピソードの総文字数=1,836文字

春木さんの私服姿なんて初めて見た…
えっ?
ぼそぼそ小声で呟いていないではっきり言え、河津
でも口調はそのままなんですよね、春木さん。
あたりまえだ。休みだからって性格が変わるか。俺は俺だよ。
そうかなあ。ウイークデーは会社にいて、まず怒った顔なんて見たことないし、トラブル起きても冷静だし。判断が的確で、上層部の評価も高い。要所要所できらっと光る個性は備えているけれど、かとって悪目立ちすることもなく、むろん地味すぎたりもしない。つまり、絶妙なバランス感覚を持ってる、それが春木さんだ。
今日、もうほぼ満開ですね。寒かったわりに開花が早い。
低温で休眠が破られるから、寒波にあったのが早かったんだろう。去年、11月に季節外れの雪降ったから……あれで花芽が目覚めたんじゃないか。

寒さにあたると目覚めると……ちょっといいなあ。
はあ? 
俺、寒いの好きですよ。
だって寒さを味方にして、寄り添うこともできるから。いっそのこと、桜咲くのが真冬でもいいとさえ思う。そうしたら春木さんにもっと……
お、ツバメだ。
春木さんはスマホを出してカメラのアプリを選び、ツバメに向けた。ツバメの飛翔速度はスマホでは追い切れないだろうなあと思う。それでも俺は撮影の邪魔にならないように桜の木の下に片膝をつく格好でかがみ込んだ。
あっ、くそ、だめだ! んとにもうツバメってやつはどうしてこう……
と言いかけた春木さんの頭すれすれのところを、Ⅰ羽のツバメがすり抜けた。あと数十センチでツバメと春木さんが正面衝突しそうな距離だった。春木さんは驚いて転んでしまった。スマホをかばったのだろう、もろにしりもちをついてしまい、
いてててっ……!
小さなうめき声をあげ、顔をしかめている。痛がる春木さん、というシチュエーションがちょっと刺激的だった。この顔をシーツの上で見たい、この声を毛布の中で聴きたいとふと思う。でももちろんそんなことは言わない。
大丈夫ですか?
なわけないだろ、痛いよっ。てか、ぼうっと見てないで助けろよ、この役立たず!
はいはい。どこが痛い?
尻っ!
見てあげましょうか?
冗談はよせ。そういうのセクハラだってこと、習わなかったのか河津。万が一女性社員相手に社内で言ったりなんかしたら始末書ものだぞ。
何笑ってるんだよ!
春木さんはスマホをやや乱暴にポケットに放り込み、砂粒のついた服を両手ではたいた。かんしゃくを起こした子どものように、どこかむきになって尻ポケットのあたりをはたきまくる春木さんが、どうしようもなく可愛い。
空を舞うツバメの数が二羽三羽と増えていく。
真っ青な空を飛び交うツバメを見上げて、春木さんは目を細めた。
その表情がやはりどこか、がんぜない子どものように思えて、俺はただただ笑って彼を見つめていることしかできない。
ここ、いまいちだな。次行くぞ。
明日の夜まで花、保つと思いますが?
ここですっころんだこと、思い出しちゃったりして、それで酒飲んでも楽しくないだろうが。
あー。ですね。恥ずかしい?
ばかっ……
恥ずかしさを隠そうとしてどんどん子どもっぽくなっていく春木さんを見ているのが、こんなに楽しいなんて、今まで知らなかった。
でも、すこし心配でもあった。花見は部単位で開催する。俺と春木さんだけの花見ではなく、職場のみんなも参加するんだ。
その花見で、万が一春木さんがこの『ぷち可愛い暴君ぶり』を発揮して、俺以外の連中を魅了してしまったら……と思うと、いてもたってもいられない。
ところでさあ、河津。えっと、その。
俺、二次会とか三次会とか行かないから絶対。それとカラオケNG。
花見おひらき即タクシー、ってことですね。わかりました、手配します。カラオケ嫌いなのはあれですか、隣に座った人の声も聞こえないのが困るからとか?
違うっ。歌、へただから。歌いたくないし、歌うの強制されるのもいやだ。断るとしらけるし、歌えばみんな青ざめるし。
俺は青ざめない自信ありますよ。
カラオケマシン持ってきたりしたら蹴るからな!
防具つけてきます。大丈夫。
誰が河津を蹴るって言ったよ。カラオケマシンを蹴るのマシンを。
わあ。優しいんですね、春木さん。
春木さんはぷいとそっぽを向き、急に早足になってしまった。
春の日射しが桜の枝影を、路上に柔らかく映し込んでいる。
桜の花びらがひとひら、春木さんのパーカーのフードに、すいと入っていった。


隠しきれてないですね……
優しさを。
俺は笑いながら春木さんのフードの中の花びらをそっとつまみあげ、自分のポケットに入れた。

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