もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

『レッツ超人!・目指せスーパーガール!』

エピソードの総文字数=3,274文字

「ひとみ君も、いちおうは受け止められたようだし、先に進むとしようか。

 この先はさらに難易度が高そうだ、ゆっくり進めるぞ。

 とうとう、もう一つのキーワード『超人』の登場だな。


 僕の読んでいる手塚訳では、最初にこんなふうに簡単な説明がある」

はじめて「超人」の語を発して、その強烈な生き方を説く。大地に忠実であることが、その中核である。


「超人ですかあ。スーパーマンですね」
「実際のところ、原書のドイツ語ではユーバーメンシュ(Übermensch)、オックスフォード版の英訳では over human、超越人間というところか。略せば スーパーマン、つまり超人。そのままだな」
「そのままって、胸にSマークがついちゃったり?」

「あれは宇宙人だろう? 滅亡したクリプトン星の生き残りのはずだ。そもそも人間じゃない存在として描かれてる。まあ、人間を越えた存在、ということでスーパーマンとしたのだろう。

 ニーチェ、というかツァラトゥストラが言うところの超人は、人が目指すべき、人が成長して人を超えていく存在、ってところだろうな」

(私はスーパーマンじゃなくてスーパーガールがいいなあ……)

超凡人の、ひとみの超個人的な感想はさておき、手塚訳の『ツァラトゥストラ』で書かれる超人についての解説をひも解いていこう。


山を降りたツァラトゥストラは、町の群衆に対してこう語った。

「わたしはあなたがたに超人を教える。人間とは乗り()えられるべきものである。あなたがたは、人間を乗り超えるために、何をしたのか。

 およそ生あるものはこれまで、おのれを乗り超えて、より高いなにものかを(つく)ってきた。ところがあなたがたは、この大きい(うしお)の引き(しお)になろうとするのか。人間を乗り()えるより、むしろ獣類に帰ろうとするのか。」

「んー? よくわかりませんけど、乗り()えて行かないと人って(けもの)になっちゃうんです? フレンズ化するならいいんじゃないかなあ?」
「ひとみ君の話のほうがよくわからないぞ。学内はテレビ禁止じゃなかったのか?」
「って、栞理もわかってんじゃないの」


(そもそも学内で禁止されてる本を読んでるのに何を言っているのかしらねえ)

「いやいや、一般的な情報としてだな……」
「まあ、よろしいですけど。

 それで、ここではツァラちゃんは、とにかく成長することが大事で、止まったら退化してしまうと言いたいのかしら。

 ピアノのレッスンみたいですわねぇ。わたくしも小さい頃ピアノの先生から『一日休むと一週間は遅れるぞ』って脅かされたものですわ」

「泳ぐのをやめると窒息してしまうサメみたいだな。ともかく、フレンズ化は無論、獣になってしまってはいかんと言っているのだろう。

 ニーチェの時代にはまず成長することが第一で、生きとし生ける物は全て成長しなくてはならない、そんな気概があったのだろうな」

(ページを進めよう)
「人間にとって猿とは何か。哄笑(こうしょう)の種、または苦痛に満ちた恥辱である。超人にとって、人間とはまさにこういうものであらねばならぬ」
「えー、これははんたーい! おサル可愛いですよー」
「か、可愛いときたか」
「かわいいは正義ですっ!」
(ニーチェが聞いたらなんと言うだろう……?)


まったくの余談だが、実は小さなころ、猿山のそばにピクニックに行った際、ゆっくり食べようと楽しみに持ってきたおやつを、突如飛びかかってきたお猿に奪われめっちゃ泣かされたというトラウマを持っている栞理なのだった。閑話休題。本題に戻ろう。
「あなたがたは虫から人間への道をたどってきた。だがあたながたの内部にはまだ多量の虫がうごめいている」
イヤァァァァァァァァーー!!

 からだっ!!

 なかっ!

 むしっ!?

 う、ご、めっ・・・

 ギィィィーーャーー!!

「ギャーと言われてもそう書いてあるんだが……」
「ヤダヤダヤダ! 気持ち悪過ぎですっ!!」
「あらあら……。私のほうはどう書いてあるのかしらね?」
 君たちは、虫から人間への道を歩いてきた。おまけに、君たちのなかにある多くのことは、まだ虫のままだ。
「う、うーん。人は虫から人間に進化したけど、まだ一部は虫ってこと!?」
「まあそういうことだが、そう字面どおりに受け取らなくてもよいと思うぞ。あくまで比喩だよ。ひとみ君の河出文庫のほうはどうなんだ?」
「あんまり読みたくないですけど……」

 君たちは虫から人間への道を辿ってきた。そして諸君らのなかの多くはまだ虫だ。


「やっぱそんなに変わらなかったデス……」
「まあ、続けて読んでみようじゃないか」

 諸君の中でもっとも賢い者も、植物でも幽霊でもあっていずれでもない、迷える中途半端なものにすぎない。だが私が幽霊になれ、あるいは植物になれと命ずるとおもうか。

 聞け。わたしは諸君に超人を教える。

「植物と幽霊の間の迷える子羊????」
「あまり字面だけにこだわるなよ。

 これは、AかBかの二者択一ではなく、Cを選べというような話なのではないかな」

「わたくしのほうは『植物と幽霊が割けて交じり合ったもの』と書かれていますわね」
「『諸君の中でもっとも賢い者も』とあるから、おそらく前に出てきた知者の類だろう。ツァラトゥストラから見ると、普通の人々の中の優秀な賢い者だって、植物的な部分と幽霊的な部分が混ざってできている者だ。ということか」
「なーんとなくイメージは出来ますけど……なんでしょう、きっとツァラさんが言いたいイメージと違うような……」
「幽霊みたいな植物……?」
「なんだか荘厳で美しそうなイメージです」
「そうですわね、言われてみればそんな感じがしてきましたわ。幽玄っていうやつかしら」
「ふふ、面白いな……」
「えー? そうですかー?」
「ツァラトゥストラ、ニーチェはおそらくキリスト教的な価値観に染まっている者をこき下ろすイメージで幽霊や植物をたとえに出しているのだとおもうのだが……。

 君たちはそれが美しいという。100年たつと価値観もこう変わるということかな」

「そうなんですよねー、なんだかけなしてるかんじ」
「それで、そのどちらかはなく、『超人』を教えよう。ってニュアンスですわねこれは」
「あ、ぴこーん! わたし、わかっちゃったかも?」
「ほう、なにがだね?」
「人間にとってお猿が物笑いの種、超人から見たら人間がそのような物。ってツァラさん言ってるわけですよね。」
「まだそこにこだわるか」
「こだわりますよー! 
 で、おサルかわいいのになーって思っててわかったんです。
 普通の女子高生って可愛くないものを嘲笑(チョーショー)したりするじゃないですか。うちの学生はあんまりしませんけど」
「はしたないですからね」
「つまりそういうことですよね?」
「どういうことだ?」


(さっぱりわからないんだが?)

「ですから、ちょー可愛いアイドルとかはもう人間以上の存在なんですよ!

 その高みから見たら、普通の私たちは嘲笑されちゃうような存在ってわけです。

 で、普通の人間は上を目指してもっと可愛くなるべきで、どんどん可愛くなるようアイカツすべき! ってことをツァラさんは言ってるってことじゃないでしょうか?」

「アイカツとは、アイドル活動のことか?

 なるほど! アイカツ超人説か! 新解釈だな。これは」

「うふふ、でもわかりやすいかも。おサルさん、かわいいですもんね」
「人の価値を可愛いか可愛くないかで判定するのだな。ふむ。そして、可愛さを望んで努力すべきであると。いいぞ、素晴らしい解釈だ!」
「えっへん! だから、可愛いは正義なのです!」
「おサルさんは可愛いから正義なのかしら?」
「もちろんですよー」
「大変面白い。

 サルが可愛いかどうかは置いておいて、今後もそうした超解釈を期待しつつ今夜の読書会はこのあたりで、河出文庫の佐々木中訳で締めくくるとしよう」

彼女が本を手に取り、目を落としたページには、ピンポイントでこのように書き記されていた。
かつて君達は猿だった。そして今でも人間は、いかなる猿よりも猿だ。
「……。」
〈つづく〉

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