パナギアの童女は茶室で微笑む ――その女は死を知らず、ただ眠るのみ――

戰い前夜祭 なんだか猛烈に悪い予感がしてきたのぉ……!!

エピソードの総文字数=5,356文字

 茶室に二度目の訪問を控えた前日である金曜日の放課後、俺は自宅の自室で色々と検索をしながら、瓶白から示された難題をほぼ満足がいく形で解き終えていた。ただ明日、瓶白に逢うにあたり一点気がかりなことがあるので、多忙な兄貴に対して通信文(メッセ)を送り、直接話がしたい旨を伝えた。兄貴は毎週この時間、明日に備えて金剛寺家の地下サーバー室でメンテナンスを行っているため、なかなか捕まらないのだ。しばらくして兄貴からの呼び出し音(コール)が鳴る。
「弟よ、珍しいじゃないか、直接電話で話したいなんて。ああ今晩、95%以上の確率で、雨が降るぞ?」
「いや、天気予報はありがたいが、今は望んでないから。それよりも、明日の話。明日、俺はプライベートで人と逢う予定があるんだ」
「それで?」
「えーと、兄貴は覚えているよね?昔、交わした『互いに、プライベートは詮索はしない』って約束。つまり……」
「明日、瓶白さんと逢って話しているところ、盗み聴き、盗み見しないでくれ、ってことか?」
 兄貴、解ってるじゃないか。というか、解りすぎだ。瓶白の話など、一度もしていないのに。
「そういうことだよ、兄貴。じゃ、よろしく。――はぁ、何で兄貴は話す前から知ってるんだよ。約束、守ってくれよ……」
「いやぁ、出歯亀する気はなかったけど、確か、福音商会も絡んただろ?あのル・ジャルダン三十三の部屋の借主(お客さん)、私が某A国から招いたんだ。日本で住む時の適当な部屋がないから、よく知ってる瓶白の賃貸マンションを紹介しておいた。賃貸契約の進捗が知りたかったので調べるついでに、偶然、私の弟との関係を知ってしまったってやつで。まさか、あの瓶白婆さんに、孫娘がいて、しかも弟と深い仲になっているとは……」
「全然、深い仲じゃない、ので――」
「そういうなよ。今後1年で私の弟が彼女と深~い仲になる確率、聴きたい?」
「遠慮します。人生は、チート無しで切り開きたいから――じゃ、明日、約束頼んだよ。あと、明日は家にいない時間がそれなりに長くなるかも知れなくて御免」
「気にするな弟よ。そのためにハハヤ等を高給で雇ってるんだから。それじゃ、電話切るぞ。まだまだ続きがあるんでね」
 ――ッツーーツーー……。
 さて、無事兄貴に釘を刺す事に成功したので、夕食を食べることにした。我が家の隣、福音商会の夕食では、例の賃貸契約の完了を祝う思いがあったのか、あるいは多鹿部長の粋な計らいか、いつもより豪華で華やかなオカズが並ぶ、贅沢な晩餐である。食卓に着いたのは、多鹿部長、姐さん、ユキと俺。

 なお、多鹿部長以外の正社員(レギュラー)は我々よりも先に食事を終え、既に各自帰路についた。部長と、十代である若手(オマケ)の食事は、いつも遅れて取るのがこの店の暗黙のルール。部長は既婚なのか独身なのか誰も聞けないのでいるのだが、もしかしたら部長は子息・息女を、我々若手(オマケ)や飼い猫に投影しているのかもしれない。偶然にも父母と連絡が取れない俺と姐さん、それと最近来るようになったユキにとっては、この毎夜の共食空間は事実上の家族のようなものを安心して演じることができる、貴重な場でもある。寺の食堂(じきどう)とは違い、家庭の食事時というのは、話すことが許されているのだ。

 ようやく多鹿部長も自らが豪勢な晩餐にありつく順番がきたので、コップ片手に音頭を取りはじめた。
「引越シーズンである三月のカキ入れ時も無事乗り越え、また、四月冒頭の山場であった一件の大型案件も完了し、福音商会にはさらなる収入がもたらされた!恵みに感謝し、それと、この件での多大な労力を惜しまずに注いでくれた、裏方の牛王君(おねーちゃん)、金剛寺君、この二人の働きを(ねぎら)いたいと思う。では祈りを……アーメン。さあ、うみゃぁてヌクといの、よぉけ食べりゃ~」
 なお、多鹿部長はかなり緩いプロテスタントなので、祈る時間は短く、実際には只のポーズであり、もっと祈りたいやつは各自勝手に祈れ、という方針。普段は調理と給仕に徹する姐さんも、今宵は多鹿部長の「牛王君(おねーちゃん)(すわ)りゃぁ、ハヨしりん」の薦めで、着席して一緒に会食となった。
「しかし、牛王君(おねーちゃん)が留学経験者で助かった。この店の台所を預かりながらも、時間の合間を縫って英文賃貸契約書の監修という、どえりゃぁ多彩なバックアップ、だもんで今後は脚を向けて寝られんて。もし牛王君(おねーちゃん)ヌキなら、契約の段階で御破算(わや)になることも十分にあったでよ」
 多鹿部長が姐さんを褒めるので、俺も続けて話に割り込んだ。
「さすがTOEIC九九〇点の帰国子女!姐さんダテに高校をダブってないなぁー、すごいなぁー(棒読み)」
「コラ、大人を(からかう)のは止めなさい。そもそもダブってないから。日本の春入学制度がおかしいんだって。一年半、同じ学年をやらされただけ。わかった?ダブってないから」
 二度の念押しを絡めながらも速攻で反論する姐。ところで、姐さんはまだ十九歳のはず。大人(・・)でいいのか?
「それよりもアタシ的には、ジョーキのスーツ姿に驚いた。馬子にも衣装という言葉がぴったり。しかも、ネクタイが微妙にカワイイし。アレ、どこで見つけたの?」
 飯を食らう幸せに満足したのか、姐は予想外にも穏やな口調で俺に訊いてきた。
「え、あのネクタイ、カワイイのか?カワイイの範疇なのか?ユキのプレゼントなんだよね、ありがとうユキ」
 と、俺は姐さんの質問に答える。
「あれ、ユキちゃんのプレゼントだったんだ!?」
 その場で、黙々と肉を食べているユキを姐さんは見た。やばい、俺の受け答えの隙を突いて、ユキはしっかりとスタートダッシュで肉をかっさらっているではないか。
「そう」
 ユキは姐さんの問いかけに軽く答え、また黙々と肉を食べ始める。だが、ユキの左手には携帯電話が握られていて、そこには当日の朝、俺を特殊壁ドンしながら撮影した写真があり、その場の全員に見せながらユキはこう言った。
「これ。ジョー君の、人生初ネクタイ写真。欲しい人は挙手」
 人生初とちゃうわ!それと肖像権の侵害反対!とツッこんでおいた。ということで、この写真は悲しい事に、その場の俺意外、全員が所有することとなった。やめてくれ、そういう羞恥ゲームは!
「金剛寺君にも、どえりゃぁ世話になったなぁ。『壁に耳ありジョーキにメルシー』だがや」
 ――もはや部長のハズしまくったオヤジギャクには、誰も突っ込まない。一方、俺は肉を口に突っ込こんだ。
「そうだ、ユキちゃんのプレゼントを受け取るからには、まさかとは思うけど、姐からのプレゼントは受け取れない、とは言わないよね?」
 そういうと姐さんは、鞄からなにやら紙袋を取り出し、俺に手渡す。
「芸が無いかも、だけど。はい、高校入学祝!私からもネクタイのプレゼント、遅れてゴメンね。ネットでカワイイの見つけたんだけど、取り寄せてたら時間かかちゃった。ワッコっていう海外メーカーのなんだけど」
 ありがたく無言で感謝して受け取っておいた。これは素直に嬉しい。ただ、かわいい色柄のネクタイばかりが増えていくのは、何とかせねばならない。
「裏方のみならず、表舞台・営業としてのネクタイ装備の鉄砲玉(とつげき)役、いつでもウェルカム~」
 俺を、不動産の表舞台にまで引き釣りだそうとする部長に対し
「すんません、まだ車の免許がありませんので、しばらく裏方でいいです」
 と、丁寧に断っておいた。以降、部長と姐さんは不動産(しごと)の話をしながら、俺とユキは互いに命がけで豚脂(ラード)揚げのカツと、伊賀牛すきやき肉という二つの有限資源を取り合うという夕食大戦(ディナー・ウォーズ)を引き起こしながら、楽しい時間が過ぎた。俺はなんとしてもそのカツで、つけて味噌かけて味噌味、カンズリおろし大根、衣がおぼれるほどのウスターがけ・ゆず胡椒トッピング、スパイシーなトンカツ泥ソースという、味の四季(フォーシーズン)を、白飯で追っかけつつローテーションして楽しみたいのだ!これは只の食事手はない。自分の胃袋のリミットを見極めつつオカズの順序を先読みして組み立てるという、男のロマン、高等な詰め将棋なのである。

 大戦に勝利し、十分な肉を得て気が緩んだのか、思わず俺は言わなくてもいいことを、口にしてしまった。
「そういえばあのマンション、ル・ジャルダン三十三の敷地内、すごかったよ。共同のプールがあったし。それと茶室もあって、それを管理しているのが同級生の女子だったんだ」
 盛り上がっていた晩餐会は、水を打ったように、急に静かになった。いや、そこ、静まるところじゃないから。なぜ全員、黙って俺を見る?多鹿部長が、重い口を開いて俺に訊く。
「――その子、やはり『瓶白』だった?」
「ええ、『瓶白』でしたけど」
「――ほうか、ま……双方の絆が深まる事は、公私共に歓迎。賃貸物件オーナー(あちら)不動産屋(こちら)は、一種の運命共同体。しかぁし、金剛寺は兄にしても弟にしても、でらーオイシイ所を持ってイキよるなぁ……てぇぎゃぁにしとかないかんよ」
 方言(ことば)の意味はよくわからんが、とにかくすごい嫉妬だ。俺は場の静けさが嫌だったので話を続けた。それが墓穴の中で、さらに深い墓穴を掘る行為とは知らず。
「また明日午後に、その茶室に行くことになったんだ。……彼女に誘われて」
 姉さんと、ユキから、矢のような視線と言葉が俺に刺さる。
「彼女?」「ガールフレンド?」
 女性二人から同時詰問。厳しく、迅速に。可及的(かきゅうてき)、速やかな反応で。
「あ、彼女(ガールフレンド)じゃなくて、単に同級生、と、友達、なんだけど」
 ――彼女は十高なのか?前から十高にそんな人いたか?そもそも十高で浮いてる常悦に誰も話しかけないだろ?同じクラスなのか?身長は(背の低い姐さんの質問)?胸のサイズは(部長の趣味的な質問)?顔はカワイイの(ユキの質問)?等、しばらく怒涛の、質問責めにあった。国会に呼び出された人物の、証人喚問状態である。とりあえず、答えられる範囲で答えておいた。何故会うのか、という根本的な理由は何故か誰からも質問されない。
「――ふぅん、明日午後に楽園町ね、アタシもなぜか(・・・)偶~然スケジュールが空いたから、うん()、空いた、ので、一緒に行ってもいいかな?アタシはジョーキ君のアネみたいなもんだから、問題が起きないように、監視役(オメツケヤク)として」
 俺に威圧的に問いかける姐さんだが、その眼は「ノーと言ってはいけませんよジョーキ君、忖度(そんたく)ゥ!忖度(そんたく)ゥ!」と語っている。困ったことに、名目上は疑問文だが、実質上は命令文である。確か、この時間は毎週、食料買出しの時間でしょ、姐さん。
「姐さんの御同行は、ご自由にお任せいたしますが、一応、彼女に聴いてみないと……ほら、お茶菓子の準備とかもあるだろうし」
 俺が軽く反論すると、衆人環視の元で、瓶白に対し、同行者が増えるという確認の通信文(メッセ)を送らされることとなった。それに合わせ、以前からの二人の、多少小ッ恥ずかしい通信文(メッセ)のやりとりも皆に見られた。ここにはプライバシーという概念や語句はないのだろうか?勿論この後、先週の土曜日に、何をどれだけ飲み食いしたのか、という二分ぶり・二度目の証人喚問状態に(おちい)ったのは言うまでもあるまい。さらに言えば、俺と瓶白の携帯電話と使ったやり取りは、姐さんの「毎日、通信文(メッセ)はアタシに見せなさい」の鶴の一声に対し、賛成3・棄権1の家族決議により、その言葉の通り日々チェックされる事となった。「不純な交遊へと発展しないように」だそうで。断る権利は俺には無かった。数の暴力は、いつの世も弱者を屠る。このように、大衆によって選ばれた民意は時として、〝いともたやすく行われるエゲツナイ行為〟を生み出すのだ。ソレに(あらが)うことは社会的な〝死〟を意味した。もし俺が生まれ変わるなら、〝社会のない世界〟がイイ、それを再び自己確認した。

〝では、お姉さまとお二人でお越し下さい。楽しみにお待ちしております~♡〟

 瓶白から返信の通信文(メッセ)が来たのは、あらかた食事も終わった頃。部長は手酌でビールを始めては姐さんから「あ、多鹿部長(おとうさん)、勝手にビール飲んでる。また通風になるよ」と突っ込まれ、ビール派以外の若手三人は焙じ茶を飲んでいた時だった。通信文(メッセ)文末のハートマークに関し、十五分ぶり・三度目の証人喚問状態に(おちい)った話は割愛する。その後、俺は食器を洗い、姐さんは調理、ユキは一足早く隣の家へと帰っていった。

 その日の俺は知る由もなかった。翌日、カトリック対プロテスタントの血塗られた対決、そして、千利休がブチこんだという、茶の湯に秘められたカトリックの秘蹟(サクラメント)を、傍観するハメになる事を。

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