大日本サムライガール

アイドルのススメ

エピソードの総文字数=5,365文字

 案内されたのは家屋敷二階、畳の六畳間。
 日毬愛用の拡声器が置いてあるところを見ると、日毬の荷物置き場だろうか。
政治結社事務所、兼、私の部屋だ。政治結社の方は、党員が増えたら賃貸を借りようと思っていたんだが……計画は未達のままだ。
ここ、日毬の自室でもあるのか!? ベッドとかは?
フトンだ。今どきはベッドなのか? しかし私はフトンでしか寝たことがない。
女の子の部屋とは思えないわね……。
 由佳里が驚いたのは無理もない。畳はともかく、いかにも過激な政治結社っぽい部屋なのだ。
 日の丸と旭日旗が共に掲げられ、しかも神棚まで設置されている。壁には、墨汁で標語が羅列され、さまざまな計画が書かれているようだ。パッと見、おどろおどろしいのは気のせいか。
こうして部屋に案内されてみると、日毬はマジなんだってことが伝わってくるな。なんだか軽い気持ちでバイトを持ちかけちまって、申し訳ない気持ちだ。
何を言う。颯斗が提案してくれた仕事は国防なのだぞ。私は剣と銃器を抱えて戦場に赴いてもいいのだ。だが今は平時、私には私の戦い方があるのだと、颯斗が教えてくれたんだ。私は颯斗に、感謝してもしたりない。
日毬ちゃんの目的は日本を変えることなんでしょう?
当然だ。少し前、頑強な権力機構だと思われていた帝国政府ですら、六〇年しか続かなかった。現行政府も、すでに六七年が経過している。寿命を迎えるのはもうすぐだ。その時にこそ、私は起たなくてはならない。政治結社日本大志会は、国家のための礎になるつもりだ。
でも、その結社はまだ党員も集まっていないし、誰も見向きもしてくれない。
そ、そういうことになる……。口惜しいが、私の努力が足りないのだろう……。情けない限りだ……。
日毬ちゃんの努力の問題じゃないよ。一年やって成果が挙がっていないということは、やり方が間違っているということ。日毬ちゃんはひたむきだから、簡単にやり方を変えようとしないけど、もっと高い次元から手段を見直してみた方がいいと思うの。
ずけずけ言うなぁ。これだけ真剣にやっているんだから、もう少し言い方ってものがあるだろう。
違います。早とちりしないで下さい。日毬ちゃんは捨て身すぎて盲目的になっているだけで、本当は賢いから、私の言いたいことがきっと伝わるはずです。
目的のためには手段を選ばず。日毬ちゃん、私からの提案よ。単にバイトとして何本かタレントの仕事をこなすんじゃなくて、本気で芸能界入りすればいいと思うの。日毬ちゃんの最大の武器は、その美貌と情熱でしょ。アイドルとして天下を獲ることだってできるはずよ。
……? どうして私がアイドルにならねばならんのだ? あんなものは下衆の仕事だ。私は天下国家のために生きようと決めている。
ううん、国家を論じることと、テレビスターとして大成することは結びつく。きっと芸能界が、日毬ちゃんの目標を現実化させるには、最短のコースだと思うわ。
酷なことを言うようだけど、日毬ちゃんが街頭で叫んでも効果がない。政治結社が大きくならないのは、日毬ちゃんの活動がメディアに取り上げられることがないからよ。ステップアップしていくためには、絶対にメディア対策を欠かすことはできないの。私だって蒼通の社員の端くれだから、その現実を誰よりも知っているつもり。
由佳里の言う現実は私とて理解できる。だが私には、メディアを動かすような力などない……。やはりコツコツと積み上げていくしか……。
だからこそ芸能界でしょ。日毬ちゃんの武器――その美貌を活かしてね!
なるほど……由佳里の言わんとしていることはわかったぞ。まったくその通りだ。
ですよね! そもそも、メディア対策が私たちの仕事なんですから。
颯斗も、由佳里の話が正しいと思うのか……?
思う。毎日かかさず日毬は政治活動をしているのに、偉大な成果を収める政治家たちとは根本的に違う。今のままでは、日毬は日の当たる場所で政治を語ることは一生できないだろう。
 たとえ厳しい言葉でも、ここは由佳里に乗り、率直にアドバイスをするのが本当の優しさだ。
俺自身がよく知っている例になるけど……たとえばうちの家も、自友党の政治家一〇人ほどにずっと献金し続けているんだ。彼らはうちにもよく挨拶にやってきていた。その彼らの、最も重要で効果的な仕事は何だと思う?
それはもちろん、自分の政策を実行することではないのか?
違う。本質は、実に簡単で単純だ。いかにマスメディアに取り上げられるかがすべてなんだよ。それが彼らの最大の関心事で、唯一無二の政治的な仕事なんだ。メディアに露出している政治家の方が有能だという錯覚を多くの人が持つから、献金だって集めやすい。世間が政治家の能力を判断するのは、その政治家が地道にやっている仕事なんかじゃない。いや、もっとハッキリ言えば、政治活動とは、対マスコミ向けのアピールのことを指している。中身なんて関係ないんだ。
……そんな……。
メディアに露出していない政治家なんて、存在していないのと同じこと。民衆は誰も気づかない。心底バカげてると思うが、一人一票の民主主義である限り、この構造は変わらないだろう。おそらく、永遠に。
まったくその通りですね。だから『メディア業界に君臨する蒼通が日本を操ってる』みたいなことを言う人がいるんですよ。で、実際、確かにそういう側面はあるわけです。
たとえば最近の政治の話題だと、『事業仕分け』ってヤツがあるよな。財政の無駄をなくすって建前で、国家予算の見直しをすることだ。本来なら、政治家には権力があるんだから、ただ単に官僚に命令すれば済む。それで話は終わりだ。マスコミが介在する必要性なんかひとつもない。だけどわざわざ官僚を引っ張り出して、マスコミを集めに集め、大々的に『事業仕分け』を行ってる。あれはすべてメディアに取り上げてもらうことが目的であって、事業仕分け自体は果てしなくどうでもいいんだ。だが、メディアに取り上げられるという最も重要な政治的行為を果たすことはできている。これ以上ないほどの完全なる茶番だけど、それが政治なんだ。
うんうん。まったくバカげたことですよ。でもそうして世の中は回っているわけだから……乗るしかない、このビッグウェーブに! ってなわけです。
衆愚政治ここに極まるわけだが、それもまた政治の現実だ。『民主主義とはテレビである』と言い切っても過言じゃない。由佳里の指摘は、かなり正鵠を得ているかもしれない。
ふふん、当然ですよ。超一流企業から何社も内定通知をゲットした私が、どうして蒼通を選んだかって言えば、そこに尽きるわけです。女子アナだってなれたかもしれませんけど、あんな茶番、こっちから願い下げです。大学ではメディア論を専攻してました。あんまり役に立ちませんでしたけど!
 ミス早稲田は女子アナや女優の登竜門と言われることもある。だから由佳里の言う女子アナ話は丸っきり適当なことでもない。由佳里は「私、容姿で蒼通に入社できました。あー、男って最低ですねホント」と常々憚ることなく口にしている猛者だし、それはおそらく事実なのだろう。
だ、だが最近では、ネットだってあるのだぞ。地道な活動をしていけば、メディアに乗らなくても評価されることもあるのではないか。日本大志会でもネットで情報を配信しているが――
ダメだ。ネットの情報には価値がない。……いや、この場合、本質的な価値の有る無しじゃないぞ。その情報が、どれほど世の中に影響力を持っているかという問題だ。いかにネットで広まった話であろうとも、実に滑稽なことに、テレビや新聞にその話題が転載されて初めて全国的な知名度を得ることができる。ネットのすべての住人が知っているようなことでも、それは驚くほど狭い世界の話であって、世間的には誰も知らないことなんだ。
……じゃあ……私がやっていることは無駄なのか……?
 絶望的な表情の日毬の問いには、俺も由佳里も答えなかった。その答えなどわかっている。
 日毬とて、理解していて訊いたのだ。沈痛な表情が、何よりもそれを雄弁に物語っている。
……もしも日毬が最短コースで、本当に日本の頂点に立ちたいならば、由佳里の指摘は実に正しい。日毬の武器である並外れた美貌を活かし、タレントとして本気で活動してみることだ。それ自体が、必ず政治的行為へと繫がっていくだろう。バカげたことだが、それが民主主義社会だ。
だがそもそも……私ごときが、本当にテレビ界で通用する美貌なんて持っているんだろうか……。私なぞ……男の子たちに相手にされたことなど一度もないのだぞ……。昔、少女漫画で読んだみたいなお話は、私には夢みたいな世界で……無縁のことばかりだった……。
それは日毬ちゃんが普通とちょっと違うからってだけで……美貌なら間違いないわよ。私だって日毬ちゃんには完敗だもの。お姉さんが言うんだから間違いないからね。自信を持って。
で、でも……水着になったり、カメラの前で笑ったり、歌を歌ったりするのだろう……? 私には唐突すぎて、自信がない……。
タレントにもいろんな種類がいる。日毬に合った方向性を見つければいいだろう。希望なら、芸能プロダクションに当たってやってもいいぞ。これだけの美形とスタイルを持ってれば、きっと力を入れて売り出してくれるはずだ。
そう言えば、ディレクターも『プロダクションを紹介しようか?』って言ってましたね。あの人、そっち方面に顔だけは広いから、訊いてみるのも――
――あ! 名案発見! いっそのこと、先輩がプロダクションを始めてみたらどうですか!?
……はぁ? 俺が? どうして?
だって先輩、蒼通の退職日が迫ってるっていうのに、次の仕事は決まってるんですか?
いや……辞めてから考えようかとな……。そもそも辞めることを急に決断したから、次の予定なんてさ。
なら、日毬ちゃんのために、ちょっと駆けずり回ってみるのも悪くないと思いますよ。
当面やることは決まってないから、手伝うくらいならOKだけどさ……。しかし俺がまさかの芸能プロダクションか……? なんつーか、東王印刷の一族が……蒼通を辞めて芸能プロダクション……限りなく胡散臭い話だぞ……。
 芸能プロダクションは、率直に言って、もっとも訝しい仕事のひとつなのは間違いない。人を扱う水商売というものは、実体がないだけに客観的判断がしづらく、どうしても怪しげになる。実業を尊重する俺のオヤジが水商売を毛嫌いするのは、長年日本を支えてきたという自負を持つ実業家としては当然の姿勢でもあった。
そんなことないですって! プロダクションとしての、最初の仕事だって決まってるじゃないですか。金額は少ないけど、防衛省の案件ですよ。このままお役所中心に仕事を受注していくってどうです? 私だって営業のお手伝いをしますよ。
だが日毬を売り出すためなら、やはり大手プロダクションに所属させた方がいい。日毬の意に添わない活動も多くなるかもしれないが、それでも売れるためなら必要なことだ……。
だけど、日毬ちゃんの自由がまったくなくなっちゃうと思いますね。嫌な仕事でも強要されて、それを拒否すれば二度と売り出してもらえないに違いありません。日毬ちゃんは特殊な女の子ですから、その辺の事情を知っている先輩ほど適任なマネージャーはいないと思います。
も、もし颯斗が一緒にやってくれるなら……私は頑張ってみたい……。本当に颯斗が……私なんかのためにやってくれるのならだが……。
…………。
…………。
 俺と日毬はしばらく無言で見つめ合った。
 日毬は、少し震えているように見えた。まだ一六歳なのに、日本の未来を真剣に憂い、政治活動に死力を尽くしてきた日毬のこの方針転換は、本人にとって極めて重大なものであるはずだ。清水の舞台から飛び降りるという表現が相応しい決断なのだろう。手伝ってあげたいが……しかし……。
やはり俺にはだな――
 言い終わる前に、日毬が俺の腕を摑んで切々と訴えてくる。
颯斗……私は命を懸けている……。どんなに恥ずかしいことでも、嫌なことでも、できるだけ颯斗の方針に従うように頑張るから……だから、お願いだ……私に力を与えて欲しい……。
…………。
…………。
 またもや、俺と日毬は視線を合わせた。
 日毬は助けを求めるような、痛ましいほど切実な表情で、一心に俺を見つめていた。
 大きく息をはき出した俺は、観念して深くうなずく。
……わかった。どれだけ力になれるかわからないが、まずはやってみよう。人生を懸けた日毬の前じゃ、俺の決断なんて簡単なものだからな。
そうですよ、プロダクションなんて所属タレントさえいれば、どこでも始められるわけです。他には名刺があればいいだけですね。先輩に損になることなんてありませんよ。私としても、これからも先輩のお手伝いができるのは嬉しいですし!
もしオヤジが知れば逆上するだろうが……まぁ実質的に織葉家は追い出されてるわけで……関係ないっちゃ関係ないか……。よし、日毬、ここは一緒に頑張ってみるか。
颯斗……ありがとう……。不束者ではあるが、どうか、どうか私のことを、よろしく頼む……。
 切迫した表情で、結婚を誓う女の子のようなセリフを言った日毬は、礼儀正しく頭を下げた。

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