パナギアの童女は茶室で微笑む ――その女は死を知らず、ただ眠るのみ――

見知った天井。正教会の祖母は数寄者にて候。

エピソードの総文字数=4,770文字

 俺たちは三〇四号室を出た。瓶白は先導しながら話しかけてくる。
「このル・ジャルダン三十三の土地も建物も、ほとんど母の名義なのですが、私名義の建物が一つだけあるのです。それが今から向かう茶室になります」
「ほほう、自分自身の茶室とは風流。だが申し訳ない。俺は建築はともかく、作法に関しては全く知らん」
「安心して下さい、私もほぼ忘れています。小学校の頃、茶道教室に通っていたはずですが、今となってはお菓子を食べて、お薄、稀にお濃茶を嗜んだ記憶しかありません。私が先日まで通っていた中学校は、楽園町から遠く離れたステラマリア女子学院でしたので、放課に茶道を続ける余裕は無く、お稽古事は断念しました。あと茶室といっても、庭道具を片付けておく小屋を祖母が改造したものであり、それほど本格的な茶室ではありませんので、あしからず。今からお出しするのも、ただの水出し玉露です」
「それを聞いて安心した」
 しかし、ステラマリア女子学院って、十字(じゅう)駅から新幹線で三駅ほど離れていないか?確か、女子校だったと思うが。

***

「こちらで少々お待ち下さい、開けてきます」
 俺は春先にもかかわらず、未だ葉の無い藤棚の下で待たされる。十字が刻まれた灯篭、水が蓄えれた手水鉢(つくばい)もあり、なぜかミカンの断片が置かれている。しばらくしてガガーッと音が鳴ったが、その音は電動シャッターの音であり、シャッターが全て開くと、縁側の奥に障子が見えた。障子の上には「日糧(六・五・五・四・)(・二一・一九)」と揮毫(きごう)された扁額(へんがく)があった。なんだその数字は。よく見ると、揮毫の下にも数字が書かれてある。4・1・9・12・25・・2・19・5・1・4と。16個の数値に出てくる五の頻度が高いという点と、最大の数値が25である点から、簡単な子供だましの暗号だと気づいたころ、扁額の下の障子を内側からスッと開けたのは正座した瓶白であった。なるほど茶室のようなものが見える。
「今はニジリ口とかありませんので、そちらの縁側から直接どうぞこちらへ。靴をお脱ぎになって、あ、靴下とかはそのままで大丈夫です」
 座礼の美しさに目を奪われながらも、マタイ7:14で言われる狭き門(にじりぐち)から入らない俺は、地獄行きか?それよりも異教徒は全員地獄行きだったっか?などと考えていたため、とっさに出た言葉は次の通り。
「とりあえず、縁側よりお邪魔しています」
 俺はお招きに預かり、茶室に入った。薦められて座った場所は床の間(とこ)の前。しかし〝茶室めいたようなもの〟と呼ぶには、豪華なつくりではないだろうか?そして何よりも、狭い。畳二畳程度の狭さだ。
「これは、一畳台目(いちじょうだいめ)の茶室か?」
「祖母は二畳隅炉(にじょうすみろ)と呼んでいましたが、金剛寺さん、お詳しいじゃないですか」
「残念、外したか。そこそこ詳しいのは、俺が宮大工の家系だからだろう。名前から、即座に僧侶を連想される事が多いが、実際は違う。寺の維持管理を本職とする家系。色々と今まで他の自社仏閣も観てきたよ、禅宗の茶室を含めて。超党派の寺なので、寺の住職は外部から招く形式。金剛寺のシステムは、そんなこんなで他の寺とは少し違うんだ」
 俺はついぞ〝隙あらば自分語り〟という失態を犯しては瓶白を固めつつ、周囲を見渡す。天井は矢羽編で二種類の網代天井(あじろてんじょう)、床の天井は……杉、恐らくは奈良吉野杉、柾目の一枚板。さりげなく、茶室として数寄をつくしているではないか。
「金剛寺さん、折角のスーツが痛みますので、どうぞ脚を崩してください。上着、お預かりします」
 彼女の勧めに従い脚を崩し、上着を脱ぐと、彼女はそれを取り「掛けておきます」と隣室へ持ち去った。その間、俺はさらに細かな観察を続けた。
「畳を観ると、結構使いこんだ形跡があるようだが」
「はい、不勉強ではありますが、よく使っています――それはともかくですね――」
 隣室から盆を持って戻ってきた瓶白は畳に座り、それから改めて居住まいを正し、言った。
「――粗茶ですがどうぞ。よろしければ御茶請けなども御一緒に。濃茶でも薄茶でもなく、ガラスコップに入った水出し玉露ですが」
 深々と頭を下げる瓶白
「では、ありがたく頂戴つかまつります」
 同じように、俺も頭を深く下げ応えた。
「時代劇の見過ぎです。……ところで私も一緒に、御相伴させていただいてもよろしいでしょうか?」
 クスリと笑いながら訊く彼女。俺も頭をあげて答えた。
「どうぞどうぞ」
「さて、お味はいかがでしょうか?お口に合うと良いのですが」
「――なかなか、甘くて、旨みが強い。渋みは無い。上林さんとこの?」
「いえいえ、和束の茶農家から直接買ってます。多分、高級品ではありません。金剛寺さん、お茶にはお詳しいのですか?」
(作者注:上林さん→宇治茶創業四五〇年の上林春松、あるいはその系列店を指す。和束→京都のお茶生産地の一つ。農家から直接買えば卸・問屋を通さない分、少しは安い。)
「そういうわけではないが、京都に雲林院家という古書蒐集の家系があって、寺の関係で時々パシリとして行かされるので、ついでに宇治茶も飲んでくる。それで舌が肥えた。伊勢の神宮文庫は古典文献十万冊だが、宇治・山城の秦氏末裔・雲林院はその倍の古典文献を個人的に保護してて――おっと、話がそれたが、この玉露、高級品ではないという割に、なかなか上質な味。……ところで瓶白は、この茶室で風流しているのか?」
「……風流するって何でしょう?」
「市井の人に向かって、セイヤーセイヤーと、銭や金子(きんす)を撒くとか」
「……撒きません」
「ミカンを撒くとか」
「……あ、見ましたね」
「見たよ。あれは何の為?」
「メジロ用です。この季節、撒いておくと、(つがい)で食べに来るんですよ。ここはメジロの楽園(ル・ジャルダン)でもあるのです」
 彼女がそう力説するに合わせて、どこかでヒヨドリがピャァと鳴いた。
「なるほど。ところでこの茶請けは撒くの?」
 そういいながら、お茶と共に出された茶請けの金剛饅頭を、しっとりとした黒文字(ようじ)で刺し切ってみた。
「……撒きません、もし御不要でしたら私が食べます。ああ、まさか、あの、あの(・・)金剛寺に縁のある方が本日来られることは、全く想定していませんでしたので」
 そう、このお茶請けの金剛饅頭は、金剛寺の駅近くの和菓子店の名物。直方体にザクザクと切られた薩摩芋・黄金千貫がちりばめられた只の蒸し饅頭だが、その大振りのサツマイモが黄鉄鉱(硫黄と鉄の化合物。結晶は金色の直方体となる事が多い)に見えるので、ここの店主は一度は〝金饅頭〟、さらに寺にちなんで〝金剛饅頭〟と命名したらしい。どうも店主は、黄鉄と黄金を勘違いしているようだ。いずれにせよこの金剛饅頭は長い人生、実に今まで、良く食べたものである。寄進菓子(さしいれ)として、檀家さんからしょっちゅう頂くために。その和菓子店を、寺の購買部と勘違いしている檀家もいるぐらいで。そもそも仏教でいう金剛(ヴァジュラ)って、人骨なんだが……
「いやいや、預言者でもあるまいし、人には未来は予期できないものだ。それに俺はこの菓子、好きだよ」
 気を使わせてしまった。少し話題を変えてみる。
「それにしても、綺麗なグラスだ。切子グラスでありながらも、サンドブラスト処理で裏に『感謝』の文字と十字架のデザインがある」
 口には出さなかったが、この十字架、ギリシャ十字である。
「器用な祖母の自作品です。この小さな茶室は、祖母の祈りの部屋でもあるのです」
 なるほど、と俺は答え、次に床の間にかかっている掛け軸を指して言った。掛け軸の絵は桜、そして巧みな、小洒落(こじゃれ)たデザインの落款(はんこ)が押されている。十文字のデザインの上に、禱子の文字。
「すると、あの床の軸に押された落款『禱子』とは、例えばその器用なお婆さんの名前?トーコ婆さんと、先ほど言っていた……」
「よく分かりましたね。私の父方の祖母、瓶白(みかしろ)禱子(とうこ)の書です」
「で、瓶白の父方の祖母あるいは祖父は、ギリシャ人、あるいはギリシャ教会の人?」
 今まで快活であった、瓶白の動きがピタリと止まる。

「……なぜ、そう思われましたか?」
「いやだって、あれはギリシャ十字って言うんだろ?日本でよく見かける普通の縦長十字架と違って、縦横の長さが等しい十字架、プラスみたいなデザインのヤツ」
 瓶白は黙ってる。これは図星だったようだ。
「それに、瓶白の肌の色をとやかく言うのは、今の時代、政治的に良くない事(ポリティカリーインコレクト)だとはわかっているが――普通の日本人女子よりは白い。長い睫毛、そしてやや高い鼻。寒冷地対応した俺のようなモンゴロイドとは異なる、いわばコーカソイドの遺伝形質が見え隠れするが……」
 まだ瓶白は黙っている。この場の空気からして、何かマズイ。
「……つい言い過ぎた。もし俺が何か嫌な指摘をしてしまったのであれば謝ろう」
「いえ、謝る必要はありません。純粋に驚いていたのです。できればその頭の中を、見せて頂きたいぐらいに」
 彼女は黒文字(ようじ)を手に取り、俺の頭を切ろうしながら笑っている。
「しかし、瓶白のお婆さんも、瓶白も、根っからのクリスチャンだな」
 そういうと、瓶白は軽く礼をして席を立ち、先ほどまで瓶白がいた奥の部屋へと回る。
「お茶がなくなりましたので、代わりに紅茶をお持ちしますが宜しいですか?それと、クリスチャンというよりは、カトリックになります。時代劇がお好きでしたら、キリシタン、でも良いですが」
 俺は、瓶白の紅茶の申し出を有り難く受けた。……なるほど、姐さんが昔、クリスチャンという表現で、何か俺に高説を垂れていた気がするが、半分寝ていた俺は正確に思い出せない。
「祖母は、元々カトリックでしたが、結婚したあたりから東方教会の正教会(オーソドックス)に、私は今も昔も、西方教会のカトリックに属します。また日本でクリスチャンというのは、西方教会プロテスタント諸派のキリスト教徒を指すそうです。クリスチャンが何を指すかの異説はいくつかありますが」
「それは申し訳なかった。俺の不勉強だったな、今聞いても良くわからん」
「いえいえ、異教の深い話はお互い様ということで、また今度、御興味(・・・)がありましたら、じっくりと(・・・・・)教えて差し上げます。いかが(・・・)でしょうか?」
 このあたりでなんとなく、俺の鍛え上げた宗教センサーが、俺がこのままキリスト教に勧誘されそうな気配を察知した。だが、必ず聞いてくれますよね、という念押し顔をしながら彼女は笑顔で俺に告げている手前、なかなか拒否するのは難しい。俺は、かくのごとく、拒否権を失うのであった。
「それじゃ、また、今度教えてくれ……要点だけ」
「それはもう、喜んで」

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★マタイ7:14「命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない」
作者コメント
 ここで登場する二畳隅炉の間取り等は、妙喜庵の茶室『待庵』(国宝) を模したもの、だと思ってくだせー。窓が少ないという待庵の欠点は、客の後ろ側の壁がすべて掃き出し窓 、からの縁側にすることで克服していることにします。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%99%E5%96%9C%E5%BA%B5

 神宮文庫は実在しますが、雲林院文庫は架空の文庫です。

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