パナギアの童女は茶室で微笑む ――その女は死を知らず、ただ眠るのみ――

MMR(瓶白さんの・眼から梁がポンと落ちるような・レポートだよ)その1

エピソードの総文字数=5,659文字

 茶の湯における、點心(てんしん)――古い言葉だが、寺における食事を指す――等の食事が初期教会におけるアガペの食事で、菓子と濃茶が二種陪餐(ばいさん)だという、荒唐無稽な指摘を姐は続けるが、瓶白は特に驚いた様子もない。いや、この三人の中で驚いているのは俺だけか?
 少し整理しようと、宇治・雲林院文庫にて昔乱読した古い辞書を頭の中で思い出す。……そういえば、點心(てんしん)という言葉は――室町中期以降の辞書〝節用集(せっちょうしゅう)〟に登場する、日本には長く歴史のある言葉――寺で昼に空腹を癒すための食事、今だと懐石に置き換わっているはず。その当時、普通は朝晩二食。一般庶民が仮に昼に食事を取れば昼食、あるいは中食という字が当てられていたことからも、點心(てんしん)は、宗教施設である寺専用の語句であることを念頭に置く。ならば同じく宗教施設である教会で飲み食いしたというアガペの食事は、正に點心(てんしん)ともいえる……恐ろしい一致だな。

「それとジョーキ、この部屋には何か匂わない?」
 二畳の部屋を閉め切って、男一人に女二人。ああ、匂うよ。若い女性特有の匂いが。まるで、女子が着替えていた直後の教室に入ったときにするような、独特の香り。しかも当人が気づいているかどうかはさておき、瓶白の香りと姐さんの香りには、それぞれに特徴がある。ただ、コレを口にするとこの二人から何を言われるかはわからないので、その部分は黙っておきながらも、姐の質問に答えることにした。

「ああ、この部屋?そうだな、先週と違って……何か香を焚いたような匂いがする。先週は紙が積まれていただけの(とこ)だが、今週はその床に、香炉もあるし――瓶白、何か焚いたよな? 俺には馴染みのない香りなんだが――何だろう? 寺で使う線香しかわからん」

「お二人が来られることが解っていましたので、茶室の香として乳香(フランキンセンス)を焚いてみました」
 この謎に答えられるのは、茶室亭主である瓶白しかいない。

「瓶白さん、やっぱり乳香(フランキンセンス)よね? アタシが昔、カトリックの教会で、〝降り香炉(スリブル)〟を見たことがあるんだけど……確かこんな匂いが立ちこめていたと思って……」
 姐さんこの香りを知っていたのか? ところで乳香って? しばらく自分の頭の中を検索する。――乳香・没薬・黄金……イエス・キリストが生まれたときに、東方の三賢者が献上したというアレ(・・)か。

「ジョーキ、乳香はわかる?」
「ああ、なんとか名前だけは」
「それじゃ次。あの丸い窓は何?」
 姐は、俺と姐の頭上にある、丸い窓を指さした。

「窓って。窓は窓だろ?もし、形について言っているなら……茶室は禅思想を受け継いでいる。そのため円窓(えんそう)円相図(えんそうづ)に通じ、己の心を映す窓とも言われる。茶室の軸にも多いテーマでもあり、茶室建築における掛込天井(かけこみてんじょう)内部の、よくある突上窓(つきあげまど)として、特に取り立てて騒ぐほど珍しいことではないが……ここのような円形は初めて見るタイプではある」
 俺がそう言うと、姐は鞄から綺麗に彩られたケースを取り出した。俺は普段、ガサツな姐を見ているが、今の姐の丁寧な扱い方からして、それは大切な物であることが知れた。そのケースには、幾つかの写真等が収まっており、その内の一枚を俺たちの前に提示した。
「これ、ヴォーリズによって作られた、日本基督教団の大阪教会なんだけど、なにか気づかない? ――ち・な・み・に・アタシが子供の頃にいたルーテル教会も、ヴォーリズの建築物よ、アンタは知ってるハズだけど」
 今でも身長が子供的な姐は、その写真にある教会の〝円形の窓〟を指で差しながら話した。
 ヴォーリズと鉄川は、俺が尊敬する近代日本の二大教会建築家。以前、姐から聞いて以来、彼らの建築物を見るたびに、俺は寺以外の建築物をも手掛けたくなったという経緯がある。
「あ、そういえば典型的な教会建築にも、よくかんな感じの円窓があるな」
「ちょっとジョーキ、円窓だなんて、そんな異教徒(ブッディスト)(しゅう)たちこめる名称を、()えある教会建築に対して呼ばないでくれる? これには薔薇窓(ローズウインドウ)っていう歴とした名前があるんだから」

「え、そうなのか?」
 俺のとっさの聞き返しに、瓶白が話に入り込んできた。

「はい。元は丸天井(クーポラ)の頂点付近に開けられた円形の穴(オクルス)だったのですが、時代と共に装飾が凝り、牛王姉妹がお持ちの写真のように発展してきたと聞いています。
 また基本的に、薔薇窓(ローズウインドウ)はロザリオなどと同じ意味があるなどとは言われています。薔薇と言えば聖母マリア様――奇しくも私の洗礼名ですが――彼女のシンボル、そう考えてもらって差し支えないです」
「そういえば、ロザリオってどういう意味があるんだ? 只の数珠では無さそうだし」
 俺はつい、写真を持っている姐に訊いてしまったが、姐の目線は「アタシじゃなくて彼女に訊きなさい」と言わんばかりに、瓶白の方を向いていた。

「――ロザリオの説明は、牛王姉妹では難しいと思いますので、私から……」
 瓶白の話途中だが、俺は訊いた
「なぜ姐さんだと難しいんだ?」
 俺の発話に、たまらず姐は横から口を差し挟んだ。
「プロテスタントは、そういうの使わないから。メダイも。ついでに、洗礼名とかも無いから」
「そうなんだ?そういえば、姐さんの洗礼名とか戒名とか、聞いたことないや」
「そりゃ無いんだから、聞くはずもないよ。あと、戒名とか、異教徒(ブッディスト)(くさい)い話を入れてくるなっ」
 姐は、俺をやや小馬鹿にしたような態度で反論した。ただの冗談だってば。
「――意外と瓶白のカトリックと、姐さんのプロテスタント、その違いは大きいんだな」

 瓶白が、俺のつぶやきに答えてくれた。
「カトリックも正教会(オーソドクス)も、マリア様や諸聖人を大切にします。例えば、正教会(オーソドクス)ならば聖人の聖画(イコン)に対して、〝敬愛の接吻(キス)〟の雨あられです。ただ、イエズス様には畏れ多くて行わないとは聞いています。
 一方、私たちカトリックはあまり用いませんが、もし聖人の立像を使いているならば、その立像の御脚は、皆が触れたり接吻(キス)するために、すり切れるぐらいになってます」
 寺も、御堂の出入り口に置かれた賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)が、〝撫でると除病の功徳あり〟ということで、触られすぎてテカテカになっているものが多いが、それと同じ感覚っぽいな。とはいえ、カトリックでは敬愛、仏教(こっち)では功徳と、現世利益の飽くなき探求は、仏教(こっち)の方が強そうで、俺は若干、肩身の狭さを感じた。

「一般的な日本のカトリックの場合、聖人のメダイを身につける事も少なくありません……」
 そういうと、瓶白は自らの手を頚の後ろに回し、チェーンを引っ張った。それから着物の奥深くに潜んでいたペンダントトップを、引き上げて見せてくれた。先週見たのと同じ、かなり小さい物である。俺が指摘した。
「それ、先週のと同じモノだな。……小さくてよく見えないが、瓶白の洗礼名である〝聖母マリア〟が彫られている?」
 場所が場所だけに、無理矢理顔をペンダントに近づけるわけにもいくまい。額から光を放つ、ローブを被った女性が彫られている。
「いえ、金剛寺兄弟、この御方はマリア様ではありません。カッシアの聖リタ様です。絶望的状況から脱するために、私たちと共に祈っていただけるように、と私は身につけています」
「――絶望的状況?」
 俺は気になった語句を思わず復唱したが、瓶白には、軽くいなされてしまった。
「絶望的状況とは、聖リタ様のメダイなどを用いる信徒が抱いている、一般的な守護対象です……」
 しかし、俺はアテが外れた。そのペンダントは、〝聖母マリア〟だと思ったから、瓶白の名前を先週推測することができたのだが。やや落胆気味の俺をそのままに、瓶白は話を続けた。
「金剛寺兄弟、マリア様はこちらです……」
 瓶白は色留袖の着物の奥から、十字架の付いた数珠を取り出した。デザインは瓶白らしからぬ地味な物。
「――主の祈り、アヴェマリアの祈り、栄唱――からなる一環に使います。何回唱えたか、途中で忘れないように指で繰る物です」
 あたりまえながら、仏教(こっち)での用法、一〇八の煩悩消滅用という使い道では無さそうだ。俺が見終わるとそれらは大切な物なのか、彼女は元あった位置へと収納した。俺は姐さんに訊いた。
「姐さんは使わないの?」
「聖書にそれらの使い方、特に載ってないからね。使わない」
 プロテスタントは、テキスト重視派ってことか。姐は続ける。
「マリア様への崇敬も、特に強くない。それは異教徒(ブッディスト)のアンタも同じでしょ?聖母マーヤーとかあまり聞かないし。むしろ悪い意味じゃない?」
 姐は、ゴーダマ・シッダールタの母、マーヤーを指しているのだろう。俺はうなずく、確かに姉の指摘通り。マーヤーにはむしろ幻、迷妄という意味が当てられているぐらいだ。仏母は、ゴーダマ・シッダールタが生まれた後に無くなったため、弟子との逸話にくらべてほぼ話に上がることもない。
「聖書中に、マリア様とイエス様、互いに〝親子愛で仲が睦まじい〟って描写も無いと思うので、プロテスタントはマリア様に対する崇敬を持つ人は、少ないのが普通。わかったかな、ジョーキ?」
 俺は、再び首肯した。
 姐は一呼吸した後、ニヤリとして、床に掛かっている(かけじく)を指した。
「ところでジョーキ、もしこの茶室がカトリック教会だとすると、あの絵は何に当たると思う?」
 カトリック教会とか、今までよく考えたことはなかったが、昔、訪れたことがある長崎・大浦天主堂の中を思い出してみた。薔薇窓は無かった気がするが……ステンドグラスは存在したな。
「ひょっとして、ステンドグラスの代わりとか?」

 俺は、姐が返答するものだと思っていたが、瓶白が返事をした。
「そうです、金剛寺兄弟!ステンドグラスは教会正面や側面によく設置されています。字を読めない人が。絵物語で解る仕組みです。側廊は昔から、絵などを配置するスペースに使われていました」
 なるほど。仏像の存在理由が、お経で伝えられないことや、宇宙観、文字で伝えられないこと――不立文字(ふりゅうもんじ)――のため、というのとは少し違うのか。さすがに、始めに言葉ありき、から始まる宗教は違うね。

「……アタシのルーテル教会は小さいから、人が描かれたステンドグラスなんかは無い。ルターが若い頃から音楽マニアっていうのもあって、威圧感のあるオルガンは、どこルーテル教会でも大抵はあるんだけどなぁ」
「カトリック楽園教会には、小型のステンドグラスが側面に並んでます。……
牛王姉妹、いつでも観に来てください。もちろん、金剛寺兄弟も」

 二人が盛り上がっているところで悪いのだが、俺は推測をまとめて述べてみた。
「……今までの話を総合すると、この茶室自体、なんとなくカトリック教会を模しているってこと?」
「アタシはそう思った。プロテスタントのアタシは気づくまでに、やや時間が掛かったけど。プロテスタント(こっち)の教会は、〝降り香炉(スリブル)〟もない。とにかくシンプル。二種陪餐(ばいさん)以外は、カトリックから色々削って削って、とにかくシンプルにしてるからね」
「牛王姉妹、そういえば、教会中央に設置された十字架もかなり違いますよ。カトリック教会ではイエズス様がちゃんと付いてます」
「ええ、そこも違うよね? プロテスタント(ウチ)は、ただの十字のシンボル」

「あれ?それじゃ教会の中の十字架に、スッポンポンの人物が掲げられているのは……」
 俺が途中まで話したところ、瓶白がフォローした。
「……少なくとも、プロテスタント以外の教会、となるでしょうね。あと腰布は巻いていますから、スッポンポン(フルフロンタル)ではありません――初期の教会では、腰布を付けるか付けないか、悩んだとは聞いていますが……」

 続けて瓶白が、改めて姐に問い始めた。
「牛王姉妹、気づかれた点はそのあたりですか?」

「この茶室に関しては、ほとんど出し尽くしたかな?……あとは、さっき使っていた黒い茶碗?」

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作者コメント
長くなりそうなので二回に分けます。
このあたり、キリスト教徒には、返って退屈だと思いますが、キリスト教徒以外も、少しは読まれているかも知れませんので。

思ったよりも、あまり目から梁が出ませんでした。
次回は樂茶碗の五山と五大総主教座、聖餐杯(カリス)とコルポラーレと聖体皿(パテナ)が、茶碗と茶巾と食籠の類似性の話に入れるかと。
この話は有名なので、既にご存じの方も少なからずいらっしゃるとは思いますが。
私のオリジナルアイデアは、愛餐と點心、五山と五大総主教座の類似性ぐらいですかね?
後、次回はイエズス会の霊操も出るでしょうが、霊操と茶室背景にある禅文化をつなげるのも、多分私のオリジナルアイデアとなります。

今回書けた教会と茶室のアレゴリーは、他には乳香と香炉、側廊などのステンググラスと掛け軸(達磨大師とか)、薔薇窓と突上窓、ぐらいですかね。

ちなみに、愛餐の習慣は4世紀あたりで消えたというのもあり、愛餐と點心との類似性指摘が難しいと思います。今では聖体拝領前の断食時間が存在するために、もし愛餐を行うなら聖体拝領後となりますね。(カトリックの場合)
瓶白さんは前日夜から断食して、この茶会に挑んでる、という設定です。(今後出るのか?この設定)

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