退魔天使は聖夜に踊る ~復讐の乙女~

【15】金髪ママとアイツと十段パンケーキ闘争 2

エピソードの総文字数=3,052文字

 俺が食堂に戻って、「厨房シスターズの愛情入り十段パンケーキタワー」を粛々と攻略していると、頭の上から女の子の声が降ってきた。

「それ、一枚もらっていい?」

 なんと、朝っぱらから食堂に顔を出した弓槻だった。よく分からないが弓槻までジャージに半纏姿だ。年末だから大掃除でもする気なのか。

「ヤダ。あっちでもらってきなよ。俺はこいつを命がけで攻略する使命を帯びているのだから」
「ナニソレ。んじゃいい」

 弓槻は白いモフモフのついた水色のスリッパをペタペタさせながら、配膳カウンターの方に歩いていった。
 あれ、なんで俺、イジワルしてんだ? ま、いっか。

『バンッ』

 しばらくすると、けたたましい音をたてて、弓槻が俺の前に厨房シスターズの愛情入り十段パンケーキタワーを乗せたトレーを乱暴に置いた。

「なまいき」と弓槻。眉間にスジを作っている。
「は? 何の事???」

 困惑する俺を無視し、弓槻はタワーのてっぺんから最下段まで、ズバッと一気にナイフを十字に入れ、豪快にメープルシロップをブッかけ、バターの欠片をガンガン乗っけた。
 バターが溶けるまでの間、弓槻はコーヒーメーカーにコーヒーを汲みに行き、ついでにスクランブルエッグとソーセージまで追加で持って来た。

「……なによ」
 マグカップとおかずの皿を持った弓槻が、イラっとした顔で俺を見下ろして言った。

「やるな、弓槻」
 俺は不敵に笑った。

「あんたに身の程を思い知らせてやるわよ」席につくなり弓槻が宣戦布告をしてきた。

 んんん? これってバトルなのか?

 弓槻のタワーではバターがほどよく溶け、メープルシロップの甘い香りと相まって、ひどく食欲をそそる香りを周囲に振りまいている。
 俺は己のタワーから一枚づつ皿に取り、その都度シロップやバターを塗っていたけど、最初からああすればよかったと少々後悔した。

「それ、何枚目?」
 弓槻が俺に尋ねた。
「あー……いまこっちの小皿に乗ってるので四枚目だけど」
「わかった」

 何が分かったんだ? 弓槻よ。

 弓槻はコーヒーを一口飲むと、タワーの最上段にフォークをブスリと突き立て、四分の一に切り分けられたパンケーキを二枚取っておもむろにかぶりついた。

 うわあ……。
 俺はその豪快な食いっぷりについ見入ってしまった。

 バクバクと食らい、その二枚はあっという間に弓槻の胃の腑に収まった。
 そして間髪入れずにまた、タワーの最上段にブスリ。

 バクバク、ブスリ。
 バクバク、ブスリ。

 弓槻は見る間にタワーをガンガン攻略していった。

 呆気にとられて眺めていると、
「いいの? 負けるわよ?」
 と弓槻が挑発してきやがった。
 お前の方こそクソ生意気だよ。
「お前が四枚分食うまで待っていてやっただけだ。見てろ」
 もちろんウソですが。
 俺は一旦コーヒーを注ぎ足しに行ってから、本腰を入れてタワーに挑むことにした。

 俺と弓槻が大食いバトルをしているといつのまにかギャラリーが周囲に集まっていた。仕事明けの吉富組の連中までいて、あろうことか俺達で賭けをしていやがった。
 不思議なことに、昨夜の件はもう気にしてないみたいだ。

「ちょ、なにやってるんですか!」
「俺はお前に賭けたんだから負けたら殺すぞ」と真顔で言う宝田さん。
「い、いくら賭けたんですか!」
「ナイショ。そんなことはいいから食え!」

 ひええええ……

 ふと向かいの弓槻を見ると、もうすぐ十枚完食しそうだ。
 ここまで来たら負けてられるか。
 テーブルの脇では、大きなアルミのバットを抱えた厨房担当のシスターが、銀色に光るトングをカチカチカチカチさせながら、わんこそばよろしくパンケーキの補充をしようと待ち構えている。

「これ勝利条件とかどうなってんの?」
 俺はギャラリーに訊ねた。

「一皿十枚だから、何皿食えたか、じゃないのかな」
 と吉富さん。ところで貴方は誰に賭けたんですか。

「先に二皿、つまり二十枚完食した方で」
 と、バットを抱えたシスターが言った。
「じゃないとまた焼かないといけないし」

「弓槻ちゃん、いける?」
 シスターの白い三角巾が斜めに差し込む朝日に光って眩しい。

「次、お願いします」
 強い口調でおかわりを要求する弓槻。
 戦う女の風情が漂う。
 まだまだ余裕がありそうだ。

 俺もまもなく完食したので、おかわりプリーズ。
 同じく十枚乗せてもらった。

「なによ。ムリしなくていいのよ」
 弓槻が挑発する。
「そっちこそデブになっても知らないぞ」
「あたし太らない体質だから」
「そういうの年いってから超デブになるんだぞ。知らないのか?」
「うるさいわね!」

 デブって言ったらキレられた。

 俺達は再び食うのに集中した。
 味が同じだと飽きて食えなくなってくるから、俺はトッピングをヨーグルトに変更。弓槻もマネして、ママレードに変えた。

 さすがに十五枚も食うと、いいかげん腹いっぱいになってくる。
 ここから先は飲み物で流し込む戦法になりそうだ。

 でかい口を叩いていた弓槻もそろそろ苦しそう。
「ま、負けない。多島にだけは負けない……」
 うわごとのようにつぶやく弓槻。
 もう何と戦ってんだよ。……って俺か。

 ギャラリーの応援がエスカレートしてる。
 金がかかってるもんだから、内容がどんどんえげつなくなったり、半ば罵声になったりしてる。
 まったく、ひどい大人たちだ。
 というか、吉富組の連中はひと仕事終えた後なのに、ずいぶん元気だよなー。
 ま、連日連夜の作戦行動なんてどこの軍でもあるから、そんなに疲れてないんだろうな。軍隊なんて行ったことないから知らないけども。

「んんんぐぅぅっ」
 弓槻がパンケーキを喉に詰まらせて、うめいている。
 弓槻に賭けたと思しき連中が水を飲ませたり口を拭いてやったりと甲斐甲斐しく世話をしている。
 むしろJKのお世話なんてご褒美とばかりにやたら嬉しそうな奴までいるぞ。
 どいつもこいつも!

「負けるかああ!」
 俺は気合いを入れ、皿に残った三枚のパンケーキを、一枚づつ手で二つ折りにして口の中にねじこんだ。
 弓槻がモタついた今こそスパートをかける時だ!

 何度も喉が詰まって呼吸困難に陥りそうになりながら、俺は涙目で二十枚のパンケーキを完食した。

「はい、そこまで!」タムラさんがコールした。「ショウ君の勝ち!」

 宣言とともに、タムラさんが俺の手を掴んで上に掲げた。
 テーブルの周りで、やったー! とか、畜生! とか、賭けをやってた連中のシャウトが飛び交う。

「ども……うぇぷ」
 俺は咀嚼したパンケーキを戻しそうになり、慌てて口を押さえた。

「も――――っ!」
 弓槻が悔しそうに、叫びながらテーブルを両の拳で叩く。
 というか勝負を挑んで来たのはそっちじゃんか。ったくもう。

「お前、責任もって残りも食えよ、弓槻。食いものを粗末にしてはダメだ」

「ア、アンタに言われるまでもないわよ。フン」
 強がる弓槻。

 でも涙目になってるぞ。
 あ、海老原さんは弓槻に賭けたのか、苦しそうな彼女の背中を撫でている。

 さすがに俺もけっこう苦しいので、早々に自室に戻ることにした。
 それにしてもこの騒ぎはなんだったんだ? 当事者の俺が一番わかんねぇ。

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