放蕩鬼ヂンガイオー

01「あたしはヂンガイ」

エピソードの総文字数=3,015文字

 東京都、千代田区秋葉原。

 華やかな大通りを少し逸れて、裏通りにひっそりと立った小汚いビル。
 その一階にマニアックな個人商店がある。

 カラフルな看板に手書きでペイントされた店名は『ヒーロー・ロボットグッズ専門店〈俺たちの秘密基地〉』。
 俺たちの秘密基地という八文字全体にかかるようにしてオレベースと振り仮名が書きなぐってある。

 知る人ぞ知る怪しげな珍ショップの玄関前に、巨大なハリボテの人型ロボットが仁王立ちしていた。

「らっしゃいやせえ!」「いらっしゃいませー」

 ハリボテの足元にパジャマ姿の男性が二人立っていた。
 威勢のいい老人と、元気のない若者である。

「んお? っかしいな、いまなんか誰かに注目された気配がしたんだけどよ。燦太郎(さんたろう)、お客さん見かけてね?」
「俺もそう思ったんだけど、誰も見つかんないんだよな。……じいちゃんの老化が俺にもうつったかな」
「ワシゃあこの基地を預かるアキバ最強の司令官、桜庭天甚(さくらばてんじん)さまだぜ。ボケたりなんかするもんけ」
「あー、はいはい、最近はその設定気に入ってたんだな。すげーや司令官、かっこいいわ」
「なるほどバイト代を減らされてーと。むしろ現物支給で特撮フィギュアに変えてほしいと」
「いるかッ! ンなもん渡されたら速攻でつき返すわ!」

 いきり立つ燦太郎を尻目に、天甚はハリボテのロボットに向き直る。 

「どうでえこの雄姿。おめいも燃えるだろお、なあ燦太郎よ」
「いや、俺だって〈電気街変形アキバリオン〉は嫌いじゃなかったけど……もう高二なんだぞ。ロボットとかヒーローとか、そういうのは卒業したって何度もいってんじゃん」
「じゃあどうしてウチなんかでバイトしてんだぜ」
「そりゃ、東京のツテなんてここしかねーし、仕方なくだよ。夏休み終わったら学校あるし、それまでの期間限定だし」

 燦太郎は、うちわで祖父の頭をあおぎながらハリボテを見上げた。

 散漫なおもちゃカラーで塗り分けられたド派手な巨大ロボットがイケメンフェイスでふんぞり返っている。

 お金はかかっていないが、愛だけは過剰にこもっている。

 最低限の資金を元に、あーでもないこーでもないと計画を組み立て、どうしても譲れない部分は天甚が自らパーツを製作。
 企業が作るような一級品と比べれば見劣りも凄まじいが、それでも押さえるべきところは押さえた『わかっているデキ』であった。

 夜中でしかも裏通り、街灯も少なく、明かりといえば月明かりと年季の入った懐中電灯くらい。
 まぶしいはずもないのだが、燦太郎は感慨深げに目を細めた。

「やい。興味ねえなら、どうして感激の涙を我慢しとる。燃えた? 燃えちゃった? のう!?」
「い、いや。これは、その、違くて。なんつーか、えっとな」
「涙じゃなくて目からオイルってやつだな。かー、マニアはいうことが違うぜ、浪漫だねえ」
「違うっつってんだろ!」

 燦太郎はすばやく首を振って否定した。
 勢いで涙が左右に飛んで散る。頬が冷え、自分の体温が上がっていたことを自覚させられた。

「ったくよお。大きくなったらヒーローになるってずーっと言ってたろうに」
「昔のことは忘れてくれよ……。客寄せだか何だか知らないけど、確認はもう十分だろ? 明日のお披露目に備えてじいちゃんも早く寝ろよ」

 適当に切り上げて店に帰ろうとするが、天甚はなおもウンウン唸りながら自画自賛している。

 ったく、何時だと思ってんだよと燦太郎は店内の時計に目をやった。

「んん? おかしいな」

 一瞬、見間違いかと思った。

 時計の針がものすごい勢いで回転している。
 それも尋常なスピードじゃない。そのままプロペラの役割をして時計ごと宙に飛び出してしまいそうな勢いで、狂ったように短針長針仲良く回り続けている。

「じいちゃん、ちょっと腕時計見せてくれねえ? なんか店の時計が壊れてる」

 と、振り返ったそのときである。

 見てしまった。

 天甚の頭越しに、その先のアキバリオン越しに、秋葉原の夜空に――何か物騒な騒音を響かせながら突進してくる怪しい影を。 

「――そッ、そこの放蕩鬼ッ! ヂゲン獣の攻撃がくるから逃げて……、って……LAE反応なし!? ハリボテ!?」

 騒音に混じって女の子の声が聞こえたかなと思った刹那、アキバリオンが爆発四散した。

 ハリボテのアキバリオンが、爆発四散、した。

 腹パーツのあたりに強烈な閃光が炸裂し、花が咲くように大量の『氷柱』が飛び散った。外装はたやすく捩れ溶けて放射状に吹き飛んでしまう。

 ジャンクと化した部品がぱらぱらと天甚の頭に落ちた。

「わ、わ、ワシの……アキ……バリオ……んぐっ……!?」

 怪我はないようだが、天甚は小刻みに震えたあとドサリと崩れ落ちて動かなくなった。

「じいちゃああああああああん!?」
「そこの古代人。継戦能力がないなら逃げなさいし」
「るせえな! さっきっから何なんだよ!」

 見ると、先ほどまでハリボテの頭があった辺りの上空に、少女が浮遊していた。

 目を凝らす。
 と、目が合った。

 死んだマグロの眼球を南半球だけの半月にしたようなジト目が無表情にこちらを見据えている。

 月明かりに、肉付きの悪いほっそりとした体型と――それを包み込む巨大な武装がありありと浮かび上がった。

「き、巨大ロボットの中に……蒼い水着の女の子!?」
「水着じゃなくて戦闘スーツ! ロボットじゃなくて放蕩鬼! なのだ!」

 への字につぐんでいた口を、ガーと大きな△(さんかっけい)に開けて怒られた。

 見えるものといったら看板とコンクリートのビル壁くらいというアキバの空に、振り乱された長い髪が月光をすかして蒼白く輝いていた。
 
 人型の巨大ロボットを女の子が『羽織っている』。

 少女自身はむき出しのままなのだが、腕部、脚部など体の末端部に手袋をしたりブーツを履いたりするような要領でロボットの一部を装着し、結果としてロボット全体を背中に担ぐようなかたちとなっていた。

 各所の武装はつや消しの黒に統一された和風のデザイン。
 曲面で構成されながらも鋭角の突起がリズミカルに配置されており獰猛な印象を感じさせた。

 額から少し離れた位置に、彼女の身長ほどはあろうかというツノ状のパーツが浮かんでいる。
 彼女の周りにはジグソーパズルのピースを大きくしたような機械が無数に旋回しており、それぞれがせわしなく動きながら蒼い光を点滅させていた。
 
 今しがたまでハリボテのアキバリオンを見ていたから余計にクオリティの違いがはっきりわかる。
 本物――という言葉が何をして本物と定義するのかは微妙だが――とにかく本物そのものとしか思えない質感と重量感であった。

「中学生!? 小学生!? 子供がハダカも同然の格好で、なんだ! 補導されるぞ!」

 混乱のあまり自分でも何から指摘するべきかわからなかった。

「子供じゃないもん! あたしはヂンガイ、無限のヂゲンを放蕩する鬼なのだ! というか、古代人が怪我するのは勝手だけど、せめてあたしの邪魔はするなし!」

『――もう遅いわ』

 ヂンガイと名乗った少女の後ろから、野太い声が響いた。

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