【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

1-17 事情聴取

エピソードの総文字数=2,032文字

ストップストップストーーーーーップ、ちょっと待ってくれる?
 百合の早口に、そう言葉を挟みこめたのが奇跡のようだった。
 放っておけば話はこのまま何時間でも続きそうだし、多分明日の朝まで鹿威しみたいにあいづちを打っていても内容のほうはさっぱりだろう。
えーとね。とりあえず、人間関係整理したいんだけど……。
 そう言って英司は鞄からノートを取り出した。

 ノートの入っていた鞄はあちこち布地が擦り切れていた。フラップ部分はアニメキャラの缶バッジでいっぱい。何を詰め込んできたのか知らないが、ぱっつんぱっつんに膨れ上がっている。

 英司は押しのけると言ったほうがいい乱暴さでコーヒー二つをテーブルの端に寄せると、吸殻満載の灰皿を掴んできょろきょろと辺りを見回した。置き場を探しているようだ。
 手近な場所に置き場がないと判断したのか、躊躇なく(と、百合には見えた)床に置いて新しい煙草をくわえる。
 手帳代わりに使われているのだろうと推測される大学ノートを狭いテーブルに広げると英司はシャツのポケットにさしてあったボールペンを取り出した。とりあえず準備完了のようだ。

 ノートのページには、

黒竜の牙。
呪いのアイテム。
相手が人間なら一げき必殺。
ダメージの平均は3500。
修正プラスマイナス1500ぐらい?
使用すると自分が死ぬ場合も大い。
 ……というメモが、めちゃくちゃ汚い字で書かれている。

 殴り書きというよりは、むしろ殴られながら書いた文字と言ったほうが相応しい。

(何なのこの物騒なメモ……。っていうか、一撃必殺くらい漢字で書きなさいよ。それと〈大い〉じゃなくて〈多い〉でしょうが!)
 英司は煙たそうに目を細めながらくわえっぱなしの煙草をふかすと、ボールペンをくるっと器用に回してノートの開きスペースに〈フクスケ〉という文字を書いた。文字を書くためにペンを握る手は、ペンを回したときとは別人のように不器用そうだった。
  そこから下向きに矢印を降ろし、ゆう、と平仮名で書く。さらにフクスケから上向きの矢印を書いて〈ミツコさん〉と書いて、母と丸で囲んだ。
あ、由宇ちゃんは妹ね。
い、も、う、と。
 またしても平仮名だった。
で、由宇ちゃんの友達が果歩。
はいはい。
 果歩の名は漢字で書いた。
 おそらく茂がメールで知らせたのだろう。
 英司は果歩の名前から上向きの矢印が伸ばし、母という文字、さらに横に矢印を伸ばしてイイノユリ(妹)という文字を順番に書いていった。今度の妹は漢字だ。
……で、篤志って誰?
ええと、フクスケから矢印を横に書いて……そう、お友達。
はいはい。
 アツシ、と書き、さらに英司はその脇にダムとつけくわえた。
……シゲルっていうのは、フクスケさんのことなんだよね?
 そう言いながら、英司はフクスケの隣にシゲルと書き加える。
 英司はもう一度ペンをくるっと回すと書くのを中断して煙草の灰を床に置いた灰皿に落とした。一応灰皿に命中したが、周りにも結構散っている。しかし、それを気にする様子はまったくなかった。
……で、何だっけ?
 とりあえず、早口で行ったり来たりする百合の話で、英司がかろうじて理解できたのはその人物関係だけだった。
 中学の同級生だとか、頭にタオル巻いてたとか、部長のセクハラだとか、トールペインティングが趣味らしいとか、無口だったとか、非常識なSNSメッセージがどうのとか、犬の話題だが犬の名前の話題だかで盛りあがっていたらしいとか、晩御飯のおかずがどうのとか……。余計な枝葉はいくらでも羅列されていたけれど、そういうことは全部一括りに無視していい事柄なのだろう、多分。

 本題に入る前に頭に入れておくべきことが、まだいくつか残っていた。

百合さんってさ、いくつ?
 英司はボールペンをもう一度回して、ノートの上に投げた。
は?
年だよ。いくつ?
24歳ですけど。
へえ、年上か。見えないね。
 そう言われて、百合は眉を寄せた。
 どう見たって百合の方が年上に決まっている。
……あなたは? 英司くん。
男に年なんか聞くとさ、気があるって誤解されるよ、お姉さん。
お上手ですこと。
(デートでもあるまいし、こんなところで大学生の小僧と何やってんだ、私は……)
 そう思いながら百合はコーヒーをはじめて口に運んだ。
マズイでしょ、そのコーヒー。
茂くん……遅いわね。
 にやにや笑う英司から視線をそらして、構わずもう一口コーヒーを飲むと百合は入り口に目をやった。このコーヒーの原料は、絶対にコーヒー豆以外の何かだ。
 新聞を広げて煙草をふかしている篤志に気づいたのはそのときだった。
フクスケさんが来る前に確認しときたいんだけどさ。
 英司の声のトーンが下がった。
 ノートに書き連ねた人物関係図を百合の前に突き出して、英司はテーブルに身を乗り出すようにして顔を近づける。
この中に、大間団地出身のやつは何人いる?
え?
 一瞬、身体がこわばった。
 そして次の瞬間、百合は手にしていたコーヒーカップを取り落として立ち上がった。

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