佐藤茜のよもやまばなし

エピソードの総文字数=3,741文字


 ――ああ、ここは何だろう。
 いろんなものが目の前に広がっている。
 それらはぼんやりとしか見えなくて、はっきりと何かとわかるわけではないけれど。
 どこか見覚えのある気がするものばかりがあった。
 ここがどこなのか。見えてるものが何なのか。
 わからないことばかりだけれど。
 それでも、わかることがある。
 それは、ここにあるものが、どれも私にとってかけがえのない大切なものだということだ。
「…………」
 そのままぼんやりとそれらを眺めて続けて、どれくらい経ったかわからないけれど――ふいに異変が生じ始めた。
 周囲に見えているものが歪んできたのだ。
 原因はすぐにわかった。
 ……何かがこれに触ってる。
 いや、触れるだけならまだしも、どこかに持っていこうとしてさえいる。
 しかし、持っていこうとしているものはここにあるべきものだ。
 ここのものだ。

 ――佐藤茜個人のものだ。私の了承もなしに、なに勝手に持っていこうとしてるんだ――!





 私は飛び起きた。
 ……何だ今のは。夢?
 普段夢を見ることの少ない私にしては、起きる直前まで見ていたその光景は、やけにはっきりと、明確に思い出すことができた。
 それはもはや記憶に等しいと言っていいくらいに、褪せることもなくて。そのことに少し驚いたものの――その驚きもすぐに消え去った。
 なぜなら、意識を失う直前に起こった出来事を思い出したからだ。
 ……ここはどこだ!?
 そう思って視線を巡らせれば、
「――私の、部屋?」
 見慣れた自分の部屋が目に映り、そこから言葉が続かなかった。
 ただ、視界に入る光景全てが見慣れたものであったかと言えば、そうではなかった。
 明らかに見慣れない異物が二つあり、それは二人の人間だった。
「ええ、あなたの部屋よ」
 私の呟きに応じるように、そんな言葉を口にしたうちの制服を来た女子が一人と。
「…………」
 無言を維持する、これまたうちの制服を来た男子が一人である。
「……誰、あんたら」
 彼女の言葉にそう応じながら、私は自分の体を確認する。
 制服は着たままのようだ。
 しかし、その制服は無事なまま、いつもの姿をしていて。
 手のひらも綺麗なもので傷一つなく。脇腹を触っても、痛みや傷も確認できなかった。
 ――お腹の傷については服の上からのみの確認なので、もしかしたら傷跡くらいは残っている可能性もあったけれど。この場で確認することはできなかった。
 これでも一応女子なのだ。男子がいる前で服をめくり上げるようなはしたない真似をするつもりは毛頭ない。
 でも記憶が確かなら、服の上からでも十分確認できるレベルの傷だったはずだった。
「…………」
 強く目を閉じて、意識を失う直前に起こった出来事を思い出す。
 放課後の学校。暗い廊下で何かに襲われて。死にそうな傷を負い、曖昧とした意識の中で誰かが自分を助けようとする声を聞いた。
 そして、目が覚めれば見知らぬ誰かがそこにいて。
「……恩人に対して、あんたらという言葉は失礼ね。気を失っていたあなたを介抱して、この家まで運んであげたのよ?」
 彼女の口からは、お決まりのようなそんな台詞まで飛び出してくる始末である。
 ……まるでヒロインみたいな扱いだな。
 いや、この場合はむしろ、物語を盛り上げるための最初の犠牲者、というのが妥当だろうと、そう思いなおす。我ながら言っていて悲しくなってくるけれど、私自身に大した価値など無いのだから、それこそが適切な配役だ。
 そこまで思考が進んだところで、思わず笑みで口元が歪んだ。
 だってこんなの、笑わずにはいられないだろう。
 私は全部覚えているのだ。
 私は私の記憶を信じている。
 だから、記憶に刻まれた出来事の内容が、たとえ話を聞いた誰もが妄想だと断じるような出来事であっても肯定する。それがどれだけ荒唐無稽な出来事であっても、だ。
 なにせ、確かにあったはずの出来事を話して誰にも信じてもらえなかったことなど、既に経験済みなのだから。
 ……嫌な出来事を思い出させてくれるものだよ、本当に。
 そう思って、彼女がかけてきた言葉に対して応じるように言葉を作る。
「何それ。そんな言い訳でここに通してもらったの? もっと直接的に言えばいいじゃない。
 ――私たちはあなたの子どもの命を救ってあげたんですよ、ってさ」
 私の言葉に部屋の中に漂う空気が一瞬凍りついた――そんな気がした。
 視線を二人に向ければ、二人が二人とも――程度の差はあったけれど――こちらの応答に動揺と警戒を示していた。
 こう言えばこうなることもわかってはいたけれど、苛立った気持ちを抑えるためには口にせざるを得なかったので仕方ない。自棄になって言ってしまった部分もあったことは否定しないが。
 しかし、もっとうまく嘘を吐けばいいだけだろうに、とそう思わなくもなかった。
 そのまま二人の様子を観察していると。
 彼女のほうは思案するような表情でなにやら考えるような仕草をしたのだけれど。
 彼のほうはどうやら抑えが効かなかったようで。
「……っ、お前、覚えてるのか?」
 動揺した様子のまま、直接的にそんなことを聞いてきた。
 迂闊な発言をした彼に、彼女は思案顔から怒り顔に表情を切り替えて、突き刺すような視線を向けて。
 彼はすぐにしまったという顔をして、彼女に対して申し訳ないと表情で語っていたのだけれど。
 この場合はやらかしてしまった時点でアウトだろう。
 ……まぁ、私個人としてはそのあたりは正直どうでもいいのだけど。
 二人の様子を他所に、私はベッドを降りて立ち上がってから、頭を下げて言う。
「恩人に対して、誰何の仕方がなってなかったのは謝るわ。ごめんなさい。寝起きは悪いほうなので。
 とりあえずは、お礼を言わなきゃいけないですよね。
 命を助けてくれてありがとうございました」
 口にするのは感謝の言葉だった。
 助けてもらって礼を言わないでいられるほど、私は恥知らずじゃないのだ。
 まぁ、私が二人に出来るのは言葉でするお礼だけであって、仮に金銭を要求されても応じることはできないのだけど。
 だから、私は礼を言った後で頭を上げると、特に彼女のほうを意識しながら続ける。
「面倒なので結論だけ先に言いますが。
 私はあったことを言うつもりもないし、言う相手もいないので、安心して帰ってくれていいですよ」
 私の言葉を受けて、彼女が鋭い目つきでこちらを睨みながら言う。
「……そんな言葉で帰ると思う?」
 おお怖い。
 彼女の反応に思わずそんな感想を持ってしまったけれど、ここは私のホームだ。やりようはいくらでもある。
 例えば。
「私の言葉がなくてもあなたたちは一度帰らざるを得ないでしょ。
 ――母さん! もう二人帰るってさー!」
 こんな風に叫んでしまえば、私の発言が多少不自然な流れであったとしてもこの場には残ることは難しくなるだろう。少なくとも、私が彼らの立場であったら居続ける選択は取らない。だって居づらいし。
「あなた!」
 彼女が立ち上がってこちらに近づいてくる。
 彼女は私よりも背が高いようなので、近づかれると圧力が凄いんだけども。それに負けないようにと内心で必死になりながら、言葉を続ける。
「これで居座ると印象悪いでしょうね」
「……ただの問題の先送りよ」
「あなたたちのね。私には問題なんて生じてない。私の側の問題は、既にあなたたちの手で解決されている。そうでしょう?
 それとも、正義の味方はその行いの対価に金銭を求めるのかしら?
 ――ねぇ、そこの男子。正義の味方は助けたからって、助けたヒトからお金を貰うの?」
 突然水を向けられた彼は、身体をびくつかせて驚いた後で、首を傾げつつも、はっきりと答える。
「え、いや、求めないんじゃね?」
「……っ!」
 彼女は彼の発言にお冠のようだった。怒りすぎて言葉にならないらしい。気持ちは理解できなくもない。味方に後ろから撃たれたら、私だってそうなる。どんまい。
 そんなことを思ったタイミングで、私の部屋の扉がノックされた。
 母さんだ。下りるのが遅いと見に来たか、単に見送るために上ってきたか。
 まぁそのあたりは私にはわからないけれど。
 確かなことがあるとすれば、それは、ここにいる二人がお帰りになるということだけである。
「流石に、発言をそうそう翻したりはしないよね?
 ――じゃあ、そういうことで」
「……覚えてなさいよっ」
「忘れたほうがよかったのでは?」
 私の応答に彼女は舌打ちを漏らした後で扉に向かい、彼はそんな彼女に戦々恐々とした様子で続きながら、部屋を出て行った。
 二人の足音が部屋から遠ざかるのを確認した後で。
 私ははーっと溜息を吐いてから、ベッドに倒れこむ。
「疲れた。……今日の分の勉強はいいや、面倒くさい」
 そして、二人を見送ったのだろう母から、夕食はどうするのー? という問いかけが聞こえてきて。
「食べる!」
 と反射的に応じてから、部屋を出た。

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