放蕩鬼ヂンガイオー

11「毒入り……とか?」

エピソードの総文字数=2,372文字

 どうしてこんなことになったんだろう。

 ヂンガイの背がどんどん小さくなっていく。思ったよりも逃げ足が速い。

 見失わないよう全力疾走で追う。秋葉原の地理ならこちらに分があるはず、追いつけないまでも、離されなければチャンスはあるはずだ。

 昨晩、『雁が登場するなら店から逃げる』と言い張っていたヂンガイだが、その前に午前中の普通の業務で失敗にめげて早速逃亡を図ったのである。どんなヒーローだ、本当に。

「せっかく頑張って仕事覚えてきたのに、ここで投げ出してどーすんだ!」
「やっぱり落ちこぼれのあたしには無理だったのだーっ! あたしなんかが頑張ったって、古代人と仲良くなれるわけなかったのだーっ!」

 ……駄目だ、完全に自信を失っている。

 胸中に、一度は押さえ込んだはずの不安がよみがえってきた。
 やっぱり駄目なのだろうか。ヂンガイとの協力関係は、土台無理な話だったのだろうか。

「最初は誰だってしんどいんだ! 慣れればもっとちゃんとできるようになるから!」
「慣れるまであたしの心が耐えられないのだーっ!」

 ヂンガイは、振り返りもせずに逃げ続ける。
 道の角を曲がって姿が消えた。

「わひゃっ!?」

 見失う……と思ったのだが、ヂンガイは何かにぶつかった様子で引っくり返り、元いた道へと転がり出たのだった。

「どうした!」
「た、助けてサンタロー! 食い殺されるのだーっ!」
「はあ?」

 ヂンガイが、尻餅をついたまま後ずさる。
 それを追うようにして、建物の影から大柄な人物が歩いてきた。

「すまない、驚かせてしまったか」
「ひぃっ!?」

 釣り人姿の雁であった。
 猫にでも引っかかれたような爪跡が顔中を這っており、昨晩の凛との家族会議の壮絶さを物語っていた。

 どうやら天甚から聞いた話は本当のようで、雁は襲ってくるわけでもなく申し訳なさそうに頭をかいていた。

 怪しい殺気はどこにもない。いたって普段どおりの、いつもの優しい雁さんだった。

 だのにヂンガイときたら慌てて燦太郎の陰に隠れるのである。自業自得である。
 雁がきのうのお詫びに来店するというのはわかりきっていたのだ。出会ったらばっくれようと息巻いていたくせに、下手に店から出ちゃうから鉢合わせしてしまうのだ。

「……外出中か。間が悪かったな」
「や、それは別にぜんぜん。ごめんごめん、来てくれるって聞いてたのに」

 自然と硬くなる燦太郎に対し、雁は目を伏せながら両手に下げたスーパーの袋を二つ持ち上げて見せた。

「これ、おみやげ。……きのうは申し訳なかった、かわいい娘のことになると頭に血がのぼるんだ。自分でもわけがわからなくなってしまって」
「『いくら』かっ!」

 ヂンガイが目を輝かせた。が、すぐに顔を引くつかせて袋と雁の顔とを見比べた。

「で、でも、毒入り……とか?」
「どうして。いや、オレが悪いな。おびえさせて本当にすまなかった」

 完全に疑心暗鬼になっているヂンガイである。

 少しでも安心させようと、雁は一方の袋の中からタッパーを取り出し、ふたを開けてヂンガイに見せた。

「だけどもうひとつすまない、いくらじゃないんだ。これ、タコの桜煮」
「ファーッッッ!?」

 丸ごとの煮ダコを至近距離で見せ付けられ、卒倒寸前のヂンガイ。
 しかし、どこにそんな力が残っていたのか、いじきたなくも残ったもう一つのタッパーを奪い取り今度は自分でふたを開いた。

「タコはいらないし! こっちだけ置いていけばいいのだ!」
「いや、そっちも同じ桜煮なんだけど」
「ギャ――ッッッ!?」

 泡を吹いてタッパーを投げるヂンガイだった。危なげなくキャッチする雁。

「苦手だったのか。きのう二人してイケスを見てたから、食いたいのかなって」

 気を利かせてくれていたらしいが不幸な偶然にも程がある。

 ぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げる雁と、それを見て脅えながらわめき散らすヂンガイという構図になってしまった。

 そうなのだ。
 せっかく雁が和解を申し入れてくれていても、肝心のヂンガイが心を開かなければ意味が無い。これは、ヂンガイの抱えている様々な問題の縮図である。

 いつもこれなのだ。せっかく観客の方たちが応援してくれても、肝心のヂンガイが古代人が信じられないだの何だのと言って相手にしようとしない。

 はからずも現状の問題点が浮き彫りになってしまったが、しかし逆に考えればチャンスである。ここをきちんと乗り越えれば、今後の円滑なLAE供給活動への第一歩となるのではなかろうか。

「ほらヂンガイ。ちょっと恐いのはわかるけど、雁さんの誤解が解けてるのはわかるだろ。タコだって別に嫌がらせで持ってきてくれたわけじゃなくて、おまえが食べたいだろうと思ったからこそわざわざ用意してきてくれたんだ。食べたい食べたくないじゃなくて、とりあえずその気持ちに感謝してもいいんじゃないか」
「う、うぅ……そ、それは、まちがってないと思うのだ。タコだけど、古代人に食べ物をプレゼントされるなんて、なかなかないし……」
「おう、素直なヒーローはいいヒーローだ。コダイジンと仲良くなる最初の一歩として、おまえからもお礼をいって、それでひとつ解決だ。難しくないだろ」

 背中を押す。

 おずおずと立ち上がったヂンガイは、下を向き、口をパクパクさせていたが、

「あ、あのっ、ガンっ、そ、そそそ……これ、食料、あっ、あり、ありが……っ」

 必死で頑張っている様子だった。意外と素直なやつである。

 あとはもう大丈夫かもしれないなと思っていた――そのとき。

『フオーウ! やーっと着いたイエ!』

 空から重たい男声が響いた。

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