頭狂ファナティックス

埜切秋姫②

エピソードの総文字数=3,452文字

 綴と秋姫は同じクラス、二年十二組で、十二組は芸術科クラスで統一されており、各学年に一つしか設置されていないため、クラス替えもなく二人は一年生からの付き合いだった。芸術科といっても、その方向性は各人それぞれであり、自分で創作を志すもの、偉人たちの作り出した個人的な世界を解読しようとするもの、古今東西の傑作を分類しその価値を明晰にしようとするものがおり、綴は文学作品の編纂、特に近代主義の煽りを受けて登場した作品群に興味があり、高校に所属しているうちから実際に編纂作業をするほど気が早くもなかったが、光文学園を卒業して大学に進学したらその方向に進もうと考えていた。
 一方で秋姫は映画に興味があり、たまに8mmカメラを手に取り十分未満の短い作品を撮ったが(その出演者は銀太、紅月、綴ばかりだった)、それはあくまで趣味の範疇であり、自身が創作することで映像の世界に関わっていこうとは思っておらず、巨匠たちの遺した作品の映像から言語への変換、つまり評論によってその世界に携わっていこうとしており、今から大学に進学したあとは学術の博士号を取ろうと考えていた。
 教室にいるときの綴と秋姫はまったく似ていない双子、あるいは一組の革靴のようにいつも一緒に行動しており、その仲の良さはクラスメートの誰もが知るところで、二人は互い以外には関わろうとせず、よって特定のグループにも所属しておらず、しかし二人の温厚と慈愛の性格によって敵視されることもなく、スクールカーストは特別な位置に属しており、すなわち他のグループに影響も圧力も与えることはないが、敬愛されるという名誉職のような位置だった。

みなさんは本当に実家に帰らなくて良かったんですか?
 しばらく四人で談笑したあと、話題は帰郷のことになり秋姫が聞いた。
大丈夫だよ~。一年に一回くらいお父さんとお母さんに顔を見せなきゃだけど、春休みか夏休みに帰ればいいから。今年は秋姫ちゃんとも年越しができるし、私はこれで良かったと思うよ?
 普段は「お姉ちゃん」と自分を呼ぶ綴だが、同学年である秋姫には「私」と言った。
俺が実家に帰りたくねえってわがままを言っちまったからな。銀太と綴ねえには申し訳ないことをした。秋姫先輩こそ、実家に帰らなくて良かったんすか?
帰らないというか、帰れなくなってしまったんです。私は北国の出身でして、帰郷するには飛行機を使わないといけないんですけど、のんびりしていたら、座席がすべて埋まってしまって予約が取れなかったんですよ。今年の帰省ラッシュはやはり例年よりも混みますね。夜行バスとか他の乗り物を使うこともできるんですけど、それならもう年始は無理して帰ってこなくても大丈夫だよと両親は言ってくれて。それでこっちに残ることにしたんです。
せっかくこの四人が残っているなら、寮で年を越さずに、どこかに旅行に出かけてもいいかもね。四人で旅行ってまだ行ったことないから。お姉ちゃん、一度はほんとに綺麗な雪景色っていうのを見てみたいの。だから雪が降る地域がいいな。
今からだと宿の予約が取れないでしょ。有名な観光地となったら余計に。僕はあまり遠出はしたくないかな。寮でごろごろしていた方がいい。雪だったら東京でも降るでしょ。
ええ~、銀太くんは出不精だなあ。東京の雪は白じゃなくて灰色なんだもん。雪の名所に降りつもる、純白の雪化粧が見たいな~。宿がないなら野宿でもいいよ。若いんだから、それくらいできるよ。
無茶ですよ……。いくら日本でも、凍え死にするときはしますよ。東京ですら、深酒をしていると凍死するんですよ? 毎年、飲みすぎで路上に寝転んだ人とか、ホームレスの方が犠牲になっています。
だったら四人で裸で抱き合って温め合えばいいよ! お姉ちゃん、可愛い弟、可愛い妹、美少女の親友の四人でそれぞれの匂いを嗅ぎながら、体温が等しくなるまで抱き合う。そしてくんずほぐれつになったらそれはもう素敵なことだよね。
綴さんは女の子として慎みのない発言は控えてください……。とにかく旅行は諦めて、寮でゆっくりしていましょう。本当に行きたいなら、またの機会に企画すればいいのです。
秋姫ちゃんが言うなら、仕方なく今回は諦めましょう。四人の仲をさらに深めるお楽しみはまた今度ということで。代わりに今年の三が日は美味しいものでも食べて過ごしましょう。
外食ですか? でもお正月にお店は開いていませんよ?
外に食べに行くつもりはないの。食べ歩きもいいけどね。私たちで作りたいな。最近、世界各国の珍しい料理のレシピを集めるのに凝っているの。でも作り方に熟知するだけ、というのもつまらないから、みんなでお料理大会をしましょう。四人で分担すれば、かなりの量の料理が作れると思うの。
そのレシピは記録してあるんですか?
もちろん! すべて『バベルの図書館』に書き込んであるよ。披露してあげる。
 綴が左手を胸の高さまで上げると、その手の中に豆本が具現化した。それが綴のコンプレックスのシンボルである。その豆本は青い装丁が古ぼけており、金縁のアラベスク模様があしらわれていて、古拙な印象を与えた。コンプレックスは『バベルの図書館』と名付けられていた。
 綴はページを摘み、慣れた手つきで弾くと、ページは勢いよく捲れていったが、その光景はコンプレックスにつきものの不思議なものだった、とは言っても銀太や紅月のコンプレックスに比べたら素朴な不思議だった。豆本は見た目は百頁にも満たないものだったが、頁は沸騰する湯から生まれ出る気泡のように次々と現れ、今では明らかに千頁を越える枚数を綴は捲っていた。
 『バベルの図書館』は無限の頁を持つ本であり、文字や図を念写によって書き込むことができる。また綴は一度記録したものは誤った情報でもあとあと正しい情報と比較するために残しておく癖があったために滅多にしなかったが、書き込んだものを削除することも可能である。豆本は捲れど捲れど頁が現れ、無限に情報を記録することができ、綴はこれまで手に取った書物――小説、戯曲、詩、評論、学術書、辞書、など本と呼ばれるものなら区別なく、それもあらゆる言語で書かれているもの――をすべて引き写していたために、現在の時点でどれだけの情報量が収められているのか(銀太と紅月は最低でも上製本十万冊に匹敵する文章量があると睨んでいたが)、正確なところを知っているのは綴本人だけだった。
 このコンプレックスのために綴は『バベルの図書館』以外の本を持ち運ぶことはせず、引用や裏付けのための情報源のすべてとして頼りにしており、また日記や覚書としても活用していて、他人の書いた文章だけでなく、自分が記した文章も尋常ではない量が書き留められていた。豆本に書き記されたものは誰でも読むことができたが、綴は銀太、紅月、そして親友の秋姫にも豆本の内容を見せなかった。軽薄にコンプレックスの奥義を見せることは、気前が良いというよりも、むしろ軽率とされることの方が圧倒的に多かったからだ。
 綴は古今東西の珍しい料理のレシピを編纂して記録していたが、驚くべきことは『バベルの図書館』はあくまで「無限に情報を記録する」能力であり、頁の順序を入れ替える機能はなく、どの頁に何が書かれているのかはすべて綴の記憶だけに頼っている点で、書かれている書物の配列を覚えるだけでも百科事典の内容を丸々覚えるほどの努力が必要なはずであり(しかも豆本の内容は日に日に増え続けているのだ!)、しかし綴はいつでも間違えることもなく目当ての頁を開くことができた。
 1105632頁から百五十頁に渡って、料理のレシピが記録されていて、その個所に辿りつくまでに綴が要した時間は結局三十秒ほどだった。たまに綴は豆本から引用したために豆本の内容を見せなかったとは言え、コンプレックスの存在自体は隠さず、親密な人間ならば(もっとも綴がこの学園で親密な人間と認めているのは、銀太、紅月、秋姫の三人しかいなかったが)、『バベルの図書館』とその能力は知っていた。
 綴は料理のレシピがまとめられている頁を見せることはせずに、料理の名前とその料理が膾炙している国を読み上げるに留め、ときたまその地方の特産品を付け加えたが、三人には聞いたこともない名前だった。バナナの素揚げチョコレートソースあえ、ハチノスのトマトソース煮込み、シュバイネハクセとアイスバインなどが挙げられ、三人は食欲を刺激されたために、食事会の開催に賛成した。

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