大日本サムライガール

監視される少女

エピソードの総文字数=4,156文字

たった三〇〇〇円でそこまで感動されると、逆に困っちまうな……。

お金の額の問題じゃない。気持ちの問題なんだ。

党費とかじゃなくて、日毬が好きなもの買うなり自由にしていいぞ。

 日毬は頰に伝った一筋の涙をふき、決然と口にする。

集めた資金は、政治資金規正法により報告が義務づけられている。心遣いには感謝するが、正当に処理をしなくてはならない。

演説するより、バイトでもした方がいいんじゃないか?

バイトならしている。近くのお弁当屋さんだ。それでも政治活動費を賄うに足りないのだがな……。

時給いくらなんだ?

時給一三〇〇円だ。本来なら高校生は時給八五〇円と決まっているらしいのだが、私は一生懸命やっているから、店長が喜んでくれて、ずいぶん上げてくれたんだ。

へー、日毬ちゃんって実直そうだもんねー。ところで政治活動って何にお金かかるの?

団体として活動している限り、税理士を雇わなくてはならない。届出やら何やら、細々とした資金もかかる。これが大変なのだ。

でも政治団体って会費だけで成り立つの? たった数千円を党員から集めたって、結構厳しいと思うけど。

大抵の政治団体は別の事業でお金を稼いだりして成り立っている。そうしないと活動費の工面ができない。だが私は商売を知らないから、バイトをするしかないのだ。

 ここぞとばかりに、俺は仕事の話を持ちかける。

なぁ、弁当屋でバイトするくらいなら、もう少し割のいいバイトするつもりはないか? 丸一日の拘束で五万円出せる仕事があるんだ。うまくすれば今後も続けていける仕事になるぞ。

一日で五万……? バ、バカな!? 私を騙そうとしているのか? 危ない仕事を紹介しようとしているんだな?

違う違う。変な仕事じゃない。ちょっとしたビデオに出演する仕事だよ。

ビデオ出演なんていかにも怪しげだろう!

大丈夫だって。蒼通が発注する仕事だから安心してくれ。防衛省の広報ビデオだ。立派なものだぞ。

防衛省の……?

 日毬は息を吞んだ。
 それから俺と由佳里が代わる代わる、どんな仕事なのかを説明した。
 単純な話だ。防衛省の広報業務の一環として、今年度の防衛要領を一般向けにわかりやすく語る広報ビデオを制作するだけである。企業商品のPRではないから、最高レベルのスタジオやカメラマンを用意するほどでもない。
 台本は用意されている。日毬のように真面目一徹な女の子なら、台本を覚えるのはすぐだろう。
 広報ビデオは六〇分が二本。ポスター用の撮影と合わせても一日あれば足りる。だが出演する女の子は台本を頭に叩き込まなくてはならないから、そちらの方が大変だ。これらすべてで発注額五万というのは、正式にプロダクションに依頼するには安すぎる金額だった。しかし日毬が個人で受けてくれるなら、なんとか割に合うだろう。

――そんな訳で蒼通としては、この仕事を二〇〇万で受注したんだ。曲がりなりにも官庁に納品するものだから、いい加減なものは作れない。スタジオやら編集作業やらCG制作やら、すべて引っくるめれば赤字の仕事だな。だから五万しか出せない。それでも日毬がやってくれるかどうかだ。

私が国防の一端を担うことができるのか? ならば私は日本人として、当然その仕事を拝命せねばならない。まさかこんなに早く、防衛業務に参加することができようとは……。

 なぜだか知らないが、日毬は感動に打ち震えているようだった。防衛省の仕事だというのが、日毬にとっては極めて重要なことらしい。
 日毬は感極まったように、俺に身を乗り出してくる。

織葉颯斗……最初に防衛省前で貴公を見かけたとき、何か感じるものがあったのだ。しかも、連中に暴力を振るわれていた私を、身体を張って守ってくれた。我が党の初めての党費までもらってしまった。おまけに国防に私を携さわらせてくれるのだと言う……。どうしてこんな私に、そんなに優しくしてくれるんだ? 私はどうしたらいい? お前はきっと私のサンタクロースなんだ。もう胸がいっぱいで、どうやって今の気持ちを表現すればいいのかわからない……。

 少しも優しくした覚えはないのだが、日毬は俺に尊敬の眼差しを向けていた。多分に誤解があると思う。
 しかしこんな真っ正面から、しかも女の子からストレートな口説き文句のような言葉を投げかけられたことなど、未だかつてないことだ。日毬は素直な気持ちを吐露しただけで、深い意図はないのかもしれないが、言葉を受けた俺は頰が赤らむのを禁じ得なかった。俺とて女に慣れていないわけじゃない。だが、日毬のような女の子に出会ったのは、生まれて初めてのことだった。
 由佳里が日毬の後ろから、そっと両肩に手を乗せる。

日毬ちゃん、なんてストレートなの。聞いてるお姉さんがちょっとキュンとしちゃったよ。いっそのこと付き合っちゃっていいと思うよ。先輩はチャラそうに見えて、意外と真面目なところもほんの少しだけ垣間見られる気がするから、ギリギリ安心してオッケーだからね……たぶん。先輩の私生活は知らないけど!

 そう言いつつ、由佳里は日毬の両肩に手を添えたまま、今度は俺に視線を向ける。

あ! でも一六歳は条例違反ですからね先輩。お付き合いは一八歳になってからですよ。

お前はどっちなんだよ……。

 由佳里に構っても仕方ないので、俺は仕事に話を戻す。

それにしても、まさかこんなに日毬が乗り気になってくれるとは思わなかったよ。こっちとしてはありがたいけどさ、ひとつ注意してほしい。仮にも広報ビデオに出演するわけだから、世間に顔が出ることになる。そういうのに抵抗感があれば無理な仕事だけど、それは大丈夫か?

私は毎日、街頭に立って拡さんと一緒に演説しているのだぞ。そのくらいで抵抗を感じるわけがない。私には日本を変える使命がある。

それならいいさ。あと一六歳ってことなら、親権者の同意も必要だ。いずれ親御さんの同意書をもらうことになる。

まったく問題ない。母上は、私が決めたことなら貫き通すように言うだろう。

 日毬は大きくうなずいた。
――母上……どんな家庭なんだ……。

そうと決まれば後日、打ち合わせをしよう。連絡先は、さっきの名刺の場所でいいんだな。

そうだ。いつでも連絡してほしい。……貴公は私に優しくしてくれてばかりだ。逆に私が、何か貴公にしてやれることはないのか?

広報ビデオに出てくれるだけで十分さ。五万のギャラで、一級の美少女を探すだけでも手間だからな。助かるよ。

わ、私は美少女か……?

 日毬はハッとして目を見開いた。
 肩に手を添えたままの由佳里が、日毬を後ろから覗き込む。

うん! 日毬ちゃん、とっても可愛いよ。言われたことないの? すっごくモテるでしょ?

いや……男の子たちは、みんな私を避けるんだ……。私はきっと嫌われている……。

 日毬は顔を伏せ、表情を曇らせた。
 真剣に落ち込んだ様子の日毬に、慌てて由佳里が口にする。

そ、それは別の方面で避けられてるだけじゃないかな……。主に思想的に……それと武士っぽい言葉遣いとか……。日毬ちゃんの美貌は間違いないよ、うん!

織葉颯斗、お前も私を美人だと思ってくれるのか?

 おずおずと日毬は、すがるような視線を俺に向けてきた。
 俺はしっかりとうなずいてみせる。

どこから見ても日毬は傑出した美少女だな。そうじゃなきゃ街中で出会った相手に、こんな仕事をお願いしないさ。だろ?

…………。

 日毬は顔を赤らめ、視線を伏せてはにかんだ。やがてコクリと、小さくうなずいたように見えた。
 俺は腕時計を見やる。

さぁて、あと二〇分ほどでアポの時間だ。それまでに日毬を家に送り届けるよ。近所なんだろ。さっきのヤツらがいたら困るからな。なにせ大事なタレントさんだ。

あいつら、ストーカーみたいに私にまとわりついて来るんだ。困ってる。

ひどい……。警察に言った方がいいわよ。

言っても無駄だ。警察は何もしてくれない。余計に事態が悪くなる。

そんなことないわよ。こんなに困ってる日毬ちゃんを簡単に見捨てたりしないはずよ。

そうだぞ、これからすぐにでも警察に行った方がいい。なんなら後で、俺も一緒に警察署に同行して説明してやろう。暴行を目撃した当事者でもあるからな。

 俺も由佳里に同意した。
 たしかに警察は、実際の被害が出るまではほとんど動いてくれないところだ。対応もおざなりなことが多い。しかし今回は、俺や由佳里が事件を目の当たりにしている。こういうときこそ、メディア業界に力を持っている蒼通の名前は、多少は役に立つだろう。警察としても、メディア関係者には特に慇懃に接してくれる。俺か由佳里が同行すれば、警察は嫌々ながらも耳を傾けてくれる可能性が大きくなるはずだ。

これから営業があるから、警察に行くのはそれが終わってからでいいか? ひとまずストーカーは撃退できてるし、家まで送れば安心だろう。警察では、俺と由佳里がきちんと説明してやるよ。

 だが日毬は不思議そうに、俺と由佳里を見やってくる。

うん? だってアイツら自身が警察なんだぞ? 警察の乱暴を、警察に訴えたところで意味はないんじゃないか?

……え?

……はい?

 俺も由佳里も、目が点になっていた。意味がわからない。いや、わかりたくない。

アイツら公安なんだ。私が何か悪巧みをしているんだと勘違いしている。私はただ、日本を変えたいだけなのに。

公……安……?

ここ、公安って……小説で読んだことありますが……それってやっぱり警察……ですよね……?

 間違いであってほしいと祈るような表情で、由佳里は俺におそるおそる視線を向けた。
 だが、日毬の次の言葉で、俺たちの期待は無惨に打ち砕かれることになった。

警視庁公安部。私の敵だ。

 ちょうどそのとき――。
――プルルルル……プルルルル……。
 由佳里の携帯が鳴り響く。
 怖じ怖じしながら、由佳里は携帯を取り上げた。

もしもし?

 目の前で息を吞んだ由佳里に、相手が誰であるか俺にはすぐにわかった。
 由佳里は涙目で携帯を耳元から離し、俺に助け船を求めてくる。

先輩……警視庁からです……。公安三課って名乗ってますが……。

 公安第三課は、公安警察のなかで、右翼を専門に扱うセクションだ。

携帯、貸してくれ……。とにかく俺が話してみよう……。

 愕然としつつも、俺は携帯を受け取ったのだった。

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