【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

1-04 ミノタウロスの迷宮

エピソードの総文字数=2,798文字

 ワイドショーでも取り上げられた「謎の自殺」少年が『Kazupon』だったという話は、結果的には茂から広まった。

 『ミノタウロスの迷宮』には何万というプレイヤーがオンラインで参加している。
 その数だけ他のプレイヤーと接触する可能性はあるという理屈だが、実際には参加しているプレイヤーの交友関係はそれほど広いわけではない。
 ――事情を聞かせてくれとやってきたあの警察のオヤジあたりは誤解していたようだが、参加プレイヤーのすべてがのべつまくなし「友人」になれるわけではないのだ。
『ゲームの舞台として用意されたフィールドは広大なものだし、アクセスのタイミングだって人それぞれ。同時に同じ場所にいたってすれ違うだけだったり、挨拶程度の会話を交わすだけで特に付き合いには発展しない場合がほとんどですよ。
そもそもプレイヤーの一番の目的は友達を作ることじゃなくて、ゲームですからね』
 同じゲームをやっていたなら知り合いだったんだろう、と詰め寄られて、そう説明した。茂にとってはごく当たり前の感覚なのだが、警察のオヤジは今ひとつピンとこないようだった。
『ネット上の付き合いも学校や職場の付き合いと本質的には何も変わませんよ。たまたま気の合うヤツ、よく同じ時間にアクセスするヤツ、ゲーム以外に同じ趣味を持ってるヤツ、同じ掲示板やチャットルームに出入りするヤツ……そういう共通点を持った者同志が交友関係を持っているってだけです』
 『ミノタウロスの迷宮』には合同ミッションもあるし、広く浅くをモットーに声をかけまくるヤツだっていないわけじゃない。だが、所詮ひとりの人間が継続的に交友関係を保ちつづけることのできる人数なんて知れたものだ。
 一度や二度会話したってだけじゃ友達とは言えない。

 茂のネット上の友人に、わずかながらでもKazuponを知る者がいたことは、そういう意味では幸運なことだった。

『フクスケさんがKazuponの自殺現場を目撃したなんて……案外世間も狭いよね』

 よく行くチャットルームでKazuponの話題を振った時、その場にいたひとりがそんな言葉を返してきた。
 ちなみにフクスケというのは茂の小学生の頃からのあだ名で、現在もオンラインゲームやSNSで使い続けているハンドルネームだ。
『Kazuponとは、何度かチャットで会ったこともあるよ。高校生ならオンラインゲームでもチラホラ見かけるけど、中学生であんなに頻繁にアクセスするヤツって、珍しいだろ? 特に『ミノ』はのめり込むと課金ナシにはどうにもならない。それで印象に残ってるんだ。

来年、高校に入ったらオフ会にも顔出したいって言ってたのが可愛かったな……』
 その日、チャットルームで茂が知り得たのはそれだけだった。
 Kazuponの自殺の話で重い雰囲気になってしまったせいか、チャットは1時間も経たないうちにお開きになった。
いずれにしても自殺の原因がゲームとは思えないけど……。
 茂はチャットルームを出た後、検索エンジンにアクセスした。
 『ミノタウロスの迷宮』というキーワードで検索すると、関連のカテゴリとして紹介されているオフィシャルなサイトだけでなく、一般のプレイヤーが攻略法やプレイ日記などを紹介しているブログ記事もぞろぞろと表示された。
 その中に、さっきもチャットルームで同席した友人のブログもあった、茂はそのすぐ下にあった『EIJIのミノ探索日記』というブログをクリックしてみた。
よくあるプレイ日記ブログか……。
このEIJIってやつはかなりマニアックなプレイヤーみたいだ。
 EIJIというのが、ブログ主のハンドルネームだった。
 記事の内容はそれほど凝ったものではない。
 ブログ主はハンドルネームと同じEIJIという名前で、重戦士のキャラクターを登録している。そのキャラクターがゲームの舞台となっている『ミノタウロスの迷宮』と呼ばれる巨大な地下都市で体験したことを書き連ねたものだ。手に入れた珍しいアイテム、イベントの攻略法など。箇条書きに近い短い文章で、ややぶっきらぼうな印象だった。
 記事をさかのぼって行くと、EIJIがゲームのサービスが開始された約1年前から熱心にアクセスしていたことが分かった。
 ざっと読み流しただけだが、書かれている記事にKazuponの名や、それらしいプレイ仲間についての記述はなかった。
   EIJIのブログには『ミノタウロスの迷宮』の他、趣味のバイクや愛読しているコミックのシリーズについてなど全部で15のカテゴリが設定されている。
 そのひとつに目をやって、茂は心臓を射貫かれたような衝撃を覚えた。
お伽話考察
ジャングルに虎がいる
 あの少年が断末魔に口にした言葉。酔っ払いのたわ言として一蹴された『意味不明の言葉』がそこにあった。
……やっぱり聞き間違いなんかじゃなかったんだ。
 その確信を、茂は得ていた。
 ずっと胸にわだかまりつづけていた疑問。その答えに繋がる最初の糸口を見つけたのだ。
『ジャングルに虎がいる』というお伽話を知ってますか?

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浦島太郎や一寸法師の話を初めて聞いたのがいつだったのかハッキリと思い出すことはできない。同じように『ジャングルに虎がいる』というお伽話を、いつ、どこで知ったのかもハッキリとは思い出せない。

周囲の誰も、そんなお伽話は知らない。本屋や図書館を探しても、ネットで検索をしても、浦島太郎や一寸法師の本はあっても『ジャングルに虎がいる』の本は見つけ出せなかった。
本当はもっと別のタイトルがあるのかもしれないし、何か別の話の、一部だけを覚えているだけなのかもしれない。でも自分のほかに誰も、その言葉にピンと来る人間がいないっていうのがずっと不思議だった。

俺にとってそれは浦島太郎より深く馴染んだお伽噺だったのに。
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●お伽話の詳細はこちら→
 『お伽話考察』のカテゴリにあった記事はそんな内容だった。
 体験談とも創作ともとれる曖昧な短い文章。
 『まるでどっかから借りてきた台詞だな。本当にそう言っていたのかい? キミ、随分飲んでたんだろう?』
 火だるまになって死んだあの少年の最期の言葉を伝えたとき、警察のオヤジはにべもなくそう言い放った。
 苦笑を隠しているのが見え見えの表情だった。
 火が動物の形に見えたなんて話をしたあとだったのだから、まともに取り合ってもらえなかったのも当然かもしれない。
 とんでもなくバツが悪かった。UFOや超常現象を見たと吹聴して笑いものになるのはきっとこういう心地なのだろうと思えた。
 あの時、茂が続く言葉を口にすることができなかったのは……そのせいだ。
『やっぱりおまわりさんも知らないですよね、そんなお伽噺』
 『ジャングルに虎がいる』。
 その耳慣れない言葉を……茂はあの少年が口にするよりずっと以前にも聞いたことがあった。

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