橋で祈る ~夜の底を流れるもの~

2 その人は、ギターをかき鳴らし

エピソードの総文字数=4,110文字

 ここでなにか言うべきなのは自分だろうと、乃々花はじゅうぶん心得ていた。
 けれども、なにを言うべきなのかまるで見当がつかず、立ち尽くしているだけの自分に腹が立った。

 空気を読んでいるのかいないのか、礼が両腕を天に伸ばした。
 全身を弓なりにしてストレッチをし、大きく息を吸い、視線を遠くに投げて腹から声を出す。
「よーし、そんじゃあみんな、せっかくだから聴いてってよ」
 遠巻きに騒ぎを見ていた野次馬(やじうま)たちにも余裕で届く、張りのある声だった。
 橋のたもとは両岸とも公園になっている。駅に近いだけあり、こちらは大きな公園で、ちょっとしたイベントのできそうな広場があった。
 礼は数歩移動して、地面に置いてあった黒のギターケースから、古びたアコースティックギターを取り出した。
 ストラップを肩にかけ、手早く(げん)の音を合わせて弾き始める。
 ゆるいリズムに、シンプルなコード進行、バラードか。
 歌が始まる。
 一声目から、乃々花は心をつかまれた。
 興味本位で眺めていた他の聴衆も同じだろう。
 見た目からは想像できないほどの声量と、男の声というよりは、女性のゴスペルシンガーを思わせる芯の通ったかすれ声だ。三拍子のリズムを踏んで滔々(とうとう)と、その声は豊かな流れとなって大河の上に響いていく。

 くすしきみめぐみ、われをすくい――。
 旋律には覚えがあった。
 日本語で、しかもギターアレンジだったせいもあり、出だしですぐにはわからなかったが、曲は『アメイジング・グレイス』だ。
 日本では八十年代に、英語版がCMソングとして使われ、大ヒットした。
 そういえば、この曲はもともと讃美歌だったはずだ。乃々花の脳裡(のうり)に、FM局のディレクターをしていた当時の記憶の断片が、蘇っては消えていく。
 ――スクリプターが書き上げた台本に、いつも悩んで曲をつけた。内容にジャストフィットする一曲を探そうと、鼓膜(こまく)がすり減るくらい多くの曲を聴き比べ、時間に追われてキツかった。その分、狙いどおりにキマッたときは、これ以上ないほどうれしいのだ。番組の方針変更を迫る営業担当者とケンカして、スタッフと朝まで飲んだこともあったっけ……。

 余計なトークは挟まずに、礼は一曲終わると曲名だけを告げ、次また次と演奏していく。
 二曲目も三拍子。ギターのコードにのせて堂々と、
 主は、わがかいぬし――。
 と歌いだす。
 シンプルな繰り返しのメロディーが、ボーカルのチカラを際立たせる。
 そのあと二、三曲は勢いのいい楽曲が続いた。
 灰色の男も口を半開きにして聞き()れている。
 小島が戻ってきて、三つ折りのパンフレットらしき紙を渡した。それを手に、男は歩み去っていく。肩を落としたまるい背中が夕日の色に染まっている。
 その後ろ姿はもう、盗みをはたらく人のものではないだろう。男はここで小島の戻りを待っていたのだから。
 ぼんやりとそんなことを考えつつ、乃々花は遠ざかる後ろ姿を見送った。

 意識を再び歌に向けると、スローナンバーが始まっていた。
 いつも喜んでいなさい、たえず祈りなさい――。
 聴いている一人ひとりに語りかけるかのように、礼は軽やかに言葉を音にのせていく。
 高音が透きとおってよくのびる。
 目をつむると、遠く、雲の上の高みへと運ばれていくようだ。
 はじめは十名あまりだった聴衆が、いつしか二十人から三十人に増えている。
 小島は最前列のはじっこで、車椅子にちょこんと座った白髪(はくはつ)の老婦人につき添っている。
「そんじゃ、最後の曲いきます。『リパブリック讃歌』。オレは英語で歌うけど、日本語の替え歌も有名だから、知っている人も多いと思う」
 奏者と一体の生きものみたいに、アコースティックギターがマーチのリズムで和音を奏でる。

 リパブリック讃歌はかつて南北戦争で、北軍の行軍歌にもなったアメリカの民謡だ。黒人の伝統音楽にルーツを見出す説もある、ソウルフルな歌である。日本では『ともだち賛歌』ほか、いくつかの替え歌が親しまれていて、原曲の歌詞とは距離のある内容ではあるものの、乃々花も放送で使ったことがある。
 グローリー、グローリー、ハーレルーヤ! グローリー、グローリー、ハーレルーヤー――。
 繰り返すサビの部分で、礼は声をふり絞る。聴衆からは()拍子(びょうし)が起きる。
 突然、乃々花の背筋にふるえが走った。
 音楽と呼ばれるものの命が、体内に侵入してきて躍動(やくどう)する。そのなじみ深い感覚が、ひさしぶりに巻き起こり、乃々花は従順に身をゆだねた。

 沼津《ぬまづ 》にきてから、CDもラジオも聴いていない。
 そんなことにも、いまさら気づいた。
 曲のエンドで礼は派手にギターをかき鳴らし、最後はアカペラで、打ち寄せた波が引いていくようにアーメンと歌って締めくくり、深く頭を下げた。
 まばらな拍手(はくしゅ)のあとで、人々の散っていく足音が四方に広がる。
「どうしたの」
 心配そうに礼が声をかけてきて、乃々花は自分の両目から涙があふれているのを知った。
 自覚したら止まらなくなった。
 その場にしゃがみこんで号泣(ごうきゅう)しながら、自分はずっと泣きたかったのだと、ようやく受け入れた。

 トレンチコートに、赤いシュリンクレザーのハンドバッグと、ハイヒール。
 都会で通勤していたときと変わらない服装で、地方のパン屋のバイトに通う自分は莫迦みたいだ。
 赤坂にある広告代理店に勤めていた夫とは、就職後まもなく仕事を通じて知り合った。
 夫はひとまわり以上も年上で、当時の乃々花にはとても大人に見えたのだ。
 結婚後も乃々花は当然のこととして仕事を続け、七年経っても子どもはできず、それならそれで夫婦二人、ダブルインカムで過ごしていけばよいと考えていた。
 東京を離れて暮らす日がくるなんて、想像もしていなかった。
 伊豆半島のつけ根にあるこの町に越してきたのは、夫の母の介護のためだ。
 夫の父はすでに他界しており、長く一人住まいだった母が転んで歩けなくなったからと、夫が『移住』という意味で、「実家へ帰る」と言い出したのが一年と三か月前だった。

 ちょうどそのころ、夫の会社は早期退職者を(つの)っており、乃々花はあえて訊かなかったが、実質的に肩をたたかれていたらしい。
 夫は会社が提示する『いまなら辞めるのにいい条件』を、能動的に選択する道を選んだ。
「沼津に行けば、親戚が経営している会社に営業職で雇ってもらえる。生まれ故郷でおふくろの面倒をみながらのんびり暮らすのも悪くない。ていうか、もう東京はいいだろって、つくづくね」
 ふっ切れたのか、あきらめたのか、判別(はんべつ)つかない顔で夫に告げられたとき、私はどうなるのと返す言葉を、乃々花は()みこむよりなかった。
 それを問うのは、あまりにも(こく)に思えた。夫にも、自分にも。
 夫の母の人生と、夫の人生を、無視していいはずはない。
 たった一人、自分だけが、それまでどおりの仕事や生活を続けたいという理由だけでは。

 夢を見ているようだった。
 退職願いを提出したら、同僚たちははじめこそ驚いたが、事情を話すと「それはしかたがないかもね」と、あっさり送り出してくれる態度になった。感謝するべきではあるけれど、「あとのことは心配するな」などと言われると、自分の抜けた穴なんかいくらでも埋まるのだと告げられているようで、切なかった。
 それからというもの。
 目の前には、見たことのない景色がどんどん広がり、親しみ深い世界は『過去』という名のはるか後ろへ送られていき、沼津への転居はあり得ないほど順調に進み、現実感をもてないうちにすべてのことがすんでしまった。

 いざ夫の実家に住み始めると、乃々花は異邦人だった。
 夫の母も親戚も、乃々花には所詮(しょせん)、他人でしかない。
 土地のこともわからない。
 子育てをしている同年代の女たちとは、接点もなければ共有できる話題もない。
 それなのに、嫁という役割だけは重量感を増してのしかかってくる。
 もとより介護には努めるつもりだったから、不器用でも教わりながら取り組んだ。
 息子夫婦が越してきたのを喜んでいた夫の母は、しかし間もなく急性心不全でこの世を去った。

「あなたのせいではない」と、責任を感じる乃々花に医者は語気を強めて断言した。
 だからといって、自分を責めずにいられるわけもない。
 母に死なれて落胆する夫に乃々花はかける言葉を持たず、立つ瀬のない妻に対して夫もまた寡黙(かもく)になった。
 乃々花にはもはや、いる意味の見つけられないこの町で、はじめて迎えたこの冬、雪は一度も降らなかった。
 都内の大学に合格して上京して以来、こんなにもふるさとである北海道の雪景色を恋しく思ったことはない。
 生まれ育った小樽の街の雪景色が何度も心に甦り、どういうわけか、それが決して手の届かないものであるように思えて、やりきれなかった。

 だって、沼津に雪は積もらない。仮にこの先、雪が降っても、小樽のように、世界を覆い尽くしてしまう積もり方はしないだろう。道が見えなくなるほど真っ白には、ならないのだ。
「だから私には、道が見えない。自分の道がわからない」
 乃々花は、だれにともなくつぶやいた。
 この町で、自分は道を見失った。
 そんな乃々花を尻目に季節は緩慢(かんまん)に移りゆき、近ごろ夫は、親戚や地元の同窓生と出かけることが多くなり、だんだん知らない人になっていく。
 乃々花は(ひま)をもてあました。そして、ネットに募集がのっていた地元のパン屋でバイト(あくまでもバイトだと自分に言い聞かせ、パートとは区別してなんとか自尊心を保っている)を始めてみたものの、やるせないことに変わりはなかった。
 自分はどこにいればいいのか、どこへ進んで行ったらいいのか――。

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