パナギアの童女は茶室で微笑む ――その女は死を知らず、ただ眠るのみ――

金剛寺パピコ、カトリックなど高教会の、チェーン店『鋼鉄の掟』を知る

エピソードの総文字数=6,340文字

 自分の濃茶を飲み終わった姐さんは、俺と同じように濡れ茶巾で飲み口を拭き、茶碗を瓶白に戻した。瓶白は、ご相伴に預からせて頂きますと述べた後、最後にスッと軽く音を立て、躊躇無く濃茶を飲みきった。

「金剛寺兄弟、濃茶はこれにてお仕舞い、でよろしいでしょうか?必要とあらばもう一服……」
 問いかける瓶白に、俺は感謝と共に追加は不要と答え、さらにこう付け加えた。
「――俺にとっては人生初の濃茶体験、終わってみれば面白かったよ。途中、ちょっと吃驚(びっくり)したのは申し訳なかった。

 ところで話は変わるが、不勉強な俺に、先ほど話題に上がった幾つかのキリスト教的な概念を知りたいのだが、教えてくれないか?」

「そうですね。少し長い話になりますが……その前に、兄弟姉妹、続いてお薄、あるいは紅茶は如何でしょう?」

 せっかくなので、俺は紅茶の饗応を悦んで受ける旨を伝え、ここで、茶会は一端仕切り直しとなった。

***

 茶碗や釜、水差しなどの茶道具は片付けられた。炉は炭ではなく、電気的なコンロのため片付けも簡単そうである。次に茶室に持ち込まれ、差し出されたのは、紅茶と茶菓子。その茶菓子は、写真でしか見たことのない、(まばゆ)い銀製の三段トレーに載って持ち込まれた。瓶白曰く、お濃茶と主菓子では小腹が空くでしょうから、アフタヌーンティ-にしましょう、との事である。三段トレーは下から、小型の(フィンガーサイズ)サンドイッチ、スコーン、あとは俺が所望したマドレーヌが載っていた。基本は下の皿から順番に頂くそうだが、特に気にせず、お好きなものからどうぞ、と亭主からの有り難いアドバイス付きで。

「紅茶も行き渡ったことだし、さっきの話の続きだが……」

 俺は打ち出しの(ピューター)カップを取りながら、そう打診した。紅茶・砂糖入れ・ミルクピッチャーとそれらがのった(トレー)も、先週のような銀ではなく、(ピューター)。銀よりは保温性が高く、長丁場に成ることを見越しての彼女なりの選定だろうか?盆には、アカンサスの葉が優雅に彫られてる。このお嬢様、どれだけ植物文様ラブなのか。
 一方、紅茶からは、甘いカラメルとリンゴの香りが広がり、俺の鼻を(くすぐ)る。先週とは異なるタイプの紅茶。そして念願のマドレーヌをよく見ると、そこには二色のクリーム、スライスされた苺とチョコレートが挟まれている。クリームは色からして、生クリームとカスタードクリーム。この女・瓶白は、実に恐ろしい。俺の好みをダイレクトかつ、ピンポイントに突いてくる。餌付けに耐えろ、俺。揺れる心は両足に込め、己を支える礎とするしかあるまい。

「アンタ、ホ~ンと食欲と知識欲だけで生きてるね?こんなにも萌え(くる)おしくも着飾った、若い美女二人と締め切られた狭い部屋にいて、開口一番で問うコトがソレかい?」
 ――食欲・知識欲は図星だが、この際、自分で美人と言い張る視力の悪い姐はこのまま放置の刑としたい。あるいは姐よ、そのコンタクト、換えた方がいい。

「まあいいけど。それよりもちょっと事前に確認しておきたいところなんだけど、ジョーキって、旧約・新約、両方の聖書の内容は覚えているんだっけ?」
「ああ、全部覚えている。福音商店で月~金、朝八時から行われている輪読には、参加しているからな」
 直感像記憶の事は、この二人相手には黙っておく必要はない。

「聞けば聞けくほど、聖書の知識しかないって、アンタはプロテスタント向きだねぇ?」
「俺、あまりその違いって、よくわかってないんだ。姐さんはプロテスタントで、瓶白はカトリックなんだよな?この十字市内に、幾つかの教会がある、っていうのはわかるんだが」

 姉は驚きながら、俺に話した。
「プロテスタントの成立って、高校の『世界史』の教科書に、そこそこ詳しく書いてあるんじゃない?」
「姐さん、俺は理系コースだから、世界史の知識に関しては、中学校の『歴史』で止まったまま。高校レベルでの社会は『日本史』しか取ってない。だから、プロテスタントと言えば、マルティン・ルターっていう名前と、その周辺ぐらいの僅かばかりの知識かな?」
「ああ、それじゃ細かいところまでは無理だわ。特に、二種陪餐(ばいさん)の意味なんて――アタシが代わりにアドバイスしたげる。一番わかりやすいのは、やっぱりアンタが教会に来ること。明日の午前、買い出しついでに、ラーメン屋横のルーテル教会まで来てみる?その後はスーパー三店を股にかけた食材調達巡りも手伝うことになるけど」
 ラーメン大好き小池さん、いや、牛王姐さん、いいかげんに銀河宙中心座標をラーメン・グリニッジとした表現法は辞めてくれ。また、瓶白も慌てて応じる。
「牛王姉妹、私も便乗させてください。金剛寺兄弟、百聞は一見にしかず、といいます。明日は、カトリック楽園教会の見学をお勧めします。別に異教徒であったとしても、疲れた方はいつ尋ねても大丈夫です。いつでもお受けしますので」

 仏教徒には、彼ら・彼女らのコレが怖いのだ。何かあれば直ぐに、本拠地での試合(ホーム・ゲーム)に誘おうとする。こっちからすれば勝手のわからない遠征試合(アウェイ・ゲーム)で、集団による圧迫面接もあるかもしれない。しかも俺の場合、寺の関係でいくら通ったところで、改宗はできないというのに。それに檀家に見られたら、なんと言われるか。

 さらに瓶白が、言葉を付け足す。
「――牛王姉妹、私はルーテル教会での進行はよく存じ上げないのですが、確か、毎月第一週目の主日礼拝だけではありませんでしたか?そちらの聖餐(せいさん)礼拝は。ですが、ご安心ください、金剛寺兄弟。カトリック楽園教会は、毎週、聖体拝領を執り行っています」
 その報を受け、姐さんは落胆した。
「しまった!そういえば、この前終わったところだ。次は五月か……。ああ、でもこのままだと瓶白さんにジョーキを盗られてしまう」
「盗りませんよ、牛王姉妹。――ここは仲良く、半分コにしませんか?」
「あ、それいいアイデア!右半分と左半分に分けようか」
 何が半分コ、だよ。俺をパピコ扱いするんじゃねぇ。だが、左右で良かった。上半身と下半身に分けないあたりに、姐さんのさりげない優しさを見た。
 だが、俺と姐さんとの間のこの押し問答、まだ続けなければならない。退かぬ、媚びぬ、あの強いお方の精神で。ここで退けば、俺は教会に連行されてしまう。
「いや、できれば教会ではなく、茶室(ここ)でお願いしたいのだが」
「ジョーキにそこまで嫌われちゃ、仕方ないね。悲しいなぁ」
「嫌う嫌わないの前に、俺には寺の維持・修理という家の仕事があるから無理だって。世間の目もあるし」
「姐よりも世間の目?同じ聖杯から、命の水を頂いた兄弟姉妹だというのに」
「――聖杯?ひょっとして、さっき三人で飲み回した黒茶碗が聖杯?聖杯って何?」
 ア゛ア゛ー、わからない。姐さんが答えてくれた。
「聖杯?諸説あるけど、一般的には、最後の晩餐の時に、イエス様とその弟子の間で、一つのワイン杯を、飲み回した事になっている。その杯が聖杯」
 瓶白が、割って入ってきた。
「ちなみに、濃茶の飲み回しは、利休発案の吸茶(すいちゃ)が発祥となっています」

 姐さんが俺を放置して、瓶白に訊いた。
「瓶白さん、話は戻るんだけど、あの濃茶って、やっぱり一種陪餐(ばいさん)?」
「はい……似ています」
 取り残された俺は、割り込むしかない。
「そこ!そこだよ二人とも!そこのところ、詳しく教えて欲しいんだが」

 姐は、けだるそうに俺に答えた。
「――フッ、しょうがないね。まず二種陪餐(ばいさん)から知ることが大事だね。こっちが基礎だから。
 プロテスタントの聖餐礼拝では、普通は二種陪餐(ばいさん)

 俺が教会に行かないことは、姐さんはそろそろ観念して、諦めてくれたようだ。俺は、姐さんに訊く。
「姐さんは〝聖餐礼拝〟と〝礼拝〟という言葉を使い分けているようだけど、やはり違う?」
「聖餐礼拝は、パンと葡萄ジュース、その秘蹟(サクラメント)のある礼拝が。ただの礼拝だと、その聖餐がない。
 そういえばジョーキ、アンタは、お店の集会には出てるでしょ?毎週木曜日夕方、福音商会に、精霊派の牧師が来るあの集会に。あの時、何をやってるか覚えてるよね?」
「――ん~なんだっけ?
 賛美歌・聖歌を最初と最後に歌って、メインの説教は、牧師様の有り難い新約聖書の解釈。それを聞いて、献金するぐらい?歌いながら」
「そう、プロテスタントの普通の礼拝って、多くの場合、そんな感じ」

「〝聖餐礼拝〟で行われる〝聖餐〟について、もう少し、詳しくしく教えてくれないか?二種陪餐(ばいさん)だっけ」
ウチの(ルーテル)教会での聖餐の話になるけど、礼拝が終わる最後のあたりで、教会出席者の一人・一人に対し、牧師から、パン一かけらと、小さなコップ一杯の葡萄ジュースが配られる。ただ、コップは人数分存在するので、飲み回しをする必要はない。パンとワイン代わりの葡萄ジュース、その両方が与えられるのが二種陪餐(ばいさん)。パンとワインの両方が出るから、両式陪餐ともいうけど。パンだけだと一種陪餐(ばいさん)
 とはいえ、ジョーキがアタシのルーテル教会に来ても、パンと葡萄ジュースは貰えないよ。クリスチャンとして、洗礼を受けるまではダメって事。かなり重要な事なので」

 ここで俺ではなく、瓶白が姐さんに質問した。
「牛王姉妹、私にも教えてください。配られるのはワインじゃなくて、葡萄ジュースなんですか?」
「……うん、幼児洗礼を受けた人でも飲める、そういう采配だとは思うんだけど――やっぱり、本格的には赤ワインにして欲しいと。個人的には思うね」

「瓶白、カトリックは赤ワイン?」
「ええ、かなり(・・・)厳密に決まっています。赤ワインだけです。白ワインのところもあるそうですが。ザビエル以降、追放されるまでの間、イエズス会が来日したときは、赤ワインが手に入りにくいので他の代用品となる酒を使って良いかどうか、と本国に問い合わせたぐらいには厳密です。よほどの事情がない限り、ワイン以外は考えられません。
 このようなルールに僅かな差が生じてしまえば、それを基点として新しい派閥を生み、分裂する兆しとなってしまいますので、ものすごく厳密なルールが課せられています。長い長いテキストで」

「瓶白、それって勝手な解釈や、省略化、たとえ親切心から生じたとしても、付け加えはダメってこと?」
「ダメみたいです。
 ――例は可笑(おか)しいかもしれませんが、国内に何十・何百という店舗数を誇る、ハンバーガーチェーン店や、レストラン等、金剛寺兄弟もご存じですよね?」
「ああ、あるね、色々と。他にも、定食屋・牛丼屋・うどん屋・ラーメン屋とかもその範疇。十字大学にも入ってるし」
「そのお店、基本的には、どこの店舗で食べても、同じ味、を再現している、と言われています。あくまでも理想論で、実際には店長の采配等で、僅かに味や温度、サービス等に差異が含まれているかも知れませんが……」

「――なるほど、瓶白の言わんとしていることがわかった。カトリックは、チェーン店的な存在意義を守るために、色々とルールが厳密である、ってことが言いたい?」

「はい。マニュアルを重視します。マニュアルから外れれば、それはチェーン店でなく、極端に言えば異端の店舗です。例えば、ミサは〝ローマ・ミサ典礼書〟に従って進行します。
 ひょっとしたら、牛王姉妹は……ローマ・カトリックに対して、嫌な思いを感じているのかも知れませんので、いまのこの話は――高教会としての、汚くも醜い弁護を兼ねています」
「瓶白さん、アタシは大丈夫。何百年も昔のことだし、特に個人的な嫌悪感は持ってないから。それにあれは、神聖ローマ帝国や欲の皮が突っ張った連中、天国を引き合いに出してお金を集めた連中、誤訳を恐れて母国語で主を称えさせない連中が原因。どれだけあの当時のローマ・カトリックが、母国語翻訳を嫌がっていたことか……。母国語で主を称える(プライズ・ゴッド・イン・ザ・ネイティブ・ランゲーヂ)って、大事なことだと、アタシは思ってる」

「牛王姉妹、ヤン・フスの火刑の件を、カトリックが謝罪したのは、ヨハネ・パウロ二世が西暦2000年になって初めてでした。本当に遅く、申し訳なく思っています」
「瓶白さんは、さっきも言ったように気にしないでいいから。イエス様を信じるアタシも瓶白さんも、ただの末端信者。アタシたちがたどり着くところは、同じ〝真実の教会〟だと、信じてる」

「瓶白、話を分断して申し訳ないが、さっきの話の最後のあたり、〝高教会〟って何?」
「すみませんでした。ここでは、権威・儀式の内容や手順を重んじる、という意味です。基本的に、正教会(オーソドクス)・カトリック・英国国教会(チャーチオブイングランド)等を指します」
 どこの国でも、伝統的な宗教は、権威にすり替わってしまう事が少なくないのだろう。だからこそ、政教分離という言葉が存在するのではないだろうか。奈良の平城京から、京都の平安京への遷都、また鎌倉幕府や江戸幕府という地理的な意図、京から離れた位置にある高野山の開山、共に、『既存のメンドくさ~い宗教的な権威』から、干渉されないように、距離を取る目的だという説があるが、確かに説得力があるような気がする。また、これは国や地域が変わっても同じ事なのかも知れない。

 瓶白は、話を続けた。
「現在の茶道も何かが一人歩きして、そう言う意味では高教会的な印象を、一般人に与えているかも知れません。金剛寺兄弟が、この茶室で当初恥じ入ったように。
 茶道の知識が少ないことで、恐縮することはありません。どうみても、利休や、珠光の本質が忘れ去られている気がします。
 ただ単に、お茶を楽しく飲むのに、客人に恥か、恥でないかを気にさせること自体が、既に〝おもてなし〟から外れており、おかしい事なのです」
 そう言われて、不躾な俺は多少救われた気がした。

 俺は、瓶白に少し前の話について訊いてみた。
「瓶白、さらにもう一点悪いんだが、さっきのフスって何?フス戦争のフス?」
「ちょい待ちなジョーキ。そこはプロテスタントのアタシに説明させてくれないか?」

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作者コメント
 このあたりから、キリスト教における、日頃の知識で書いていますので、中には裏付けのない、信用度の低い話が混ざっているかも知れません。歴史的詳細や、細かい点は、あまり信用なさらないでください。多分大丈夫だとは思うのですが……
 どこまで掘り下げて、キャラクターにトークさせるか、なかなかコントロ-ルしづらいですね。唯のキリスト教雑談ならいくらでも書けそうですが。

参考:
利休〝茶の湯とはただ湯をわかし茶を点ててのむばかりなることと知るべし〟
珠光〝この茶道では、まず忌むべきは、自慢と執着の心。達人への嫉み、初心者を見下す心など、もってのほか(この道、第一わろき事は、心の我慢・我執なり。功者をばそねみ、初心の者をば見下すこと、一段勿体無き事どもなり)〟
どちらも、形骸化や、心の醜さを招くことを最大限に懸念している。

フス戦争に興味を持たれた方は、大西巷一先生の漫画「乙女戦争」等を入門編としてお勧めします。

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