頭狂ファナティックス

葬式

エピソードの総文字数=2,949文字

 次の日に銀太、紅月、秋姫の三人は綴のために質素な葬式を挙げることにした。いかなる憲法や法律も適応されない、と明言された状況下にある以上、どのような組織にも頼ることができず、自分たちで葬式を挙げるしかなかった。三人は同じ寮の人間から食料と交換で蠟燭や線香など、葬式を挙げるのに必要なものを集めて回った。このような次第で、しかも綴は姿を現さないときたものだから、その寮では綴が死亡したのではないかと噂が立ったが、銀太たちに実際に聞いてみる度胸のある、もしくは無遠慮な人間はいなかった。
 葬式は本当に質素なものだった。銀太の部屋で行い、綴の遺体は弟のベッドに毛布を掛けられたままで、銀太は背の低い机に綴の写真が入った写真立てを置き葬式の準備を進めた。写真は四人で短い映画の撮影をしたときに遊び心で秋姫が撮ったもので、こちらを向いた制服姿の綴が軽く首を左肩に傾けていた。写真立ての前に白壇の樹皮、葉、根や数種のハーブを灰になるまで焚いて作った焼香が茶碗に盛られて置かれていた。焼香には線香が一本挿しており、その両脇には蝋燭が立っていた。葬式と言っても宗派に倣った正式な手順を踏むわけでもなく、三人が銀太の部屋にそれぞれ好きな場所に座り、物思いに耽っているだけだった。寒かったせいもあり、綴の遺体は腐敗が遅く、何の臭いもしなかった。
 三人が葬式の切り上げどきを見失って、各々が綴との思い出を出会ったときから(銀太と紅月に関しては記憶を遡れるまで、と言った方が正しいが)順々になぞって――といっても時間による配列ではなく観念連想による配列だったが――故人を偲んでいるとドアがノックされた。三人以外は誰も葬式のことを知らないはずなので、銀太たちは不意の訪問者を不審に思い、あるいは葬式とは無関係の時期の悪い訪問者に微かな苛立ちを覚えながら、銀太がドアを開いた。そこにいたのは恒明だった。
綴さんについて、悪い噂を聞いたのでね。思わず訪ねてきてしまいました。
 銀太が追い払う返事をする前に、恒明は部屋の中を見て状況を悟ったようだった。ドアの前に膝から崩れ落ちると、両手で顔を覆って嘆きの叫びを上げた。
ああ! 綴さんが亡くなったというのは本当なのですね! これは運命なのでしょうか? 二千年も前から、悪人に下されるべき鉄槌を善人が肩代りするというのは変わっていないのですね。この世の運命の巡りの中、悪運を引くのはいつも善人だ。悪人とは、自分に都合の悪い巡り合わせから逃れる手段を心得ている人間のことだ。もしかしたら善人だって、その方法は知っているのかもしれない。しかし自分が割を食うことを知っていながら、その運命から逃げようとせず、正面から対決するからこそ、善人は善人なのだろう!
 この心が引き裂かれんばかりに! と付け加えかねない恒明の演技がかったと言えなくもない愁嘆場を銀太は冷ややかに見下ろしていた。紅月と秋姫の二人は部屋の奥からこの場面を困惑した顔つきで眺めていた。恒明は俄かに立ち上がった。その顔は涙で濡れていた。
僕も一つ、綴さんを偲ばせてもらおう。
 ところが部屋に入ってこようとした恒明の前から銀太は退かず、立ちふさがったままだった。
お姉ちゃんのために、あなたに悲しんでもらうつもりはない。部屋に一歩でも入ったら殺しますよ。
 銀太の見開いた目つきはその言葉が冗談ではないことを物語っていたが、恒明はわざと気がつかない振りをして、銀太を優しく脇に押しのけると、写真の前まで歩み寄った。
僕はあなたを愛していました。この写真の中のあなたも麗しい。どのような悪魔があなたの運命に襲い掛かったのでしょうか?
 銀太は写真に呼び掛けている恒明の隣に立つと、茶碗を手に取り、中身の焼香を相手に向かって頭からぶちまけた。
部屋に入るなと言ったでしょう。今すぐに出て行ってください。
いくらあなたが綴さんの弟と言っても、僕の愛を止めることはできない。このようにね。
 恒明は写真立てを持ち上げると、写真の中の綴に口づけをした。そこが銀太の我慢の限界だった。銀太はシンボルの銀色の鋏を具現化して、切っ先を相手に向けた。それとほとんど同じく紅月が銀太に飛びかかり羽交い絞めにした。恒明が現れたときから、紅月は何か一悶着あるのではないかと思い、いつでも飛びかかれるように構えていたのだ。
やめろ銀太! こんなときに喧嘩沙汰を起こすな!
その鋏が銀太くんのシンボルですか。
そうですよ。こいつがあなたの首を刎ね飛ばすんです。お姉ちゃんが見ているから、この場では野蛮な真似はよすことにします。しかしあなたの振る舞いを許すことはできない。必ずあなたを殺す。
 相手が抵抗を止めたために、紅月は銀太が襲い掛かるのを引き止めることはできたが、その口までは封じることができなかった。同時に恒明の口も。
奇遇ですね。こちらもいつも僕と綴さんの仲を引き裂いてくるきみのことを、常々殺したいと思っていたのですよ。綴さんの手前、その素振りどころか、口調にも出しませんでしたけれども。そろそろ僕たちの関係も限界ではないでしょうか? この機に僕たちは決闘をするべきだ。介添人はいりません。なぜなら降参という選択肢はなく、どちらかが死ぬまで続けるのですから。
 決闘の申し込みに先に抗議の声を上げたのは、紅月と秋姫だった。しかし銀太が黙れ、と怒鳴ると二人とも驚きのあまり押し黙ってしまった。銀太が大声を出すことは非常に珍しかったからだ。
その決闘受けますよ、守門先輩。この世界に僕たち二人が一緒にいられるほどの広さはない。
いい返事です。こちらから決闘を申し込んだのだから、決闘の場所と日時はそちらが決めてください。それが公平というものです。
時間は明日の午前十時。場所は屋内でも構いませんか?
ええ、構いません。あなたのコンプレックスは屋外よりも屋内で効果を発揮するようですね。
ならば、第三校舎はどうでしょう。この状況下、校舎にいる人間もいないでしょう。
それで承ります。明日の午前十時に第三校舎。確かに了解しました。今日はここで引き下がりましょう。
 恒明が部屋から出て行くと、銀太は緊張の糸が解れたといった具合で崩れ落ちるように藤椅子に腰を下ろした。秋姫はすぐさま銀太の前に立ち、説得にかかった。
殺し合いなんて止めてください! 紅月さんのときは、向こうから襲撃をかけてきたのだから仕方のないことでしたが、あなたは今、意地のためだけに人を殺そうとしているんです!
 気の立っていた銀太は秋姫に対しても殺意のこもった視線を向けた。そのために秋姫は怯んで、何も言えなくなってしまった。無言を通し続ける銀太の代わりに紅月がその意思を説明した。
男には意地があるからこそ、殺し合いをしなくてはならないときがあるんすよ。女の俺たちには理解に苦しむことかもしれませんが。俺は決闘を勧めることもしませんが、止めることもしません。この場合においては、中立の立場を取らせていただきます。銀太も、俺たちから説得されたところで引き下がる気はないだろう?
 銀太はやはり口を開かず、殺気を滲ませた目つきのまま頷いただけだった。その一つの動作だけで、二人の少女は銀太がすでに恒明を殺す決意を固めていることを悟った。

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