オンライン女性作家座談会 『小説を書いたことないけど作家デビューしたい!』

オンライン座談会 会場 Part3

エピソードの総文字数=15,279文字

二日目です。
それぞれの自己紹介を終えて、そろそろ「書くために」のお話をまとめていきたいですね。

・自分の興味について見つめ直し、すごく簡単なノウハウ本を一冊読んで書く。
・色々な分野に手を出したほうが良い。
・広く浅くでいいから色々かじっておくと、アウトプット物にリアリティ出ます。
・書きたいものが当面見つからない人でも、愛しいキャラが見つかれば書ける。キャラ萌え。

2017/04/11 09:20

すでにツイッターなどでお話したのですが私は初期段階で「自分に必要なのはまず構成力だな」と思いました。習うより慣れろで、素振り毎日百回みたいなののほうが自分にはラクだなと思いました。のでその方式で。
私がやったことを羅列します。

「書きたいジャンルの本を大量に買ってきて読む」
ジャンルBLの場合当時はエッチシーンがあって当然だったので(いまもそうか)読んだあと今度は二度目にエッチシーンごとにフセンをつけていく。
ラブシーン。キスシーン。はじまりと終わりにフセン。

それとは別に事件についても違う色で「事件にかかわる伏線」「事件のスタート」とか「山場」などにフセンをつける。だいたいフセンだらけになる。全部やる。
そうするといくつかフセンのパターンが見えてきます。BLはレーベルごとにエッチシーンの量が違ったりしましたが。

特別な作家はいます。パターンにはまらない人はどのジャンルにもいます。
でもフセンをつけていくと、だいたい構成というものがいくつかのパターンになるなと思いました。BLなら攻めキャラが出てくるページがこのへんとか、出会いとか。事件とかも。

2017/04/11 09:31

分類して自分ができそうなパターンと構成を見分けます。
そしてその構成にあてはまるように「ここまでに誰を出し」「ここで出会い」「ここでキスだ」と「ここまでに山場を」とプロット的なものを自分なりにまとめ、それを見て書いてみる。このへんは体感でプロットと小説は数を打つしか。

自分にできる構成がはまるまでフセンジャックとプロットと小説を書くというのをくり返しました。
こういうのは好きな人と、好きじゃない人がいると思いますし、天才はこんなことしなくていいです。私は頭でっかちで、ゆっくり体感していきたいので、くり返してこういうのをやりました。

フセン方式を行うと「形が整う」ので、私のように「とりあえず書こう」でスタートしてる人はいいのかもしれません。

「書けないけど、書きたい」で根が体育会系の方には私はこれをオススメします。

ホラーだったら「怖いシーン」「事件」「バケモノヒュードロの位置」ミステリだったら「なんか不穏な伏線ぽいもの」「事件」「捜査とその回収」「解決」などなど。ジャンルが変わってもフセンが貼られる位置にはそんなに大差はないように感じます。エンタメ寄りの物語の起伏はだいたい似ている。

ただし一部の名作と、純文学とされる小説の一部は、フセンを持ったまま「どこに貼ればいいのかわからない」と思ったものが複数あります。それはそれで楽しく読んで「私の参考にはできねーな!」で終わりました。
フセン貼る余裕もなく引き込まれて読んでしまうという幸福な読書もたくさんあるので、そういうのは三度めくらいからフセン貼ってました。

2017/04/11 09:33

とにかく「最後まで書く」という意味において「こういう起伏が物語りというものなのだから、この起伏モデルに近しい物語を整えるだけ整えて書いて終わらせよう」は有効なのではと思ってます。
おもしろくないものに仕上がる可能性も高いですが、今回の座談会テーマのひとつが「最後まで書けなかった人が、まず最後まで書ききるための」ノウハウであるので。

何回か「最後まで書けた」あとでブラッシュアツプしておもしろいものにしていく努力をしていけばいいと思ってます。
そうしているうちに「特に書くことはなかった」ような気がしていた人たちのなかにふわっと「私、これが書きたかったんだわ」という気づきがあったりします。
そうなるまでのものがその人にとっては習作で、そこから本気出して書いたのがやっと「第一作」になるんじゃないかな。

2017/04/11 09:39

お邪魔いたします。質問と相談があります。よろしくお願いいたします。


デビューのために、ジャンルや、レーベルの傾向を分析するためにひたすら読む、というのは、理屈としては非常にわかる話です。分かるのですが。
こうした手法を取られる方は、そうして「ひたすら読む」中に、「面白くないなあ」「合わないなあ」と思われるものはありませんでしたか? あった場合、それらをどうしていますか?

……商業ライン、に乗っている以上、何らかの面白さがあり、優れた読み手であれば素直にそれを楽しめるものなのでしょうか。それとも、そういう時は冷静に、私には合わないけどこういうところが受けてるんだろうな、と分析的に読むことに徹するのか。それとも、合わないものは自分が書きたくないものだから別にいいや、とさっさと見切りを付けて次行きますか?

2017/04/11 10:25

siril_nagi

そしてここからは、半ば愚痴のような相談となります。


どうも私は最近、「書く」ことは楽しいのですが、「読む」ことが下手になってしまった気がします。
受けない物ばかり書いている人間がこういうことを言う醜さを承知の上で本音を吐露させていただきますが、ランキング上位の作品、本屋で話題の作品などを手に取ってみても、「え、面白いのこれ」とか、文体やヒロインが合わない……と感じてしまうことが多く、たくさん作品が溢れる中で楽しめる本を探すのがしんどくなってきています。

物語を楽しむ心がなくなってる……というわけではないと思います。やはり鉄板と言いますか、少年ジャンプは定期購読していて、毎週楽しみにしている作品が数点あります。
また、ネットで言うと、架神先生が今ここで連載している作品や、滝口さんがなろうで書かれている作品を見に行ったら素直に面白いなーと思ったので、ネット媒体や台詞中心の作品が合わない……ってわけでもない、と思う。
やっぱりこの先生の作品は素敵だなあ、と思い続けている作家も、変わらず楽しめています。

でも、手探りで、本屋に行って新しく気になるものを探してみよう!となると、やっぱりなんかどれも自分にはいまいちだな……と、収穫なしで終わってしまうことが多く、ここ数年、本当、めっきりと「読書量」が減りました。

まずは分析のためにたくさん読め、というのは分かるのですが、それ以前に、私のように、「読む」ことが下手になってしまった人間に対して、何かアドバイスはありませんでしょうか。

2017/04/11 10:36

siril_nagi

>siril_nagiさん

はじめまして。ご質問をありがとうございます。

私はいまだに「おもしろくない本」と巡り会ったことがないです。「合わない」のも含めて「へー、こういうのもあるんだなー」とおもしろがれるからかもしれない。

ですが、そう思えない方は、無理に読書しなくてもいいと思いますよ!!
むしろ嫌いなもの、合わないものがあるということは、ご本人になにかのこだわりがあるからだと思うので、そこはあえて自分が楽しめもしない読書をして、こだわりの瘤を削らなくてもいいような。

>私のように、「読む」ことが下手になってしまった人間に対して、何かアドバイスはありませんでしょうか。

「読まない」。

別な努力の方法を考えましょう。読書しなくても「書ける」人だってたくさんいます。
自分の話をすると私は持ち家が火事で半焼になって、建て直しするまで家を追い出されて親戚の家で一家仮住まいをさせてもらっていた時期がありました。そのときには仕事部屋が別にあって仕事の資料とPCはそっちにあったので仕事の続きもできて原稿の締めきりも守りました。
ただとても疲れ果ててしまって、本を読めなくなりました。
読んでも楽しくなかったので、その時期は読書してないです。
あと乳がんの治療時期も副作用でふらっふらになっててその時期もなに読んでも楽しめなくなったので漫画も含めてほとんど読書してなかった記憶があります。

身体や心が疲れているときは楽しい読書ができなくなることもある。そのときは読書以外で楽しんでください。

「読む」以外で「書くことの鍛錬をするには」という新しいテーマに関しては、他の三名のパネリストさんに、私も伺いたいです。
よろしくお願いいたします。

2017/04/11 10:50

>受けない物ばかり書いている

という自己分析のもとに「読めなくなった」わけですから、それは心が疲れているのでは。
いわゆるスランプ的な?
書く分には「楽しい」んですよね?
ジャンプなど一部のものがとてもお好きで楽しく読めるのでしたら、それだけを読んで、そこから得たものを自作に展開するのでいいのではと私は思います。ご自身の好みと個性が明確だということです。

どちらかというと

「自分の書いてたものの良さを見つけてくれない」受け手という不特定多数と向き合うことに疲弊しているのではないでしょうか。

読書の楽しみを取り戻すためのアドバイスより、いま必要なのは↑へのアドバイスでは?

と、私は勝手に判断したので「受けない自作と、認めてくれないみんな」に疲れたときの、みんなの対処法とヒントをパネリストの皆様のお返事を伺いたいところです。

間違ってたら「それは違うよ、ささきさん」って言ってね!

2017/04/11 11:01

>広く読まれている=すごーーーーく売れてるものって男性も女性も読んでますよね。

すごく売れているメガヒット作でも、たぶん発売当初の段階から、男性と女性の読者層の比率が半分だったという作品は、あんまりないのではないかなと自分は考えています。男女は別の生物なので、どうしても、どちらかに寄ってしまうと思われます。
そのなかでテレビアニメになったとか、テレビドラマになったとかいう過程を経て、多くの人たちの手を介在していくことで、コンテンツ外の全体の雰囲気が男女問わずさらに売れる状況を作り出していくのではないかなと想像しています。

2017/04/11 11:20

>優れた読み手

この表現は意表を衝かれました。そういう考え方があるのだなと。
優れた読み手というのはいないのではないでしょうか。強いて言えば編集者ですが、編集者も本当に売れる作品、生き残る作家を見分ける目を持っているわけではないので、「優れて」いるわけではないかもしれません。
だから、siril_nagiさんはもっと気楽に構えていいと思いますよ。

自分なりのアドバイスを次に書いてみます。

2017/04/11 11:24

佐々木先生、回答ありがとうございます。


>こだわりの瘤
あ、いいんですかこれ。読まない、でいいんですかね…。プロデビュー、とまではいかなくても、もうちょっと上手い書き方があるんじゃ、と模索するなら、「こだわりの瘤」は削ってかなきゃいけない物なのかな、と思っていたので、
そして、うーん、そうか、佐々木先生はやっぱり、「面白くないもの」が無いのかー。そういうところとか、面白いと思わなくても分析して取り込む、までが、才能であり努力なのかなーと思って聞いてみたので、読まなくていい、と言われてほっとしたような、やはり迷いがあるような。

でも、そう言っていただけたことで、他のパネリスト様から、「読書以外の上達方法」があるのであれば、そちらを見てからまた考えよう、と思いました。やっぱり、自分に合った方法が見つかるなら、その方がいいですしね。

2017/04/11 11:18

siril_nagi

アドバイスですが、ぼくの場合は多くの小説家さんとは違うので、その点だけご理解のうえでお願いします。

>無理に読書しなくてもいいと思いますよ!!
>「読まない」。

佐々木さんがこう書かれていることにまったく同意見です。そもそも、物語を必死で受容しなくてはならないということは一切、微塵もないと思います。

よく「多読しなさい」とか「読め」というアドバイスをする方がいますし、それは一つの方法論であることは確かなので間違っていないのですが、繰り返しですけど、それは目的にたどり着くまでのルートの一つでしかないのです。そのルートの一つにすぎないことを、さも皆がやっているとか、当然そうすべきだという意見になってきたら、それは眉に唾を付けて聞いておけばいいだけだと思います。こうした断定は魔法の一種です。
実際問題、ぼくは読むことをやってきていませんので。ぼくは違うルートをたどっていますし、ルートは複数あるのです。一つのはずがない。こうじゃなきゃいけない、なんてことはまったくないのです。

さらに佐々木さんのお言葉からですが、

>読書しなくても「書ける」人だってたくさんいます。

これはまったく、ぼくのことです。
自分はデビューするまで物語をまったく受容しないできました。
自分の中身を、物語に変換できればいいのであって、その他で語られることは単なるテクニックや方法論の一つに過ぎません。自分が、自分の中のモノを、物語に変換できさえすれば、他のことはどうだっていいのです。
物語に変換する作業、これが出来るなら100%完全な状態です。他のことは枝葉であって、方法論は無数にあります。人様が唱える魔法に振り回されず、自分に相応しいやり方を見つけるのがいいと思いますよ。

2017/04/11 11:31

>「こだわりの瘤」は削ってかなきゃいけない物なのかな

それについてはご自分で「自分のこの尖っているところ・瘤」が、他者に示すべき瘤なのかどうかじっくり自問自答してみることをおすすめします。

あと「削っていかなきゃいけないのか」と迷ってるのだったら、たまに削ってみたものを作るのもいいのではという再提案もしますね。
どちらを大切にしたいかはご自身のアンテナ次第です。

必然の瘤的なものだと、意識して削ってみせても削ってみせても「ちっとも削れてないけど」ということになるので。それが個性っていうことなんだと思ってます。
私はデビューしてから担当さんに「佐々木さんはいいからもうちょっと読み手に近づいて。折れてください。自分を折る努力をしてください。あなたが折れて折れて折れきったと思って書いたものであっても、あなたらしさは微塵も減ってないので、バキバキに折れる気持ちで迎合しろ!! それくらいでちょうどいい!!」と言われていまに至ってます。
変わったかどうかは自分ではわかりません。

しかし私はそんなに個性のない書き手だと自認してます。
そんな私ですらプロの編集者さんにはこう言われるのです。
たまに「よし。瘤を削るぞー」っという努力もしてみると、もしかしたら楽しいかもしれないですよ?
私は「へー、わかったー」って努力することとその結果が出るのが好きなので、だいたいやれと言われることをやり、楽しい限り続けるし、楽しくなくなったらやめます。

2017/04/11 11:43

>佐々木先生

「自分の書いてたものの良さを見つけてくれない」受け手という不特定多数と向き合うことに疲弊しているのではないでしょうか。

うーんと、ここについては、私個人としては、なろう作家先生たちの座談会を経ていろいろ思うところがあって、今は前よりは折り合いをつけた状態……だとは思うんですが。
それを書きはじめるともう、ここの座談会を完全に私の個人相談で埋めてしまう勢いになりそうだったので、自重します……。

私も、PBW、Pixiv、そしてここと、それなりに書いてきた中でぶつかってきた悩みですし、今、Webで活動されている多くのアマチュアがぶつかる悩みではあると思うので、ぜひパネリスト先生方のご意見を聞きたいなと思いました。

2017/04/11 11:52

siril_nagi

>siril_nagiさん

こんにちは。
「面白くないと思う本」「合わない本」、わたしはよく出会います。本以外にも、アニメや映画でも。
アニメなんかだと途中で見るのをやめておしまいになってしまいますが、
ヒット作なのに自分には響かないなぁという作品に出会ったときには、siril_nagiさんのおっしゃるように

>私には合わないけどこういうところが受けてるんだろうな、と分析的に読む

ことをします。
そして自分が著者だったらどういう展開にするか、キャラクターが違っていたら面白く感じられるか…と想像してみます。それでうまく話が出来上がったら、ちょっと書いてみるのもいいと思います。新しいオリジナルの物語が生まれるはずです。

あまりにも稚拙に思える、文体が生理的に受け入れられないなど、ムリな作品に対面したら、「こんなものでもお金をもらえるなら、私の作品も世に出ていいはずだ!」と、奮起の材料にしてもいいと思います!

2017/04/11 11:45

>至道先生

回答ありがとうございます。結局、今のところ、自分に合った伸ばし方が見つかっていない状態、でいいんでしょうか……。
結局、「我慢して読め」「上昇のための投資はしろ」を試す前から、しり込みしちゃっているのでそれこそ至道先生が最初におっしゃった「魔法の言葉」を待ってる状態、になってしまうような(苦笑)
うーん、自分の中身か……自分の中身と言えるほどの中身……探してみます。

2017/04/11 12:04

siril_nagi

>私のように、「読む」ことが下手になってしまった人間に対して、何かアドバイスはありませんでしょうか。


siril_nagiさんは、これまでじゅうぶん意識的に小説を読んできたかただと見受けられます。そういう方が読めなくなっているということは、今は読まなくてよいのだと思います。アウトプットするときなのではないでしょうか。
書くことは、読むことも内包している行為と思うので、書けているなら大丈夫です。
「資料以外の本は読まない主義」と豪語される作家さんもわりといらっしゃいます。

そして書き続けていれば、どうしても読みたくなる時が来ると思います。

編集としては、佐々木先生の言う「こだわりの瘤」は、あまり削らない状態で、びんびんにとがってるものを新人賞に送ってきてほしいな、と思います。担当編集と組んだあと、いい形に整えるなり、瘤をいっこ完全につぶすなりして、洗練されていくのがいいなと。

2017/04/11 12:12

御覧の皆さま、連投申し訳ありません。


>藤沢先生
回答ありがとうございます。
>私には合わないけどこういうところが受けてるんだろうな、と分析的に読む
ここまでは考えの通りでしたが、ここからの
そして自分が著者だったらどういう展開にするか、キャラクターが違っていたら面白く感じられるか…と想像してみます
が、あ、逆だ、とはっとなりました。
そっか、ヒット作を見て、自分の文体や中身をヒット作に寄せるんじゃなくて、ヒット作を自分の文体や好みのキャラで改造するのか。それは確かに……一つの作品としてやってみようとしたことは、ない、かも。
中々、合わない作品を最後まで読めなかったり、キャラを変えたら成立しなくなりそうなことも多そうですが……出来そうなものがあったら挑戦してみようかな。

あまりにも稚拙に思える、文体が生理的に受け入れられないなど、ムリな作品に対面したら
文庫作品ならともかく、ネット投稿作だと「でも私の作品はこれ以下なのが事実としての結果なんだよなあ…」って気持ちがやっぱり沸いちゃいますけどね(^^;

2017/04/11 12:28

siril_nagi

個人として驚いたので、わりとどうでもいいツッコミだけ入れさせてください。

以上とか以下とかそういうのはあまり考えなかった。
作品はどれもみな愛おしいよ!  そっかー。

2017/04/11 12:46

siril_nagi さん
わたしもデビュー前にはほとんど小説不読人でした。デビュー後も、作家さんや友達からいただいた本、勧められた本は読みましたが、今でも読書量は少ないほうだと思います。

なので、小説を全然読まない選択肢もありだと思います。

で、参考になるかどうかわからないのですが、以下に、読書以外でも文章書きに役立ったと思われるいくつかの経験を書きますね。

1  二十代前半のころ、一年間だけ、地元の映画館で上映された映画を洋画邦画問わず観ました。(一部男性向けアハンは観なかった) 毎週土日、時間が許す限り、ときには午前午後、夜のトリプルで。昔の田舎のことですから、だいたい二作上映です。そこで何かを吸収してたと思います。それを『何』と一語で言えませんが…

2  あと、幼少時から好んで耳にしていたのはNHKのニュースです。日本語の基礎は国語ではなく、ニュースという音声言語でした。

3  エッセーを読むのが好きでした。特定のエッセイイストさんの本は発売を心待ちにして買って読んでいました。今もエッセーは好きですし、自分でも書きます。エッセーは小説よりも自我が出ます。経験から何を得、何を感じたか、その分離と抽出、表現のさじ加減にとてもいいトレーニングになりました。

4 技術者や科学者が書いた本(一般の人々に向けてかみくだいて書かれた本)を今も好んで読んでいます。読む量は小説より多いかもしれません。

こんなふうに、複数のところから栄養をもらって書き手になった人間もいます。
siril-nagiさんも、ご自分オリジナルの「楽しめる」「大好き」な栄養素を見つけてくださいね。

2017/04/11 12:21

たけうち先生、ありがとうございます。間違いの無いようお名前を確認しようと作者ページを確認したら、れさぱんになってた…(笑)


>自分オリジナルの「楽しめる」「大好き」な栄養素
こういわれて、はっと思い浮かぶものが自分の中にありました。
もう、こちらで書いてる二作品で剥き出しになってますが…ゲーム、それも、RPG、ですね…。
自分はソシャゲというものにどうものめり込めず、ゲームはやっぱりゲーム機でやるのが楽しい! と思ってしまい、そこらへんも踏まえて、時流についていけない人間なんだな、と諦めていた所もあるのですが…。
今続けている連載が完結するか強制終了になったら、毎月ゲーム一本必ずプレイして、エッセイを書いてみようかな。それなら何というか、今無理に本を読むより、楽しくやれそうで、ちょっとわくわくしてきました。
それでいて、プログラミングを習熟していてなお、ゲーム開発に行かない自分は、やっぱり書くことが好きなんだろうな、とも。

正直なところを言うと、成功体験がない自分は、「努力で何とかなる!」と言われるほど、いやでも、やっぱり才能がないとその膨大に見える努力が無駄になるんじゃ? そう思ってしまい、なかなか腰を上げられず、魔法の言葉か勝手に時代が来るのを待ち続けていました。
今回も、「だから努力が出来ない自分は駄目なんだろうな」と諦めを追認する形で質問した側面もあります。
けどこうして、パネリストの方々から一通り回答を聞けて、そんな自分でも、やれそうなこと、やってみたいことがまだ見つけられるんだな、と。

改めまして、先生方、ありがとうございました。

パネリストの先生方から回答が一巡しましたので、自分はここまでにしようかと思います。
私は今日はスパコミ用の原稿やらなきゃいけないんだー!(尻叩き

2017/04/11 13:16

siril_nagi

お詫び:アプリからコピペで持ってきたら文字サイズがおかしなことに。見にくかったらすみません。


昨日、宿題になっていたテーマについてです。




書きたい気持ちがあり 台詞ひとつは持っている


自分の世界も持っている けれどその先へ広がらない


かなりつらい状況だと思います。ここからどうやって抜け出していくかです。


その台詞は、書き手の脳が作ったものではないということにまず気づいてください。


外から「何か」が五感を経由して入ってきて、感受性と混合して(感受性に浸潤して)、作られたもの、それが「ひとつの台詞」です。

脳はオリジナルの言語を持っていません。言語はすべて学習の結果、脳にインプットされたものです。
脳はひとをだまします。自分の脳でも完全に信じられるものではありません。でも、脳の考えることにひとは支配されやすい。脳のいちばん、やっかいなのは「脳は脳だけが好き」という独善です。そのとき、脳は「人間なんてただの入れ物」「脳を載せて移動する物体」と思ってる。(ジョーク)

この脳に「フィルター」がある。物理的なフィルターのことは今回は横に置いて、心理的なフィルターのほうについて説明させてください。

このフィルターには「事実や真実より、脳の思い込みのほうがずっと大事、たとえそれが人間本体に不都合な事態であっても」という、不思議な個性がある。


刺激も情報も、人間に入るときはそのひと固有の「フィルター」を通ります。「バイアス」という場合も、あるかと思います。

ただし、このフィルターはひとの意思で多少のアレンジができます。そこに救いがあると。




フィルターと、入ってくる情報の、流入速度なり粘度なりが合わない場合、


「材料がそこにあるのが見えていて、自分は欲しているのに、必要なものが入ってこない」


状態になります。飢餓感は緩和されない。


出す方も同じ。


外へ出す側のフィルターが緻密すぎるときも同じで、出し切れないと苦しい。


自分のフィルターの細かさ(繊細さ)に自尊心(脳主導の思い込み)がかかっていると、目詰まりするだけです。書きたい気持ちがあるなら、ため込んでいいことはないので、出せるものは出しましょう。




これを解決するひとつの方法は、出し入れ不自由なフィルターを捨てて、目の粗いフィルターに替えよう。です。


目の粗いフィルターですから、アラとか無知とか未熟さとか、恥なんかもぼろぼろ外へ出てしまいます。


かっこわるいです。イケてない自分も見えてしまう。それでいいと思います。むしろ、それが大事です。


恥ずかしすぎたら、他人に見せなければいいんですから。脳はいやがります。楽なことだけしたいのが脳だから。でも人間は「楽」を捨てて「楽しい」を選ぶことができる。

「脳の我が儘」と「意固地なフィルター」をかなぐり捨てて、もう一行、台詞を書きましょう。もう一行、地の文章を添えましょう。書いていくうちに脳は諦めます。「人間が楽しいと思うなら楽しいほうに便乗しよう」となれば、また一行、書き進めることができる。


こうして書いたものは、自分には大切な一作になると思う。たとえ完成にいたらなくても、大事な一ページに、大事な章になります。




「蛇口がぶっ壊れて言葉がほとばしるように出てきて、ほとんど何も考えないで書き切った」


じつはこれ、ため込みにため込んだあとで、フィルターを替えたときに起きます。


作家さんには「あれだ」わかる経験かと思います。


これが万全というわけでは決してないですが、まずひとつの方法として。



他に、「自分が光になって作中の対象を照らす」「音声化することで表出しやすくする」「映像を想像する力・連想させる力」などがあります。自己流なので、汎用性はないかもしれないのですが。


今後、少しずつトークに入れていきます。



ということで、本日のランチのおすすめは「フィルター交換」でした。

2017/04/11 13:07

>りうとさん

びっくりするくらい、わからない。
このみんなで座談会をしてよかったと思いました。私はなにを質問したらいいのかすら、わからない。

ということは私の説明がわからない人のなかに、りうとさんの説明に「ハッ」とする方がいるはずだ!!

2017/04/11 13:40

文字サイズと改行がおかしなことになっていてすみませんです〜

2017/04/11 13:41

>「脳の我が儘」と「意固地なフィルター」をかなぐり捨てて、もう一行、台詞を書きましょう。もう一行、地の文章を添えましょう。書いていくうちに脳は諦めます。

自作について添削したり、ためらったり、よく書こうとか、人に認められようとかをみんなかなぐり捨てて「とりあえず、書け。書くことが楽しいと、思いだせ」そうしているうちに、ため込んだものがどっと出てくるタイミングがあるから、なにも考えるな、書け。

というような意味合いでいいのでしょうか。

私が解釈しようとするとなにもかもが体育会系の素振り百回系に変換されるな!?

2017/04/11 13:49

佐々木先生の置いてくださったテーマと、「読め」について

「読め」は魔法の言葉なのか

専門学校の学生に対しては、「とにかく読め」から始める先生は多くいらっしゃいます。
なにしろ、読んでない人が多い…「読まなきゃはじまらないよ」という気分にもなります。
「読んでないけど、作家になりたい!」というひとは、驚くほど多いです。

乱暴な言い方かもしれませんが、私はどんな人間でも、社会経験があって三十路過ぎればそれなりに語彙も増えて、小説のひとつも書けちゃうのではないかと思っています。
そこをなんとか、二十歳前後の若者に、促成栽培を施すのが講師の役割と考えています。
読書を奨めるのは、促成栽培するのに一番お手軽でコストパフォーマンスが良いのが「読む」行為だからです。

私は学生に対しては、卒業後に志望する業界に入れたとして、「好きなもの」の話題になったとき、自信をもって語れる準備をしてほしいと思っています。
編集者になったとしたら、作家と対等に楽しみつつ打ち合わせができるように。
作家になったなら、同好の士を見つけて盛り上がれるように。
ライターなら、取材先で話をふくらませられるかもしれない。
そのために、やはりなるべく本は読んでほしいと思うのです。読書体験は、業界に出た後の共通言語として必ず役に立ちます。
「映画を観まくる」もいいと思います。すこしお金がかかりますが。

至道先生のように十代で起業されていたり、私の知人には学生時代パチンコで月に3ケタ稼いでこわい職業の人に目を付けられて車上生活していた人がいたっけ…そんな語るべき豊富な経験があれば、そして、それを他者に伝えるすべを身につけていれば、たくさん読まなくていいと思います。
興味を引くエピソードは持っていても、表現する技術が伴わない場合はもったいないので、ちょっとは読んだ方がいいかな。


ただ、私は学校では「投稿対策」の講座を受け持っているので、学生の読書量ばかりを気にしているわけにもいきません。
色々な授業で読書の課題が出て、学生は疲弊していたりもします。
したがって私も「読む」以外で「書くことの鍛錬をするには」についてずっと考え、ゼミ形式の講義の中で試行錯誤している日々です。

学校の特別講座でいらした女流作家さんに「日記を書いたらいいんじゃないの?」と言っていただいたことがありました。
筆力の鍛錬のために日記をつけるのも、面白い試みだと思います。

2017/04/11 13:51

とりあえず、書け。書くことが楽しいと、思いだせ


近いです。書くことが楽しいと脳に思わせよう。ということです。

脱線していい? 脳の不思議さについて。

2017/04/11 13:54

脱線どうぞ。

2017/04/11 14:00

佐々木先生は理詰めかつフィジカル、たけうち先生はイメージのほとばしりで物語を生み出していらっしゃるのかと感じました。

はじめにひとつの台詞があり、描写が一文、台詞をもう一行と作品世界ができていく様子は、イメージすると、一輪の花を中心にぶわっと一面の花畑が広がっていくような画が浮かびます。心(頭?)のなかが広く明るくなっていく感じがあります。

フィルター交換、大事ですね。気が付かないうちに目が詰まっていたりしますものね。(我が家のエアコンもそろそろ…)

2017/04/11 14:03

三年ほど前に、思うことあって一念発起。禁煙したんです。
半日くらいはなんでもなくて、「なーんだ禁煙なんて簡単じゃん」という状態。ところが十時間を過ぎたあたりで、急に足に激痛が。骨の奥の方が痛い感じ? そして足のふくらはぎから甲にかけて真っ赤になって腫れた。ちょっと経験したことのない痛さでした。

で、その痛みは禁断症状。脳がニコチンを求めて、なんとかして吸わせようとして、悪くない足を赤くさせて、ウソの痛みを発生させたみたいなんです。
「ありかー!」と思いました。
でも、主に痛いのが骨の奥の方で、晴れるのは皮膚近くだというのが、なんか疑わしい(笑
その後半日ほどで痛みはおさまり、腫れも引いて、けろっとしたものでした。
脳め、わたしをだまそうとしたのだな。楽をしようと謀ったか。
だがわたしはだまされないよ。脳がどのように抵抗したとしても、禁煙はするよ。と、思ったのそのとき。

それでつらつらと、脳は半分くらい、自分じゃないなと思ったんですね。
自分というのは、表層意識が「言葉として認識出来る範囲、あるいはこのように感じていると自覚する範囲」という意味ね。
考えてみれば、ひとが日常では全く意識していない多くのことを、脳は人間にいちいち報せるわけではないし、脳の自己判断(反応とか作用とか)でちゃんと機能するように働いているわけなので、文句はないですが。

脳の「楽したい」部分が、人間を逆に「苦しめるときがある」の相反則を、体験しました。という脱線話でした。

2017/04/11 13:59

>読書を奨めるのは、促成栽培するのに一番お手軽でコストパフォーマンスが良いのが「読む」行為だからです。

これ同意します。
経験値がない方が、書くべきモノを内に養う方法として、読書は最もお手軽な手法の一つだと思います。

そのうえで自分がオススメしたいのは、Part1とかでも書いたように、自分の好きな分野の実用書(分厚いのが辛いなら文字が大きくて楽に読める今風のノウハウ本で)を題材にして小説を仕上げてみることがいいのではないかなと考えています。
促成栽培には、小説を読んでもらうよりも向いているのかなと感じています。


自分が上で魔法だと書いたのは、読書自体のことではなくて、「読むのは当然」とか「小説家は皆読んできている」とか断定してしまい、ルートを一本化させてしまうことを指しました。受け手は、断定してもらえたほうが、答えを示されたようで楽になれるんですよね。受け手の側も魔法を求めているし、教え手側も求められているのがわかっているから魔法を口にしてしまいます。

本当はルートは無数にあって、そのなかで読書はたしかに一つのコスパが良い方法なのだと思います。

2017/04/11 14:18

たけうちさんは根っからのクリエイターなんでしょうね。
表現手法の端々にも、伝え方の例の出し方なども、純文学的な方だなと感じます。

佐々木さんとぼくは、結構近いかもしれません。
ぼくは自分では、男性タイプのなかでも、最も男性側に振れていると思っているので……ということは佐々木さんは男性的なところがあって、結構男性とお話が合ったりするのでは。

2017/04/11 14:22

>私はどんな人間でも、社会経験があって三十路過ぎればそれなりに語彙も増えて、小説のひとつも書けちゃうのではないかと思っています。


これ、内舘牧子先生にお会いしたとき、いただいた言葉と同じです。

「たけうちさん、人間ていうのはね。誰でも小説のひとつやふたつは書けるものなの。皆、自分のなかにストーリーを持っているのだから。小説家はそれを文字にして本にして、世の中の皆様にお金を払っていただいて、時間もいただいて。それで生きている。だから小説家っていうのは本当はや○ざな商売なのですよ。そのことを忘れちゃだめよ」

ふと思い出しました。

*このトーク、お名前をあげてまして、不適切だったら指摘してくださいね。削除しますから。

2017/04/11 14:26

>たけうち先生

おおお、内舘牧子先生と同じこと言ってしまった…!(照)
そして、プロはそれで食べていくことに謙虚であれということなのでしょうか。責任をもって読者を幸せにしなさいよ、と…

そして、「脳は半分くらい自分じゃない」は、新鮮な考え方でした。なんとなく、身体は現世での借り物…というか、たまたまマッチングされた意識≒脳の入れ物、みたいに思っていたんですが、脳=自分じゃなくて、味方かどうかも微妙とは…興味深いです。でも、自分の快楽のために、謎の痛みを生成してくる脳は憎めない奴ですね。

2017/04/11 14:28

>「努力で何とかなる!」と言われるほど、いやでも、やっぱり才能がないとその膨大に見える努力が無駄になるんじゃ?

ここに関しては、期限を決めて努力することで自分自身の胸のうちで納得できるのかもしれないです。

このあたりは「自分にとってはなにが幸せか」「なにを成功とするか」みたいな話にもなってしまう気がする。
それだと今回のテーマとは少しずれてしまうんですが、そういうモヤモヤも含めて皆さんものを「書こう」「書きたい」と思われているのだなあ……。

2017/04/11 14:58

>佐々木さんは男性的なところがあって、結構男性とお話が合ったりするのでは。

説明をはじめるとわかりやすいが「長い」とは言われます。
あと文章にしているのでこれ、なんとかなってみえてますが、三次元の身体で会話になると「えーと」「それでー」「へー」が多いので、どうなんでしょうね?

そして脳のお話が私としては、おもしろそう、かつ、たぶん長文で説明いただかないと私が理解できなそうだったので、次の会場を開きました。
皆様次の会場に移動お願いいたします。

2017/04/11 15:03

>siril_nagiさん
きっと楽しくても苦しくても書いていく方なのだと思うんですが、わくわくできそうな書き方を思いつかれて良かったです。

上の佐々木先生の「期限を決めて努力する」はとてもいいと思います。わたしも、投稿は期限付きでやっていました。山にこもったりして…

ではでは、スパコミの原稿がんばってください!

2017/04/11 15:04

たけうち先生のお話、とても興味深く自分でも思い当たる節があります。
脳科学の分野では、意識はただの出力結果だという事がわかっています。頭の中に自分がいるのではなく、脳が処理して計算した結果を映し出している鏡、ディスプレイ画面でしかないんですよね。
(左右の脳を切り離し右脳に自販機でジュースを買えと指示した後、その人に「なぜ買ったのですか?」と聞くと左脳が計算して「喉が渇いたから」と辻褄を合わせた結果を答えたという実験があります。)
そう考えると「書きたいけど上手く書けない、恥ずかしい」というのを意識上で”頑張って”なんとかしようとするよりも「とりあえずテキトーでも書いてみたら楽しかった、だからもっと書きたい」と力を抜いて脳にやる気の栄養ドリンクを与えた方が、脳を乗りこなす上でとても理にかなっている気がします。
横から失礼いたしました。

2017/04/11 11:29

takigutir

takigutir さん

>力を抜いて脳にやる気の栄養ドリンクを与えた方が、
 そうなんです。その通りです。それと、わかりやすく興味深い例もいただいて。ありがとうございます。

2017/04/11 16:02

ページトップへ