いかに主は導きたまうか。

4. Engaged ケーキを買って帰りましょう。

エピソードの総文字数=2,785文字

  会社には一人だけ、まったく邪気のない人がいた。[◯◯礼子]さんと言った。身長は150ぐらいで、「ころんころん」したタイプの人だった。とても明るく、動物のアライグマみたく、あちらのデスクこちらのデスクとテンション高く飛び回っていた。みんなの面倒を見て回っていたのだ。ボクもいろいろお世話になった。でもボクからすると、お姉さんでしかなく好意はもてたが、それまでの人だった。

  ある日のことだった。会社からの帰り、地下鉄に乗って、御堂筋線を千里中央へと向かっていた。もうじき降りる駅に着くかというころに、メッセージを受取った。なにも言葉などありはしない。なんの不思議な演出もない。だだ、「こうせよ」との内容だけが、いきなり頭の中に存在してくるのだ...。[今回の]には、まったく思いもよらず、同意もできなくて、了承するには苦悶が伴った。あの[礼子]さんと[お付き合い]をしなさいとの内容だったのだ。「え〜!、また七つ上の”羊”やん..」「嫌や〜!」との抵抗を強く思いながらも、ボクは車中、煩もんする自分を力づくで了承させる。この瞬間、世界が変調をしてしまうのを確かにボクは憶えた。電車は、タイミングよく駅に入っていった。改札をでてから、ボクは何故か[ケーキ]を買って家路に着いていった。虚ろな気持ちのままで...。

  その後、時を見つけて、彼女に交際をお願いした。彼女は、何故か「良いわよ」とニコヤかに言ってくれた。不思議なことに、まもなく八藤丸さんは、ボクと彼女を貿易実務の講習に出してくれることになる。週に、二回程の集中講座だった。時間は7〜9時の二時間で、期間は一か月であった。場所は西本町からそう遠くない本町の東方面のどこかだった。講習終わりには短いデートをした。あの界隈はビルばかりで寒々とした所なのだが、二人の世界は楽しいものではあった。彼女は、とても明るい人だった。基本、なんでも、誰でも「OK」な人だったのだと思う。我が侭もなく[ヒス]のない珍しい女性だった。ボクの訳の分からないバカ話も忍耐強く聞いてくれた。懐もかなり広い人だったのだ。とても思いやり深く、ボクは彼女によって、守られ、救われていたのだと思う。

補記:
  [世界の変調]との言葉を使ったが、うまく表現ができないので、取りあえずのものに過ぎない。なにかの影響の下に移ったでもよいと思う。世界線の移動は、しっかり実感があった。結果、前にあったものが失われる。このことにより、ボクは完全な[入神]が出来なくなる。座っても、明晰さのない中途半端な状態にしか至れないのだ。
  このころ、彼女と付合い始める前、ボクは浮ついた気分が出始めていた。「誰ぞか良い女子はいないものか」との思いを持ち始めていた。「ワクワク」と、恋愛を夢見始めていたのだ。これの[封じ]と、更に何か他の理由があったのだろう。恐らくは、彼女の背負うなにかの[業]を引き受けさせられたのだと思う。彼女と別れたあとも、これは引き続きボクの中に残る。結果、[主]は奪われてしまったのだ、入神を...。

  彼女は持病を抱えていた。数ヶ月に一回、数週間の入院を余儀なくされるものだった。キツい薬の投与が必要で、その後では、髪の毛が抜けてしまう。お見舞いに行くと、カツラをつけていた。両親に迷惑を長くかけていて、申し訳ないとの思いを口にして泣いていた。彼女のご両親は、もうかなりのご高齢とのことだった。お父さんは、かってバスの運転手をされていたそうだ。また、彼女は○○学会に所属していた。なんでも、世間に語られる組織以外にも地味な分会もあって自分はそこに所属いていると言っていた。*先の[仏がいなくなった]の話は彼女経由の情報だった。あまり詳しくは信仰において、話しはしなかった。ボクも訊かなかった。

  このころか、土日の週休二日が始まったのは。土曜日には彼女と色んな所へ行った。余った給料は全部この場面で使い尽くした。車を使えば、最後にはかならず、彼女を家の近くの駅まで送った。彼女の住まいは南港近くで、僕の家からはかなり遠い。この道のりの運転には心が毎度、削られたが、これも[主の求め]であると思い耐えて行っていた。*不思議に思うのは、なぜ家の近くの駅だったのかだ。これは彼女の希望だった...。

  京都に二人で遊びに行った時のことだ。三条大橋の近くには高山彦九郎像がある。有名な土下座像である。かなり大きい。とても厳めしいお顔をしているのと真っ黒なお姿に、ボクはフザケタことを言ってしまう。かなり遠くからだったのだが「や〜い、ニ◯ロ!」と、イチビって言って笑ってた。*アメリカでも使ったことのない言葉だった。この後、[彼]に、思いっきり[祟]られる。京阪京津線で三条から滋賀に抜けたのだが、異様な天候不順に遭遇し、もう彼を怒らせたとしか思えない事態がつづいたのだ。彼女の手前、立つ瀬がなかった。もう馬鹿げたことは言いません。

  ある日に大阪の環状線に二人で乗っていた時のことだ。よく出来たもので、ボクの父親が、とある駅で乗り込んで来て、ボクたち二人の前に立つ。彼は、なんの動揺も見せず、冷たい怒りの眼差しでボクたちを睨みつけながら、失礼な言葉を言ってきた。「女の尻を追いかけてんやないぞ」と。彼には目の前の姿が、いたく不快だったのだ。ボクは人生で初めて殺意というものをこの時に味わった。なんの背景も分からず、なんの彼女への配慮もなく、聞いた様な侮蔑の言葉をかけてきたのだから。このエピソードはボクの父を知るに相応しい。そそくさと、ボクは彼女を連れて次の駅で電車を降りた。

  京都へ車で遊びにいった帰りにスピード違反をしてしまう。オービスに写されてしまった。後日、届いた写真を見て、ボクは愕然とする。ボクの見知る彼女と、その写真に写る彼女は、まったくの別人に見えたからだ。「誰と付き合いをしてるねん?」との思いがあった。

  やがて、ボクは結婚すべくその相手を見合いで探しだす。すべて上手くいかなかった。父から、相手が探偵を雇って、ボクの身辺調査をしていて、彼女の存在が問題になっていると聞かされる。この話は本当であったのかどうかは分からない。ただ、お世話になっていた結婚相談所は父に連れて行かれた先だったので、あながちデタラメとも思えなかった。あるとき、梅田の人ごみの中で、「もう会えない」と事情も説明しないまま、彼女と別れ、置いて来てしまう。それっきり...。


補記:
結婚はしなければならない事情があった。立場的なものだ。彼女は持病の内容もあり、結婚はできないとせざるを得なかった。別れは乱暴なものだったが、ボクにしても無理も限界であったのは事実だった。期間としては二年もなかった。



  

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