変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第29話「何かおかしなことをすれば、即、斬る!」

エピソードの総文字数=5,191文字

 救難要請の笛の音を聞いて、桜町ふれあい公園にやって来たのは、雨の里に所属する二人の下忍だった。
 一人は、濃くも薄くもないすっきりした顔立ち――いわゆる"醤油顔"で、もう一人は、一重瞼のあっさりした薄い顔立ち――いわゆる"塩顔"である。

 竹沢由美子には知る由もないことだが、忍軍の救難要請の笛は二種類ある。
 一つが自里に向けてのもので、もう一つが他里も含めた忍軍全体に向けてのもの。
 由美子が吹いた方は、自里に向ける方だった。
(救難要請?)
(市内で聞くのは初めてだ……)
 異世界ならまだしも、羽音神市内は基本的に平和であり、『救援』ならまだしも『救難』を求めるような状況など滅多に起こり得ない。
 警戒しつつ公園内の様子を窺うと、随分と人の気配が薄い。
(おかしいな……)
(この公園は、夜になると変態だらけになるはずなんだが……)
 不審に思いながらも、気配を殺して笛の音のする方へと急ぐ。
 笛はさっきからずっと、今も鳴り続いていた。
(血の臭いがする……)
 忍びは血の臭いに敏感である。
 目的地が近付くにつれ、血の臭いは濃厚になっていく。
「…………」
「…………」
 二人の忍びは目配せして、更に警戒を強めて先に進む。
 すると間もなく、地面に座り込む少女らしき姿を発見した。
 その側には誰かが倒れているのが見える。
「…………」
 黒装束からすぐに、倒れているのが仲間であると知れた。
 しかも、随分と深手を負っているようだ。
 すぐさま駆け寄りたいところだが、ここは慎重に様子を窺うべきだろう。

 ――と、地面に座り込んだ少女がいきなりこちらを見た。
「――!!」
 彼女は、手に持った"何か"に口をつけていた。
 それが切り落とされた前腕――仲間の手であることに気付いて、二人の忍びは息を呑む。

 夜分、人気のない公園で人の血肉を貪り喰う、それはまさに――
(が、餓鬼だ!!)
 『餓鬼』……屍肉を喰らう妖怪である。
 まさかの妖怪の出現に、鍛え抜かれた忍びたちでさえ度肝を抜かれた。
 忍軍は戦いの専門家だが……その相手はあくまでも人や動物、魔物といった生物に限られる。
 幽霊や妖怪など、実体を持たぬ"物の怪"との戦いは、西の小清水家や北の粕谷家の領分となる。
(まずいな、餓鬼だなんて……)
 物理攻撃が通用するかどうかは分からない。
 だが、とりあえず刀を抜いておく。
「…………」
 ここから救援を求めるなら、北区の神社より西区の僧院の方が距離が近い。
(いや、近さで選ぶなら【ウネニス教会】か……)
 【ウネニス教】は、第一世界で広く信仰されている宗教で、この羽音神市にも中央区西町に教会がある。
 【五家】の中で最も市民からの信望を集めているのは西の羽音神僧院だが、ウネニス教会もまた市民によく慕われている慈善的な組織だ。
(よし、そうだな……)
 純粋な戦闘力に関しては、醤油顔の忍びの方が塩顔の忍びより上である。
 しかし、塩顔の忍びはウネニア教会のプリーストと組んで仕事をする機会が多いので、ウネニス教会に人脈がある。
(ここはオレが見張りについて、こいつにはウネニス教会に救援を――)
 醤油顔の忍びがそんなふうに段取りを組んでいると、餓鬼が突然大きな声を上げた。
「ちょっと! そこにいるの忍軍の人ね!? 助けて!! 早く!!」
 いきなり餓鬼に呼び掛けられ、二人の忍びは無言で視線を交わす。
「…………」
「…………」
 刀を握り締め、警戒を解かぬままそちらへと向かうと――
 距離が近付くにつれ、倒れた仲間の状態が遠目からの想察以上に悪いことに気付く。
「ねえ! 何とかして!! このままじゃ、この子死んじゃうわ!!」
 餓鬼は仲間の前腕を持ったまま、血塗れの口でそう訴えてくる。
「…………」
「…………」
 とりあえず、役割分担をして事に当たることにした。
 塩顔の忍びが仲間の容態を確認に向かい、醤油顔の忍びは刀を握ったまま餓鬼に向かい合う。
「…………」
(何かおかしなことをすれば、即、斬る!)
 今のところ、この妖怪からはこちらへの敵意を感じないが……
 警戒を緩めた瞬間に、いきなり態度を変えて襲い掛かってくる可能性は充分にある。
(もっとも、妖怪が刀で切れるかどうかはわからんが……)
 と、そこで、塩顔の忍びが、転がる仲間の顔を確認して大きな声を上げた。
「――!? 友介殿!?」
「!? なにっ!? 友介殿だと!?」
 知った名を告げられ、醤油顔の忍びは思わずそちらに顔を向けてしまった。
「なに!? もしかして知り合いなの!?」
「えっ、ええ、まぁ……」
 二人の忍びは、雨の里の上忍である若杉元十郎の三男・若杉総三郎(わかすぎそうざぶろう)の隊に所属している。
 若杉家は代々、天野家に忠誠を誓っている臣従の一族――
 若杉の隊に所属する二人にとって、天野家は"主君の主君"といったところである。

 そして、天野友介(あまのゆうすけ)は、現在の忍軍頭領の甥であり、つい先日、雨の里に入ってきたばかりの新人だ。
 どこか取っつきにくい人間ばかりの天野家の中にあって、気さくな友介は構えずに話の出来る貴重な存在だった。
「じゃあ、なおのことお願い! 何とかしてよ! さっきまではちょいちょい喋ってたんだけど、何も言わなくなっちゃったの!」
「喋っていたとは……何を?」
「この笛を吹くように言われたの! あたしは救急車を呼ぼうかって言ったんだけど、この子が手首の笛を吹いてって言ったのよ!」
「…………」
 餓鬼の手にする前腕を見れば、確かに救難の笛を仕込んだ腕輪がある。
 どうやらこの餓鬼は、人肉を喰らっていたわけでなく、この笛を吹いていたらしい。
(そう言えば、こいつが手から口を離した途端、笛の音が止んだな……)
「あたし頑張って吹いたんだけど、全然音がしなくってさ!」
 この笛は一種の魔道具であり、里の者以外には聞き取れないようになっている。
 もちろんこの餓鬼――いや、人肉を喰らっていなかったのだから餓鬼ではないのか――餓鬼のような娘の耳では聞き取ることは出来ない。
「笛は壊れてたみたいだけど、でも、たまたまあんたたちが通りがかってくれて良かったわ!」
「いや、たまたまでは……」
 どうやら、餓鬼のような娘は二人の登場を偶然だと思っているらしい。
「で、あたし、どうしたらいい!? 救急車呼ぶ!? 公衆電話――いや、あたしんち近いから、家まで走って帰って電話した方が早いと思うの!」
「ええ、あー……連絡はこちらで行います」
「ホント!? じゃあ早く!!」
 餓鬼のような娘の勢いに気圧されつつも、醤油顔の忍びは先に確認すべきことを確認する。
「ああいえ、でもその前に――簡単に状況を説明してもらえませんか?」
「ああ、そうよね! えっと、あたしは友達の家からうちに帰る途中だったんだけど、そこですごい変態がこの子を襲ってることに気付いたのよ!」
「すごい、変態???」
「ええ、すごい変態だったわ! 白い服を着て、白い仮面を着けた変態よ!」
 その言葉に、醤油顔の忍びの目が大きく見開かれた。
 手持ちの回復剤を友介の傷口にスプレー噴射していた塩顔の忍びの手も、ぴたりと止まる。
「……白い服に、白い仮面?」
「…………」
「ええ、そうよ! もう逃げちゃったけどね!」
(白い服に、白い仮面……)
(それはもしや……)
「…………」
「…………」
 二人の忍びは顔を見合わせる。
 無言で意思を通じ合せて頷くと、醤油顔の忍びはすぐに懐からスマートフォンを取り出した。


* * *


 東区・忍びの里――
 若杉元十郎が、天野家の邸宅に駆け込んできた。
「若! 涼介殿!!」
「? なんだ? 帰ったんじゃなかったのか? 元十郎」
「…………」
 つい先程まで、夏戦のことについて三人であれこれ話し合い、若杉が「そろそろ失礼します」と去っていったのがつい三分ほど前のこと。
 いきなり血相を変えて引き返してきた元十郎を見て、涼介が二本目のあめゆを手に不思議そうな顔をする。
「一大事ですぞ! 今、うちの三男から連絡がありました!」
「? 総三郎から?」
「はい! 涼介殿、落ち着いて聞いてください!」
「?」
 元十郎のその前置きに、涼介は僅かに眉を顰めた。
「三男の隊の者二名が、西区・桜町ふれあい公園にて、重体の友介殿を保護したそうです!」
「……えっ?」
「友介殿は何者かと交戦した模様! 目撃者の証言によると、相手は白い服を着て白い仮面を着けていたそうです!」
「――!!」
「…………」
 白い服に白い仮面と言えば――
 羽音神忍軍の仇敵・暗殺者ギルドのアサシン部隊の正装である。
 一瞬で、部屋の中の空気が変わった。
「敵は既に逃走! 友介殿は意識不明の危篤状態! 救援要請を受け、既にヘリの準備を指示しております!」
「……そうか」
 いつも穏やかな笑みを湛えている涼介の顔から、笑みが消える。
「総三郎は今、市長の護衛に当たっていますので、現場には私が向かいます」
「俺も行こう」
 手に持っていた二本目のあめゆの缶を置き、恭介が立ち上がる。
「叔父上、後のことはお願いします」
「……ああ、わかった」
 涼介はアサシンと悪縁がある。
 アサシンによって妻と上の息子を失い、自身も両の脚を失った。
 その上、今度は下の息子がアサシンらしきものの手によって重体に追い込まれたとなれば――……
(どれほどお辛いだろうか……)
 しかし、その心中を思い遣っても……
 掛ける言葉も見つからなければ、黙って寄り添う暇もない。
 ヘリは間もなく飛び立つ手筈なので、今すぐ発着場に向かう必要がある。
「元十郎、ヘリからロープを垂らしておけ。俺は正門横の櫓から飛び移る」
 元十郎は一緒に行くつもりでいたのだが、若き里頭はそう言い置いて一人で先に姿を消してしまった。
「――えっ? ああ、はっ!」
 少々面食らいつつも……すぐに得心して、元十郎もその場を離れた。


……

…………


 ヘリが離陸したのは、元十郎が指示を飛ばして三分後のことであった。
「到着まで何分掛かる?」
 里頭の指示通りにロープを垂らしながらの若杉の問いに、パイロットが「三分です」と答えた。
 第四世界の技術を駆使して製造されたこのヘリは、時速400kmの早さで飛ぶことが出来る。
 また、中型――せいぜい定員八名程度にしか見えない大きさなのだが、実際の定員は二十名。
 とはいえ、乗員が多いと速度が落ちるので、今回の乗員は八名だ。
 里頭と元十郎、パイロットが一名に、医療班の者が三名、後の二名は元十郎の部下の中忍である。
「おっ、若だ」
 里の正門脇の物見櫓に、里頭の姿が見えた。
 若杉の下ろしたロープを掴み、危なげなくシュルシュルと登ってくる。
「…………」
「若、どちらに?」
「里の秘蔵庫に寄ってきた」
 ぼそりとそう言って、里頭がポケットから小瓶を取り出す。
「!? それは……『A級回復薬』ですか!?」
「ああ」
 『A級回復薬』は、第一世界のダンジョンで稀に発見される秘宝である。
 絶命に至っていなければ、どんな致命傷でもたちどころに治癒する"神秘の薬"……
 当然、四百年以上の歴史を持つ羽音神忍軍という組織内においても、僅かしかストックのない非常に貴重な品である。
「第三世界にアサシンが現れたとなれば、緊急里頭会議を招聘する必要がある。実際にアサシンと戦った友介の証言は不可欠。効用の小さな回復薬を重ねて服用させている時間はない」
 涼しい顔で、恭介は淡々と言う。
 だが、事務的な物言いとは裏腹に、彼の真意が別にところにあるのを元十郎は感じ取った。
(若は、涼介殿のことを気遣っていらっしゃるのだな……)
 恭介は実父と折り合いが悪いが、その分、昔から叔父の涼介によく懐いていた。
 口にはせずとも、涼介の一家がこれ以上、アサシンに蹂躙されるのを見たくないのだろう。
(そうだな……)
(何故、あの方ばかり、アサシンどもにあのような……)
 当然ながら、若杉とて同じ気持ちである。
 だが、それとは別に、この若頭の立場のことも気になってしまう。
「それは、確かにそうなのですが……よろしいのですか?」
「? 何がだ?」
「秘蔵庫の薬を独断で身内に使用したとなれば、後程、審問会に掛けられるのでは……」
 というか、まず間違いなく掛けられるはずだ。
 身贔屓によるA級回復薬の使用であると、南天野は必ず難癖をつけてくるだろう。
「……その時はその時だ。それより、何か続報はあるか?」
「友介殿の状態ですが……まず、両手を切断されているそうです。他、頭蓋骨には陥没が見られ、恐らくその傷が主原因で現在は意識不明。骨折箇所はまだ全て調べきれていないものの多数あり、腹部の刺し傷から判断するに臓器にも損傷があるとのこと。また、右目には小刀が突き刺さったままの状態だそうです」
「……そうか。回復薬を持ってきたはいいが、間に合わないかもしれないな」
「…………」

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