ペイガニズムの倫理と資本主義の精神 ――浪人ですが東インド会社に就職しました――

4-2. 口が達者な子って実際こわい

エピソードの総文字数=3,941文字

 戦いは困難を極めた。

 ル=ウの〝命令〟によって、伊織介は椅子に座った姿勢で固定され、上擦った声で悲鳴と文句を叫び続けることしか出来ない。

「は? そう簡単に出るものではない、ですって? 冗談ですこと、ずばっと出してさっさと(わたくし)に寄越しなさい」
「フラン……君というやつは、本当に男性というものを知らないんだね……」
「尻ばっかり弄ってる癖に、モノの弄り方は知らないんだな。この似非修道女(エセシスター)は」

 フランは方法(・・)をそもそも知らなかった。

「わたしに任せろ。勃起と吐精の仕組み(メカニズム)は熟知している。何せこの男性器を作成したのはわたしだからな」
「い、痛い! 痛いですルウ!」
「あ、あれ、おかしいな……? いつもなら擦っているだけで勃ってくるのだが」
「奴隷の世話も満足に出来ないなんて、とんだ主人ですのね! 全くもってお笑い草ですわ! やーいやーい」

 ル=ウは頭でっかちの耳年増(ムッツリスケベ)だった。

 ――断っておくが、彼女たちは伊織介自身の身体には一切触れていない。切り離された男性器が、魔女たちの手の中で代るがわる弄くられているだけである。

「魔女の癖に男も知らないだなんて、仕方がないなぁ、君たちは。フランはともかくル=ウまでそんな体たらくだなんて」
(わたくし)のお尻ならイケますかしら……?」
「馬鹿! わたしのイオリのモノをそんな汚い穴に挿れるんじゃない!」
「汚いだなんて失礼ですわね! 毎朝毎晩綺麗に掃除してますのよ!」
「はいはい分かったから。さっさとボクが採集しちゃうからねー」

 結局、最期はリズの()で、迅速に処理は為された。厳密に言うならば、用いられたのは手だけではなかったが、伊織介の名誉のために詳細は省く。

「ボクに奉仕(サービス)して貰えるなんて、イオリノスケくんは本当に幸運だね。……ボクに夢中にならないように、気をつけてね? プライベートでは、命まで吸い尽くしてしまうかもしれないから(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
 くすくすと、そう言ってリズは悪戯っぽく嗤う。

 とにかく無事に処置は終わり、〝価値ある代償〟は解呪師(カニングフォーク)の手に渡ったのだった。


     * * *


「泣くなって、イオリ。この事はわたし達だけの秘密にするから」

 流石に可哀想になったのか、ル=ウが背中をさする。伊織介は、椅子の上で器用に膝を抱えてすすり泣いていた。

「そうですわイオリノスケさん! どうせ肉棒は身体から切り離されている訳ですし、これは姦淫には含まれませんわ!」
「それはすごい理屈じゃないかな、フラン。その線を敷衍するならば、いくら本番してもイオリノスケくんは童貞を維持できるのでは?」
「そ……それならば、ちょっとだけ、味見をさせて頂けますかしら!? 先っぽだけ、先っぽだけですわ!」
 フランは昂奮した口調で、リズは意地の悪い笑みを浮かべて、それぞれに喚いている。

「騒ぐな痴女ども。とにかく支払いは為された。さっと仕事しろ、フラン。早くしないと尻の毛を燃やすぞ」
 焦れたル=ウが、机を叩いて水を差す。少しだけ、機嫌が悪そうだった。
「生えてませんわ!?」
「嘘だね。ボクはフランがけっこう毛深いことは確認してるよ」
「ひっ、卑怯者! リズ、それは魔術の悪用ですわ! いつの間に見ていましたの!?」
「……語るに落ちたね。カマをかけただけさ、フラン」
「なっ……! ぐっ、ぐううううう! 何も言い返せません、悔しいですわ悔しいですわ! (わたくし)もお返しにリズが寝ている間に尻毛を全部抜いてやります! 覚悟してくださいまし!」
「ボクはそんなもの生えてないよ」
「ええい黙れ色情魔ども! リズもフランで遊ぶな、収集がつかなくなるだろ!」

 ル=ウがばんばんと机を叩くが、なかなか論争は収まりそうになかった。


     * * *


「さぁて、まずは敵さんにこちらのやる気を見せつけんとな。下手回し(ウェアリング)、用意!」

 姦しい士官室での騒ぎを余所に、既に甲板上には戦場の空気が張り詰めている。

「ミズン、ラティーンスル、トプスル絞れ」
 リチャードソンが叫ぶと、帆桁(ヤード)に登った水夫たちが一斉に絞帆を開始した。艦首が風下に落ちない為の縦帆が絞られ、旋回の準備が整う。
取舵一杯(ハードスタァボー)! メンスル回せ――よぉし、風を抜け」
 操舵手が梶棒を右舷側に倒し、艦首がゆっくりと風下側に向き始める。甲板の水夫たちが力を合わせて転桁策(ブレース)を引き、帆の開きが変わっていく。
「フォア絞れ――フォアヤード、入れ――フォアヤード一杯!」
 右舷開きだった帆は、今や全て左舷開きに切り替わった。今度は南西からの風を左舷真横から受けながら、メリメント号は北西方向に艦首を向けて帆走(はし)り始める。
 左舷からじりじりと距離を積める敵のピンネースに、メリメント号は左舷七門の砲を向けた形になった。

「これで良しであるな。さぁ、迎撃の構えは出来た。各員、奮起せよ! メリメント号の実力、刻み込んでやろうではないか!」
 リチャードソンの檄に、水夫達が吼えて応える。甲板上は熱狂に包まれた。

「さて――お次は、魔女殿の出番であるな。お手並み拝見である」

 誰にともなく、リチャードソンは呟いた。


     * * *


「では――」
 
 木皿に溜められた代価(・・)が、〝シェオルの十字〟に捧げられる。

「……〝あなたのしもべの祈りと願いに御顔を向けてください。私の神、主よ。あなたのしもべが、きょう、御前にささげる叫びと祈りを聞いてください〟……」

 恭しく頭を垂れて、フランは祈りの言葉を囁く。

「……〝あなたのしもべがこの所に向かってささげる祈りを聞いてください〟……」

 十字架に付いた巨大な眼球が、ぎょろぎょろと激しく動いた。すると、突然木皿が燃えがったように煙を上げる。次の瞬間には、木皿に注がれていた伊織介の精液は消失していた――代価(・・)が支払われたのだろう。

「……〝あなたご自身が、あなたのお住まいになる所、天にいまして、これを聞いてください。聞いて、お赦しください〟……」

 (たお)やかに主に(かしず)くフランの姿は、敬虔な修道女(シスター)そのもの――しかし、彼女の目の前に立っている十字架がいくらなんでも邪悪過ぎた。供物を捧げられた目玉は血走り始め、こころなしかドス黒い空気(オーラ)が噴き出しているように見える。

 そのおどろおどろしい様は、どこからどう見ても悪魔儀式(サバト)そのものであった。

「うわすごく気持ち悪いですね」
 思わず伊織介が正直な感想を呟く。もう涙は出尽くした。今はただ、己の精液があの邪悪な十字架に吸い取られたようで、心の底から気味が悪い。

「こいつ、こんなんだから破()されたんだろうな」
「本当に解呪師(善なる魔女)なのか、疑わしいものだよね」
 ル=ウとリズもうんうんと頷いた。
「ちょっと黙ってて下さいまし! 今はお尻(アナル)の話は関係ないでしょう!」
 そんな観客(ギャラリー)を、フランは両手を振り回して威嚇する。

「いやこれっぽっちもお前の尻の話はしていないんだが……で? どうなんだ、占いの方は」
「占いではありません、託宣(オラクル)だと何度言えば! ……どうあれ、聖霊の導きはありました。〝糸〟の尻尾は掴みましたわ」
 フランが胸を張る――彼女の眼は、瞳孔が開いたままだった。その瞳は既に、〝シェオルの十字〟が視せるこの世ならざるこの世の視界(・・・・・・・・・・・・・)に繋がっている。
「悔しいが……この船の運命を、お前の()に賭けてやる。――乗員98名の命、預けたぞ」

「ふん、軽いものですわ。任されましてよ! 報酬分は働くのが、解呪師(カニングフォーク)というものです」
 ル=ウの言葉に、フランは力強く頷いた。

 解呪師(カニングフォーク)の眼――その視界は、既に〝因果の糸〟を捕まえていた。



「しかし――ル=ウ」
 士官室を出る直前、リズが小声で、ル=ウを呼び止めた。

「イオリノスケくんの精気(・・)、とても美味だった。あまりにもおいしいよ、彼は。――ボクの方がハマってしまいそうだ」
 意地の悪い笑みを浮かべて、リズが舌舐めずりする。
「な、なんだよ。イオリはわたしのものだぞ。代価として支払うだけなら吝かではないが……」
「そういう意味じゃないよ。いや、そういう意味でも手を出したいのは山々だけど。ボクが気になっているのは、イオリノスケくんの味のことさ。彼……味のベースは、ル=ウそのものだった」
「それはそうだろう。イオリの肉は、わたしの肉体を増殖変換して作成したものだからな」
「だろうね。だからこそ気になるんだよ。味のベースは、ル=ウそのもの……では、そこに混じる複雑な味わいは、いったい何?」
「……それは」
 ル=ウが言い澱む。

「ボクには分かるよ。伊達に妖精の血を引いてないからね、精気(フォイゾン)の味利きくらいは訳ないのさ。ル=ウだけの味じゃないよね、彼の肉体」

 わざとらしく唇と舐めるリズ。人ならざる身でありながら、その仕草には密かにル=ウすらどきり(・・・)とさせられる。リズの蠱惑的な、しかし射竦めるような視線が、ル=ウを捕らえていた。

「ル=ウ。イオリノスケくんに――いったい、何を混ぜたのさ?」

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