放蕩鬼ヂンガイオー

06「ちちがおせわになっています」

エピソードの総文字数=2,764文字

「雁さんこっち。これ梅酒、じいちゃんが鯛のお礼って」
「……サン坊か、かたじけない。お祝いなんだから、天ちゃんも気を遣わなくていいのに」

 のしのしと歩いてくるのは雁であった。

 ヂンガイがその存在に気付き、身を硬くして顔を伏せる。

「な、ななななな、どうなってるのだサンタロー、どうしてやつが、ここに……」
「……ああ、さっきの新人さん。可愛らしい格好してるな」
「ど、どっか行けし古代人! まさかこの店の店員だったとは……はっ、ひょっとしてこのアジトに誘い込んであたしを亡き者にっ!?」
「きみ、逃亡生活してるみたいなセリフだな。おもしろいよ」
「どういう意味!? 正体バレてる!? 殺される殺される殺される……っ!」

 放っておくとどんどんこじれそうである。

 もう少し動揺するヂンガイを楽しみたい気もしたが、そろそろ割って入ることにする。

「おまえ、どんな人生送ってきたんだよ……。ここは雁さんのお店、サボり癖はあるけど店長やってんだ。ほら、さっきも悪態ついてたろ、今のうちに謝っときな」
「いーやーなーのーだーっっっ!」
「なーにーがーいーやーだーっっっ!」

 ヂンガイの頭をカチューシャごと押さえて謝らせようとするが、雁が制止した。

「いや、オレも悪かった。本物じゃなくて残念だとか、コスプレ愛好家の方には失礼だった」
「雁さん、そんなちゃんとした対応しなくてもいいよ」
「……外人さんだよな。日本は初めてか?」

 雁がレーンの裏で何かごそごそやりながら問いかけてくる。
 ヂンガイは無視を決め込んでいたが、雁は構わず巨体を上げて腕を伸ばしてきた。

「さっきはすまない。これサービス。秋葉原、楽しんでいって」

 雁がテーブルに置いた皿には、いくらのちらし寿司が盛り付けてあった。

「サン坊も鮭系好きだろ。店には内緒だから、あんまり言いふらすなよ」

 言ってもう一皿同じものをテーブルに置き、のっしのっしと去ってゆく。
 燦太郎は、ぎりぎり雁に届くくらいの声でありがとうと礼を言った。

「ほれ見ろ。ほんとに嫌いな相手に、あんだけ親切にしてくれるかってんだ」

 ヂンガイは目を細めてちらし寿司に魅入っている。
 頬をふくらませながら、ぼそり。

「……きれい」

 と、つぶやいてからこちらの視線に気付いたらしく、慌てて目をそらしていた。

「でっ、でもまあ食べ物は味が重要だし。見た目ばかりにこだわった料理人が策におぼれた失敗作をあざ笑ってやるとするかし。あーん」

 うるし色のスプーンでちらし寿司を口いっぱいにほおばるヂンガイ。

 目をつぶって出来栄えを吟味している風ではあるが頬袋が大きく膨らみすぎていて知的な印象は皆無だった。

「やぁん……」 

 無駄に艶かしい声とともにヂンガイはテーブルに崩れ落ちた。

 目は涙に蕩けて口は半開き、滝のよだれをこぼしながら恍惚とした表情でただただ寿司を見つめ続けるマシーンと化した。

「不覚を取ったし……まさか、こんなにおいしいとは」
「ほれみろ。最初からそう言ってんだろが」
「も、もうひとくちっ」
「そうはいくか」

 スプーンを伸ばすヂンガイに対し、素早く皿を引いて嫌がらせをする燦太郎。

 寿司をすくいそこねたスプーンがテーブルにぶつかり乾いた音を立てる。

「いい度胸なのだ。心臓で働いてたヂグソーたちが気まぐれにお散歩を始めて一斉に口から出てくるアドベンチャーを体験したいらしいし」
「おまっ、これくらいの冗談でそこまで怒んなよっ!?」

 ヂンガイのうすら恐い笑顔にカンフーの構えで対峙する。
 両者の間に緊張の電撃が走った。

「だめよ、たべものをおもちゃにしちゃ」

 と、不意にレーンの向こう側から知らない声が聞こえてきた。

 雁さんにしてはいくらなんでも幼くてかわいらし過ぎる声である。

「でもありがと。そんなにおいしそうにたべてくれるひとなんてはじめてだわ」

 見上げると少女が笑っていた。

 成人男性の職人さんたちに混じり、小学生くらいの女の子がおそろいの白衣を着こなしている。

 長く伸ばした栗色の髪を大きめに結って帽子にしまいこんでおり、よく日焼けした肌や快活な表情と相まってとても活動的な印象だった。

 胸に取り付けられた名札には達筆な筆文字で『凛』。
 この少女の外見、なんだか見覚えがある。

「きみ、雁さんの娘さん?」
「へ? よくわかったわね。あ、ひょっとしてまたおとうちゃんがいいふらしてるのかしら」

 舌足らずなのに少し背伸びした言葉遣いがほほえましい。

 ヂンガイは人見知りスキル発動中らしく、何を思ったのか自分のちらし寿司を両腕で守りながら毛を逆立てていた。

「りんです。ちちがおせわになっています」
「写真を見せてもらったことがあってさ。俺ら、あっちの裏通りにあるおもちゃ屋さんやってんだけど、店に来てくれたときにちょっと」
「あぁ……」

 ため息である。どうやら一足飛ばしに状況が伝わったらしい。

「わたしのかたきをとるとかいってたわね。……はぁ、またひとさまにごめいわくをかけて」

 などと喋りながらもテーブルのしょうゆや割り箸のストックを確認して目減りしていた分を補充してくれている。

 遊びで談笑しに来たのではなく職務の一環だったらしい。よくできた娘さんである。

「ごめんね。きのうはひとだかりにまきこまれてころんだだけで、わたしはへいき。もうおしごとのじゃまをしないように、ちゃんといってきてあげるわね」
「た、助かるよ! どうしようかと思ってたところだったんだ!」

 困っていたのは仕事の邪魔をされることではなくヒーローへの復讐なのだが、そこはまあ内緒である。

 というかオレベースでの一件ではあれだけビビっておいて、こんな小さな子に真剣に救われているこの状況はどうなのだろうか。
 自らのふがいなさに寒気を感じざるを得ない燦太郎であった。

「ん? いや違う、なんかほんとに寒いぞ」

 ふと、明確な冷気を感じて腕をさする。

 最初は店内のクーラーかと思ったが、微妙に感触が違う。
 人工的な冷風ではなくもっと生々しい、真冬のゲレンデで感じる、雪そのもので冷やされたようなキンキンの空気。

 違和感を覚えて隙間風をたどると、店の外――自動ドア越しに吹雪が見えた。

「嘘だろッ!? 八月だぞッ!?」
「音紋照合。……妙なのだ、ひょっとしてこの反応は……っ」

 ヂンガイが乱暴に立ち上がる。と思ったら制止する間もなく店外へと駆け出した。いつもと雰囲気が違う。

「お、おい、待てよヂンガイ!」
「やられた――ヂゲン獣なのだッッ!」

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