ペイガニズムの倫理と資本主義の精神 ――浪人ですが東インド会社に就職しました――

3-5. 抜いてばっかりじゃないんです

エピソードの総文字数=4,117文字

 脚を横に開き、腰を落とした胴造り。脇の開いた特徴的な八相。

 一見するとその構えは無駄が多く、威嚇以外の用途としては非合理的にも見える。

 しかしてその実態は、ひたすらに実戦本位を追求する研ぎ澄まされた一刀――ただの袈裟斬りを二の太刀要らずの域まで鍛え上げる、荒々しくも単純(シンプル)にして効果的な介者剣法。

 戦国の世に揉まれたキリシタン、パウロ・マルモ……一般には丸目蔵人(まるめくらんど)として知られる剣客によって大成したその剣術は、(たい)を捨てるとも(たい)を捨てるとも謂う哲学から〝タイ捨流〟の名を冠するものだった。


     * * *


「まァなんでもいいさあ。二本目を取りゃあ俺の勝ち」

 首を鳴らしながら、フザは伊織介の居る荷積み場に足を踏み入れる。

「鬼斬リの噂恐るるに足らず、ってなあ」

 言って、八相に構えるフザ――伊織介はその構えを知っていた。

(タイ捨流――!!)
 西海道一円にその勇名を轟かせる、無骨一辺の剣術だ。荒々しい太刀筋は噂に違わず、まさに(いのち)を捨て(後手)をも捨てた、一刀必殺の一撃。
 高い鼻に深い掘りと、日本人離れした容貌のフザだったが、確かにその剣筋は西洋剣術のそれではない。剣術の中でも基本とされるただの袈裟斬りを、極限まで疾く、鋭く、激しく練り上げるその技は、なるほど諸手の刀術にこそ相応しい。

 一本目はその驚くべき初太刀の疾さにしてやられた。実戦であれば、伊織介は既に頚椎を叩き割られて死んでいただろう。
(であれば……手段は選びません)
 ただの一合も打ち合えなかった。実力差を思い知らされれた。正面からやり合って勝てる相手ではない――悔しいが認めざるを得ない。確かにフザが伊織介に真剣の使用を許したのも頷ける。体格が違う、経験が違う、技量が違う……はっきり言って勝負にならない。それほど歴然とした剣技(レベル)の差がある。

 ――ならばこれは、弱者なりの正攻法。勝てない相手にバカ正直にかかる方が邪道というもの。それは伊織介なりの敬意だ。

「そら。来ないんなら……勝っちゃうよお?」
「どうぞと言いました」

 伊織介は己を奮い立たせて、さらに一歩下がる(・・・)。背後には荷樽の山、両隣には荷箱の壁。どこにも逃げる場所は無い。

「そうかい、じゃ、遠慮なく」
 フザの身体が、わざとらしく脱力する――
「……チェェェェェァ!」
 瞬間、ノーモーションからの袈裟斬り。雄叫びよりも疾い斬撃。まるで地面が弾けたような加速、二の太刀要らずの恐るべき打撃。鉄火場で幾人もの敵を屠ってきたであろうその一刀が伊織介を捉えんとする。

(だが――見えた!)

 そう、見えていた。伊織介にはその一撃が、さっきより遥かにゆっくりと視て取れた。

 来ると分かっている以上、視るだけならば難しくない……だがそれは副次的な条件に過ぎない。

 狭さ(・・)。刀を振り抜くには頼りない空間(スペース)
 それは熟練の剣士ほど、無意識に囚われる――というより、自然と対応出来てしまうもの。

 刀というものは、振ってみると想像以上に長い(・・)。足捌き、体捌き、そして剣筋が取りうる空間(スペース)を立体的に計算すれば、その間合いは優に一間(2メートル弱)を超える。であれば、それに満たない空間では、自ずと動きが制限される――制限できない動きは、狭い空間では致命的な隙を生むだけだ。刀身は壁や天井の梁に容易に食い込んでしまう。手慣れた剣筋ほど、自然と壁や梁を避けんとする。

 だから、フザの振り(・・)は、先程のそれより僅かに小さかった。僅かに伸びが悪かった。無意識(・・・)に伊織介を囲む壁を意識(・・)して、その斬撃は微かに縮んでいた(・・・・・)

(もらっ――た!)

 フザの得物の木板は、ここで振るうには長すぎる。伊織介の読み通りだ。
 伊織介は左の肩口から払われる逆胴の袈裟斬りに、器用に半身で踏み込み――

「おお?」
「……どうも。今度は僕が一本、ですよね?」

 伊織介の右手に握られた刃先は、フザの剥き出しの鳩尾の寸前で止まっていた。

「あ……ああーーーっ! なるほどなあ、なるほどなあ! (あん)ちゃん、お前さん居合い(・・・)か!」

 ――居合。
 とかく抜刀術ばかりが注目される居合だが、その本質は別のところにある。

 それは文字通り、居合った(・・・・)状態を想定した剣術。狭い室内での斬り合い、据わった状態からの抜き打ち――それら閉鎖空間での超接近戦に特化した体捌きと刀法の総合体。

 何も伊織介は、伊達や酔狂で小太刀などという短く不便な得物を差している訳ではない。最小限の動きで最大の威力を発揮する体捌き――閉所という局限空間に特化した太刀筋の訓練。それら極めて特殊な鍛錬を、伊織介は何年も何年も続けてきた。室内に限定するならば、格上の剣客だって下してみせる。

 閉所専門の小さくまとまった(コンパクトな)近接戦闘技術(クロースクォーターコンバット)。それこそが伊織介の用いる居合術の正体だった。



「あっはっはっは。やられたやられた、やられっちまったよお。そうかあ、そっちが専業かあ」
 一旦離れたフザが、膝を叩いて大笑する。
「卑怯、とは言いませんよね」
「言わねえよォ。(あん)ちゃんの間合いにノコノコ踏み込んだのは俺だからよお。だから――」

 フザが構えを変えた。横に開いた体勢から、足を前後に揃えた半身の立ち姿へ。

「三本目は、こっちでやることにするよォ」

 木板を軽々と片手で握り、手首のスナップを効かせて伊織介に切っ先を向ける――その構えは、西洋剣術(フェンシング)そのもの。

「いいぜいいぜェ。鬼斬リの太刀筋……もっと見せろよ」
「――ッ!」

 フザの左目が見開かれる。もともと異様な雰囲気の男だ、伊織介はこの男にずっと恐怖を感じてきた。
 しかし、明確な〝殺意〟を感じたのは初めてだった。心臓を鷲掴みにされるような吐き気が、伊織介を身を固くする。

 とん、とんとフザは軽くステップを踏み――、
「――チッ!」
 短い気合。同時にフザは半身から片手の突きを繰り出す。
「チッ! チッ! チィッ!」
 突き、突き、突きの連撃。本来想定される鋭剣と違って、今の得物は木板だ。にも関わらず、フザの突きは速く、重い。
 一突きめは上体を捩って躱す、二突きめは刀の腹で受けて前へ踏み込む、三突き目は首を傾げ、四突きめはこちらから当てに行く――そうして懐に入る。

「……っえい!」
 フザは半身だ――その腹側から、伊織介は逆袈裟に斬り上げる。
 そこは鋭剣術の間合いではない……筈だった。
「へっ……チェェェアァ!」
 フザの体幹が変わり、即座に右の膝蹴りが飛ぶ。
「くっ」
 だが浅い。伊織介は剣先を向けながら後ろに跳ねる。至近距離での足技は、居合術では想定の範囲内だ。
「チェェェェイァァァ!」
 しかし膝蹴り自体が布石。フザの顔が突っ込んでくる。一瞬伸びた右足を勢いそのままに踏み込んで、今度は身体ごと当てるようなタイ捨の袈裟が飛んできた。
「うっ、うわああああ!」
 着地するその脚で前に出る――前に出ざるを得ない。伊織介が吠える。タイ捨のそれ(・・)はまともに受けられるものじゃない、であれば懐に入って勢いを殺すしかない。

 すると、フザの全身全霊に見えた斬撃は、ぬるり(・・・)と軌道を変える。振り抜かれるかと思われた剣先は瞬時に動きを変えて、突っ込んでくる身体は慣性を残したま半身に開かれる――また突きだ。

(なんだ……なんなんだこの人!?)
 再び繰り出された連続突きをギリギリでいなしながら、伊織介は瞠目する。西洋式の剣術、それも相当に高度なものを、タイ捨流と組み合わせて襲ってくる。こんな相手は初めてだった。ただでさえタイ捨流は蹴りをはじめとする体術をも積極的に織り交ぜてくる組討術である。そこに全く様式の異なる鋭剣術(フェンシング)が織り交ぜられ、全くペースを掴めない。
(攻め口が、見えないっ……!)
 剣技もそうだが、体幹を操る技術が尋常ではない。西洋式剣術と日本剣術では、重心の置き方(・・・)が異なる。通常、重心を斬撃の途中で変更することなど不可能だ。大振りなタイ捨流のやり口にコンパクトな居合術で対抗できると思ったが、甘かった。フザは荒々しいタイ捨流の隙を、流れるように突きの動作(モーション)に回収してしまう。おまけに突きは間合いが長く、その上閉所でも(・・・・)全く動きを制限されない。

「チッ! チッ! チェェェイアァ!」

 二連突きで距離を取った後に、全力の袈裟懸け。伊織介は下がれない。
 突きを受けて、体勢が崩れた。無理な体勢で手首を捻って刀を流す。重い打撃に手首が痺れ、僅かな隙が出来る。そこにフザが当身で突っ込んでくる――頭突きまがいの体当たり。
「ぐっ……!」
 身長七尺(2メートル)の巨漢のそれは、下手な打撃よりも強烈だ。簡単に伊織介は弾き飛ばされる。荷樽の山に背中からぶつかって、がらがらといくつか樽が崩れ落ちた。
「――チェェェェェェストォォォォォ!」
 荷樽に倒れ込んだ伊織介に、フザの雄叫びが飛ぶ――情け容赦ない袈裟斬りの一撃が、真正面から向けられる。


「――ハイ、そこまで」


 木板が、飛んだ。

 フザの得物であった木板が半ばから千切れ飛んだ。

「……なんだぁ?」
 伊織介を捉える筈だった打撃は、得物自体が根本から短くなってしまったがために空を切る。寸止めする気は無かったらしい。

「10分は過ぎたよ。もうおしまい」

 少年のような口調。謳うように響く声。

 伊織介の背後、崩れたかけた荷樽の山に、いつの間にか少女が立っている。

 ――リーゼル・マルクアルト。傭兵の魔女(ランツクネヒト)が、矮躯に見合わぬ両手剣(ツヴァイハンダー)を構えていた。

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