頭狂ファナティックス

須磨楓子

エピソードの総文字数=5,298文字

 午前中の授業が終わったあと、銀太は紅月の部屋に遊びに来ていた。土曜日の授業は午前中で終わりだった。部屋のもう一人の住人である綴は親友の秋姫と学園の外へショッピングに行っていた。寮にはやはり一人部屋が多かったが、相部屋も認められており、この寮でもいくつか二人部屋があった。
 部屋には二つのシングルベッドが置かれており、一方はぬいぐるみや抱きまくらが縁からこぼれ落ちそうなほどに乗せられていたが、もう一つのベッドは枕と毛布だけで簡素だった。もちろん、多くの飾りつけがなされているほうが綴のベッドである。部屋には小物や化粧水の乗った三面鏡が置かれたり、レースがあしらわれた白いカーテンがかけられたり、ガーリッシュにまとめられていて、それは綴の趣味だった。紅月は日常生活で必要なものしか部屋に置かず、模様替えについても何も口出ししないために、部屋の内装は綴が一任していた。
 銀太は藤の枝を組んで作られた椅子にくつろいで座り、紅月は自分のベッドに腰かけていた。会話は紅月が一方的に話して、それを銀太が頷き返す、という具合だった。というのも、紅月は午前中、特別科クラスの教室には行かず、部屋で本を読んで過ごしており、ずっと話し相手が欲しかったからだ。紅月はしばしば授業をサボった。特別科クラスに所属する学生は高校程度で教わる教育課程はすでに習熟しており、行われる授業もその時間に空いている教員が大学レベルの教養を気まぐれに話していく、というものだった。試験で点さえ取れば単位自体は貰えるために、授業をすっぽかしても、卒業に実害はなかった。ただし当たり前だが他のクラスメートには印象が悪かった。特別科クラスは現在七人で構成されているが、紅月ともう一人が滅多に教室に顔を出さず、問題児として見られていた。
 二人の会話は先日終わったばかりの中間試験の話になった。
試験は大丈夫だったの? 普段、サボりがちなんだから、試験くらいちゃんとしないと。
当たり前だぜ。空白組の試験なんて飾りみたいなもんよ。センター試験程度の難易度の問題が出されるけど、九割は取って当然だな。大学の試験で出題されるような問題はあまり出ない。クラスの奴は全員、満点に近い点を取るから、単位を与えるために形式的に試験をやっているだけだ。お前の方はどうだった?
赤点は回避できたかな。物理と英語のグラマーが難しかったけど、多分落としてはいない。
そうじゃねえ。赤点なんて免れて当然だ。学年でどれくらいの順位につけそうか聞いているんだよ。
 紅月は睨みつけるようにして言った。その声には脅すような調子があった。
いつもどおり、真ん中くらいかなぁ……。
真ん中くらいかなぁ、じゃねえよ。てめえには向上心っつうものがないのか。仮にも俺の相棒をやっているんだぞ。学年主席くらい取れ。
無茶言わないでよ。この学園の偏差値を考えると、真ん中にいるだけでも十分だと思うんだけれど。
いつも俺が試験前に言っているだろう。勉強教えてやるから、普通科クラスの範囲を教えろって。なんで人の好意を無下にするかね。
だって紅月の教え方って抽象的で何言ってるかわからないんだもん。典型的な、自分が勉強でつまづいたことがないから、勉強でつまづく人の気持ちがわからない人だよね。あと紅月みたいな性格の人に教わるのって何か癪に障る。普通は僕が紅月に勉強を教えて、十分後には『数学なんて人生に役立たねえだろ!』って言いながらシャープペン投げるやつでしょ。
お前は俺を何だと思っているんだ。人の性格と成績を短絡的に結びつけるな。ノーベル賞を取った人間が全員、大人しくて、真面目で、品行方正だなんて思うなよ。
 そのとき、部屋のドアがノックされた。紅月は「開いてるよ」と返事をした。
 ドアが開き、入ってきたのは須磨楓子だった。
 銀太と楓子はお互いに気が付くと、あからさまに嫌な顔をした。
 楓子は直毛の黒髪を湧水のように流している美少女だった。眉が細く、つり目であり、母親から遺伝した高い鼻を持ち、口元はいつでも不機嫌そうに歪められていた。そのために高圧的な印象を受けるが、楓子は実際に性格も高飛車で、傲慢なところがあった。女の子にしては背が高く、銀太よりもわずかにだが高かった。
 ここ一か月ほど、しつこく告白を繰り返してきた男子を殴り飛ばしたというきな臭い噂が流れていたが、他の生徒には楓子を嫌っている女子たちが流布した嘘だと思われていた。しかし楓子は本当にその男子を殴り飛ばしたことを銀太と紅月は知っていた。
 銀太の対面にある藤編みの椅子に楓子は座った。
あなたまでいるの、大室くん? 私は紅月とガールズトークをしたいから出て行ってくれないかしら? どうせ隣の部屋でしょう。
訪問して早々、ずいぶんな言い草だね。別に約束をしていたわけではないんだろう?
 銀太は紅月の方に視線を送った。
確かにきちんと約束したわけではないが。楓子はたまに遊びに来るんだ。三人で話をすれば済むことだろう。今は中間試験の話をしていた。
私はいつも通り、上々よ。学年順位一桁は固いわね。あなたはどう? 大室くん。
 楓子は答えが予めわかっているように、いやらしい笑みを浮かべながら言った。
真ん中くらいだよ。でもひょっとしたら、学年主席を取っているかもしれない。
 銀太の言葉を聞くと、まるでウィットに富んだ洒落を聞いたかのように楓子は腹を抱えて笑った。その姿を銀太は不機嫌な顔つきで眺めていた。
そうね。ひょっとしたら学年主席かもね。結果はまだ出ていないんだものね。ひょっとしたら、ね。
お前らやっぱり仲いいな。付き合えば?
 紅月は二人のやり取りを見て、にやにやとしながら言った。
冗談。誰がこんな男と。
僕だって、高慢ちきに足が生えたような奴は願い下げだよ。もう勉強の話は勘弁してくれ。
そうね。勉強じゃ、大室くんは私に勝てないものね。大室くんが勝てるかもしれない話をしてあげましょう。
 銀太はねめつけたが、楓子は涼しい顔をしていた。
 銀太と紅月が出会ったのは、八歳のときだった。当時、地元の小学校(二人が光文学園に入学したのは中等部からだった)で女番長をしていた紅月が昔から中性的な顔立ちをしていた銀太を女の子と勘違いして、口説くために声をかけたのが二人の出会いである。男とわかってからも、紅月は銀太を舎弟として連れまわし、長いあいだ付き添っているうちに立場が同等に均されていき、親友になった。
 一方、紅月と楓子が出会ったのは中学一年生のときである。楓子は初等部から光文学園に所属しており、そのコンプレックスと高慢な性格から内部進学生の一部を統括していた。楓子の実力は筆記、実務ともに学年トップクラスであり、初等部のころは神童とまで呼ばれ、高等部になれば特別科クラスに配属されるだろうと言われていた。中等部に上がると、その数は少ないが、編入してくる生徒がおり、外部から来た人間と内部進学の人間で激突するのは毎年のことだった。その年の対決は紅月と楓子の二人に要約されたと言ってよい。紅月は光文学園に入学すると、まずその学年で縄張りを張っていた須磨一味に喧嘩を申し込んだ。正式な決闘ではなく喧嘩であり、紅月はたった一人で楓子を含め十五人の人間に勝負を仕掛けた(このとき銀太は怖気づいて紅月と幼馴染であることを隠していた)。須磨楓子に喧嘩を売った馬鹿な外部生がいる――始め、学園の生徒たちは毎年のように現れる「やんちゃ」な生徒に呆れ返るばかりだった。しかしその結果は誰も(あえて言うならば、銀太と綴以外に)予想できないものになった。紅月のコンプレックス――その名を『太陽の塔』という――の前に十五人は十秒も立っていることができなかった。のちに学園創立以来、最も性質の悪い優等生と呼ばれるようになる瀧川紅月の悪名はこうして知られるようになった。
 番長の座を奪われた楓子だったが、紅月を嫌うどころか、むしろ執着するようになった。同世代でありながら、あらゆる面で自分より上を行く紅月があまりにも珍しかったのだ。最初のうちは付きまとってくる楓子を、銀太以外の相方を持つ気がなかった紅月は鬱陶しがっていた。しかし付き合っているうちに、紅月は楓子が性格や能力の面で、銀太にも劣らない面白い人間だと見抜いた。それからは楓子を「二人目の」親友と認めて、付き合うようになった。
 高等部に上がったとき、楓子は「コンプレックス、筆記試験ともに基準を満たしているが、性格の面で人の上に立つ器ではない」と判断されて、特別科クラスに入れなかった。紅月に追従している姿が裏目に出る形になり、結局、紅月の方が特別科クラスに配属されることになった。
 ところで銀太と楓子は、二人とも紅月の「唯一の」親友を自負している。そのために二人は紅月をあいだに挟んで、頻繁にいがみ合いをしていた。初めて二人が会ったときから、紅月が二人とも親友だと紹介したために仲が悪かった。銀太は紅月との友情を強調するときに、お互いにいた時間の長さを持ち出すが、対して楓子は筆記や実務の能力の高さを持ち出した。つまり遠まわしに銀太は紅月の側にいるに値しないと言っているわけだが、紅月はいつもけらけらと笑うだけだったので、二人の議論はいつでも決着がつかなかった。
話なら、俺が面白い話をしてやろう。
 人差し指を立てながら、紅月は言った。
昨日の夜、銀太は俺の汚れもののパンティーを盗んでオナニーしていた。
ちょっと待って!? それ僕が一方的に叩き潰される話題だよね!?
うわ……きも……死ねばいいのに……。

ほら! 須磨の目がこれから屠殺される豚を見る目になってるよ!
俺が昨日の夜、銀太の部屋に勝手に作った合鍵でお邪魔したとき……。
もうそこがおかしいよね。勝手に人の部屋の合鍵を作っている紅月も責められるべきだよね。あとちゃんと次からはノックしてね。
こいつベッドに寝転んでおちんちん丸出しでやんの! 片手には俺のパンティーを持って!
そこ笑うところじゃないよね。それとパンティーっていうのおじさんっぽいからやめようね。
こいつ本当にきもいわ……こいつがいなくなって発生する社会的損失をすべて償うから死んでくれないかしら……どうせ三千万程度で済むでしょう……。
ほら、ちゃんと僕が罰を受けたことを話してあげないと、須磨が爪を食いちぎっちゃうよ。こいつの苛々したときに爪をやたら噛む癖、正直怖いんだよ。
楓子、ちゃんとこいつから射精する権利を取り上げたから大丈夫だ。銀太はあと十三日、俺の許可なしには射精できない。綴ねえにも窃盗の件は伝えてある。『銀太くんも男の子だからね~』って言うばかりで説教の一つもしてくれなかったが。本人もちょくちょく俺の汚れものを拝借しているから強く出れないんだろう。お前ら姉弟、本当に何なの?
ごめんなさい……。だけど、それでもお姉ちゃんと相部屋を続けてくれる紅月が好きだよ。
そうかそうか! 素直に好きと言えるお前は可愛いなあ!
 紅月はベッドから立ち上がると銀太の頭を両手でわしゃわしゃと撫でた。その姿を恨めしそうに楓子は眺めていた。
何? パンツ盗んでなんで仲が深まっているの……? それなら私だって盗むわよ……。
 楓子が爪を噛みながら言ったぼやきを二人は聞いていなかった。
それで、二人とも俺の親友でいてくれることは非常に有り難いんだが、結局のところ、お前らどっちが強いの?
そりゃ僕でしょ。
それは私に決まっているでしょ。
 銀太と楓子は同時に言った。そして互いに目を見開いて相手を見た。
あ?
あ?
 楓子は椅子から立ち上がると、相手に近づき、銀太の胸倉を掴んだ。銀太も立ち上がり、相手の胸倉を掴み返す。
お? これは面白いことになってしまったかな?
 紅月は殺伐とした状況にも関わらず、にやにやと笑っている。
このさいだからはっきり言っておくわ。あなた、目障りなのよ。紅月とつるむのをやめてくれない? あなたと紅月では釣り合わないわ。
まるで自分なら紅月と釣り合うみたいな言い分だね。きみだって、空白組ではなく普通科クラスの人間でしょ。
あなたみたいな無能と紅月が一緒にいるところを見ると、虫唾が走るのよ。死ね、とまでは言わないわ。けれども私たちの前から永遠に消えてくれないかしら?
 互いの胸倉を掴み合って、口論を始めた銀太と楓子だったが、そのあいだに紅月が割って入った。
お前ら、決闘はしたことないんだろ? 年末でしばらく互いに会えなくなる。この機会に一戦したらどうだ? 立会人は務めてやるよ。
僕は構わないよ。そろそろこの狂犬の調教をしないといけないと思っていたんだ。上下関係をはっきりさせないと。
私も反論はないわ。この男の成り損ないに立場の違いを理解させないといけないから。
 銀太と楓子は互いに相手の目をのぞき込み、歯をむき出しにしながら言った。
よし、決定だな。二人とも、相手を完全に屈服させたいわけだな。ならば負けた方は相手の言うこと何でも一つ聞くということで。
 紅月は悪魔のような笑みを浮かべて、二人の胸倉をそれぞれ外させた。

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