もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

『しのびよる影』

エピソードの総文字数=1,952文字

前回のラストで、『鷲や鷹は、巣を追われて怒ったりはしないのだろうか』と語った矢先のことである……。

ツァラトゥストラがいぶかしげに空を見上げると、実際にほら言わんこっちゃないということが起きた。

すると、見よ。一匹の鷲が空に大きな輪をえがいて飛び、その鷲には一匹の蛇がかかっていた。餌食のようには見えず、友人であるかのようだった。鷲の首に巻き付いていたから。
「あっちゃー、やっぱ怒ってますよ、鷲さん! 蛇の援軍も連れてきてますよ!」
「どうもツァラ殿はそうは思っていないようだな。続きを読んでみよう」

「これはわたしの動物たちだ」とツァラトゥストラは言い、心から喜んだ。

「太陽のもとでもっとも誇り高い動物と、太陽のもとでもっとも賢い動物──彼らは偵察をしに出てきたのだ。

 彼らはまだツァラトゥストラが生きているかどうか知りたいのだ。本当に、わたしはまだ生きているのだろうか。」

「ずっと死体と一緒だったし、死体とまちがえられてるとか? 歩く死体!? ウォーキング・デッド!?」


「いやいや、ツァラ殿は自分の鷲と蛇といっているな。

 あの洞窟ぐらしの時の友人と言っているのだろう」

「えー、そんな風には読めませんよぉ」
「そういえば冒頭で太陽に照らされていたのはツァラちゃんだけでなく鷲や蛇なんかもいた気がしますわ」
注:よく読むと本当に最初のページにちらっと鷲と蛇がでてきている。
「そうなんですかねえ、あれが伏線だったのかなあ?」
「こんなところで伏線を回収しても、なかなか読者には通じないだろうな」
「動物のもとにいるより、人間のもとにいるほうが危険だと知った。危険な道をツァラトゥストラは歩いている。わが動物たちよ、私を導いてくれ」
「これも、わが動物たちと言ってますけど、たぶん鷲さんたちに通じてないですよね」
「空飛んでますもの、聞こえてないようですわね」

 ツァラトゥストラはこう言い終えると、あの森の中の聖者の言葉を思い出してため息をつき、みずからの心にこう語った。


「もっと賢くなりたい。わたしの蛇のように、大地に()って賢くなりたい。

 だが、それは不可能な願いだ。ならばわたしの賢さが、いつも誇りを見失わないように願おう。

 そしていつかわたしの賢さに見捨てられるようなことがあったら──ああ、賢さはよろこんで飛び去ってしまうものだ──そのときはわたしの愚かさが、誇りをもって空を翔けてくれればいい」。

「ツァラさん、やっぱりえらそうだけれど、ちょっとだけ謙虚になってます?」
「ですわね、今まででしたら賢さをとっても自慢するでしょうに」
「その賢さはよろこんで飛び去ってしまう──なんてことも書いているな」
「先輩の賢さもとんでっちゃったりします?」

「──少年易老學難成── 少年老い易く学成り難しというやつかな。

 しかし、身につけた賢さはなかなか忘れないものだとおもうがな。兄を見ているとそう思うよ」

「あー、まーたお兄さまラブ~。れいか先輩が焼いちゃいますよーぉー」
「まあ! またこの子ったら!!」
「へへへ~」
「まったくもぅ」
ずっとれいかのことを早乙女先輩と呼んでいたひとみが「れいか先輩」と呼ぶようになった。ああ見えて、あの子も人との距離を上手に測っているのかもしれない。もしかしたら自分よりもうまいのかもしれないな……。と栞理は思った。

と、その時である。


栞理は自分の席の反対側に見える、この秘密の地下室の扉に、なにか動く影を見た気がした。

「!!」
とっさに立ち上がり、丸テーブルを迂回してドアに駆け寄り、一気に開ける栞理。
「誰だっ!?」
「!?」
「!!?」
地下室に面している廊下は真っ暗闇だ。彼らの部屋から漏れるあかりでは廊下の端まで見て取る事はできない。
(なにか、なにかが動いた気がする……のだが……)
「気のせいか、な……?」
「そんな、ここは誰にも知られていないはずなのに」
「まさか、おばけ?」
「……。いちおうは、ツァラ殿も、死後の世界は否定しているがね……」
「すこし、心配ですわね……」

もしもこの会がだれかに知られてしまったら大変なことになる。


お互いを見わたし、ひとみ、栞理、れいかはそれぞれ考えに沈みこむ。

「これから、どうなっちゃうんだろう……?」

ツァラトゥストラに頭上にせまる鷲の爪団(違)と蛇の毒の行方は?

そしてまた、栞理の見た謎の影の正体は!?


などと数々の謎を呼び、なんとなくだがいちおうは緊迫しつつ、実を言ってしまうとここでネタ元の『ツァラトゥストラ』本編の章が切り替わるため、次回は幕間劇でお茶を濁す予定ですよと著者からのお知らせを入れ、今日のところはここで幕をおろさせていただこうと思う。

なお、次回の幕間劇も必読である。なので、よろしくよろしく!


──こうして、ツァラトゥストラの没落は始まった。


〈つづく〉

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