もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

幕間劇:『栞理のひみつ』

エピソードの総文字数=3,074文字

「この段階でそんな非科学的な伏線を回収させるわけにはいかんっ!」
ひとみと早乙女先輩がひそひそと話し合っていると、慌てて栞理先輩がもどってきた。
「あら、聞こえていました?」
「えー、伏線ってどういうことですかー?」
「いや、今のはメタ発言だ、気にしないでくれたまえ」
「?」
「それは良いですけど、栞理、あなた様子がおかしくてよ? 前にこの本見せた時もそうやって逃げちゃってたじゃない……」
「あの時も、急だったからな……」
「去年のちょうど今頃ですわ。上の閲覧室で、生まれ変わりの話をしておりましたら、異世界転生の話になって、突然、今日みたいに栞理の様子がおかしくなったんですもの。わたくし、びっくりしてしまって……」
「そんなことがあったんですね」
「君が驚かすからだよ……」
「この本を出しただけじゃない。これに、何か秘密があるんですの?」
「うん……、ええ……、はい……。


 じつは……、そう……、なんだ……が」

(……こんな歯切れの悪い先輩はじめてだわ)
「……。

 聞いてもよろしくて?」

ポットに被さっているティーコージーを取り外し、紅茶のお代わりを注ぎながら早乙女先輩は問いかける。
(先輩ってばきっと、私みたいに興味シンシン丸なはずなのに。
 でもそれでも、まるで興味がない風な、言いたくなかったら言わなくて良いのよって感じで……。
 栞理先輩の気持ちわかっちゃっててわざと素っ気なくしてるんだわ……。
 なんか素敵だなあ。こんな態度できるなんて憧れちゃうです……)
突然だが、シーンチェンジである。

時を遡ること10数年前、舞台も変わり、ここは、まだ幼い栞理が預けられていた高台にある家である!

まだ小さかった栞理は、海外で仕事をする両親についてはいけず、年の離れた兄とともに国内の叔母の家に預けられ、育てられていた。
物心ついたとき、そばにいるのは叔母夫婦、そして兄だけだった。
叔母にはその昔娘がいたのだが、気の毒のなことにその子は生まれつき病弱で、栞理が預けられた時にはすでに他界してしまっていた。
その娘の代替品として自分がいるのだ……。いちおうは可愛がられ、病弱だった亡き娘さんのように丁寧に扱われてはいても、ついついそんなことを思ってしまう栞理なのだった。

当時の栞理の唯一の理解者は兄。
彼のほうは年齢的には両親についていくことも十分できただろうに、そんな事情の家に預けられる自分のため、ここに残ったのだと、栞理はそう思い、崇拝にも似た信頼をしていた。

子供心に叔母夫婦には引け目があった。彼らから言われるままに羽織ってはいたのだが、今は無き娘に着せるために買ったのであろう、みょうに古びた赤い色のスカートやピンクのブラウスを与えられるのが苦痛で、こっそり兄に泣きついたりもしたものだった。
「言っちゃダメなことなんだけど、こういう色の服、嫌いになっちゃいそうなの……」
背が高く、濃い顔の兄は、いつだって全身黒一色で、夜の暗闇からにじみ出てくるような出で立ちをしていた。
(夜、急に出てきたら悲鳴上げちゃうかもだけどね)
それでも、
「お兄ちゃんばっかり、真っ黒でずるい」
なんて、兄には正直に喋れたりもした。暖色系に対する反発で、クールな暗い色のほうが格好良いと感じていた。ようはお兄ちゃんっ子だったのだ。


兄の方としては、あまり妹に暗い色の服を与えるのもどうかと思ったのかもしれない。黒が良いと言いはる妹をつれ、叔母夫婦に渡されたお金を持って出かけた洋品店で、彼女に選んでくれたのは明るい緑色のワンピースだった。
大好きな兄から初めて買ってもらった服。
栞理もわれながら単純だとは思いもしたが、あっさりとそれ以来、栞理の好きな色は緑色になった。

(お兄ちゃんが似合うって言ってくれた……)
それからというもの、栞理はどこへ行くにも緑のワンピース。選ぶ文房具は緑色。好きな動物はカエル。緑の傘、緑色の帽子に緑のサンダル。全身緑でキメた女子のあだ名は自然を愛するグリーンガール……ではなく、ガチャピン娘。
「ガチャピン、いいじゃないか」
と黒服の兄は言う。
「スカイダイビングにロッククライミングにモトクロス……、何をやってもプロ級なんだ。すげえよな。憧れるよ、あいつは何でもできちゃう超人なんだぜ」
彼はガチャピンさんを大変リスペクトしていた。


ガチャピンさんはさておき、栞理の心に『超人』というキーワードが深く刻み込まれ、兄の憧れは、少女の目標となった。


そして、そんな超人に憧れる兄の口癖は

「チャック・チャック・イエーガー」
そして、
「キリンも……ガチャピンも泣かない」
だった。

さっぱり意味は分からない栞理であった。きっとガチャピン=超人は泣きたくなっても口にチャックをして歯を食いしばって泣かないのだ。その姿を兄は格好良いと言っているのだろう。そんなふうに、曖昧に理解していたものだ。
(お兄ちゃんぐらいたくさん本読めばわかるのかも……)
栞理の目からみて、兄はたいへんな読書家だった。いつもよく分からない難しそうな本を読んでいる。
栞理の一風変わった読書傾向や推理好きはこの兄ゆずりなのだろう。

そして、いくどめかの季節は廻り、時は流れる。

栞理も兄の口癖の意味がわからないまま美しい少女へと成長した。
ただし、「泣いちゃだめ」と自分にいい聞かせるのはそのままに。
何が起きてもクールに。決して泣かない鉄の女、小早川栞理さまの誕生である。(相変わらず緑色はけっこう好き)

ある日、家の近くの図書館で緑色の表紙が気に入り、手に取った本、それが
『おおきな木』だった。

決して泣かない栞理が、泣いた。

めっちゃ泣いた。

図書館の閲覧室という人目のある中で、泣いた。

最悪なことに、その日は(相変わらず)大好きな兄と図書館で待ち合わせをしており、早く来てしまったので時間つぶしに開いていた本で号泣きである。

当然のごとく、ボロ泣きしているところを兄に見られてしまう。
「おまえも、女の子だったんだな」
そんなことを言われ、今度は本気で悲しくなり、涙は悔し泣きにかわった。
「ヒグっ!」
嗚咽と混ざりあったしゃっくりは一晩中止まることがなかったという……。
さて現代。ふたたび時は戻り。舞台も敬聖学園高校図書館地下へ舞い戻る……。
「と、いうわけでだな……」
「それがトラウマになって……」
「この本みるだけで涙が出てきちゃう……?」
「……。すまん」
「なに謝っちゃってるんですか!」
「そうよ、謝ることありませんわよ」
「ですよねー」
「うーん。とにかく、詫びさせてくれ。よく分からないかもしれないが、今、僕には謝罪することが必要なんだ」
「えーー」
「まあ、いいですけれど。謝罪、うけいれましたわ。それでよろしくて?」
「ああ、もちろんだ。ありがとう」
「うふふ、ガチャピン栞理、いいですわね。わたくし、いままでよりさらに身近になれた気がしますわ」
「そ、そうか。すまない」
「もう謝らなくてよろしくってよ」
「いいですよねー、栞理おねえさまかわいいです!」
「年上に可愛いはやめてくれよ」

「いいじゃないですかー、ちょー可愛いんだから~

 かわいいは正義っ!

 超人への第一歩ですよっ!」

「……」
「あ、栞理ったら照れてるわ。かーわいー」
「ねー!」
(うう、実は、この件でまだ二人に明かしていない秘密があるのだが……。

 それは……、いや、いまはやめておこう……)

小早川栞理にさらに隠された秘密とは何か!? やはり前世の記憶か? すべての読者を裏切るであろうその秘密が明かされる時は、今ではない。無事に連載が続けば、いつの日にか明かされる、かもしれない。たぶん……。 
〈つづく〉

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