神と大統領と弾道ミサイル(仮)

神の臣民

エピソードの総文字数=5,232文字

見よ、俺が考えた最強の富国強兵プランだ。

 市庁舎の会議室。

 エリカ、イヴァ、長老を前にして、天馬はプレゼン用の計画書を提示して見せた。長老は負傷した右腕を包帯で覆っており、本来は安静にしておかなくてはならないらしいが、国家政策を打ち合わせると聞き飛び起きてきたのである。

なぜこんな本格的な計画に乗り出さねばならん? 我々は先祖代々のこの地を守り通せればよい。そのためならば武器も取ろうが、アスタリアの大地が犯されない限りこのままでいいのじゃ。

アスタリア人が、オーレス共和国からの独立宣言しているのは事実だろう。国際社会も、そう考えているぞ。プーチンも指摘していたし、ネットニュースにさえ同種の情報が掲載されている。
この地を我々が武力で守っているのを正当化するため、独立宣言という形が必要だっただけじゃ。それ以上の野心は身を亡ぼすだけじゃと思うておる。
ダメだ。却下。
なっ、なんじゃと!? お主、何を根拠に……!

 以前より、長老はむやみやたらな喧嘩腰ではなかった。

 天馬の指揮による大勝と、自分の指揮の失敗、そして戦場での負傷などを目の当たりにして、大上段から叱りつけるようなことはしずらくなったのだろう。また、イヴァも何らかの形で長老を説得しているのかもしれない。どこか言葉の端々に苦々しさ、弱々しさがにじみ出ていた。

中庸が求められるのは政治的駆け引きだけで事が済む場合だ。しかし政府軍とはすでに刃を交え、国際社会においても内戦中であると認識されている。そのようななかにあって、何もせず現状維持できると想定するほど、愚かしいことはない。
ぐっ、ぐむう……。ワシらとて木偶の坊ではない、そんなことは百も承知……。じゃが現実問題として、出来ることと出来ないことがある。アスタリアの戦力では本当の独立を勝ち取るのは非現実的……。
こればかりは長老に同意するわね。人口数千人の地域が独立なんて、国際社会が認めるはずはない。もちろんロシアの立場としては、民族自決の名のもとに、アスタリアの独立を支援しているわ。だけどそれは大きな枠組みのなかでの政治であって、本当に独立を勝ち取れるなんて誰も思っていないのが実際のところよ。
だがここには俺がいる。
……は? それがどうしたという?
この俺の才気は人類すべての知恵の総体を越える。俺がその気になりさえすれば、たった一人でも国際社会のすべてを打ちのめすことができるのだぞ。その俺が今、こうしてアスタリアを指揮している。我が帝国が世界を統べられないわけがない。
自分が神とでも言いたげね。
神だからな。実際に俺はあらゆる場所で神と言われ続けてきている。
天馬の履歴ならだいたいチェック済みだけど……それって『ネット神』とか、嘲笑交じりの話でしょうよ……。
愚民どもが笑おうが叫ぼうが、俺の能力や意思は何も変わらない。世界を変えるのが無理かどうかを決めるのはこの俺だ。他の誰でもない。
……あっ、あのっ、お爺ちゃん、エリカさん。
 イヴァはたどたどしく、しかし懸命に2人に向けて声を掛ける。天馬の前で見せる素直な表情ではなく、どこか自信なさげで伏し目がちだった。
天馬さんは奇跡みたいな人だと思うんです……。私たちはこのままだとジリ貧になっていくだけでした……。そんなときに、天馬さんが現れてくれたのは幸運です……。どうか天馬さんがこれから行う政策のお手伝いをしてあげてくれませんか……?
本当に奇跡的存在なら、40歳近くまで引きこもってなかったと思うけど。
……いいえ、そんな存在だから、天馬さんは時が満ちるのを待っていただけで……。
物は言いようね。すっかりイヴァは洗脳されちゃってる。
勘違いするな。今は戦争中なのだぞ。政府はアスタリア侵攻を一時的に中断しているだけで、戦闘は今後も断続的に繰り返されていくだろう。
でも化学兵器をばらまいたとかいう報道が出てたから、政府軍も軍事行動には慎重になっているかもよ。
……そっ、その化学兵器報道は大丈夫なんですか? アスタリア人が世界の敵になってしまうんじゃないかって心配で……。
今のところ大丈夫そう。だってオーレス共和国政府の発表なんて、そんなに簡単に国際社会が真に受けるわけじゃないからね。しかも、首都オーレスに駐在するアメリカ軍からは何の声明もない。オーレス共和国政府も、アスタリア自治政府も、国際社会から見たらどっちもマフィアみたいなもの。
ワシらはマフィアじゃないわ! ここに根を張り、真面目に暮らしておる!
だからー、国際社会から見たらって話だってば……。
先の戦いで我が帝国が完勝を収めたことで、次の戦闘行動までに猶予があるかどうかはまだ読み切れない。政府軍内の人間関係などによっても影響してくる話だからな。ただし明確なのは、次の戦いは必ずやってくるということだ。実際、戦い前にはアスタリア側が占拠していたザリスの監視台は、今や政府軍の手に落ちている。これを取り返すための戦力の充実が不可欠なのだ。
 戦闘がアスタリア側の勝利で決着したのは両軍ともに認めるところだったが、しかし占領地という視点に立てば、政府軍は重要な一拠点の奪取に成功しており、アスタリア側はその周辺の領土を奪われたという状況だった。戦闘の勝敗と、領域の拡大や縮小の間は正比例するわけではなく、さまざまな要素が混じり合うということの現れだろう。
お爺ちゃん、エリカさん……。

私からもお願いします……天馬さんにお任せしてくれませんか……。そうすればきっと、私たちに新しい世界が開けるんだって確信があるんです……。

イヴァよ……いったいどうしたのじゃ? 未だかつて、イヴァがこんなに強く主張をしたことをワシは聞いたことがない……。
……お爺ちゃん、お願いします……。

お爺ちゃんだって、本当はこのままだとジリ貧になっていくだけだってわかっていると思うんです……。

う、うむ……。
政府軍に勝利できたことは天馬さんの活躍だって、街の人はみんな知っています……。戦いの最後のほうで天馬さんが敵前に一人飛び出したことだって、本当にカッコよかったと思います。あれを見た人たちは、天馬さんの命がけの行為をわかっています……。今こそ天馬さんの指導でアスタリアを変えていく好機だと思うんです……。
……わかっておるわい。天馬がいなければ、ワシらの損害はこんなものでは済まなかったはず……。じゃが部外者にあれこれ統治をさせるのが、どうも釈然とせんところがあってな……。
俺は部外者ではない。

勘違いするな、この帝国の大統領はこの俺だ。つまり、俺はアスタリア人でもある。我こそはアスタリア人のなかのアスタリア人だ。

しばらくは何も言うまい……。老い先短いだけに、老人はどうも気がせいてしまうわ……。
 長老は左手で額を押さえ、首を振りながらつぶやいた。そして天馬に視線を向けて続ける。
天馬よ、先の戦闘指揮は見事じゃった。ワシからも改めて頼もう。アスタリアのことを頼む。
わかればいいのだ。安心しろ、帝国は偉大な統治者を得たのだぞ。
このやたらに高慢な口だけは何とかならんのじゃろうか……。
決まりです。

天馬さん、この計画でお願いします。

 天馬を向いて話すときだけ、イヴァはハキハキとした口調になり、明るい笑顔を向けてきた。
よかろう。計画の実行はすべて俺に委任してもらうぞ。俺が帝国を新しいステージへと押し上げてやろう。
計画の実行っていっても……天馬が作ってきたこのプランの内容は理解できるんだけど……。そもそもこれ、誰が実行するのよ。そして資金はどうするの。エストニアを参考にした国民管理システムとか、中央銀行の設立とか、国家ファンドの創設とか……こんなの一朝一夕で実行できる話じゃないでしょ。
俺がやろう。

俺が誰だと思っているのだ?

いや誰なのよ……。

強いて言えば40歳ニートよね?

クククク、国家管理システムごとき、この俺なら3日もあれば構築できる。まして真っ新な状況から構築してしまえるのならむしろ容易い。
エストニアが国民すべてをITで管理しているのは有名だけど、それだけに逆に脆いと思うわ。実際問題、エストニアのシステム全体を落とそうと思えば、FSBは落としてしまえるみたいよ。あと情報を抜くことも出来るんだって。ロシア側がその気になるかどうかだけの問題であって、そういうタイミングが訪れれば実行するでしょう。私の担当とは遠いから、あくまで内部で交わされている話だけにすぎないけど、FSBの能力的には問題なくできるはず。

 エストニアは北ヨーロッパの共和制国家で、人口134万人の小国だ。もともとソ連が併合して自国領土としていたが、ソ連崩壊によりようやく独立を達成した国だった。NATOに加盟したためロシアとは激しい対立関係にもあり、ロシアが虎視眈々とエストニアの再併合を狙っていることも国際社会は認知していた。

 そのような状況に追いやられているエストニアは、たとえ国土がロシアに占領されるようなことがあっても国家を存立させるためのリスクヘッジとして、ウェブ上に大規模な国民管理システムを築き上げていた。これなら仮に領土がなくなっても、世界中どこでも亡命政府を樹立できるであろう。しかしロシア側も手をこまねいているわけではなく、エストニアの国家管理システムをしばしば攻撃したりしていることも知られた話だった。

情報を抜かれる可能性はゼロだ。強靭無比な、世界最強のシステムになるだろう。ロシアやアメリカが総がかりでも、我が帝国のシステムは陥落しまい。
自分の能力を過剰評価しすぎでしょ。落ちないシステムなんかありえないわ。
俺の脳まで落とせると思ったら間違いだ。国民の基幹データベースは、俺の脳で処理する。
はい?
システムと俺の脳を連結するのだ。つまり、国民すべての情報は、俺に集まり、俺だけが管理する。サーバーには根幹にかかわる情報など、一切を置かない。
それって、重要な部分は天馬がアナログで管理するってこと?
そうだ。これほど強固はシステムは世界にただひとつ。
 エストニアの国家管理システムは、システム内ですべてが完結するようになっている。しかし天馬が口にしたシステムは、枠組みだけはシステム化しているように見えるが、実際には天馬と繋がっているだけで、有り体に言えば国民と天馬がチャットで話しているのとそれほど変わらない。重要ではない基本情報だけサーバーに置いておき、あとは天馬と国民が直接繋がってやり取りするわけだ。システムの稼働時間は、天馬がPC前に座っているときに限定されてしまうが、天馬を殺さない限りハッキングの危険はあまりない。また天馬を殺してしまうようなことがあれば、システムに溜まった重要なデータは完全に破損してしまうのと同義だ。
ネットワークで情報のやり取りはするけれど、肝心の重要な情報の保存は天馬の脳というわけか……。心底バカみたい。
全国民が、俺と直接リンクするということでもある。俺が存在しなければ帝国は成立しない。まさに朕は国家なりだ。
呆れたわ……。付き合ってられないレベル。
俺が即座に記憶できないほどの情報は億単位……。なに、オーレス共和国全土を平定し、中央アジアを征服するくらいの間までは、データ蓄積媒体は俺の脳だけで事足りるだろう。
 そこまで言った天馬は、ふと気づいたように長老に話を向ける。
ちなみに、俺が管理する初期の帝国臣民は何人なのか、長老は把握しているのか?
アスタリア人の数のことか? そりゃお主……たぶん1万人くらいは……。
各種の情報によれば、5000~8000とされているぞ。だが、戦闘に出られる20代、30代、40代の健康な男子を集めた総兵力が600と考えると、実数はもっと少ないのかもしれんと考えていた。
天馬さん。5000人は少なくともいると思います。急な戦闘では近隣の人たちしか集められませんが、山を越えたり、数日かかるような場所にもいくつかアスタリア人の集落はあるんです。翡翠を切り出す仕事をしていたり、岩塩を運んで中国まで行っている人とかもいますし。
ずいぶん曖昧な管理だな。これでは徴兵もできんし、市民に重税を課すこともままならん。我が帝国臣民は、すべからく我に従わなくてはならないのだ。
重税じゃと!? アスタリア人はもともと独立心旺盛なのじゃ! そのような税金など受け入れるわけ――。
お、お爺ちゃん……。さっき天馬さんに任せるって決めたばかり……。天馬さんはきっとたとえ話をしただけで……。
う、うむ……。
いいのだイヴァ。しょせん愚民には、大統領の苦労など理解も及ばないのだろうからな。
ワシを愚民呼ばわり……。
よし、帝国のすべての整備を始めよう。なに、この俺はシムシティでもわずかな区画すら無駄にしない鮮やかな街づくりを心掛けるタイプだ。俺が創り上げる新帝国は、やがて世界のすべてを包み込むことになるであろう。
 そう言って天馬はくつくつと笑ったのだった。

◆作者をワンクリックで応援!

8人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ