放蕩鬼ヂンガイオー

05「ノータコ! タコはだめなのだ!」

エピソードの総文字数=2,516文字

 秋葉原上空に小さな黒い孔が泳いでいる。

 孔は急速に大きくなり、漆黒の人影――ヂゲン獣『シャドーマン伯爵』の姿へと変化した。

『やはりドクターイエティはついて来れなかったのですね。まあいいでしょう、あんなノロマの協力などこちらから願い下げです。なに、ワタクシ一人で放蕩鬼を討ち取れば、ムカデクジラ様も文句はございませんでしょう』

 シャドーマンは眼下を睥睨し、町を歩く人々を品定めした。

『この辺りでございましょうか。よいですねよいですね、どいつもこいつもブラックな面持ち、悪くないですよ』

 闇の霧で構成されている真っ黒な顔面の、本来ならば口のある辺りから……長くて赤い舌が伸びている。
 舌は蛇のそれを思わせる俊敏さで自在に動き、シャドーマン自身の頬をぺろりと舐めた。

『しかし、こうも素敵なロケーションですと、放蕩鬼を見つける前に少し人間どもと遊んでやりたいところですねえ』

   ●

「ふあわわわ! す、スシ? が、回っているのだ!?」

 神田明神通りの西側、大通りと比べれば少し人気の少ない立地に、寿司雁という回転寿司屋があった。

 秋葉原には回転寿司屋が多いのだが、その中でもややお高めの値段設定をしたラグジュアリーラインの店である。ただしその味が価格を圧倒的に凌駕するため、ちょっと無理して食べに来るお客さんも多い。

 燦太郎は、驚愕するヂンガイを尻目に、回転レーンからサーモンユッケマヨ軍艦を取った。

「おまえも好きに食えよ。軍資金たんまりもらってるから、いっそ歓迎会だと思いな」
「あ、あれは食べれるやつなのか? あっちは? あそこのグロいのも食べれるか?」
「全部食えるって」

 ヂンガイはソファにひざ立ちし、寿司の回るレーンにかぶりつきで目を輝かせている。

「別に今回に限ったことじゃねーんだけど、おまえ、やたらと順応早いよな。時空を越えて現れた未来人のくせに、なんか、カナダから来た留学生くらいのリアクションだぞ」
「あたしは旅慣れてるし。よそのヂゲンでも、だいたいのことは雰囲気で察しちゃうのだ」
「つっても、時代が違えば国も文化レベルも違うんだろ。未来ってもっとSF的な電化製品とかが発明されまくってて、今とは全然違う生活なんじゃねーの?」
「高性能な車は開発できても、世界中に普及してる交通ルールは簡単には変えられないのだ。ガソリンがLAEに代わっても、赤信号は止まれってこと」
「ほお。そういうもんか」

 言いながら燦太郎は次の皿(とびこ乗せアボカドサーモン)に手を伸ばす。

 ヂンガイは恐る恐るといった手つきで何度も皿を狙っていたが、やっとこさ覚悟を決めたらしく一枚目に茄子の漬物握りを選んだ。

「んぐっ。うまっ!? なんだこれし!? 古代人が生意気なのだ!?」
「なんで茄子だよ。大トロとかいっちゃっていいぞ、メニュー写真の旨そうなやつ。赤いの」
「魚類を生のまま喰らうとか、古代人は野蛮にも程があるのだ。あそこのあれとか、もともとはどんな生き物なのだ」

 ヂンガイがレーンを指差している。
 すぐに正体がわかったので、燦太郎は店内のいけすを指差した。

「タコはあれ。うにょうにょしてるやつ」

 ヂンガイは一瞬白目を剥いてからビクッと痙攣した。

「無理ッ! ノータコ! タコはだめなのだ!」

 泡を食ってもう一度茄子の皿を取るヂンガイ。

 燦太郎はこほんと咳払いをすると、割り箸の先をヂンガイに向けた。

「まあタコは難易度高いにしても、おまえはもうちょっと食わず嫌いを直さないとな」

 ヂンガイは敏感にこちらの意図を察したらしく、髪を逆立てて威嚇してきた。

「古代人なんてみんな一緒だもん。ここに来る途中も、色んな古代人に命を狙われてジロジロ見られたのだ」
「それはおまえ、」

 衣装や顔立ちが可愛らしいからだろうとも言えず、適当にごにょごにょと語尾を誤魔化して台詞を終わらせる。

「まあ、お前の場合は長年かけて培ってきた性格だもんな、すぐには変わらんか」

 ひとごとっぽく放任する。

 こちらとしてはヂグソー心臓の安否が懸かっているので暴力に訴えてでも性格矯正してやりたいというのも本音のところなのだが。
 無理に言って性格が直るのなら苦労はないという気もするので、とりあえず穏便に済ませた次第。

 とはいえ、ずっと成長しないで今のままでいられても困るというのが難しい。
 心臓のことさえなければ、もっと長期的な方法も考慮に入れて助けてやれるだろうに。

(……や、心臓が無事なら最初から別に手伝ってないか)

 ともあれ、正直『燃え』集めに関して素人がどこまで役に立ってやれるか自信はない。
 協力してやりたいのはやまやまだが、やはりここぞというときには本人の根性がものをいうのではなかろうか。

「俺もヒーローにハマってたのは子供のころ以来だからなあ。店の手伝いこそやってるけど当時の記憶はけっこう曖昧だし、俺も頑張るけど燃えの勉強は自分でもするんだぞ。さっき休養室に放り込んだアキバリオンのDVD見たか? 見てないよな? 一話のあの名シーン、秋葉原が変形してアキバリオンになるバンクちゃんと見たか? 格好良かっただろ? あの牛丼屋とカキフライ屋が両肩に変形したときは度肝を抜かれたよな? 一話の作画監督ちゃんと確認したか? おん?」
「が、がっつきすぎなのだ……」

 げっそりするヂンガイ。うん、見てないなこいつ。

「あ、その目! ちゃんと見たのだ! ただちょっと、ヒーローとしてこの町を救うなんて、あたしとしては仕事っぽすぎて楽しく視聴できなかったのだ」
「いや、なおのこと駄目だろ。なんの勉強してると思ってんだ」

 と、そこで、燦太郎はレーンの向こう側を歩く職人さんの姿に気がついた。
 手をあげて、こちらに来てもらえるよう訴える。

「雁さんこっち。これ梅酒、じいちゃんが鯛のお礼って」
「……サン坊か、かたじけない。お祝いなんだから、天ちゃんも気を遣わなくていいのに」

 のしのしと歩いてくるのは雁であった。

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