放蕩鬼ヂンガイオー

5「……あたしが帰っちゃったら、」

エピソードの総文字数=1,965文字

 ベッドに転がりながら、読んでいた漫画を閉じる。

「少しは落ち着いたか?」

 燦太郎が問いかけると、開け放しの廊下からヂンガイが顔を覗かせた。

「うん。ちょっとだけ涼しくて気持ちよかったのだ」

 そろそろ寝るつもりだろうか。ヂンガイはタオルケット片手に寝床の地べたへと移動し……しかし途中で足を止めた。

 しゃがみこんで床から何かを拾い上げる。

「このヂグソーも持って帰らなきゃだし」

 壁にDVDの映像を映すのに使っていた、プロジェクター代わりのヂグソーだった。

 ヂンガイはヂグソーを旅行用のバッグにしまいこみ、床に寝転がる。

 しばらく様子を窺ってみたが、明かりを消せという要求がない。まだ眠るわけではないのだろうか。

「おまえはさ、どうして放蕩鬼乗りになったんだ」

 なんとなく聞いてみた。

 もともとあまり過去を詮索しないたちの燦太郎だったが、最後の夜ということもあり、疑問を残したくないという心境と……しめっぽいお別れの話題が始まることを避けたいという気持ちがあった。

「どうしてっていうか。あたしは……最初から放蕩鬼に乗るために生まれた存在なのだ」

 案の定、眠たくなさそうな声色だった。

「拡散防止理念で詳しくは言えないけど、あたしには記憶もなんにもない。LAEを集めることだけを目的に生まれた鬼なのだ。誰かに強制されたわけでなく、かといって自分の中に潜在的な、こう……ヂゲン獣を倒さなきゃいけないって強い使命感があったわけでもない。単純に、そうだからそうなんだって思ってた。他にやることもなかったし」

 得体の知れない素性を語るヂンガイ。大変に寂しげな声色であった。

「なのに今まで、一度も活躍できなかった。や、活躍どころかまともにLAEを集めたこともなかったのだ。生まれてきた意味がなかった。……今回の事件で初めて、あたしは人間の役に立てたのだ。帰れば、今度こそ、あたしは放蕩鬼として褒めてもらえる」

 未来に帰れば、故郷でヒーロー扱いしてもらえる。

 それは、放蕩鬼乗りとして生きてきた彼女にとって、やはりいちばんのご褒美ではないだろうか。

「そっか。じゃあ、やっぱ胸張って凱旋しなきゃな」
「ん」

 ヂンガイは、お気に入りのタオルケットに顔をうずめた。

「……この部屋のにおいがする」
「わるかったな、未来から来た客人に新品用意してやれなくて」
「じゃなくて、いいにおいなのだ」

 しばらくタオルケットに顔面をうめて繰り返し深呼吸をしていたが、ふと位置をずらして目だけをこちらに向けてきた。

「あたしが帰ったら、ヂグソー使ってプロジェクターが見れなくなっちゃうのだ」
「は? ……いいよ、ちっさいけど普通のテレビあるし」
「そう」

 つまらなそうにいって、また顔をうずめる。
 そしてまた、目だけをこちらに向けてくる。

「あたしが帰ったら、この店、女ッ気がなくなってむさくるしくなるのだ」
「るせーな、それこそ問題ねえよ。もとからここは俺とじいちゃん二人で切り盛りしてたんだから」

 ヂンガイに店の心配をされたらおしまいである。燦太郎はむくれて寝返りをうった。

「さいあく、姫荻が来てくれるらしいし」
「んあ? あの女は関係ないのだー」

 ヂンガイもこの答えは気に召さなかったらしい。頬を膨らませて鼻息を荒くしている。

 少し沈黙があった。
 なにか考えたらしいヂンガイは、ゆっくりと、恐る恐るといった様子で改めてつぶやいた。

「……あたしが帰っちゃったら、サンタロー、もうヒーローとしてあたしと一緒に戦ったりできなくなっちゃうのだ」

 瞳孔が開く。

 燦太郎は、体温の急激な上昇を感じた。

 一人ぼっちで秋葉原に残り、毎日店の仕事を繰り返し、夏休みがあけたら普通に学校に通う自分の姿がありありと想像できた。

 気付けば、知らずに右手を壁に打ち付けていた。

「だからって引き止めるわけいかねえだろ! 俺の勝手な都合でさあッ!」
「え……」

 壁を揺らす大きな音のあと、部屋はしんと静まり返った。

 ヂンガイを見ると、目を丸くしていた。そこに秘められた感情が怯えなのか悲しみなのかはわからない。

「いや、その。悪い」

 自分でも、どうしてそこまで感情が昂ぶったのかわからなかった。

 ヂンガイは何も悪くない。
 笑って送り出してやらなければいけないのに、どうして当たってしまったのだろう。

「その、大声だすことないよな。はは。……応援してるから、おまえも未来でいい人生歩めよ」

 燦太郎はいそいそと起き上がり、頭をかきながら廊下へ歩いた。

「ちょっと水飲んでくる。それ、タオル、気に入ってんなら一緒に持って帰りな。じゃ」

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