(If I Could) Change The World

アウフェンギへ

エピソードの総文字数=2,088文字

 病院を出たとき、ちょうど一日の中で貴重な日照時間だった。俺はこのときに初めてまじまじとレイキャビクの街並みを眺めることができた。故郷の京都と同じく道は碁盤のようにまっすぐと伸び、それぞれが直角に交差していた。また見渡す限りの道が石畳によって舗装されており、レイキャビクという街は整備が行き届いているらしい。並んでいる家々は窓の位置から察するにどれも三階建てであり、装飾の少ない建築様式だった。アイスランドではこれが一般的な家屋らしい。ただ、屋根の色が奇抜なものが多かった。原色に近い赤や青で屋根が塗られ、それも統一性がないものだから、目がくらくらとした。街を眺めながら歩く道すがら、俺は気になっていることをハルトール先生に聞いた。
「雪が積もっていないのですね。アイスランドは北緯の高い位置にあるから、豪雪地帯だと思っていたのですが。それに寒さも日本の冬と変わらない」
「不思議ですか? この島の西側にはメキシコ湾流が流れています。その恩恵で、一年中温かい空気が流れ込んでくるのですよ。アイスランドという名前に反して、気候そのものはそこまで冷え込んでいるわけではありません。十二月のうちは氷点下を下ることも珍しいですよ。なので、冬のあいだはニューヨークやシカゴの方が寒いことになりますね」
「そうなのですか。この国の地理や文化にはほとんど精通していないもので。俺は極東にある国から来たのですから。極北に何があるかなんてこれまで考えたこともありませんでした。アイスランドがこんなに発展しているとは思いませんでしたよ。日本の東京にも劣らないほどに、街が整備されている。何よりも道がどこも舗装されているのは珍しい。俺が思っていたよりも暮らしやすそうな国だ」
「実はですね、十分に整備されているのはこのレイキャビクだけなのですよ。この街から出れば、手つかずの自然ばかりがある。私の暮らしている村もそんな自然の中にあります。アイスランドではレイキャビクが最も大きな都市で、国民の大半がここに住んでいるほどです。厩は街外れにあります。舗装された街の中を馬に歩かせると、蹄鉄が割れてしまいますから」
 家並みを抜け、石畳の舗装が途切れたところに厩はあった。ハルトール先生は世話人とともに馬車の準備にかかり、二頭の馬をクーペに繋いだ。
「随分と小さな馬ですね。ハルトール先生の馬ですか? 馬車を引かせるには向いていないと思いますが」
「いえ、アイスランドではこの馬の大きさで普通ですよ。この国では品種改良が行われてこなかったために、体格が小さいままなのですよ。私もイギリスに行ったことがありますが、そのときに街を歩いていた馬の大きさを見て驚きましたよ。本当ならば、このような家畜に重労働をさせる真似はしたくないのですが、今回はどうしてもレイキャビクに来る用事があったので。ここからアウフェンギまでは二時間ほどです」
 俺はクーペに乗り込み、ハルトール先生が御者台に座った馬車に揺られることになった。ハルトール先生の言うとおり、レイキャビクから遠ざかると、驚くほど視界の開けた自然が広がっていた。視界が広いのは木々がまったくないからに違いない。おそらく一年中寒冷が続くために樹木が育たないのだ。植物と言えるものは、丈の低い草花ばかりだった。馬車が行く道も切り開いたものではなく、人や動物が通っているうちに自然にできたものだった。正直なところ、俺にはこの世界の果てまで見渡せそうな、何もない光景を荒涼でみすぼらしいものだと捉えたが、ハルトール先生にとっては愛すべき祖国の地であるようで、御者台から逐一土地について教えてくれた。ところどころ地面に大きな裂け目があり、それは溶岩が冷えたさいにできるものとのことで、ときにはそこを川が流れていることもあった。このあたりは溶岩台地という地形らしい。
「前方に見えるあの山が見えますか? あの山はヘフクラ山と言って、そのふもとにアウフェンギがあります。ヘフクラ山は4900フィートほどの高さで、アイスランドの火山の中で、最も噴火回数が多いのですよ。アイスランドは小さな島ですが、火山の数が非常に多く、百五十ほどもあるのです」
 ヘフクラ山まではまだ遠く、ここから見える景色では青く、影になっていた。しかし木々がまったく生えていないことは窺え、岩が剥き出しになっており、頂上のあたりは雪か氷河が堆積しているのか白っぽくなっていた。
 アウフェンギに辿りつくころには、気の早い日が落ちていた。村に馬車が入ったとき、あたりは真っ暗だったために、どれほどの大きさの集落なのかわからなかった。家屋の窓には一様にカーテンが掛けられているらしく、洋灯の明かりも漏れていない有様だ。ハルトール先生の家は村に入ってすぐのところにあったために、奥の方まで進むこともなかった。厩に馬を収めるとハルトール先生は洋灯を手に持ち、レンガ造りの家へ入っていき、俺もそのあとに続いた。俺が想像していたよりもアイスランドの気候は温かいとはいえ、やはり二時間の馬車の旅は身体に堪えていた。

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