ペイガニズムの倫理と資本主義の精神 ――浪人ですが東インド会社に就職しました――

4-9. つまりは狂宴のカセクシス

エピソードの総文字数=2,365文字

 メリメント号の目指す目的地、バンタム王国。その北岸側には、オランダの東洋における一大拠点、バタヴィアがある。

 石造りのバタヴィア要塞は、現地民の村々を焼き払った上に(そばだ)つ、血塗られた牙城だ。港に面した堡塁からは、幾本もの青銅砲が突き出して海を睨んでいる。
 火砲に対する防御力を重視した背の低い城壁は、星の型に組まれていた。イタリア式の設計を取り入れた、堅固な築城形式だ。隣接する港には、軍艦、交易船問わず巨大な帆船が幾隻も姿を見せている。今や経済力によって世界を支配しようとするオランダに相応しい、堂々とした偉容と戦力を誇る最新型の城塞だった。

 しかし自慢の青銅砲も、新式の城壁も今のバタヴィア城においては耳目を集めるものではないだろう。その星型城郭の中心部には、要塞としての設計をまるごと無視する(・・・・・・・・)ような太い塔が無遠慮に聳え立っている。奇妙な赤黒い色の建材で出来たその高さは、優に160フィート(約50メートル)にも達するだろう。物見用としても、全く非合理的な高さだった。
 
 見るからに後付けで増築されたその赤塔は、さながら旧約聖書のバベルのように、尚も高く伸びようとしていた。
 

     * * *


 メリメント号が、勝利の美酒に酔った夜。

 バタヴィアの赤塔に、何者かの絶叫が響き渡った。

「元気だねえ、英国人」

 赤塔の最上階――ランプの灯りが、部屋の内部を淡く照らしている。赤い絨毯と白木細工のテーブルでどうにか整えようとしているものの、内装も乏しく殺風景な部屋だった。やけに豪奢な調度品も不似合いで、無理に豪奢を演じようとしているかのような(いびつ)さがある。

「私が……何をしたと、いうんだ……」
 テーブルの上には、金髪の成人男性が転がされていた。ぜいぜいと、怯えた目で荒い呼吸を繰り返している。今は血泥に塗れているが、その上着は、見る者が見れば英国(イングランド)東インド会社の社員のものであることが分かるだろう。

「何をした、だって? ばかだなあ。これだから英国(イングランド)人はきらいなんだよ」
 テーブルの上の哀れな英国人を、上席に座したもう一人の男が見つめていた。

 異様な風体の男だった。

 身を包むのは、神父の着る祭服のような真っ赤な衣装――金色の刺繍が細部に至るまで凝らされていて、過分に華美な印象を与えている。首元には、花弁のように開いた巨大な襞襟。薄ら笑いを貼り付けたその顔は、道化じみた化粧で白く塗られていた。

 貴族のようにも見えるし、聖職者のようにも、あるいは道化のようにすら見える。年若くも見えるし、年配にも見える。衣装こそ派手だが、その実捉え所のない、奇妙な男だった。

「英国はぼくの故郷――アイルランド王国を踏み躙ったでしょう。困ったものだ、歴史も知らないのかい?」

 紅衣の男は、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて、グラスにたっぷりと注がれた赤ワインを傾けた。その様は、まるでテーブルの上の英国人の無様を、酒の肴にしているかのよう。
「やめろ……もうやめてくれ……。知っていることは、もう全部話したろう……」
 震える声で、英国人が哀願する。彼の身体から流れだした血が、白いテーブルクロスを真っ赤に染めていた。狭い客室には、濃密な血の臭いが立ち込めている。
「何を勘違いしているんだい? これは尋問じゃないし、拷問でもないんだよ。ただの食事さ」
「な……何を……言って……」
「喜んでいいよ、英国人。その腐りきったたましい(・・・・)を、ぼくが有効に利用してあげるんだからさ」

 男は、膝の上に居る、赤い小さなか〝何か〟を愛おしげに撫でた。その赤い〝何か〟が、りりり、と鈴のような小さな音を立てている。

「さあ、待たせて悪かったね。お肉の時間だ(・・・・・・)……」

「やめろ……やめろぉッ!」

「父と子と、聖霊の御名によりて――」
 怯え暴れようとする英国人のすぐ下で、テーブルには淡く輝く赤色の紋様が浮かび上がる。紋様は徐々に広がっていき――やがて、巨大な円と、その内側に七つの小円を持つ不可思議な図形が現れる。
「――Amen(召し上がれ).」

 それは所謂、〝生命の樹(セフィロト)〟――神秘主義者(カバリスト)が好んで用いる表象であった。そして、魔法陣(グリフ)が完成し――儀式魔術が、発動する。

「ひっ……!」
 英国人は再び絶叫をあげようとして、しかし叶わなかった。声の代わりに血泡が漏れる――彼の喉は、内側から既に食い破られて(・・・・・)いた。

 ぼこぼこ、ぶくぶく。およそ人の身体から出るとは思えぬ音を立てて、彼の身体の内側を、何かが這い回っている。それは、数十、数百もの小さな()。鋭い顎を持つ虫の群れが、彼の肉を喰らいながら蠢いていた。 
 生贄として消費される英国人を涼しい顔で眺めながら、男は手元の、小さな赤い虫に語りかける。

「うん? ああ、そうか……オランダ艦隊がしくじったか。まったく、これだから新教徒(プロテスタント)は困るんだ。真心ってやつが足りないよねえ」

 男が撫でている虫は、英国人を喰らった虫と同じような姿をしていた。赤い、蝗のような姿形。りりり、と秋虫のような声で鳴いている。

「なるほど、ラサリナの船は、アンダマン海を抜けるんだね。よし、それなら、今度はあいつらをぶつけてみるとしよう。きっと面白くなるぞ! 早く見たいなあ。もっと見たいなあ。ぼくの娘――ラサリナの、〝作品〟!」

 楽しそうにはしゃぐ男の声が、夜のバタヴィア城にこだまする。りりり、りりりと。辺りには輪唱のように、季節外れの秋虫の声が鳴り響いた。

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