オーバー・ザ・フェンス~十字架と罪過は誰が為

第三十二章 エフェソの信徒への手紙五章一節

エピソードの総文字数=1,925文字

『あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい』エフェソの信徒への手紙五章一節


「そろそろ種明かしの一つでもいいんじゃないの?」夜の街灯が街路樹の間で瞬き、道行く車のライトが薄汚れたコンクリートを照らしていく。ぽつぽつと雨のしずくが零れ落ちる中、コナーは口を開いた。その顔はやや朱色に染まっていたが表情は硬かった。俺は足をとめずに答えた。
「知恵を見つけられるかもしれない」
「……あんな話から?」コナーは眉をひそめた。俺はただ頷いた。
「ああ、知恵の失踪になにがしかの形で義彦が関わっているんじゃないかって思ってたんだ。警察の届け出の食い違いもそうだったし、結局のところ、あの家庭は周囲の評価からあまりにもかけ離れていたからな。娘を探している相手に非協力的な面が目立っていた。最初は醜聞を立てられたくないからと思っていたが……」俺は言葉を切った。そして続けた。
「極端な話、俺は義彦がどういう人間かもう少し知りたかったんだ。で、俺の知りたかった情報をあの山田は教えてくれたよ」
「なら、あなたには彼女がどこにいるのか、推測はつくわけね?」
「憶測ならば、ね。そしてもう知恵はこの世に居ない」一瞬周りの音頭が冷蔵庫の中のように冷え切った。だがすぐにそれは名残雪のように消えていく。
「……その根拠は?」
「そう考える方が一応の筋は通っているんだよ。控えめに行っても義彦はいい父親とは言えない。そもそもいい人であるともいえない。そして娘が引きこもりになった時に怒鳴ったような奴が娘の家出に手を貸すと思うか?それにあの手のトランクはいまどきの女子高生の体を入れるには都合のいい大きさだったしな」俺がコナーと別れてから調べていたことを話すと彼女は腕を組んで顎に手を当てて考え込んだ。そして顔を上げた。
「実を言うと歓楽街でも聞きこんでみたのよ、ほらK室町とかS宿とか」
「それで?」
「連絡待ちのところもあるけども、今のところ知恵さんだと思われる人を見つけたっていうのは聞いたことが無いわ、一回だけ彼女によく似たのは見つけたけど人違いだったし」
「セ・ラ・ヴィ」
「なにそれ?」眉をひそめた彼女に俺は笑った。
「なに、それが人生さ、ってね」それから俺たちは歩き続けた。夜の歩道の暗い中で、街路樹の作る影の中を、そして名前ほどの安全さを確保できない安全灯の光の中を。

「でもさ、仮にだよ、仮にあなたの憶測が正しければ……一体どうするつもりなの?」コナーは俺の前に立ちふさがるように前を遮ると俺の顔をじっと見つめた。俺はただそらさずに見返し、ただ首を振った。
「そうでないことを祈るばかりだよ、コナー。夢奈が望んでいないのは確かだし、十中八九あの家庭は崩壊するだろうな、それも今度ばかりはどう偽っても偽りきれないほどの亀裂を生み出すだろうさ」
「……」コナーは手を伸ばして俺の腕を掴んだ。そしてわずかに力を入れてきた。
「今なら、間に合わせることだってできるわよ」
「何をだ?」
「あなたはわかっていないだろうけどもさ、あの事務所からずっと気が滅入った顔のままなのよ?あなたは口にしないけどさ……だからその、夢奈ちゃんに報告して、もうこれ以上は出来ないけど生きているかもしれないから警察に任せておきなさいって」
「そうするつもりなんか欠片も思っていないだろう、お前は。そういう女だって俺は知っているんだ」彼女を遮り、俺は口を開いた。コナーは唇を結んで黙ったかと思うと肩を落としてため息をついた。
「そう、そうよね。私もそれをするつもりはないわ、それが合理的で楽なのはわかっているけどもね。そうしたらお金も入って時間も節約できる、そして他の仕事にありつける。でも……」
「それをしたら俺たちは俺たちじゃなくなるんだよ。だからできない。夢奈のためとか人のためじゃなく、俺たちが俺たちとしてあるために、さ」俺たちは互いに黙ってしまった。そしてコナーは首を振りふっと諦めたように笑った。
「私たちって、典型的にこの商売に向いてないわよね。そう思わない、琥珀?」
「構うもんか。商売に向いていないから、お前と組めたんだ、コナー。それで十分だ」
「……そっか」そう呟き、微笑む彼女に俺もまた微笑み返した。

「ところで、明日、レンタカーを用意してくれないか?」
「レンタカー?なんでまたそんなのを」
「ちょっと確かめたいことがあるのさ、獲物がどう動いていたかを知るにはそれしかない」
「……いいわ、どこに行くつもりかだけ教えてくれない?」
「落ち合う場所はD羽公園、時間は日が暮れてからがいい。できるか?」
「できないなんて思ってもいないくせに」

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