いかに主は導きたまうか。

1. Salvation 引き上げられて。

エピソードの総文字数=2,862文字

  すべてに行き詰まりを感じていたあの頃、24歳のボクはアメリカにいた。短大生の立場でカリフォルニアはChicoに生活をしていた。Chicoはサンフランシスコから北へ車で二時間ぐらい、サクラメントからは一時間ぐらいの所にある学園都市だ。人口は、あの頃で五万人くらいだったと思う。アーモンド,クルミの畑が町へといたる道路の回りに延々と続き広がる。ボクは最近、戸建てのシェアハウスに移ってきていた。アメリカ人2人(学生)がルームメイトだった。それまでは寮に数ヶ月、一人用アパートを二つで一年以上を過ごしていた。
  ある日の午後、家の前庭にじかにすわっていた。やる事がなかったのだろう。茫漠とした思いを抱き、黄昏れていた。自然と伸びた沢山の草に目がとまる。芝生の手入れをしばらく怠っていたからだ。CAの日差しは湿度が少ない性もあって事物の輪郭を気持ちいいぐらいにハッキリとさせる。ここは世界が日本とは違う(環境が違うと言わないのは、なにか制約の全くのなさも空間的にあったからだ)。これはこちらに到着してすぐに感じたことだ。午後の日差しを浴びて葉先に光が宿る。風があり揺れると光の粒の群れが波となって観えてくる。見惚れていた。波が起るとサワサワと大脳皮質に触れてくるような感触を感じた。波にはそんな効果があった。穏やかだが激しい刺激。そして、いつの間にかボクは思い出していた。あの時の会話を。そして今のやるせのない状況を改めて思い起こしていた。
  数ヶ月前にボクは彼女に連れらて、”先生”と呼ばれる年配の女性の家を訪れた。行きの車の中での話では、彼女はこの家への訪問は既に幾度が行っていたとのことだった。なんでも霊感のある人で凄い人なのだそうだ。ボクはあまり尋ねはしなかった。彼女は不安だったのだ。ボクとの関係に。不安が胸裏をよぎる。高速も使い一時間以上もかかった。山々の連なりがズット続いていたのを憶えている。やっと高速を降り、地道をうねうね走り、その先生の家についた。++++と表札にはあった。彼女は委細を承知しており付いてきてと目で伝え先をいきドアベルを鳴らし到着を伝えていた。部屋にあがり小部屋に通される。先生なる中年の女性とさし迎えになるように僕たちはテーブルにすわる。先ずはボクの名前、生年月日を書くようにと紙を渡される。レイアウトの名前、生年月日の欄のに書き込む。返したものを覗き込むと先生は開口一番、「自信のない字やな〜」と大きく嘆くように言ってきた。とても恥ずかしく覚えた。続く話で、なんでも社長さんたちが来たときは大きな字を書いてくると言っていた。
またしばらくして、「あんたアメリカなんか行ってなにになるの?」とボクに尋ねてきた。彼女の情報提供からだ。その言葉には忌卑するニュアンスがあった。ボクがアメリカに留学してなんとかなるタイプには見えないと感じられたのだろう。そうだ。ボク自身にもアメリカに行くことに何か求めや確固たる目的があったからではなかった。ある境遇から脱する必要を強く感じ、エイヤで飛びこんだに過ぎなかった。安易な期待にすがっての無謀な選択だった。彼女の存在が大切だったことにも関係する。
 先生は彼女にハッキリ縁がないことを伝えていた。彼女は静かにハイ、ハイとだけ緊張の面もちで答えていた。ボクは背景に過ぎなかった。ご自身の身の上も取り混ぜながら年下の男との結婚はだめだなどと話していた。そう彼女はボクより七つ年上だった。ボクは萎縮し恥じ入り、また彼女の胸中やこれからのことを思い不安でいっぱいだった。たまに話を向けられ温めていた商売のアイデアを話してみた。少しでも可能性をアピールせねばと思ったのだ。とんでもない、絶対に成功しない、止めなさいと言われる。そうなのか。良いかもと思っていたのだが。ただ立場がない情けない時間が過ぎていく。
  ふと先生のご様子に変化があった。なにかを急に思いついた様な様子だった。ボクをまじまじ見詰め「あんた、変わっているな」と言う。ボクへの印象が変わったのが語り口から伝わってきた。思いもよらぬ展開だった。そして何かをもう一度しっかり確認するべく、目を閉じてしまわれた。ほんの一分ぐらいの間であったが真剣に念じられているような様子だった。そしてまた目を開けると「やっぱりないわ〜」と吐き出すように言われた。説明はなかった。結論が不動なのだからそれはそれで自然なことだ。彼女に「あなたが決着を付けなさい」と念押しされた。ボクでは別れきれないと判断されていたのだろう。ただ雰囲気、ムードはかなり穏やかなフレンドリーなものに変わる。いろいろと話をされた。ボクのの父母の事業において経理上の問題がおこること。判子に注意しなさいとか。相談者のペットの病気のために獣医の元に出向き、そこの棚にあるどれこれの本に原因は書いてあるではないかと告げに行った話し。ご自身は何らかのお店の経営もされており、頑張る社員には私は報いるよ〜とか。ボクが将来宝探しを行い、掘っても掘っても出ないのだがやがて大きな油田を掘り当てると、感嘆と賞賛の思いを浮かべつつ話した。また自分はやがて時が来たら表に出ていくなど。しかし、自分にはみな遠い出来事にしか聞こえなかった。彼女との問題にはもう触れることはなかった。だた、ボクにえらく親愛の情のこもった眼差しで、「あんた四十越えたら、良い男になるわ〜」という言葉をどこかで伝えてくれていた....。
  この言葉だ。Chicoで、前庭で想起されたのは。その言葉の意味するところから今の自分がいかに遠く隔たったものであるかを思い悲しみがこみ上げてきた。そして「良い男になりないなー」と願い、泣いて、ボクは落ちた。”ストン”...っと。(後日、この落下がバンジージャンプの起源なのではと思うようになる)。
そして、それは起る。。。起った。。。。
ボクは観た(視神経を通してではない)。幾本もの糸にグルグ巻きに縛られ、つり下げられた状態の繭を。動けようはずのないその繭が動き出して行く。ゆっくりと自動的に。向かう先に宇宙空間のような暗黒の世界が開ける。炎の余りに巨大な壁がそこにあった。それに繭はゆっくりと進入していく。そしてその瞬間にボクの意識はショートして飛んでしまう。この後の記憶は何故かない。やがて家の近くの歩道を歩いている自分に気がつく。少し時間は経っている。自分を取り戻した時いつのまに始まったのか小雨が降っていた。でも、そこにある世界は暖かく明るく穏やかで親密に感じられた。ボクはなぜか微笑んでいた。なにかとんでもないことが起ったのだ。その自覚はあった。今まで一度として味わったことのない全く比すべきもののない体験だった。ボクの内部の状態は、その為だろうか特殊な覚醒感があり、また高い活力とも言うべきものが備わっていた。完全に救われた様に感じた。全く開放されていた。また同時になにか馴染まない堪え難い違和感が意識内に感じられてもいた。

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