佐藤茜のよもやまばなし

エピソードの総文字数=4,107文字


 素直に靴を履き替えて昇降口を出ると、どこかイライラした様子で立っている彼女の姿を見つけた。
 ……せっかちな人だなぁ。
 とは言え、これ以上機嫌が悪くなってもらっても、私にとっていい事は無い。足の動きを歩きから小走りに切り替えて、彼女へと近づいていく。
 すると、彼女もこちらの姿に気づいたらしく、幾分か表情を和らげた。そして私がある程度近づくと、再び無言で歩き出す。
 私もそれに続き、校舎にそって延々と歩いていく。
 やがて校舎の外周半分くらいを回ったところで、彼女の背中が消える。先を歩いている彼女が角を曲がったためだ。
 私も彼女と同じ方向に曲がって進む。
 するとそこには、緑が多めに配置されたスペースがあり。
 そんな中で彼女が男の子を叱っている姿もありました。
「なんで、まだ、準備できてないの!」
「いや、ちょっと途中で雑談しちゃって来るの遅れちゃってさ。あと、シート広げるのに手間取って――ああもう、俺が悪かったって。わかってるから、十分わかってるから。怖い顔すんなよもー!」
 当然、叱られている男子は昨日私の部屋にいた彼である。
 随分と仲がいいように見受けられるけれど、そういうじゃれ合いは私の居ない時間にして欲しいものだと、強くそう思う。
 二人の惚気ているようなやり取りに、げんなりして思わず口から言葉が漏れる。
「……私、帰ってもいいですかね?」
「丁度いいからあなたも手伝いなさい、シート広げるの。ほら、早く!」
「うへぇーい」
 ダメらしかった。ですよね。
 まぁお願いされた作業自体は、別に大したものではないからいいけども。
 三人も人が居れば、そこそこの大きさのあるシートでもすぐに敷ける。
 広げたシートの上に、三人とも靴を脱いで上がって座り。
 私は持ってきた昼食をコンビニ袋から取り出しながら言う。
「それで、私に話って何なんですか。
 ……それよりもまず、自己紹介が必要ですかね?」
 こちらの言葉に同意して言葉を続けようとした彼を彼女が制止して、言う。
「単に、私たちはあなたに確認したいことがあるだけです」
 自己紹介の必要はないらしい。
 まぁ実際、名前が無いと困る、なんてことは無いので私個人としてはどちらでもよかった。
 そもそも、同じ学校に所属しているのだから、その気になれば相手の名前などいくらでも調べられるのだし。話を早く終わらせられる展開は、むしろ望むところであるわけで。要は話がスムーズに進むのなら何でもいいと、そういうことである。
 だから、
「……用件がシンプルなのはいいことです。
 では、その確認したいことについて聞きましょう」
 そんな言葉で彼女に水を向けてから、取り出した昼食用のパンを頬張ることにした。
 ……試しに買ってみたけど、これパッサパサでまずいわぁ。
 次からは絶対買わない、などと考えていたら、彼女が驚異的なものを見るような目でこちらを見ていることに気付く。
 私が視線で疑問符を送ると、彼女は溜め息を吐いて表情をリセットした後で口を開いた。
「……あなたは昨日の夜にあったことをどの程度覚えているの?」
 私は口の中に含んだものを飲み込んだ後で、昨日あった出来事を思い出しながら言葉を作る。
「……まずは何かに襲われました。
 襲ってきた何かが、何なのかは見ていませんが。そのときに脇腹と手のひらに怪我をしましたね。脇腹のほうは放っておけば死ぬような大怪我だったはずです。
 そして、意識を失う直前くらいに誰かが来ました。それがあなた達なんでしょう。
 あとは気がついたら部屋に居て、そこにあなた達も居た。
 私が覚えてるのはこれで全部ですよ」
 二人はこちらの話を聞いて、不思議なものを見るような目をしていた。
「本当に全部覚えてるのね」
「普通忘れてるもんなんだけどなぁ。――何かヘマしたの、綾子」
「名前は言うなと事前に言っておいたでしょう、恭二!」
「おまえも言ってるじゃん」
「あんたが言ったからよ!」
 二人して私の感想を言い合っている姿が、また惚気を見せられているような気がしてうんざりしてしまうのは、私の心が狭いからではないと思いたいところである。
 別に名前を言うくらい構わないだろうに、と個人的には思うのだが、何かしらこだわりがあるんだろう。知ったことじゃないけれど。
 ただ、見ていると基本的に彼――キョウジのほうが緩く、それを抑えるまたはフォローするのが彼女――アヤコになっているようだ、ということはよくわかった。
 加えて、目の前で繰り広げられている気安いやり取りを見ていると、二人の間柄は幼馴染ないし恋人というところだろうという推測も出来る。
 流石に後者であるかどうかを聞くのは野暮というものなので、心に留めておくだけだけれど。
「…………」
 二人のやり取りが終わるまで基本的にやることがない私は、黙々と昼食を食べ進めるくらいしかやることがない。
 そんなわけで、むっしゃむっしゃと昼食を平らげていると、やがて言い合いはひと段落ついたのか、こちらに視線が戻ってきた。
「……なんで昼飯もう食い終わりそうなの」
「今は昼休みであり食事の時間ですよ。だから私が食事を摂っていることに不思議はないでしょう。
 それに、私は食べながらでいいなら、と言って了承を得ていますよ。つまり間違ったことは何一つしてません」
「……俺も食っていい? 綾子」
「……私も食べるからいいわ」
 言って、二人も自分たちの昼食を広げ始めた。
 二人とも今日は誰かのお手製弁当のようだ。そして弁当箱の大きさこそ違うものの、内容はほぼ一緒のようである。
 仲が良いのはいいことだよね、本当に。
「……なに、その顔は」
 こちらの視線に気付いた彼女が、睨むような視線をこちらに向けてきた。
 どうやらちょっと表情に出ていたらしい。でも、若干恥ずかしそうにしている気配が相手の表情からも伝わってきていたので、怖さはなかった。
 そして、その話題を広げる気は無かったので、話を本題に戻すために、
「いえ、別に何も。――それで、今回の用件は、さっきの聞き取りで終わりですか」
 そんなことを言ってみたのだけれど、二人の反応は芳しくなかった。
 その理由は単純で、
「……どうしようかしら。こういう風になったことないのよね」
「うちの爺さんに報告したら、おまえらでなんとかしろって言われたけど」
「……しばらく監視でもする?」
 具体的な対応内容が決まっていなかったから、のようである。
 じゃあ今日呼び出す必要なかったんじゃないの、と思わなくもなかったけれど口にはしなかった。
 相手を悪い方向に刺激したって意味がない。だったら代わりに、疑問に思っていたことを聞くほうが建設的だろう。
 そう思って、私は二人のやり取りに口を挟むようにして口を開いた。
「私は誰かに話したりしませんよ。相手が居ませんし。
 というか、むしろ私から聞いてみたいことがあるんですが」
 彼女の方が露骨に警戒していることがわかる視線を向けてきながら応じる。
「……なにを聞きたいの?」
「昨日私を襲ったのは、何ですか」
 彼女はしばらく思案するように首を傾げた後で、仕方ないと諦めたように溜め息を吐いてから言った。
「……私たちは悪魔と呼んでる。人を喰う化物よ」
「二人はそれを退治している?」
「おう、そうだぞ。俺が直接戦闘、綾子が回復とかの支援だな」
「ちなみに、その悪魔って連中の中に、人の言葉を理解するようなやつはいるんですか」
 私の言葉に、二人は面食らったような表情をして固まった。
 そして、再起動が早かった彼女の方が、怪訝そうに表情を歪めて聞いてくる。
「……どうしてそんなことを聞くの?」
 私は特に気負うわけでもなく、肩を竦めて言った。
「単に気になったからですよ。他意はないです」
「そう。……聞いた話によれば、居るには居るらしいけど。私はまだ出くわしたことはないわね」
「俺も話でしか聞いたこと無いなぁ」
 なるほど。
 ただの興味本位だったんだけど、聞きたいことは聞けたのでよしとしよう。
「そうですか。――ごちそうさまでした」
 言って、立ち上がる。
「……急に立ち上がってどうした?」
「いえ、聞きたいことは聞けましたし。そちらからやってほしいことの提案もないのであれば、教室に戻ろうかと」
「やってほしくないことはあるわ」
「私が体験したことを喧伝して回るな、でしょう?
 そもそも、誰かに話をしてみたところで馬鹿にされるのがわかりきってる内容を、自ら進んで話す趣味はありませんよ。話す相手も居ませんがね。他にも何か?」
「……いえ、それだけ徹底してくれれば十分よ」
 そうですか、と彼女の言葉に頷いた後で、自分で出したゴミを片付けてから立ち上がる。
 続く動きで靴を履き直して歩き出すと、
「……なんていうか、つめてぇなぁ」
 ぼやくように言った彼の言葉が聞こえてきて――ふとやり残したことがあるのを思い出した。
 足を止めて、二人の方を振り返る。
 私が突然振り向いたことに多少驚いた様子を見せていた二人のうち、彼に視線を合わせてから言う。
「私から一つ言い忘れていたことがありました。
 キョウジくん、あの時は口汚く罵ってごめんなさい。文字通り必死の状況だったんだ。許してくれるとうれしい」
「ああ、そんなことか。気にしてねえよ」
 彼は随分と器が大きいようだ。気持ちのいい返事が聞けて安心する。
「二人とも、危ないことを助けてくれてありがとう。関わる機会はおそらくもう無いだろうけれど、二人が無事に役目を果たし続けることを陰ながら祈っているよ」
 そう言って頭を下げてから、二人に背を向けて歩き出す。
「思ってもいないことを言われても、不快なだけよ」
 ……本心なんだけどなぁ。
 背後から彼女のそんな言葉が聞こえてきたけれど、言い返すだけ無駄なので手を振るだけにしておいて、そのままその場をあとにした。

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