ペイガニズムの倫理と資本主義の精神 ――浪人ですが東インド会社に就職しました――

5-7. かっこつけた分だけ余計に気まずい

エピソードの総文字数=5,931文字

「えーっと……その」

 拘束を解かれたフランが、もじもじと恥ずかしそうに身を捩った。
 全身は傷だらけ。美しい金髪も塩水で傷んでいるし、衣服もずたずたに裂けている。それでも彼女は五体満足、けろりとして立っている。

「えー……あー……恥ずかしながら、帰ってきましたわ」

 目を逸らして、気まずそうに俯くフラン。
 〝シェオルの十字〟は、神父に没収された――価値のあるものとして。逆に、フラン本人は伊織介との交換に使われた――価値のないものとして。
 だからメリメント号に帰ってきたのは、フランセットの身ひとつだ。


 だが、それでも、

「おかえり、フラン」

 士官室(ワードルーム)の扉が閉まるなり――人目を憚る必要がなくなった途端に――ル=ウはフランを抱きしめる。

「あ……う~……少しだけ、苦しいですわ」
「うるさい、ばか」
「そう言われましても……」
「二度と勝手にいなくなるな、ばか。あほ。お尻がばがば」

 今回ばかりは、フランも反論することなく、ただ黙ってル=ウの弱々しい罵倒を聞き流していた。


     * * *


「〝きみは殺さない。旧教徒(カトリック)だから〟――あの男にはそう言われましたわ」

 なぜ、生きて帰ることが出来たのか。その問いに対して、フランが開口一番語った言葉がそれだった。

(わたくし)、覚悟は決めておりましたの! どんな辱めを受けようと、この身は既に死んだものと……!!」
「で、本音は?」
「生きてて良かったですわー!」

 フランはリズの身体を両手で抱いて、大袈裟にわんわん喚いている。

「とはいえ! とはいえですわ、(わたくし)、もうちょっとこう色気のある尋問を期待していたのですけれども! 三角木馬とか! 蝋燭とか! 鞭とか媚薬とか張子とかー!!」
「フランは本当にたくましいね」
「〝上の口ではそう言っても、下の口は正直だなぁ!?〟みたいな!! せっかくの機会なのだから、そういう展開になっても良いと思いますの!」
「貞淑の誓いを他人の手で破ろうとするとは、さすがフランって感じだね」


「うるっさいぞお前らァー!! こっちは本当に真剣(シリアス)に考えてるんだからな!!」

 ル=ウが机を叩いて威嚇する。だが言葉とは裏腹に、その表情はいくぶんか柔らかだ。
 メリメント号の士官室(ワードルーム)には、いつもの喧騒が戻りつつあった。


     * * *


「こいつで最後だ」

 ル=ウが机上に鳥籠を叩きつけた。中には、鳥ではなく一匹の赤い()が捕らわれている。
 飛蝗(バッタ)とも蟋蟀(コオロギ)ともつかない虫だった。人の手首ほどの大きさで、鋭い牙をがちがちと鳴らしている。

「んにゃー!」
「うむ。グリフィズ卿の戦果は今日だけで十数にも上る。後で鰹節(モルディブ・フィッシュ)を与えねばな」
 猫水夫のグリフィズ卿が得意げに喉を鳴らしている。

 オランダ艦隊が伊織介を連れ去るのを見届けた後、ル=ウ達が行った最初の行動は〝(いなご)狩り〟だった。

「神父――ウィリアム・フィッツジェラルドは、紋章の〝記述〟を得意とする魔術師だ。現存する魔術師の中では、おそらく世界でも並ぶ者はいまい。業腹だがな」

 紋章の〝記述〟による魔術行使。それは一般的には「魔法陣」として理解される。
 多彩な用途のある魔法陣だが、その基本にして究極は〝契約〟だ。古くから、魔法陣は悪魔や妖精との契約に用いられてきた。
 神父がリズの意識を奪って操ったのも、その応用に過ぎない。逆にいえば、何代にも渡って強固な関係を築いてきたリズと妖精の間に結ばれた関係を、一時的にとはいえ〝契約の書き換え〟によって自在に修正してしまう程の技術を、神父は持っている。

「ヤツの手品も、種さえ解れば単純なものだ。こいつは〝ペレシト〟。馬來(マライ)の伝承に伝わる使い魔(ファミリア)の一種……その契約主が、神父(ヤツ)だ」

 〝ペレシト〟――と呼ばれた赤蝗は、籠の中でギチチ、と大顎を鳴らしている。
 一匹では、猫にも狩られてしまう程度の虫に過ぎない。だが神父は去り際に、気まぐれにこの〝ペレシト〟の群れで敵味方を戯れで(・・・)殺してみせた。四枚羽を開いて威嚇する姿は肥大化した飛蝗(バッタ)程度にしか見えないが、しかし群れて術者に操られれば、人間を一瞬で血煙に変えるだけの力がある。

「この気味の悪い虫、マスリパトナムの街で見かけましたわ!」
「そうだ。神父は、この使い魔(ファミリア)を放って、各地の情報を観測していたんだ」

 ル=ウが頷く。
 そう、この〝ペレシト〟はマスリパトナムの街から、メリメント号の船内にまで潜伏していた。おそらく、世界中に潜んでいるのだろう。
 
 神父は、この小さくとも強力な使い魔(ファミリア)を用いて、東インド一帯の情報をすべて掌握していたのだ。
 だからこそ、メリメント号の動向をすべて把握し、先回りの上で待ち伏せまでしてみせた。いや、〝ペレシト〟の監視はメリメント号の動向に留まらない。東洋一帯に張り巡らされた監視の目によって、あらゆる勢力の動向を読み解き、秘密を暴き、苛烈に敵を排除し続けることで神父は事実上の支配を成し遂げてみせた。

 神父がオランダ側についた途端、英国を含む対立勢力を軒並み駆逐してみせた異常な手際も頷ける。

「ヤツはこの〝ペレシト〟を放って、情報(・・)の力で権勢を築き上げた」

 西欧(ヨーロッパ)では、教会に公認された〝奇跡〟以外の神秘は軒並み駆逐されてしまった。魔女狩りを始めとした、教会による熱心な異教(ペイガン)弾圧の成果だ。
 一方で東欧以東の世界には、未だこうした神秘の残滓が色濃く残っている。神父は、その紋章術による〝契約〟を使って〝ペレシト〟を始めとする数々の神秘を味方につけた。多種多様に混淆した原始的とすらいえる呪術を、西欧式の体系魔術によって秩序立て、掛け合わせ、再構成することで改良した。

 ル=ウが、伊織介の身体を〝魔法の杖〟としたように。
 神父は、この小さな赤蝗(ペレシト)を〝魔法の杖〟に選んだのだ。

「ボクの身体も、こいつを通して操られたのか……!」
 リズが心底嫌そうに後退る。

「そうだな、だが――」
 言うなり、ル=ウの瞳が輝き始めた。身につけたマントの下から幾本もの腕が発生し、それらが撚り集まり一本の太い丸太のような触手を形成する。
 
「クソ親父の覗き(・・)趣味もここまでだ」

 べきょ。

 煙が立つほどの轟音。

 巨大な棍棒のような触腕は、鳥籠ごと――いや、机ごと(・・・)赤蝗(ペレシト)を叩き潰していた。


     * * *


 (ふね)の備品を叩き潰したル=ウに対し、リチャードソンのお説教(短めコース)が入った後。
 端材を用いて急遽組み立てた簡易的な机を、艦長ならびに魔女団(カヴン)の面々が囲んでいた。

「さて、ようやくゆっくり話せるようになった訳であるが――とりあえずお嬢は正座を解いて良いぞ」

 神父の赤蝗(ペレシト)を潰したので、やっと今後の方針を話し合うことが出来る。
 逆に言えば、今後の方針について協議せざるを得ないほど、メリメント号の被害は深刻だった。先の海峡突破戦での損傷は、(ふね)の速度を確実に削っている。当初は100名近く乗せていた水夫も、この僅かな航海の間にずいぶんと減ってしまった。

艦長(キャプテン)として言わせてもらう。ぶっちゃけ、今回のヤマはヤバ過ぎるのである。相手が悪かったと言わざるを得ぬ。これは損失が利益に見合わぬと見た」

 ――もともと、無茶な依頼である。単艦でオランダの支配海域に突入の上、あの(・・)神父を倒す……という仕事は、今や無謀と言わざるを得ない。

「だがイオリはどうするんだ! イオリが奪われたんだぞ……!」
 ル=ウが反論した。しかし、リチャードソンは(かぶり)を振る。
「……このままバンタムに向かい、現地商館の残存物資と人員を回収。最低限の撤退支援を行い、帰路を取るべきと考える」

 リチャードソンの意見はどこまでも冷静だった。残された英国人を救出したとあれば、会社に対する面目も立つ。
 利益(リターン)に見合わぬ危険(リスク)は犯さない。たとえ、仲間(イオリ)を見捨てることになってもだ。それが商人として、艦長としてのリチャードソンの冷徹な判断だった。

「わっ、(わたくし)は反対ですわ!」
 フランが椅子を蹴って立ち上がる。
「殆ど会話すらできませんでしたが……あの神父……いいえ。あの男は神父などではありませんわ、もっと邪悪な、邪悪な何者か(・・・)です! 放っておけば、あの男は大悪を為します。止められるのは(わたくし)たちだけですわ!」

「立派な意見であるな、お嬢様(マドモアゼル)。しかし我々は慈善団体ではない。(ふね)は正義では動かぬのだよ」
 リチャードソンに一蹴され、フランがしゅんとして再び席に着いた。

「個人的には、ボクはフランに同意する。あの男は、ボクの身体を好き勝手使ってくれた。その上ボクを〝低級〟と言ったんだ。〝要らない〟とまで――!!」
 腕を組んだままのリズが、珍しく声を荒らげる。
「これだけ虚仮にされて引き下がれる訳が無いじゃないか。魔女団(カヴン)は信用商売だ。ここで逃げたら、信用も名声も地に堕ちる! 軽んじられた魔女の行き着く先は、結局のところ絞首台さ」

「気持ちはわかる。だが、それも危険(リスク)に見合わぬだろう」
「――つまり、勝算が危険(リスク)を上回れば良いのだろう?」
「ほう?」
 割って入ったル=ウの言葉に、リチャードソンが片眉を上げた。

「だが、もしそうだとして――良いのか、お嬢。相手は貴君(きみ)の父親なのであろう?」
「ハッ、何を言うかと思えば。艦長(キャプテン)ともあろう者が、このわたし(・・・・・)の心配か? お優しいことだ」
「そうは言ってもな。お嬢がそんなヤバいやつの実子だとは、我輩としても初耳である」

 リズに、フランも頷いた。
 そもそもが魔女団(カヴン)自体が、過去の経歴を不問として成立している。リズなどは監獄に囚われていた元囚人だ。互いの過去に踏み込まないのは、暗黙の了解だった。

 ――ル=ウは、低くゆっくりと、己の過去を明かす。
 その声色に滲むのは、明確な怒りだ。

「血の繋がりがあろうと、あの男はわたしの敵だ。わたしが魔女団(カヴン)を設立したのは、魔女狩りから身を守るためだけじゃない。あの男から身を守るために、金と仲間が必要だったからだ。――まさか同じ東インドの海にいるとは、思いもしなかったが」
 ル=ウの髪が、風もないのにざわついている。
「あの男は、確かにわたしの父親だ。だがあいつは、わたしの母を殺した」
 憎悪の情が漏れ出すように、彼女の魔性が蠢いている。

「あいつは母を殺し、その血を以てわたしを魔性に堕とした。魔女(ばけもの)になったわたしを、遊び半分で何度も殺し、腐らせ、飽きれば海に捨てた――あの男にとって、わたしは〝玩具〟でしか無いんだよ!!」
 
 肩で息をしながら、ル=ウは机に噛み付かんばかりの勢いで叫ぶ。

「イオリを奪ったのもそうだ! あいつは気まぐれにわたしを創り、気まぐれに捨てて、それなのにまたわたしから奪う!! ――イオリを、奪われたんだぞ。あいつはイオリをまともに扱う気なんて無い。それどころか――!」

「……気持ちは分かった、お嬢。しかし悪いが、やはり貴君(きみ)の私怨では、(ふね)を動かすことは出来ぬ」 
 激高するル=ウの言葉を、リチャードソンが遮る。太い眉の奥で、猛獣のような瞳が、じっとル=ウを見詰めている。
「分かっている。分かっているさリチャードソン」
 ル=ウがリチャードソンを睨み返した。

「勝算はある(・・)。利益もある。あの男は英国王室(ロイヤル)のお尋ね者だ。神父(ヤツ)の首は、高く売れる。会社でも、王室でも、より高値をつけた方に売ればいい」

 両の眉を垂れ下げて、リチャードソンはその言葉を黙って聞いている。

「先程は遅れを取った。だが、わたしはあの男から身を守るために――あいつを殺すために、ずっと準備してきたんだ。こんな機会が巡ってきたのは偶然だ。だが、策はある(・・・・)。イオリは必ず取り返す。勝算は、ある(・・)

「ふ、」
 リチャードソンが、突如破顔した。

「ふははははは! そうであろうそうであろう、そうであろうと思っていたのだ、お嬢よ!! やはり貴君(きみ)はそうでなくてはならない。魔女(メハシェファ)はそうでなくてはならぬ、ふくははははは!!」

 大きく膨らんだビール腹を抱えて、天を仰いで大男は大笑する。 

「〝俺の親友が死んでんだ、ごっそり稼いで、盛大な葬式をやってやらないといけねえ!〟」
 リチャードソンが、普段とは全く異なる声色で、妙なことを喋りだした。
「〝あいつはとんでもねえ賞金首なんでしょう!? ここで退ける訳が無ェでしょうが!〟」
 片眉を持ち上げて、実に楽しそうに、リチャードソンは続ける。
「〝艦長(キャプテン)、ここで退くなんて言い出しゃしませんな!? 俺たちゃ、儲けられるから此処に居るんでさァ!〟……(ふね)水夫(クズ)どもの言葉である。先程直訴されてな。あのばか共は、余程命が惜しくないらしい」

 言って、膝を叩いて笑うリチャードソン。
 そう、この男は、はじめから退く気など無かったのだ。

「――この狸親父め」
 ル=ウがにやりと笑う。
「商人とはこういうものよ」
 リチャードソンが笑みを返す。穏やかにも見える瞳の奥には、ぎらぎらとした欲望が燃えている。

「では、お嬢。聞かせて貰おうか。あの神父を倒す、策とやらを」


     * * *


 魔女団(カヴン)の足、メリメント号。

 罪を犯し、祖国を追放された者。生まれた時から故郷など無い者。欲に溺れ、堅気の世に戻れなくなった者。正統から外れ、異端の烙印を押された者。
 魔女ならずとも、乗組員はこの世のクズどもばかり。

ばか騒ぎ(メリメント)〟とは、確かにこれほど相応しい名は無いだろう。
 名誉と財産、生贄とスパイスを求めて、魔女団(カヴン)を乗せた船は征く。

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