いかに主は導きたまうか。

13.1 Dragon Valley 新規開拓

エピソードの総文字数=3,065文字

  とある大学さんが、198*年に理工学部を新たに開設された。ボクは、ここへの営業を命じられる(担当エリアにあるというこどだけで)。ただ、「難しいかとは思うが...」と、最初に上司から前置きをれてはいた。何が難しいのかというと、この大学さんは大手の[◯膳]さんと、それは「長〜い」お付き合いをされてこられている為、もう新規の弱小では取引の相手はしてもらえないだろうとの読みだったのだ。しかし新設の図書館であれば、未だ本は大して埋まっておらず、放っておく手はなかった。こちらからすれば、金鉱に等しいお客様候補だった。

  初日、踏み入れてみると「こんなに立派な大学はなかなかないぞ〜」との思いが最初の印象だった。すべてが真新しい。広い敷地に理想的な空間配置で並ぶ大きな校舎群。デザインも一級品だった。図書館へ先ずはご挨拶に行ってみる。行きなり門前払いかと思われたが、中へ通され[ちゃんとした]応接エリアに案内された。ご対応頂いたのは館長さんだった。ご年配(五十代半ば)の方で、落ちつきと人間味のある方だった。大変に慇懃な物言いで、「取引は出来かねる」とのお話をされた。理由は「古くから、お取引をしている先様がありますので..」とのことだった。大変な信頼関係があるのだなと思った。また、新たに口座を作ったり、事務の手続きが今後において面倒になってしまうことも新規を厭われる理由であったと思う。「分かりました」と、こちら正面からのアプローチは、やはりダメかと思い引き下がった。続いて、学校内を見てまわる。先生達の個室が並ぶ校舎があった。上階から数学系、情報系、化学系、物質系、環境系....。廊下を歩きながら、本をまとめて入れたダンボール(ベース)をどこに置けるかも確認していた。初回は、まあこんなものとして、通常の営業ルートに戻り、学校からは退散した。

  次からは、研究室まわりが始まる。自己紹介から始まり、「[本の見計らい]のサービスはご不要でしょうか?」と訊ねて、各先生をまわる。先生の全員ではなかったが、やはり新刊を手元に置いていってくれて「ゆっくり」「じっくり」購入が検討できるのなら、これは有り難いとのお言葉が殆どだった。*元来、これは過剰なサービスである。後は、マッチングが上手くいくかどうかが課題であった。まあ、新刊である限り、数打ちゃなんとかなると踏んでいた。事務局相手の課題(門前払い)は、先生方がなんとかしてくれることを期待していた。案の定、ご自身(先生)たちが望むサービスを受けることができる権利を事務局方に確認されたようだ。大学としは、自校の先生方が研究において名を上げて頂く為には万全のサポートをしていくことも必要であると考えられたのだろう。先生方へは、「どうぞご自由に」との回答であったらしい。後日、事務局(図書館)から呼び出しがあった。行ってみると、今度は館長さんと若い(キャリアーであろう)背の高い良い背広を着た男性の二人がボクに話をされた。前回を引きずってか、少し気まずい空気の中、館長さんは今回も大変に慇懃に話をされた。(腹の中では、「勝手に校内を歩きまわり、営業しやがって」と、さぞやご立腹のことであったであろう...)。取りあえず、「雑誌は諦めて欲しい」ということと、[見計らいの本]は先生方から購入の意志表示があれば、図書館として発注書を出しますとのことだった。まあ良い展開ではあったのだが、若い男性の、何と無しにこちらを[蔑む]というか、[嫌そうな感じ]が気には掛かった。*彼は館長の隣で終止黙って聴いていた。これで、まずは活動の舞台は整ったのであった。

  週に二回ほどの営業だったと思う。滞空時間は二時間もなかった。きれいで豪華な校舎であったが、それ故か廊下は寒々しくも殺風景なものっだった。ノックをして、ドアを開ければ人がいる。いろんな先生が居られた。数学系の先生方は皆若かった。その分、なにか近寄りがたかった。外国の大学出身の方が多かった。情報系(コンピューター関係)の先生方はユニークな方が多かったように思う。エキスパートシステムの先生は、「自分の欠点は自分で全て改めたので欠点無し!」との自己紹介をされた方で、信じられないぐらい人間味に溢れた、思いやりのある先生だった。中には髪ははやしてはおられるが、僧侶のようにストイックな方がおられた。いろいろ工夫をしてみたが、付け入る隙は一切なかった。音声認識の先生だった。
  どこの世界にもおられるのだが、虚栄心が強く強欲の固まりのような人間がいる。こちらでお会いした先生のなかにも一方いた。実は、こういった先生には【死産】関係の商品を沢山引き取っていだだけるので、大変ありがたいお客様ではある。それは綺麗に美しいレイアウトで、ご研究に関わるであろう本の目録を、ボクはこの先生のためだけに精魂込めて作って差し上げた。あっと言う間に、この方は予算を超えての購入依頼を図書館に出されてしまう。「こないだ図書館から、もう買うなとの注意を受けた」と、ある日の訪問で恨みがましく言われる。「そうですか、それは申し訳ございませんでした」と言葉で労い、またよろしくお願いしますと深々と頭を下げて退室をした。この先生からの発注書を図書館にもらいにいくと、あの若い兄ちゃんが、「管理方を舐めるな」とばかりに、「この先生からの購入は、これからはもうないから」などと要らぬ言葉を付けて発注書をよこしてきた。「左様でございますか」と頭を下げて失礼をする。図書館を出てきてから、「こちとら〜、真面目でね〜。あの先生とだけ遊んでたわけじゃ〜ないんですがね!」と胸の内で思っていた。「今に見ていろ」だった。そろそろ他の先生方からの購入要請が図書館に届きだす頃合いだった。案の定、次の図書館への訪問では兄ちゃんは、なんの表情もあり得ず、かなりの数の発注書をボクに手渡すことになっていた。「ありがとうございます」と頭をたれる。

  納品の時には、(毎度)一舞台があった。でかいダンボールの箱を、背が低くて痩せたボクが、危なげに運んでいく訳さ...。広い事務職の机が並ぶ中を...。背広姿のでかい兄ちゃんは、「この棚にリスト通りに並べて、下から詰めていって下さい」と、胸を張って宣(のたま)う。「分かりました」とばかりに、ボクは腰を下ろし立て膝になる。そして本を一冊づつ、確認しながら、兄ちゃんが見下ろす中、図書名を読み上げる中、ボクは丁寧に、恭しく移動棚に本を並べていった。なんかの儀式ででもあるかの様だった。遠目に他の(男女)職員さんたちが、「そう、そう、その様に...」と、「それが新参者としての、あるべき姿であるのよ...」とばかりに頷いていたのが記憶に残っている。「見せ物じゃないぞ!」、「何じゃ、この茶番は〜!」との思いもあったが、『すべての人の下に、甘んじてありなさい』との教えを思い出して、更に深く頭を垂れて、更に恭しくも納品の儀を執り行っていた。


追記:

あまり気にはしてなかったのだけど、売上の成績が急に伸びだしたので、平素言葉もかけてもらえないご年配の同僚がボクにものを言う様になった。「えらい頑張ってくれてるやん」。喜んで言ってくれたわけじゃない。

大学の先生方の間では、『本屋とは仲良くせよ』との教えがあるらしい。 

これがボクの最初の新規開拓であった。後に主たる仕事となる。それも全国、海外どこでもが対象エリアとなる。
 

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