ある青年の異世界順応記

主人公、事態を受け入れる

エピソードの総文字数=5,024文字

 目が覚めたという感覚を得たときに芽生えた感情は、正直なところを言えば、安堵よりも困惑のほうが強かった。
 理由は大きくわけて二つある。
 ひとつは、死ぬしかないような状況なんてそう何度も味わいたいものではないからだ。なにせ、生きているということは、あの感覚あるいは状況をもう一度体験する羽目になるということである。その事実だけでうんざりするというものだろう。
 そしてもうひとつは、面倒事に巻き込まれた状況は変わっていないからである。妙にリアルな夢だった――なんてオチで終わってくれれば楽だったのだが、そうは問屋がおろさないらしい。
 意識が覚醒してまず理解したことは、自分が仰向けの状態で横たわっているということだった。
 次に、目を開けて周囲の状況を確認しようとして、久しぶりの光に目が痛くなるような思いをした後で、しっかりと見えるようになった視界に見えたのは石材で出来た天井だった。
 自分の部屋ではないことを理解して、がっかりしてしまった自分を誰が責められるだろうか? 一瞬だけ、目を開く直前までは夢じゃないかと期待してしまったのだ。そうであれば楽なのだから当然だろう。とは言え、こうなってしまえば、意識を失う前から今に至るまで続いている状況は現実なのだといやがおうにも納得せざるを得ない。
 まぁ、納得したからといって何ができるわけでもないのだが。
 とりあえず現状を確認し、情報を整理し、自分なりの考えをまとめることにしよう。不毛かもしれないが、何もやらないよりはマシである。
 この状況に巻き込まれてからずっとそう自分に言い聞かせている気がするものの、それしか行動指針を出せないのだから仕方が無い。
 とりあえず、今居るのはどこかの建物の中だろうと思う。素材が木材ではなく石材となると、結構裕福そうな人間が住んでいそうなイメージがある。まぁなんにせよ、ほんの少し湿ったように感じられる空気ではあるものの、最初にぶち込まれた牢獄に比べれば天地ほどの差が感じられるまともな部屋であることは間違いないだろう。
 上半身を持ち上げる。体中に突っ張るような硬さを感じられるのは長時間動いていなかったせいだろうか。どれくらい気を失っていたのかが気になったものの、そんな確認は後でいいと疑問を切り捨てる。今は現在の環境を確認することを優先するべきだ。
 上半身を起こしてみると、自分が横たわっていたベッドやシーツが存外まともな代物であることがわかる。清潔な、染みの見えない白いシーツが光を反射して目に眩しかった。
 視線を周囲に巡らせる。
 そんなに広い部屋ではないようだ。六畳くらいの空間で、調度品はベッドのほかには小さな机と椅子、そして自分の背くらいはありそうな大きな箪笥のようなものがひとつあるくらいだった。右手には四角い窓があり、その向こうには木々の頭がちらほらと見えている。どうやら二階以上の高さにある部屋らしい。
 左手には扉がある。木製の扉に金属の丸い取っ手がついているようなデザインで、少なくとも、誰かを閉じ込めるために用意された部屋につけるようなものではなさそうである。
 この位置から得られる情報はこの程度だろう。
 では次に、と自分の体の状態を確認する。
 手は動く。足も動く。目は見えて、耳も聞こえるのだから、五体満足な状態といえるだろう。ただ、どの動きにも突っ張るような抵抗と痛みが伴う状態で、とても満足に動けると判断できるものではなかった。試しにベッドから立ち上がってみたものの、たったそれだけの動作にも結構な時間を要してしまったし、痛みに耐えていたせいか、息だって浅く荒れてしまう始末である。誰にも見つからずに逃げるという選択肢は採れないと考えておいたほうがよさそうだった。
 そんな結論が頭の中に浮かんで、思わず笑ってしまった。まさに八方塞である。自分から現状を打破するために行動できる状態ではない以上、これから先も状況に流されることになるのは明白だった。
 もっとも、行動できる状態であるからといって行動することが正解であるとは限らないのだが。少なくとも、採れる選択肢が少ないということはイイコトではないだろうと思うだけの話である。
 そう考えてから、口から溜息が漏れた。
 情報が少なすぎてどうしようもない。自分から何をするともしないとも決められない。いやまぁ、自分から行動するとか、何をするか決めるだとかって胆力は元々無いんだけどね。
 しかし、やれることが無いとなると、次の動きが見えてくるまでの、今ある時間はただ暇を持て余すだけとなってくる。
 であれば、もう一度寝てしまうのもアリなのだが、これからやってくるだろう出来事に対して対処できるように、少なくとも頭は回るように、現状に対する見解を用意しておくのが一番有益だろう。暇つぶしとしてもちょうどいいしな。
 そう考えつつベッドの縁に座ってから、窓の外を眺めつつ現状について思考を回す。
 何について考えようと思って、まずはじめに浮かんだ疑問は自分の処遇についてであった。
 まともな部屋に寝かされているという現状を鑑みれば、保護された、と考えるのが妥当だろう。
 となると、次は何に保護されたのかということを考えなければならなくなるが、これについては前提が無ければなんともいえないところである。
 自分に起こった出来事が、例えば神隠しにも似た偶発的な事故であり、そんな事故がこの世界観でも頻発する出来事であるのなら、そういう人物を保護する機構あるいは組織があってもいいだろう。そして、今はその仕組みが自分を保護しているというわけだ。
 しかしここまで考えてから、これはないわと変な笑いが浮かんでしまった。
 この可能性は最初に遭遇した連中の対応からして可能性は低いと見るべきだからだ。もしもそんな仕組みがあり、それが一般化されているのなら、あんな対応はされまい。もしもこれが疎まれるような出来事であったなら、わざわざ関わって閉じ込めるなんて面倒なことはせず、積極的に距離を取ればそれで済むのだから。
「……?」
 ここまで考えて、はて、なんで最初にあった二人はあんな対応をしたのだろうかと疑問が増えてしまったが、思考が別な方向に行って戻らなくなる気がしたので忘れることにした。別に何の思惑があったとしても、もう終わったことである。もはや自分の処遇とは関係がない。
 思考の舵を保護された理由を考える方向へと向けなおす。
 では、次に考えられる可能性はなんだろうか?
 やはり勇者やらとして呼び出されたという可能性だろう。
 ここで勇者という単語を使ったのはあくまで聞こえがいいからであって、必ずしもそうでなければならないわけではない。要は、わざわざ探し出して保護しようとする理由がありそうなものとなると、自分にはそれくらいしか想像できないというだけの話である。我ながら想像力が貧困だなぁと呆れるしかない。
 しかし、必要とする理由がなければわざわざ別な世界から誰かを呼び出すなんてことはしないだろうし、折角呼び出したものが無駄になるというのは基本的には避けたい事柄だろうから保護しようとする理由もできるというものだ。呼び出した理由の内容はともかくとして、自分たちの利益のために行動した結果が現状であるというのであれば納得はしやすかった。
 人間というものはやっぱり、自分の利益のために行動していると考えるほうが一番しっくりくる。
 自分の考えうる可能性の最後のひとつとして、単純に事故としてこんな状況が発生しているということも当然考えたのだが――その場合は保護しなければならない理由が存在しないし、考えにくい。今回に関しては除外してもいいだろうと判断した。
 じゃあ、前提は何らかの目的で呼び出されたからだ、と仮定するとして。
 ならば、なぜ彼らは誰かを呼び出す必要があったのだろうか? と考える。
 そして、目を閉じて数秒ほど思索にふけってみたものの――正直ここから先の動機付けについては皆目見当もつかなかった。多少なりとも自信をもってこれだろうと言えるものが思いつかない。元々当てずっぽうのきらいがあるこの暇つぶし、もとい現状の考察ではあるが、状況がこうなった理由と違って、そうしたいと思う人間の動機となると一気に難しくなる。
 ぶっちゃけ、知らない人間が何を考えているかなどわかるわけがないのだから仕方が無い。
 ただ、相手が自分と同じような人間であるならば――それはおそらく、先に関わったどこぞの二人の行動から見る限り近いものだろうと判断しているが――無理矢理にでも問いを重ねれば、その意図に近づくことはできるだろう。
 目を閉じたまま、大きく長く息を吐く。
 思考を深く沈める。
 自問自答を繰り返す。


 人を呼ぶ必要があるときとはいったいどういう場合だ?
 それは、人手が欲しいときだろう。

 では、そこら中に居る人間から選ばずにわざわざ他所から人を引っ張ってくる理由はなんだ?
 その人間が備える価値が高いと判断するからだ。呼び出す労力やリスクに対して、その人間がやって来てることによってもたらされると期待する利益の方が大きいからだ。やってほしいことがあって、それが出来ると思う何かを期待するからだ。

 しかし、それは相手の能力を見知っているからできることだ。わざわざ知らない人間を引っ張り出してくる理由はどこに見出せる?
 過去の経験だ。特定の手順に基づいて呼び出した相手が何人も居て、その相手の殆どに似たような価値を認められれば一定の期待を抱くに足る理由になる。

 じゃあ、おまえならどんな理由でそんな相手を採用する?
 正直想像もできん。なにせ、そうまでして何かをしたいと考えたことがない。
 それでも言えることがあるとすれば――


 思考が浮かび上がるような感覚を得る。その感覚に従うままに口を開く。
「少なくとも相手と会話をする機会も用意せずに、自分の場に引き摺りこむような真似はしねえってことだけだ」
 出てくる言葉は己の立ち位置を決めるものだ。
 口は止まらない。自分が何を考えているのかを自分自身に言い聞かせるために言葉は続く。
「どんな理由があったって、他人様が積み上げてきた時間を台無しにすることは許されないだろう。
 確かに俺には何もなかった。どこにでも居るただのダメ人間だった。だから、俺が居なくなったって別に誰も気にしやしないだろう。
 だけど、俺がそこで生活していくために費やした時間はどうなるんだ? 色々なことに折り合いをつけていった俺の気持ちはどうなるんだ? 全部無駄か?
 俺にとっては居たことにすらなっていない、どこの誰とも知らない、どうなったって知ったこっちゃない連中の都合でそれは全部無駄にされたのか?」
 一息。歯を剥くように笑って、
「それを簡単に受け入れられるほど俺は人間が出来てないぞ。そうだろう?」
 自分にそう確認する。
 夢と現が混ざったような認識を、憤りの熱で整える。
 ここから先が現実だ。
 逃避はしない。もう、妥協したり退いたりしてまで守りたい生活はない。ここから先はそれを作っていくしかないのだ。選択した結果が悲惨な、後悔するようなことになることもあるだろう。それでも、今は自分の気持ちをただぶつける。馬鹿にされようがなんと思われようが構いやしない。自分が満足してさえいればそれでいいと、今はそう腹を決めたのだから。
「とは言え、それをぶつける相手が居なけりゃどうにもならんのは変わらんな」
 さて、どうしたものかと溜息を吐いてからベッドに横たわる。何も出来ないし、結論も出した。ならもう寝るしか残ってねえな――と思ったところで、何かが噛み合って引っかかるような、鈍い耳障りな音が響いた。
 視線を音源である扉の方向に向ける。どうやら誰かが扉を開こうとしているようで、音が鳴るのに従って扉が少しずつ動いているのが見えた。
 都合の良いタイミングで現れるものだと思ったものの、都合が良いならそれでいいだろうとも考える。
 折角熱が入ったのだから、その熱が引く前に事態を少しでも変化させておきたいと、そう考えつつ、どんなのが現れるのやらと扉が開ききるのを待った。

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