パナギアの童女は茶室で微笑む ――その女は死を知らず、ただ眠るのみ――

ごきげんよう金剛寺兄弟!嗚呼、怖すぎる企業秘密……これ、絶対にヤバイ人やん

エピソードの総文字数=2,935文字

 月額家賃百二十万円の部屋、駐車場三台に家具付き・共同プール付き。内装も豪華なので、断るような人はいないでしょう、何せトイレにビデとかいう便座も並んでるんですよ(何に使うのかは知らないけど)、と多鹿部長に伝え、福音商会(エヴァンジェル)で昼食を取った。取らぬ狸の皮算用で、大喜びの多鹿部長と共に。
 その後、俺のあずかり知らないところで図面・現像後の写真も無事に希望者に渡り、契約も終え、この案件は無事に完了した。後日入ったバイト料は全額は姐さんに渡し、オカズの肉量を増やすように懇願したのは言うまでもあるまい。
 なお、英文賃貸契約文書の雛形は以前から福音商会に存在するのだが、各条件に合わせた、細かい部分の微調整や擦り合わせ等は、姐さんが行った。そのためか今週の姐さんは激しくバテており、いつもより何かとキレる(・・・)のが早かった。いつもなら、三歩(さんぽ)歩いて一激怒、のペースだが、今週は、一歩(いっぽ)歩いて一激怒、のハイペースぶりを示した。(いか)れる姐も久しからず、唯春(ただはる)の夜の悪夢のごとし。
 なおその高額家賃は、星条旗(スターズ・アンド・ストライプス)でおなじみの、某大国A政府の〝直払い〟だったようだ。即ち、あのマンションを希望した客とは、A国政府高官であり、多鹿部長の話では、元・空軍上級技官(アッパーテクニカルオフィサー)らしい。契約書の記入と受け渡しはA国領事館で行ったらしく、「契約書見たか?どえりゃぁ判子だでよ。矢をつかんだ鷹がな、鷹が空を舞っとるんよ」というありがたい多鹿部長の解説を何度も受けた。なるほど、家賃が税金で支払われるなら、相場よりも遥かに高い家賃であろうと、個人は誰も嘆かずに住めるわけだ。高すぎる家賃を払うのは一体どのような人なのか、という疑問があったが、その疑問も今や解けた。

 残った事といえば、瓶白への説明。説明というのは何であれ面倒だし、筆不精な俺だが、とりあえずなんとか約束(アポ)の日を決める返事を書いた。
〝御代はいつ、支払いましょうか?〟
 と。その結果、お嬢様曰く、日曜午前はミサがあるために難しいが、それ以外なら大丈夫、との返信文(メッセ)あり。さて、どうするか。事前にいくつか調べたいこともある。

 高校での入学式も無事先日終わり、今日は早速授業の1日目。だがその授業も、先ほど終わった。高校に上がったからといって、特に変わった事はない。ただクラスの中で俺だけが「次期生徒会への希望」という理不尽な文章問題を与えられ、――それは俺が、十字大付属中学で生徒会役員だったからなのだが――誰もいなくなった事以外は、ごく普通のありふれた放課後である。そもそも付属高生はその殆どが、付属中からの内部進学者であり、俺自身もそうであるために、特に環境に戸惑うこともない。そう、変った事といえばもう一つあった。目の前に、十字大付属高の女子用制服を着た、瓶白いのり御嬢様がいる事以外は。

「ごきげんよう、金剛寺兄弟」
「いや、兄弟じゃないし。その前に、お前……瓶白は、楽女(らくじょ)ではなかったか?」
「はい、楽女でした。それは過去の話。今は、このように十字大付属高(じゅっこう)です」
 胸元のリボンを触りながら彼女は答えた。カトリック系私立高校の楽女の制服に、修道士を模したような腰紐はあるが、胸元にリボンは無い。それよりも、数日前に断言したではないか、通う高校は楽女だと。俺は、彼女に説明を求めた。
「……すまん、俺がわかるように説明してくれないか」
 瓶白は、とぼけた顔で考えているフリをして、渋々答えた。
「そうですね、金剛寺兄弟が茶室にいらした日の夜、お父様に、少しお願いした事は覚えています。私は、楽女より、十字大付属高がいいなぁ、と言いました」
 俺はジェスチャーで、話を続けるように、彼女を急かした。
「すると父がどこかに電話して、その日の深夜には、な・ん・と・い・う・こ・と・で・しょ・う!私の十字大付属高進学が決定していました」
 その表現はよせ!茶室に、ありがた迷惑な家具を贈られたいのか?サザエは寝て言え。
「この少し小さめの制服は、カトリック楽園教会の通う人の中で、十字大付属高出身の方からお借りしました。あと数日で、私にピッタリサイズの制服ができあがるそうです。私からのお話は、以上です」
 何が以上です、だ。この話、異常だ。
「つまり、俺が話を端的にまとめるとすると、瓶白家伝家の宝刀、企業秘密の力が働いて、急遽、楽女ではなく、十字大付属高に通学することが一瞬で決まった、と」
「はい、そうとも言います。たまたま偶然にも、この二つの高校は共に進学校。偏差値的にも似ていますし、本人がよければ、それでいいんじゃないでしょうか?たまたま偶然にも、老朽化したグラウンドのベンチも新しくなるそうですし」
「――現金で買収か。この上級国民(アッパーネーション)ッ」
「いえいえ金剛寺兄弟、言葉を選んでください。父のアカデミック愛から生じた寄付、ですよ――それよりも」
 見返りのある(いつわり)りの愛を、勇み語っていた瓶白は急に視線を落とし、床を見ながらこう続けた。
「――マドレーヌの御代、まだ受け取っていないのですが」
 そう来たか。まさかそれを伝える為だけに入学したのかこのお嬢様は?
「ああ、アレな。扁額の謎と、瓶白の名前を当てた謎解きだったか?」
「はい、そうです」
 彼女は、俺の目をしっかりと見つめながら答えた。そろそろ年貢の納め時、日時を決めなくてはならない。
「日曜がダメなら、次の土曜午後で、いいかな?さて場所は……」
「それなら例の茶室、開いてますので。お茶請けもまた、適当に準備します」
「上等。ただ、茶菓子は無料が望ましいのだが」
「……タダほど怖いものは、無いですよ?(かしこ)まりました。では」
 彼女は屈託の無い笑顔を見せた。そう言って上機嫌で去ろうとする瓶白を、少し呼び止める。
「何でしょう?金剛寺兄弟」
 その、奇妙な呼び方を止める気はないようだな。
「まだ三つほど話がある。一つは入学おめでとう、ようこそ十字大付属高校へ!二つ目は、この高校で俺と話すときは、周囲に気をつけて欲しい。少なくとも今のように誰もいないときならばいいが、誰かがいるときは止めたほうが良い。瓶白の友人を増やす為にも、という優しくてボッチの金剛寺兄弟からの忠告。その理由の想像は御自由に。そして最後の三つ目だが、あの茶室って、コンセントとかあるのか?できれば適当な机とかも欲しいが、普通、茶室にはないよね、という確認」
「祝福と忠告、ありがとうございます。そして三つ目ですが、実はコンセントも机もあります。WiFiも液晶プロジェクターもありますので心配無用です」
 意外な返答だったが俺は礼を述べ、次の土曜が楽しみだという話をして、その日は別れた。

 その週の高校での授業は何事もなく終わった。ただ、茶室を訪れる前夜である金曜の晩に、少しだけやっかいな問題が生じた。

ーーー
仮に、生々しい話があったとしても、この物語はフィクションでありんす。

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