パナギアの童女は茶室で微笑む ――その女は死を知らず、ただ眠るのみ――

こちらスネェーク「Ye shall not surely die 」

エピソードの総文字数=1,625文字

「ただ、カトリックの集金事情やロザリオ・メダイ事情よりも先に……お濃茶ができましたが、兄弟姉妹の皆様方、この一杯の茶碗を、回し飲す形式で宜しいですか?」
 亭主(ホスト)瓶白は、我々客に対して、予想だにもしない事を言い始めた。
 残念ながら、この濃茶の〝飲み回し〟ルール、俺も、姐さんも、全く知る由はなかった。いや、俺は記憶をたどれば、茶室内で回し飲みをしている映像が頭の中に再生されたり、戦国武将の大谷吉継が落とした膿を、その後の石田光成が飲んだエピソードを知っていたから、全く知らない、という訳ではなかった。ここまで、適切に思い出せなかったのだ。日本文化の知識が小学生レベルのまま停止した姐さんは、本気で知らなかった可能性はあるが。俺と姐さんは息を飲んで目を合わせる。そして二人の客は、ほぼ同時に瓶白に答えた。
「の、回し飲みは、さすがにちょっと……ねぇ」

「あら、家族同然に生活して、姐さんとか呼び合っているのに、そういう部分は……意外とデリケートなんですね」
 いや、姐さんに晩飯やら弁当やら、そういえば朝の卵サンドやら、結局、三度の飯は作ってもらっているが、家族同然の生活まではしていないって。そういえば、あまり、互いに家族のデリケートな話はしないな。これは靈鷲ユキ姉妹を含めてだが。
「ほら、ジョーキのビョーキとか、貰いたくないし」
「俺は、ビョーキなんて持ってないから」
 言い合っている間に、瓶白は、濃茶の入った黒い茶碗を俺に差し出した。
「金剛寺兄弟、お茶をどうぞ。もし宜しければ茶碗に敬意を払い、その正面を少し避けて、お飲み下さい」
「ありがとうございます。いただきます」
 言われた通りの動作を行う。途中手間取っていると、瓶白が身振りで教えてくれた。そして飲む。まず苦い。それから甘い。鼻から抜ける茶の香り。
「金剛寺兄弟、如何でしょう?熱さや味、お気に召しましたか?」
「それはもう――俺としては、懐かしい味だ。おいしいよ瓶白。ありがとう」
 何が具体的に懐かしいのか、俺は思い出せないが、その単語だけが口から漏れた。日本人なら、抹茶の味にふるさとを重ねてもおかしくはないのかも知れない。
「それは良かったです。その黒い茶碗には、三人分のお濃茶が入っていますので、全部飲まないでくださいね」
 なるほど、三人分か。俺と、姐さんと……あれ、あとは誰だ?瓶白か?そういえば、最初にご相伴にあずかるって言ってたような。姐さんが飲み回しを棄権した今、俺の後、瓶白が飲むのか。ああ、なぜか黒い茶碗が振動する。ポルターガイスト現象……ではなく、俺の手が震えていたのだ。この小心者。この彼女いない歴イコール年齢の俺。

 姐さんもこの点に気づいて、多少、驚いていたのか瓶白に訊いた。
「え、瓶白さんも飲むの?」
「はい。最初に、正客の許可をもらっておりますので」
 瓶白は許可というが、俺からすれば重要事項説明抜きで契約した物件というか、言質を取られた気分だ。
「では今から、牛王姉妹の濃茶を練るために、各服点(かくふくだて)用の茶碗を取ってきます。しばらくお待ちください」
 瓶白が礼をして立とうとした頃、微妙に震える俺の左手の指は、黒い茶碗の高台をカタカタと鳴らしていた。

「Knead in the name of God, 神の御名によってこれを練る……あなたがたは決して死ぬことはないでしょう」
 俺はそう呟いた途端、瓶白は座り直し、丁寧に居住まいを正した。
「金剛寺兄弟、この部屋の何処に見つけましたか?その言葉を」
「部屋じゃない――ここだ」

 俺は、黒い茶碗を差し出した。

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★創世記3:4-5 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう(Ye shall not surely die)。それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」

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