ブラの名前

エピソードの総文字数=3,142文字

 み使いの新作ブラ、ミカエルの再現作業は、それでも少しずつ進行している。今日もメンバーは一生懸命取り組んでいるように見えるし、気楽が観察している限りでは、この中に裏切り者がいるとは思えない。
 それでも、気楽のテストの結果の中には、気になる回答をしている人物が数人いることは確かである。
 最初は退勤後のアリバイなどを検討しようとしていたが、警備のおじさんとの話でそのアリバイそのものが成り立たないとすれば、犯人を割り出す手がかりは、置いてあった聖書しかないことになる。

「さあ、じゃあ、あんたから見て、気になる子を教えてくれる?」
 例のごとく別室に陣取っためる子と一緒に、机の上に広げられたメンバーの回答用紙を眺める。
「そうだな、テストの結果、気になるのは4人だ」
 気楽は、容疑者の書いた用紙を抜き出しながら、める子に見せていった。
「それぞれの担当や性格などがわかれば教えてくれ。一人目は、冬馬真智(とうままち)。それから安藤玲(あんどうれい)、三人目が子門優羽(しもんやはね)、最後は丸子瑠花(まるこるか)」
「他のメンバーは無罪放免なの?」
「とりあえずはな。テストの答えも至極まっとうで、時間も特に詰まったり悩んだ様子はなかった」
 それでも半数以下に絞り込めたのなら、少しは時間短縮になる。こうしている間にも、キタコレまでの時間は減り続けているのだ。
「オーケー。じゃあ、それぞれのテストの問題点を教えてちょうだい」
「ああ」
 四人の回答がひっかかったのは、それぞれ違うポイントである。もちろん、その答えが即アウトであったり、あるいはすなわち犯人を示すものだとも言えない。
 だが、気楽としては、『スルーするには気がかりな答えが、確かにそこにある』ということなのである。
「まず冬馬さん。彼女は天使の名前を一切書いていない。せめてミカエルくらいは書いてほしいものだが、空欄のままだ。多少考えた形跡があり、時間がかかっている」
「次に安藤さん。この子は葬式関係の記述がない。通常なら仏教関係の葬儀の風景を何かしら書くものだが、キリスト教式しか知らないから書けなかった、ともとれる」
「子門さんは、最終問題を全部外してきた。アイドルはザ・ニーズ。ダ・ヴィンチはルネッサーンス!。ラブソングは、福山田政治。そして新世紀は通天閣だ。最後のはボケかマジか測りかねる。通天閣があるのは大阪の新世界だからな」
「そして、一番問題なのは、丸子さんだ。この回答はいろんな意味で悩ましい」
 すると、そこまで黙って聞いていためる子が、
「どうして?」
と尋ねた。
「……キリスト教の神に関する記述だが、『エホバ』と書いてあった」
「えほば、ねえ。なんか聞いたことあるわね。それだとマズいの?」
「聖書に出てくる神様の名前なので、意図して書かないようにすることもできる。だが、あえて書いてあるってことは、何らかのアピールかもしれない、と邪推してしまうんだよ。こっちとしては」
 いかにも悩ましい、という顔をしてみせる気楽である。
「普通の人は、ここで『エホバ』とは書かないんだよ」
 と、彼女の回答用紙をめる子に見せる。そこへ、気楽テストに合格した他のメンバーの回答を重ねて置いていった。
「なるほど、『ヤハウェ』って書いてる子が多いわね」
 その通り!と気楽は人差し指を立てて見せた。
「世界史やら学校の教科書で習うキリスト教の神は、この『ヤハウェ』という呼び方が多い。エホバという呼び方もないわけではないが、どちらかと言えばマイナーになる。それに、厳密に言えばキリスト教徒は神様の名前をあえて呼ばないんだ」
 へえ!と驚くめる子である。
「現在キリスト教界で使われている聖書では、神の名前の箇所をすべて『主』という語で置き換えてあるんだよ。つまり、神様の名前は秘密になっている、というわけだ」
「どうしてそんなややこしいことをするの?教科書にでてくるくらいなんだから、『ヤハウェ』でも別にいいじゃない」
「ところが、同じ聖書の中に『神の名をみだりに唱えてはいけない』と命じられている記述があるんだ。なのでキリスト教徒はその教えを守って、神様の名前を秘匿するようになっていったんだよ」
「なるほどねえ。要はタメ口を聞いたり、あだ名で呼んだりしないように、ってことね」
 める子の例えはぶっ飛んでるが、ざっくりと言えばそういう視点で合っている。神の名前は尊重されるべきもので、軽々しく扱ってはいけない、といういわゆる「忖度(そんたく)」なのだから。
 そして、ひとしきり気楽の説明を聞いためる子は、
「よーし、じゃあ一緒に行きましょ。実際の仕事ぶりを見ながら、そのあたりも踏まえて観察してちょうだい」
と立ち上がった。
「それとなく、話を聞かせてもらうとするか」
 気楽も重い腰を上げる。ただ一人で座って安楽椅子探偵を気取るのはまだしも、真犯人かもしれない相手と面と向かってうまく話を引き出せるだろうか、という不安もある。ペーパーテストは得意だが、コミュニケーションは苦手な学者肌らしい弱点だ。
 それなら、女の子たちにテストなんかさせるなよ!と読者から総ツッコミを入れられそうだが、気楽なりに頑張って考えた秘策なんだから、許してやってほしいものである。


「どう、みんな?困ったことがあったら何でも言って、調整でも折衝でもしてくるわ」
 そう声かけしながら、それぞれの担当のメンバー間を回ってゆく、彼女たちも捜査の行方は気になっているのだが、それより何より、ブラを再現しなくてはならないので必死である。
「安土先輩!広報部で前撮りした商材写真があったじゃないですか!あれ、借りたいです。ラインの確認がしたいので」
「オッケー、あたし内線入れとくからすぐ借りてきて!」
「はい!」
「リーダー、レースの布地、メーカーさんが回してくれることにはなったんですけど、到着が遅くて……」
「そっちも了解、向こうの担当者に確認するわ」
 てな具合で、犯人探しをしている暇もなさそうなくらい、める子も一生懸命仕事をしていることだけはわかった。

 そうてきぱき動きつつも、目配せしながら気楽にこっそり話しかける。
「まず冬馬ちゃんね。あの子はマネージャーなので私の直属の部下なんだけど、何でも屋で縁の下の力持ちだわ。あたしも信頼しているから、もし彼女が問題ありならショックってとこ。ショートカットが魅力的でしょ?」
「それからあっちが安藤さん。彼女は基本はファッションデザイナー。デザインを考える仕事だけど、あの子はうちでは布地の専門家よ。着てる服がちょっと奇抜なのは、自分でデザインしてるから。」
「子門の羽(はね)ちゃんはデジタルパタンナー、パタンナーってのは型紙を作る人なんだけど、今はデジタル化されてるから基本はパソコンいじってるわ。ロリ巨乳よ。」
「最後の丸子は、ちょっと変わってるけど3次元モデルを担当するエンジニアよ。うちの会社くらいだと、女性の痩せ型からぽっちゃりさんまでの3D人体データを持ってて、それに型紙を寄せてゆくのよ。パタンナーと連携してやってるけど、まあ内容が内容なのでオタクね。絵に描いたようなメガネっ子だからわかるでしょ」
 なるほどなるほど、と気楽も名前と顔を一致させるように覚え込む。
 ショートカットの美女に、アシンメトリーな服を着たやつ、おっぱいにメガネ、と。
「じゃあ、あたしは仕事にまた戻るから、あんたなりにちょっと観察して、あとでまた話しましょ。任せたわよ!」
 ポンと肩を叩いて行ってしまう。どこまでも自分のペースを崩さないめる子であった。


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