【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

2-04 妖怪たちのゲーム

エピソードの総文字数=4,011文字

妖怪が人間にこの街を〈作らせた〉んですよ。おそらく……ゲームをするためのフィールドとしてね。
 その茂の言葉に、篤志と英司は呆気に取られたような表情で互いの顔を見つめた。
………………。
(あんた、意味わかってないだろ)
………………。
(おまえだって全然わかっちゃいねえだろうが)
 言葉にこそ出さなかったが、どちらも言いたいことは同じだったし、ふたりともポーカーフェイスとは無縁だった。
この大間は妖怪にとっては住みやすい土地だった。特別の場所だったんです。人間の存在感が希薄だったからここが妖怪の寄り合い場になったわけではなく……この土地が特別の場所だったから、人間は畏れて寄りつこうとしなかったんです。
ああ、それなら分かるよ。
なんかこう……空気が違うっての?
………………違う、か?
まあ……個人差もありますから。
あなたはまた特別に鈍感というか、神経太いようですし。
………………ほっとけ。
 人間の住む世界と妖怪の住む世界は決して一本の境界線できれいに区分されるものではないんです。大きく重なり合ってその空間を分け合っている。人間だけが住む場所、妖怪だけが住む場所は、その大きな空間のほんのわずかな例外に過ぎませんよ。
きっちり分けて欲しいけどな。
別に心配することはありませんよ。
妖怪はもともと人間のように数が多いわけではないし、人間ほど連帯感が強いわけでもありません。それに、人間を脅かすような強い力を持っているのはごく稀で、そのほとんどは私のように大した力もなく、人間に紛れて生活している者ばかりだ。

……でも、ある特別な条件をもった場所では、その土地の持つ力を利用して自分の力を飛躍的に高めることができるんです。
それが大間(ここ)ってことかよ。
で……妖怪帝国を作る算段もせずにゲームなんかしてんの?
 英司が言った。
 理解力という意味では、篤志より1歩先んじていた。
若い身空で世界征服の野望も起業の夢も抱かず、毎晩ゲームにうつつを抜かしているあなたにそれを言われても……。

第一、何ですか妖怪帝国って。

う…………。
妖怪にとってここは居心地のいい場所です。だから集まってくる。ただ集まるだけではなく、ゲームをしたりする。妖怪帝国を作るためではなく、いわゆるレジャーの一環としてですが。
――私や仲間たちも時折この場所に来て、そういう遊びをしている。
ゲームって、どんな。
 茂の口から語られる突飛な話を、どこまで信じていいのか、どう理解していいのかもよく分からなかったが、篤志には何かが気に入らなかった。
 多分、一番気に入らないのは茂がまるっきり〈フクのような〉表情を浮かべていることなのだろう。表情がコントロールできない……そう言って木偶人形のように動き、鉄面皮のように固い表情をしていた時のほうが、まだ可愛げがあった。
 表面上は穏やかだったが、その裏側に潜んでいる異質な意志の存在は、次第次第に強くなっているように思えるのだ。
子供だましの遊びですよ。
 そう言って茂は手のひらを上に向けて篤志の顔の前に差し出した。
 その手のひらに、ゆらめく炎が出現した。炎は粘土細工のように盛り上がり、一体の人型を形作って行く。

………………。
おい、やめろよ!
 突然見せつけられたその光景に、篤志も英司も息を飲んで身構えた。
 大間団地が崩壊した時に出現し、茂が目撃したという中学生を焼き殺し、そして篤志の目の前で、果歩の身体を包んだあの火の虎と……それは同じ炎だった。
もともと私には、安物のライターくらいの力しかありません。でもこの土地の力を利用すればこの程度の芸当はできるようになる。
この炎は、意志を持っているかのように動き、敵と戦います。同じように水や植物、雷などを操る者もいます。言ってみれば仕掛け人形のようなものですね。実際に生きて意志を持っているわけじゃない。私の意思で遠隔操作をしているんです。
--これがゲームのコマです。
英司くんが熱中しているオンラインゲームと同じですよ。閉じられたフィールドの中にプレイヤーが自分の分身としてコマを置き、戦って勝ち負けを決める。単純なゲームです。

ただ今回はちょっとしたトラブルがありましたが……。
 茂が手を下ろすと、人型の炎は吹き消されるように消えた。
実際にゲームで使うのはもうちょっと大掛かりなコマです。
あの炎は私が生み出しているのではなく別の世界から〈呼ぶ〉んです。英司くん流の言い方をするなら、『魔界から召喚』ってところかな。
ちょっと待てよ。……あの時、あんた何してたんだ。
 英司は茂の言葉をさえぎった。
 新宿の喫茶店から暗がりに落下して行った時、その底に見た青年の姿がフラッシュバックするように脳裏に蘇ってくる。
………………あの時?
飲み込みが早いですね、英司くん。
あんたはあの時、あの魔法陣で魔界の炎を〈呼んで〉たのか? トラブルってのは……そういうことか!
そう、私の呼びかけに答えたのはいつものちっぽけな炎ではなく、大間団地を崩壊させたのと同じ火の虎だった。〈王牙〉という名の……魔界の生物ってところですね。
……生物?
そう、生物です。王牙は自分で意志を持ち、行動する。
さっきの話と思いっ切り食い違ってるじゃねえか。
だからトラブルなんですよ。王牙は、本来なら私程度のレベルの妖怪に呼び出せるような代物じゃないんです。

――ちょっと話が飛びますけど、10年前、大間団地が崩壊した時、私もその場にいたんですよ。当時、大間に集まる妖怪たちのあいだにはちょっとした噂が飛び交っていました。『大間団地をフィールドに見立ててゲームをしている連中がいる』とね。
私は詳しくは知りませんが、かなり強い力を持った妖怪のグループのゲームだったようです。私が仲間たちとやっているような単純なルールのゲームではなく、自らの生命を掛け金に、何年もかけて複雑なルールのもとにゲームを続けていたらしい。
王牙を〈呼ぶ〉ことがゲームの最終目的だったのかもしれない。

そしてゲームの結末が、多分あの崩壊事故だった……。

じゃあ……あのがきも妖怪か。
果歩ちゃんのことですか?
彼女からは妖怪の気配は感じられません。正真正銘の人間だと思います。
おそらく、ゲームに参加していた妖怪が王牙を呼ぶための媒体として使ったんでしょう。
ゲームは終わったのに、コマだけが残されて一人歩きをしているってことか。おまえが言った状況の収束ってのはそのことか?
なんで私が、大昔の、しかも赤の他人のゲームの尻拭いをしなきゃならないんです。
突然、茂の口調が変わった。
言ったでしょう、『私は仲間とゲームを始めるところだった』と。
今ここは私たちのゲームのフィールドで……あなたたち3人は私のゲームのコマとしてエントリーされてしまったんです。
ゲームのコマが勝手にフィールドから出て行くことはできませんよ。
 そう言って、茂は笑った。
 それはあの引きつったような笑いではなく、篤志の知っているフクの表情とも違っている。八方塞がりのこの状況を、どちらかといえば楽しんでいるようにも見えた。もしかしたらそれが、この妖怪の本性なのかもしれない。
つまり俺らにあんたのゲーム仲間の操るお花の化け物だか水の化け物だかと戦えってのかよ!
ふざけんな。コイツで特攻でもかますのかよ?
 英司はそう言って、さっき弾き飛ばされた鉄パイプを拾い上げた。
 負けたらどうなるのか、それを聞くのは怖かった。
一生ここにいたいって言うなら、別に止めやしませんよ。
でも……。
ゲームが始まってから……つまりあなたたちがここに来てから、もう10時間以上経ってる。他の連中はもうここを突き止めているかもしれない。あなたたちに戦う気があってもなくても、そんなことは関係なく連中はやって来ます。敵のプレイヤーのコマを全滅させなければ、ゲームは終わらないですからね。
勝算あんのか。
 篤志は茂を見上げた。
 その篤志を見下ろして、茂は驚きを隠せなかった。
 少なくとも篤志は英司ほどには状況を理解できていないように見える。とにかく邪魔なやつがいて、そいつを倒さなければここから出て行くことはできない――篤志に分かったのはそれだけだ。
 それなのに篤志はすでに覚悟を決めている。
 英司が抱いているような脅えは、篤志からは感じ取ることができなかった。
こんな条件でゲームをやるのは初めてのことですから、私に断言できることなど何もありません。
……あくまでも推測ですが、果歩ちゃんが目覚めてくれれば五分五分ってところじゃないですか。
五分五分?
あの火の虎は団地一個ぶち壊すくらいの威力があるんじゃないのか。

言ったでしょう、王牙は意志を持った魔界の生き物だって。
ちっぽけな炎を操るのとはワケが違う。ヘタをすれば……。
……戦うまでもなくオウンゴール。
フクが目撃した中学生の二の舞ってことか。
そういうことです。
気に入らねぇな。
 そう言って篤志は立ち上がった。茂の身体を押しのけるようにして果歩に近づき、その顔を見下ろす。果歩は、まだ眠っていた。
何がです?
何もかもだよ。
 腹立ち紛れに果歩の額を指で小突く。
 それから篤志は茂の方を振りかえった。
とりえず、名前くらいは教えとけよ。
名前?
おまえの名前だよ。
………………。
 茂は言葉に詰まった。
 篤志の言いたいことは分かっているつもりだった。
福島茂は死んわけではありません。
こうしてしゃべっている今の私は、もともとの私とは違う。この身体の中で、福島茂の意志と、妖怪だった私の意志が混ざり合って存在しているんです。やがて完全にひとつに融合していくでしょう。

古い名前には……もはや意味はありません。
 言葉こそ穏やかなものだったが、これ以上の詮索を拒否するような鋭さがあった。
(死んだのはフクスケさんじゃなく……妖怪の方なのかもしれない、な)
 英司にはそんな風に思えた。
 だがそれでも、同情するような気分にはとうていなれなかった。

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