頭狂ファナティックス

殺人犯

エピソードの総文字数=2,573文字

 この世には人としての性能から逸脱した能力を持つ人間がいることが知られており、その能力は総称してコンプレックスと呼ばれている。特殊な能力を指すときのコンプレックスは一般的に知られている「劣等感」ではなく、精神医学で使われる本来の意味である「感情複合」から取られている。科学では説明できない特異な能力は、一人ひとりが持つ特殊な精神状態に由来すると考えられているからだ。この世にはどのようなコンプレックスが存在するか、それはこの物語を読み進めていけば十分にわかるだろう。
 光文学園は全寮制の国立学校であり、初等部、中等部、高等部がある。初等部と中等部が千葉と埼玉に位置しているのに対して、高等部は東京の港湾沿いにある。高等部の敷地は大都会の中心にあるにも関わらず規格外に広く、校舎や生徒の全員が住む寮の他に、娯楽施設や医療機関が設置されており、ほとんど一つの都市である。光文学園は名門校として知られているが、それは偏差値の高さのためだけでなく、特殊な入学要項があるからである。光文学園に入学するには難しい筆記試験を突破しなければならないのはもちろんとして、コンプレックスを保持していることが絶対の条件である。光文学園はコンプレックスの保持者が集まる学園ゆえに、その生徒たちは世間から尊敬、畏怖、妬みなど上流階級の人間が受け入れなければならない様々な感情を向けられている。政府はコンプレックスとは悪用されるものではなく、社会の福利のために活用されなければならない、と表明しており、その政策の一環として能力者の教育のために光文学園は設立された。
 理事長室には二人の人間がいた。一人は理事長であり、もう一人は高等部の生徒である。二人は黒革のソファに向かい合って座っており、そのあいだにある楡でできた低い机には紅茶が乗っている。青色のカーテンは開かれており、十二月初旬の澄明な夕陽が窓から射し込んでいる。薄暮は部屋を血塗りのように染めており、隅にある観葉植物や二人の表情にも微妙な陰影を与えている。理事長は政府から任命された光文学園の最高経営責任者だったが、生徒は緊張も狼狽もしていないようだった。
これから東京で施行される政策について、ご理解できましたか? 今日は時間があります。あなたが納得するまで、何度でもお話ししますが。
 理事長は相手に気安いところを見せようとも、威圧を与えようとも取れる口角を少しばかり上げる微笑を浮かべながら言った。理事長は一日に二度、よく研いだ剃刀で頬から顎にかけて剃る習慣があり、今も滑らかな皮膚を見せびらかしていたが、胡麻塩頭で、そろそろ若作りに無理が出てくる年だった。
――信じがたい話ですが、二度も三度も同じことを仰らせる真似はしません。疑問なのは、それを自分に話した理由です。
 生徒は静かに言った。秘密裏に理事長室まで呼び出されたことにも、今しがた話された耳を疑うような政策にも、怖気づいた様子はなかった。
私たち理事会は政府から派遣された人間で構成されています。そのために今回の学園での政策は是が非でも成功させなければなりません。先日の協議の結果、理事会と生徒の軋轢を減らすために理事会に下部組織を設置することになりました。理事会と生徒のあいだに立ち、潤滑油の役割を担うのが目的です。具体的には現行の生徒会に人員を追加して、新たに特別生徒会を発足します。本来、生徒会に所属できるのは特別科クラスの生徒だけです。しかし即戦力の確保のために、特別科クラスの生徒以外にも、稀有なコンプレックスを持つ生徒ならば入会を許可することが決議されました。そのためにあなたに話を持ちかけたのですよ。
――その特別生徒会に所属した場合、生徒側ではなく、理事会側の立場で活動することになるのですよね? こちらに利益はあるのですか?
もちろんです。まず安全が保障されます。政策の渦中に巻き込まれる立場ではなく、政策を推し進める立場になるからです。理事会は政府から安全を約束されています。次に政策が成功したさいには、莫大な報酬が与えられます。一生を不安も障害もなく過ごせるほどのね。是非ともあなたには特別生徒会に所属していただきたいのですが。
――非常に魅惑的な提案ですね。ただ一つ、気になることがあります。自分のコンプレックスをどうして知っているのですか?
私も政府の人間です。一介の高校生の能力を調べることなんて造作もないことなのですよ。しかし安心してください。あなたが普段、自分の能力を隠していることは知っています。その理由までは存じませんが。あなたのことについて他言は一切していません。この学園であなたのコンプレックスを知っているのは私だけです。そのために理事長である私自ら、あなたにお話を持ちかけたのですよ。今日、ここで私たちが会ったのを知っている人間も他にはいません。
――お手数をかけて申し訳ありません。それでこちらとしてはお答えすることが二つあります。一つはお言葉に甘えて、特別生徒会に入会させていただきたいということです。
そうですか! ありがとうございます。あなたのような素晴らしいコンプレックスを持つ人間と一緒に仕事ができるのは光栄です。ともにこの政策を成功させましょう。
 理事長は両手を広げて、大げさに喜びを表現した。
――お伝えすることはもう一つあります。自分はですね、コンプレックスを知られた人間は誰であろうと殺すことにしているんです。
 十二月十日の深夜三時に理事長が惨殺されているのが発見された。場所は理事長室で、発見したのは理事会役員のための寮に帰ってこない理事長を不審に思った教師陣だった。教師たちは学園の敷地内を探し回った末、惨殺された理事長を発見した。その殺され方は不気味であり、奇妙であった。頭上から股にかけて身体が二つに割けており、左半身は黒革のソファの上に乗せられ、右半身はペルシャ絨毯の上に投げ出されていた。死んだ人間の顔は安らかだとよく言われるが、二つに分断した理事長の顔はどちらも恐怖に凝り固まっていた。発見した教師たちはどのような方法を使えば、人間をこのように真っ二つにできるのか検討もつかなかった。学園の最高経営責任者が死亡したとあれば、政策に支障が出るとの意見により、この殺人事件は黙秘されることになった。

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