パナギアの童女は茶室で微笑む ――その女は死を知らず、ただ眠るのみ――

ウィクリフさん、ありのままに教会をレリゴーにディスる(そして灰になる)

エピソードの総文字数=5,219文字

「次は、少し時代と場所が異なるけど、イングランドの14世紀末の話。その頃のイングランド王リチャード二世は、ボヘミア――モラヴィアがチェコ東側なら、ボヘミアはチェコ西側――出身のアン王妃(アン・オブ・ボヘミア)と結婚したんだけど、問題は、そのアン王妃がチェコ語聖書を持参していたってこと。10世紀初頭にモラヴィア王国は崩壊するものの、あの周辺はキュリロス・メトディオス兄弟の無償の愛と献身のツープラトン翻訳によって、現地語訳の聖書が存在し続けたからね。
 オックスフォード大学の神学教授にして、宗教改革(ザ・リフォーメーション)の先駆者ジョン・ウィクリフは、その聖書の存在に強く疑問を持ってしまったみたい」

 そう語る姐に、俺は尋ねた。
「疑問を感じたっていうのは、ローマ・カトリックが用いていたラテン語聖書以外の、古期教会スラブ語(オールド・チャーチ・スラヴォニック・ランゲージ)聖書が存在しているって点?」
「そう。なぜなら、当時の英イングランド国王ですら、母語(マザー・タン)による、即ち英訳聖書を持っていなくてね。
 ただ、全く英訳聖書が過去全く存在していなかったわけではなく、7世紀末にはベーダ・ヴェネラビリスによる古代英(アングロサクソン)語の聖書はあったし、ウィクリフの翻訳は、彼単体ではなく、弟子のジョン・パーヴェイやニコラス・ヘリフォードの手伝いと、発刊を手伝ったロード・コバム(コバム卿)がいたからこそ、っていう資料もあるんだけど……とりあえず一般論としてこのあたり、教科書レベルでよく知られているのは、〝ウィクリフが聖書の翻訳をした〟っていう逸話かな?ウィクリフの死後、ジョン・パーヴェイが、さらに改訂してたりしたんだけど」
「なるほど」

 俺が頷いていると、瓶白が補足してくれた。
「牛王姉妹に話を振られる前に、自ら述べておきますと……ウィクリフの死後約30年の後、1414年にドイツはコンスタンツで行われた公会議で、ウィクリフは正式に異端に認定されてしまいます。彼の死体は掘り返されて、著書と共に火葬。灰はスウィフト川に流されました。
 ところで金剛寺兄弟は、火葬の意味がわかりますか?」

 姐はこのやりとりに、あるいは濃い乳脂肪(クリーム)に満足したのか、次に、黒酸塊(カシス)ジャムを塗ったスコーンを口にしていた。
 話を振られた俺は、しばらく考えてから瓶白の問いに答えた。
「――火葬の意味か?今の日本なら葬式後は、即火葬にするからな……意味といわれても、考えて事はなかったな」
「キリスト教徒は〝審判の日〟に、復活する事となっているため、東に脚を、西に頭を向けて土葬にするのですが、火葬にしてしまうと死体が無いために、もしかしたら復活できないのではないか?という懸念があるのです。また、洗礼を受けた後は、肉体は〝聖霊の宮〟と見なされる事や、焼かれることから地獄の炎を連想する人も少なくないので、土葬が望まれています。カトリックの場合、1960年代初頭の第2バチカン公会議以降は都市部の事情等も合わせ、火葬にする方も少なくはないのですが……正教徒(オーソドクス)の方は、今もほぼ土葬です。確か、プロテスタントの方は、もう少し早くから火葬が可能だったと思います」
 瓶白は姐に目線をやり、姐は答えた。
「そだよ。コッチは百年前、19世紀末ぐらいから、火葬しても良かったハズ」
 瓶白はそれを聞いて、話を続けた。
「……また、全て灰にして川に流すというのは、異端者が(すが)る対象となる、聖遺物を残さない機能もあります。そのため、生きた異端者は火刑(ひあぶり)、既に亡くなった異端者は火葬、というのが、当時では一般的なのです。かなり、残酷な仕打ちですよね」
 なるほど、聖霊の宮……コリント第一6:19だな。聖書に〝(肉体(からだ)は)もはや自分自身のものではない〟とか書かれちゃうと、装飾目的のピアスとかもダメっぽいのかな。

 姐さんは、瓶白の話に、さらに付け加えていった。
「ウィクリフの異端は、聖書翻訳だけではなく、ローマ・カトリックが採用している化体説(トランサブスタンシエーション)もまた否定した部分もあって……」
「化体説って?」
「ジョーキは、聖書の〝取って食べよ、これはわたしのからだである〟って覚えている?」
「ああ、マタイ26:26から始まる部分だな」
「そう、アタシはマタイの二郎(じろう)二郎(じろう)と覚えているけど、それはさておき、あの文章を文字通り(リテラル)に受け取ると、最後の晩餐で使徒が食べていたのはパンではなく、キリストの肉そのもの、ということにならない?それが化体説」
 このラーメン女、小豚が脳にまわったのか、戯れ言が過ぎる。さすがにそれはないだろうと、俺はツッこんでおいた。
「いくらなんでも、自分で自分の肉や血を、直接、配るかねぇ?単に、比喩表現でしょ?生肉と生血は……」

 この時、話しにくそうな態度ではあるのだが、瓶白が話に割り込んできた。
「私たちカトリックでは、聖体拝領時のパンは、変化してキリストの肉となっている、ということで受け取り、口にします。私の教会にいる熱心な兄弟姉妹は、畏れ多いということで、歯を立てずに食べます――パンから肉への変化、そしてワインから血への変化、それを頂くことが、秘蹟(サクラメント)ですので……」
 それはマジか。それって食人(カニバリズム)なのでは……?俺は、人肉はともかく、生牡蠣すら食べるのに躊躇しているのだが。

 姐さんが、こう付け加えた。
「聖書の解釈なんてやろうと思えば、いくらでもできるからね。ジョーキの兄……サトシさんは、聖書解釈(ミドラーシュ)が趣味だったりするし。
 とりあえず、ウィクリフは、聖餐時の聖なる血肉への変化、即ち化体説を、聖書にあるようなイエス本来の考えではないと否定。ミサでのその変化は魔術的であるとも言い、当時のローマ教皇と対立する事になったというのは、歴史的な事実。
 先の翻訳と併せてウィクリフは他にも、教会財産に課税せよ、大罪を犯した人がテヘペロしながら堂々と聖職者をやっているのヘンだ、托鉢で貧しい農民から食料を巻き上げるのはおかしいから修道士(モンク)は文句を言わずに自分も働け、ローマ・カトリックはサタンの集団、イングランドの三分の一は既に教皇の手の内にあるようなものだがそれはおかしい・イギリスはイギリスのものだろ常識で考えろ、と、もう言いたい放題にして、ありのままの事実を語ったため、サクっとローマ・カトリックから異端に認定。その後、瓶白さんの説明でもあったけど、公会議を経て、正式に異端者として再度決定。
 公会議前に、ウィクリフの著書や英訳聖書を読むのは、死に値する異端の罪となってしまったという15世紀当初のイングランドにおける、悲しい法律も作られてしまうの。
 その名も日本語だと〝異端火刑法〟という、漢字五文字にして何をどうするかが明瞭に解ってしまう法律で、1401年に制定。翻訳聖書を読んだり所持することで、即・火刑(ひあぶり)
 それはイヤでござる。焼くならば、人ではなく、本の方でお願いしたい。

 次に、姐はカップに角砂糖を七個積み上げては、それを紅茶で溶かし始めた。俺より飲み食い激しくないか?この凶暴にして五号サイズの女の胃は、底なしか?

「ここまで話して、ようやくジョーキの質問にまで戻れるね。フスとフス戦争(ハッサイト・ウォーズ)だよ、ジョーキ」

 俺は残ったジャムを全て、一つのスコーンにつぎ込んだ。スコーンはまだ暖かく、香ばしさが堪らない。姐には止めずに話を続けるよう、目配せした。

「まずはフスから。ヤン・フスとして知られているけど、この名を名乗ったのは晩年。ちなみにフスは、ボヘミア南西部の小さな街の地名フシネツの略語。貧農出身の彼には名が無いのでフシネツの(フシネッキー)ヤン、として活動していたの。この当時の一般人は、こんな感じで〝地名プラス名前〟の表現が普通。
 ヤン・フスはその人格と才能によって、プラハ大学の総長にも選任されるような人望の厚い人。
 そうそう、これはさっきのウィクリフの聖書翻訳の話から、時は少し進んで15世紀の初め。場所は今で言うチェコ西側のボヘミア、プラハでの話。モルダウの流れ~♪ってとこ。
 三千人収容できる大型のベツレヘム礼拝堂(チャペル)で、信者に対して説教していたのが、説教師ヤン・フス。彼の話は面白かったのか、大人気だったみたい。礼拝……じゃなくてミサは、ラテン語ではなく、当時のチェコ語で行われていたというのもあって。
 またプラハには、名門プラハ大学というのもあって、イングランドからの留学生もそれなりに存在したために、イングランドからボヘミアへと、ウィクリフの思想も持ち込まれたみたい。イングランドから、例の火刑を避けて逃げてきた、ウィクリフ派の人々、通称つぶやき(ロラード)派もボヘミアに逃げ延びたっていう事実もあるぐらいだし。この時代のローマ・カトリックを敵に回したまま生きていくのは、難しいのよね。悪・即・焚。
 いずれにせよ、イングランド国王と結婚したのは、ボヘミア出身のアン王妃(アン・オブ・ボヘミア)というのもあって、イングランドとボヘミアは、遠いながらも相互に交流はかなりあって、イングランドの、例のオックスフォードで学んだヒエロニムスという人物が、ウィクリフの思想をヤン・フスに伝えた事は記録に残ってる。
 このあたり、面白くない?チェコで生まれた翻訳聖書がイングランドに渡り、その聖書を見て生まれた思想が、まるでブーメランのように、ドーバー海峡を超えてチェコに戻ってくるなんて。
 ヤン・フスがボヘミアで本格的に問題視されたのは、ヤン・フスがそのウィクリフの思想にそのまま共感を示し、そのまま説教していた、ってところかな。対立教皇(アンチパパ)ヨハネス23世が十字軍編成のために、贖宥状(しょくゆうじょう)を売って資金稼ぎを始めたことを批判したんだけど、これが実にマズイのは、言わなくても解るよね?」
 痛いところを突かれたときほど、人は大激怒するからな……。

「瓶白さんは、このヤン・フスやヒエロニムスがこの後、どうなったかはご存じ?」
 姐は、またもや瓶白に話を振った。瓶白は苦笑しながら答えた。
「――牛王姉妹、そろそろ来ると思って待ってました。ヤン・フスは、先ほどと同じコンスタンツ公会議にて異端決定後、生きたまま火刑(ひあぶり)です。その灰は、ライン川に流されました。ヒエロニムスも、約一年後の同じ場所で、同じく……」
 当時のローマ・カトリックは初撃確殺の炎属性、そう俺は覚えた。

「ところで、瓶白さんはベ()レヘム、で通じるの?」
「はい、もちろん通じますよ。牛王姉妹……ええ、解ってます。あの歌の件ですよね?」
 程なくして二人は歌い出した。
「ああ、ベ()レヘムよ~などか(ひと)り~♪ 」
 ああ、またしても……俺は放置プレイ。
「すみません、金剛寺兄弟。クリスマスシーズンに、よく歌う唄なんです。カトリックの聖歌集665番なのですが、歌詞が、ベ〝()〟レヘムになっているので、よく話題にあがる、いわく付きの唄です……」
「アタシたちプロテスタントでは、讃美歌115番だよ。福音商会では、歌ったことなかったかもね」
 ベツレヘムとは、マタイ・ルカ・ヨハネの福音書にも出てくる、救世主が降誕する街の名前である。

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★コリント第一6:19「あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである」
★マタイ26:26~28「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「取って食べよ、これはわたしのからだである」。また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、「みな、この杯から飲め。」これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である。」

Jan Husinecký :フシネツのヤン。フシネツは中世ヨーロッパで栄えた塩の交易路(ゴールデン・パス)の途中にある、Prachaticeという街の近く。リンツとプラハの中間あたりに位置する。↓地図
https://en.mapy.cz/zakladni?x=13.9855796&y=49.0511965&z=13


作者コメント
 ここでは英国ではなく、スコットランド抜きなので、イングランドということにします。

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