【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

2-11 王牙召喚

エピソードの総文字数=2,670文字

威月は何の説明もせずにきみたちをゲームに引きずり込んだみたいだな。
 そう言って、鼻で笑った。

 小霧は篤志と英司を見上げても表情を崩さない。

(多分コイツは外見通りのガキってわけじゃないんだろう)
 篤志はそう感じていた。

 だがほんの一瞬あとに、そんな考えを抱いた自分が馬鹿だと思えてくる。

(年齢なんか、関係ねえ。どうせ相手は耳の長い妖怪じゃねえか)
 端からこれまでの常識なんか、通用する相手ではない。

 今の自分たちが置かれている状況、そしてこのゲームのルールやその背後にあるリスク……それを英司は必死になって自分の知識と照らし合わせ、飲み下そうとしている。

 だがそれではダメなのだ。

 篤志にはこんなことに直面した経験はない。

 英司がオンラインゲームでの疑似体験で得たような知識もない。

 そして何より、この現実離れした状況を受け入れるだけの柔軟さもなかった。


 だが……ひとつだけ分かることがある。

説明なんか、いらねえだろ。

判定勝ちも引き分けもねえ――残ったヤツが勝ちの単純なゲームだ。

 篤志は低く言った。

 その確信が、篤志にとってはなにより重い手応えだった。

 さっき英司が洗いざらい拾って行ったので床にはもう鉄パイプは落ちていない。だがもうそんなものはどうでも良かった。

ルールがどうあれ、こっから先は俺は俺の流儀である。

結果がどう転ぶかなんてもう問題じゃねねえんだよ。

おまえをぶちのめさなきゃこっから出ることはできねえ――いや、それ以前に俺はおまえをぶちのめさなきゃ気がすまない。そういういことだ

 言い終えないうちに足が床を蹴っていた。

 小霧に身体ごとタックルし、果歩を英司のいる方へ突き飛ばす。

 そして篤志は水で形作られた小霧の身体に手を突っ込んだ。

あ……っ。
ちょ……っ!
…………。
 英司も果歩も、そして茂も、声も出なかった。

 そして初めて……小霧の表情が、変わった。

 その鼻先で篤志の口元が、獰猛な笑みを浮かべて歪む。

……くっ。
さっき鉄パイプを止めたのはコイツだな。
 その瞬間、小霧の身体が崩れて水の塊へと変わった。その中で篤志の手が透き通った球体を掴んでいる。
水の中に何かあるのか……?
〈核〉です。

小霧もまたあの水を生み出しているわけじゃない。〈核〉を媒体に魔界の水を呼び、意のままに操っているんです。

つまり、小霧が操るコマの、心臓やエンジンみたいなものもので……。

(だが、わずかな鉄パイプの手応えからその位置を知り、素手で掴むなんてことが……)
 ……できるわけはない。

 いや、己の体技だけを使って戦う術を得る人間や妖怪がいないわけではなかった。だがそれは卓抜した才能に恵まれ、骨の隋まで技術を叩きこむ鍛錬を繰り返して初めて会得されるものだ。

 決して偶然に手にできる技術ではない。

果歩……大丈夫か?
 篤志の方へ注意を向けながら、英司は床に倒れた果歩の方へ歩み寄った。
手……。

手が……。

 果歩もまた。篤志から目をそらすことができなかった。

 篤志の手を包み込んだ水がその塊の中で渦巻いているのが分かる。核を掴んだ篤志の手をぎりぎりと締めつけながら、小霧の意志もまた無言の抵抗を続けているのだ。

 鉄パイプを砕いた水だ。

 核に直接攻撃を受けていることで反撃の力は弱まっているのかもしれない。しかし、防具ひとつ着けていない人間の腕を粉砕することなど、造作もないはずだった。

俺がコイツを握りつぶすのが早いか、おまえが俺の腕を引きちぎるのが早いか……。

面白い勝負じゃねえか。

 激しい渦の中で篤志の腕がしなり、引き裂かれた皮膚と肉から鮮血がほとばしる。一瞬で小霧の操る水は血の色に染まった。

 だが篤志の表情は変わらなかった。

 獰猛な笑みを浮かべたまま、核を握り締めるその拳に、さらに力を込めて行く。

ダメだよ。手が……手がなくなっちゃう……!
 果歩の身体が激しく震えていた。

 自分でも意識しないままに、1歩、また1歩……と、篤志に歩み寄って行く。

ピーちゃんなら、あんなヤツに負けたりしない……。
 その思いが、ひらめくように果歩の意識に浮かび上がった。

 もはや記憶さえ定かでないほど幼かった頃に見た光景。天空を焦がし、世界を焼き尽くそう燃え上がった王牙の炎が網膜に蘇る。それはほんの一瞬だったが、それだけで充分だった。

 世界を焼き尽くす絶対的な力。

 今、篤志がそれを欲しているのだ。

 オウムはジャングルの上空を飛びながら、虎の姿を探した。

 オウムは何年も飛び続けて、ついにジャングルの王である虎のほこらを見つけた。

 だがそこに美しい毛皮にその身を包んだ獣の姿を見つけ出すことはなかった。虎はすでに真っ白な骨となり、その傍らにひとりの女がたたずんでいるだけだった。

 それが王子とともにジャングルに入り、捨て去られた女であることをオウムはすぐに悟った。オウムは言った。王子はすでに父王の城へ戻った。おまえが死んだと思い、深く悲しみ、悔いている。

 その言葉に、女は激しくかぶりを振った。

 どんな悲しみも、どんな後悔も罪をあがなうには事足りない――ジャングルに虎がいる限り……。

 オウムはもはや虎は死んだのだと女に告げた。

 王国にはもはや虎のことを語る者はいないだろう。愚かな賭けは終わったのだ、と。

 だが女は言った。


 終わりはしないと王子に告げるがいい。

 虎は蘇る。

 今も、永遠にジャングルに虎はいる。

 大間団地の出身ではないのだと篤志は言っていた。

 だがそれがウソなのだと、果歩は悟った。篤志と小霧がつかみ合う現実の光景と交錯してフラッシュバックする10年前の大間の記憶が、そのことを物語っている。

『誰にも言っちゃダメだ。だってジャングルには……』
 いつもと違う匂いのした布団。

 泣いている果歩をずっと抱きしめていた腕の感触。

 断片的にしか思い出すことのできなかった記憶が、次々に蘇ってくる。

 篤志は確かに大間にいたのだ。

『ジャングルには虎がいるから』
 果歩にそう繰り返しつぶやき続けたのは、英司ではなく篤志だったのだから……。

 そして果歩の耳の奥に割れ鐘を叩くような大音響が響き渡った。それは幾度か聞いたぼんやりとした耳鳴りではなく、はっきりとその言葉を聞き取ることのできる呪詛の言葉だった。

 果歩の口が震えながら動き、耳の奥に聞いた呪詛の言葉を反復する。

果てなき憎悪をもって

我はこの身を炎の虎と変え、

汝が王国を焼き尽くそう。

やめろっ! 果歩!
 激しい怒号とともに英司が果歩の腕を掴んだ。

 果歩の身体を燃え上がる炎が包み、王牙が咆哮を上げたのは――その時だった

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