【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

1-10 犬の名前

エピソードの総文字数=2,149文字

 そもそも茂は、篤志にEIJIのブログを見せるために部屋へ来たはずだった。
 そして由宇もまた、ホームページにあったお伽話を果歩が知っているのだと話すために連れてきたはずなのだ。
 ……しかし、狭い床に円座した4人が額を突き合わせるようにして語り始めたのは、全然別の話だった。
やっぱり、ラッシーでしょ。
いや、一般的に犬らしい名前っていうなら、タロかポチだろう。
え、ええと……ハナちゃんとかミーちゃんとか?
待てよ。ミーちゃんはネコだろう。
 篤志が、果歩の名前を犬のようだと言ったことがキッカケだった。
そんな犬、見た事ないわ!
そう言い張る由宇に、篤志の方も譲らない。
ガキの頃にいたんだよ、そういう犬が!
 言われてみればさほど犬っぽい名前ではない――自分でもそう思わないではなかったが、今更あとに引ける篤志ではない。
 ジョンだ、リッチーだ、ジロウだと犬の名前は次から次へと出てきた。
 マリーにピッチにポンちゃん、ハチにクマにゴローにサム。
 列挙しているうちに次第に当初の目的は忘れ去られている。『ジャングルに虎がいる』というお伽話の話はもちろん、発端が果歩の名前だったことさえもはや遠い記憶である。
 美津子が食事だと呼びに来るまで……いや、食事の席でも、犬の名前は列挙されつづけた。
……で、果歩ちゃんも『ジャングルに虎がいる』ってお伽話を知ってる。そういうこと?
 ようやく本題に入ることができたのは食事のあと改めて四人が茂の部屋に集まったときだった。
 もはや8時に近かった。
 篤志はともかく果歩をいつまでも引きとめておくわけにも行かない。茂は手短に話を切り出した。
うん……でも……。
 果歩はもごもごと口を動かしながらうなずいた。
 口の中ではまだ夕飯のおかずが咀嚼されつづけているのだろう。由宇が引っ張ってこなければ、食事が終わるのにあと1時間かかったとしても不思議でない。
由宇ちゃんにも言ったけど……いつ聞いた話とか、誰に聞いたとか、そういうこと覚えてないよ?
EIJIもブログに似たようなこと書いていたな……。
 お伽話なんて、そんなものかもしれない。
 物心つくかつかないかの頃から何度も繰り返し聞かされて、いつのまにかすっかり覚えてしまう。そういうものだ。
果歩ちゃんは引っ越してきたばかりだって由宇から聞いたんだけど……もしかして静岡育ち?
しずおか?
 果歩はきょとん、とした顔で茂を見上げた。
……あれって、静岡のお伽話なの?
いや、そうじゃないけど。
果歩は神奈川から引っ越してきたのよ。ねー?
(こくん)
 『ジャングルに虎がいる』が、案外狭い地域で伝わっているお伽話なのではないか……という茂の推理は、出鼻からくじかれてしまった。
茂、とりあえずそのブログ見せろよ。
 それまでベッドに腰を下ろして、黙って成り行きを見守っていた篤志が、そう言って立ち上がった。
 このままトロくさい果歩から事情聴取を続けていても、どうにも埒があきそうにない。そう思っているのが見え見えの表情だ。
あ、ああ……。
 そう言って茂は腰を上げ、パソコンデスクの前に座った。
ブログ主には――EIJIくんっていうんだけど、昨日メールを出してあるんだ。連絡をとって一度会いたいと思ってさ。
 茂はパソコンを操作し、『お伽話考察』のブログ記事へジャンプした。
 篤志も果歩も、由宇までが椅子の背に齧りつくようにして画面に見入っていた。
 カーソルが『お伽話の詳細』というリンクをクリックし、さらに画面が変わった。

 その画面に連ねられた文字をのろのろと読み進むうち、果歩の身体ががくっと大きく震えた。
あ……。
 果歩の口から小さくうめく声がもれる。そして何度も身体を痙攣させながら床にうずくまってしまった。
果歩?
 最初に果歩の異変に気づいたのは由宇だった。
 そして由宇の声に振り返った茂と篤志は、視界に飛びこんできたその光景に目を見張った。

 苦しげにもがく果歩の身体を、一瞬のうちに燃え上がる炎が包んだ。そしてその炎は、茂があの夜目撃した炎の獣と同じように四足の動物を形作って行く。
火の虎……。
 3人とも炎にあぶられるほどの至近距離だった。
 思わず果歩を包む炎に手を伸ばそうとする由宇を茂が制止する。そして篤志が炎に飛び込んだのはその瞬間だった。
 篤志の手が、炎の中でうずくまる果歩の手を掴んだ。

 そして……。

 炎は何事もなかったように収束した。まるで果歩の身体に飲みこまれるように小さくなって消えたのだ。
 果歩はぐったりとして意識を失っていたが、どこにも燃え上がったことを示す痕は残っていなかった。わずかな火傷さえしていない。
 果歩だけではない。あれほど激しく炎が燃え上がったのに、室内のどこにも炎の痕跡は残されていなかった。ただかすかに焦げくさい臭いと、燃え上がる炎に確かにあぶられた熱の感触が残っているだけだった。
今の……何?
2017/10/31 18:22
 泣き出しそうな由宇の声に、茂は答える言葉を見つけ出せなかった。
フク、コイツが……中学生を焼いた謎の火の正体だ。
 気を失っている果歩を抱きかかえたまま、篤志はゆっくりと顔を上げ、茂を見つめた。
(篤志は何もかもを知ってる。……以前にもあの炎を見たことがあるんだ)
 茂はその思いを再び抱いた。
 それは確信と言いきれる強い手応えだった。

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