ペイガニズムの倫理と資本主義の精神 ――浪人ですが東インド会社に就職しました――

2-5. 前がだめなら後ろを開発すれば良いじゃない

エピソードの総文字数=6,348文字

 マスリパトナムが燃えていた。

『あーはっはっはっはっは! 燃えろ燃えろ! どんどん燃えろ!』

 より正確に言うならば、爆発していた。夜を照らすほどの火柱が、既にいくつも立ち昇っている。

「ねぇ貴女、こんなに派手に暴れて本当に大丈夫なんですの!? 徴税官(ハヴァールダール)に目を付けられるのではなくて!?」
『権力が怖くて魔女ができるか! いざとなれば東インド会社(リチャードソン)に責任を擦り付ければ良いんだよ!』
「ゲスですわ! クズですわ! ゴミですわダニですわ人でなしですわ恥知らずですわ!」
『ハッ、夜な夜な私室で喘いでる淫乱シスターに恥を説かれるとは世も末だな!』
「なっ……何故それを!? 違うのですわ、(わたくし)は自分自身に罰を与えているのですわ! こう! 野太い棒なんかでこう! お尻を! こう!」
『えっ……』
「えっ」
『お前、フラン……尻の開発してるのか……? それはちょっとマジで引く……』
「ち、違いますわ! (わたくし)は神の前で貞淑を誓った身、ならばこそ前の穴は清らかなままなのですわ!」
『前の穴とか言うなよ……痴女かよ……引くわー……』
「万年全裸マントのユビキタス痴女には言われたくありませんわ!?」

 フランが顔を真っ赤にして両手をブンブン振り回しながら駆けている。伊織介は全力で走っているにも関わらず、フランは喋りながらずっとこの調子でル=ウと言い争っている。体力が凄まじいのか、あるいはこれも何かの魔術なのか。

 伊織介は、フランと共に街中を駆けていた。走りながら、伊織介の口の中に仕込まれたル=ウの舌が喋る。伊織介の口でフランと猥雑な口喧嘩をひっきりなしに続けるものだから、ひどく居心地が悪い。
 おまけに、
『ところでフラン。汚い乳首がはみ出てるぞ、そんなものをイオリに見せるな」
「――ッ!! 失敬な! 見なさい、この通りの見事なピンク色ですわ! ああ、イオリノスケさんは見ないで下さいまし!」
 ル=ウと伊織介は視界を共有しているのだから、見るも見ないも無茶な話だ。フランの破けた衣服はどんどん崩れてきてしまい、見えてはいけないものがどんどんはみ出てきてしまう。こと、修道服には似合わない立派な双房は走りながら上下左右に豪快に暴れるので、いくら隠そうとしても無駄だった。
 恥じらいのある分だけ、多少はル=ウよりはマシかもしれないが。

『そんな贅肉でうちの子(イオリ)を誘惑するのは止めて欲しいものだな』
「裸マントでほとんど尻が丸出しの貴女はどうなのですか!」
『ああ? 魔女と言えば黒衣のマントに決まっているだろうが!』

(そういう問題ではないと思う)
 などとは思っても言葉には出さない。というより、フラン達の軽口に付き合う余裕など無い。内臓鬼(ペナンガラン)跳躍して(・・・・)追ってくるからだ。
「こぉぉぉぉァァァァァーーーーー!!」
 背後から咆哮。背中に風圧。充分な距離が開いているような気もするし、紙一重の近さのような気もする。後ろを振り返る余裕なんて無い。

『そら! そこだ!』
 瞬間、爆炎が上がる。内臓鬼(ペナンガラン)が苦悶の叫びを上げる。

『まずは体積を減らす! 次、そこの小道を直進だ!』
 作戦は至って単純。ル=ウが仕掛けた爆薬に向かって内臓鬼(ペナンガラン)を誘導するだけだった。あの化物は首を落としても死なず力も強いが、頭は悪い。ル=ウの匂いを漂わせる伊織介を、一直線に追ってくる。それだけに罠に嵌めるのは難しくない。

 ただし、囮役の安全が確保されているかといえば、それは別な話。

「ば、爆発が近すぎる……!」
「あーーーっ! 背中が燃えていますわイオリノスケさん! 消火消火!」
 フランがべちんべちんと伊織介の背中を叩いて火を消した。事実上、内臓鬼(ペナンガラン)と爆発の両方に追われる形になってしまった伊織介は、生きた心地がしなかった。

『ほら何してる! ヤツは待ってくれないぞ、走れ!』
(奴隷やめたい。逃げ出したい)

 悲しいかな、少なくとも男性器を握られている限り、伊織介は魔女の下僕であり続ける他になかった。


     * * *


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 次なる発破地点に到達した伊織介は、肩で息をして呼吸を整える。幸い、内臓鬼(ペナンガラン)はだいぶ弱っているようで、明らかに追跡の速度が遅くなっている。次の爆破までには僅かばかりの余裕があった。

「相変わらず、趣味の悪い魔法ですこと」
 伊織介と違って息一つ切らしていないフランの前にはあるのは、植物の枝葉をかけて偽装された爆薬箱の山。ル=ウは東インド会社(リチャードソン)から借り受けた兵士たちを使って、街の各所に爆薬を仕掛けていたのだった。
 そしてその起爆の要となるのが――爆薬箱にちょこんと乗った、〝手首〟。
 火種となる小さなランプを掲げた手首から先だけが、ひとりで(・・・・)に動いている。

『こーいうのが、わたしの魔法なんだよ。べんりだろ?』

 ル=ウは伊織介の舌で喋って、同時に〝手首〟がくねくねと気味悪く動いてみせた。

 ル=ウの魔法――それは〝身体部位の増殖と遠隔操作〟。爆破用に手首を生み出し操るのも、文字通りお手のもの、という訳だ。伊織介の口内に舌を生やして喋るのも、この能力の応用だった。

「直接相手に対峙する気概の無い、貴女(ラサリナ)らしい卑屈でさもしい魔法ですわ」
脳筋(おまえ)と違って、わたしは頭脳派なんだよ!』

 相変わらずやかましいフラン達を尻目に、伊織介はふと、空を見た。
「……あれ? 月が――」
 視界の端に映った微かな違和感。そう……煌々と輝いていた頭上の満月が、今はない(・・・・)

『……イオリ避けろ!』
 ル=ウがフランを無視して鋭く叫んだ。

 真上から降ってきたのは――焦げた臭いをまとった、内臓の塊。

「ぐええーー!」
 逃げ遅れたフランが、降り立った内臓鬼(ペナンガラン)の下敷きになる――いや違う。フランは十字架を構えて、頭上で内臓鬼を受け止めていた。
「……ったく、今度は何ですの!?」
 フランが十字架を振るうと、今度は内臓鬼(ペナンガラン)はふわりと空中に浮き上がる。
「こわぅるるるるるるるるル……」
 そいつは空に巨体を浮かべて、真っ赤な瞳で伊織介を見下ろしていた。

『――ああ、なるほどな。質量を減ら(ダイエット)した分だけ、本来の馬來鬼(ペナンガラン)としての性質を取り戻した訳か』

 空中に浮遊する内臓鬼(ペナンガラン)は、度重なるル=ウの爆破によって、身体にぶら下げた内臓の過半数を喪失していた。元々はまるまると太ったシルエットだったが、今や横幅が半分ほど。それでも大樹のような太さは維持しているため、その巨体が宙に浮かんでいる様は異様であることに変わりがない。触手の数も減じているとはいえ、未だ3本は残されている。
 ――あの巨体で空中から襲われたら? 流石に伊織介は、空を飛ぶ相手との戦い方は知らない。

「ねぇお嬢様(ラサリナ)。貴女の策、もしかして余計なことをしてしまったのではなくて?」
 フランも同様に、空を睨んで歯噛みしている。
『――いや、これで良い』
 だが、ル=ウの声は冷静だった。
『フラン。お前の十字架は、〝頭が弱点〟と言ったんだな? 確かなんだな?』
「ええ、もちろんでしてよ! あ、いえ……もしかしたら、(わたくし)の解釈が間違ったのかもしれませんが……」
 フランは先程の失態を思い出し、言葉尻が弱くなる。〝シェオルの十字〟の託宣(オラクル)は、あくまでも抽象的な概念である「因果の糸」を伝えるだけだ。その「因果の糸」を翻訳し、人間の言語に鋳潰す(・・・)のが解呪師(カニングフォーク)である。それ故に、フランの未来視は常に〝翻訳失敗〟の危険性を孕んでいる。
『いいや。お前はバカでアホで尻穴の広がったどうしようもない雌豚だが――』
「ちょっと!」
『お前の魔法だけは、信じられる』
「……!」
『ヤツの弱点は〝頭〟だ。作戦に変更はない。ヤツの真名(しょうたい)馬來鬼(ペナンガラン)である限り、わたしの策に誤りは無い』
 フランが無言で十字架を握る手に力を込めた。
(……へえ。我が主人ながら)
 伊織介は、戸惑いを振り払ったフランを見て、思う。
(存外、器のある人なのかもしれない)
 ――僅かに。ほんのちょっぴりだけ。伊織介は、己を奴隷とする主人の将器(・・)に、燃え(・・)た。

『だいぶ外側は削ぎ落とした。フラン、ヤツを宙に逃がすな、地に釘付けにしろ。イオリは――』

「……ええ、言われずとも。先陣、突貫、一番槍。真っ直ぐ突っ込むだけが、日本人の能なのでしょう?」
 皮肉だった。西欧人は確かに、日本人をよく戦いよく死ぬ戦争狂だと信じている節がある。だが伊織介はそんな偏見(ステレオタイプ)に、敢えて乗ってみせる。
『言ってくれるな。なら、見せてみろ』
「承知!」

 フランと伊織介は、同時に駆け出した。


     * * *


「へるけとままもりまきむまきむももめとらるぱらううまはらううまらはももるじくつるもこわりこわりつるも」
 空中から、嘲笑うように内臓鬼(ペナンガラン)が呪詛を放つ。言葉の意味などないかもしれないが、甲高い不快な声と相まって、夜に聞きたくはない声音を為している。
「こんの……ッ! 唱えるのなら、」
 先に飛んだのはフランだった。巨大な十字架を携えているとは思えない身軽さで、壁を蹴り屋根を蹴り、あっという間に内臓鬼(ペナンガラン)の居る高度に到達、そして、
「聖なる祈りに! しなさいな!」
 一喝、両手で十字を叩き込む。3本の触手はフランを捕らえようと蠢いていたが、先の視えている彼女の一撃の方が遥かに疾い。

「……ごっ、ごぁぁアアアアアアアアッ!」
 胴体部に強烈な打撃を食らった内臓鬼(ペナンガラン)は、逃げるように落下を開始する。
「逃がしませんわ!」
 怯んだ隙をみすみす見過ごすフランではない。落下する内臓鬼(ペナンガラン)に跨るようにして、猛烈な乱打を開始する。
「『神よ』!『みずからを天よりも高くし』!」
 当然、内臓鬼(ペナンガラン)も無抵抗ではない。三本の触手を使って三方からフランを抑え込もうとするが、その全てが十字架の打撃で打ち返される。
「『みさかえを』!」
 フランの打撃はリズム良く、内臓鬼の触手と胴とを捉えていた。触手、触手、触手、胴。触手、触手、触手、胴。触手触手触手胴触手触手触手胴触手触手触手胴――!
「『全地の上にあげてください』!」
 聖句を唱えながら、力いっぱい一撃を振り抜く。防御を捨てたその一撃は、ついに内臓鬼(ペナンガラン)を地に叩き伏せた。
「ぐっ……!」
 しかし同時に、未だ暴れる触手もフランを捉える。人間の腰の太さほどもある触手がしなって、ただの一撃でフランの意識を刈り取った。

 受け身も取れず、頭から地面に落下するフラン。
 しかし彼女に見向きもせず、既に伊織介は地に落ちた敵に襲いかかっていた。
「フランさん……! お見事です!」
 地面に叩きつけられた内臓鬼(ペナンガラン)が身悶えしている――触手もてんでばらばらな方向に暴れている、その内に。
 ル=ウの幻術による矢印(ガイド)が視界に浮かぶ。それは手近な触手の一本に向けられていた。
「まず一つ!」
 今度は抜き打ちのような上品なものではない。伊織介は逆手で小太刀を構えていた。単に突き刺すだけならば、単に力押しで貫くだけならば、逆手は合理的な扱い方だ。
 伊織介は迷いなく、太く撚られたその触手に刃を突きこんだ。ぶちぶちと触手を構成する腸が弾けて、どす黒い血が噴出する。
「……くぁぁぁぁっ!」
 柄まで通った刃に両手を添えて、力いっぱい断ち通す。決して綺麗な切り口ではない、力任せなやり方ではあったが、鋭さよりも丈夫さ、粘り強さに力点の置かれた愛刀――備前長船(びぜんおさふね)小反物(こぞりもの)は、化物の肉体にも負けなかった。

「……わルァァァァァ!!」

 触手の内の一本、身体の左側から伸びていたものが、根本から千切れて飛んだ。内臓鬼(ペナンガラン)が絶叫する。斬られた触手は、血を撒き散らしながら、未だにびくびくと暴れていた。
 3本あった触手が、今は2本になった。しかも、その2本は右側から生えている。体勢を崩した内臓鬼(ペナンガラン)、その左側は、今や――

『無防備だな。やれ、イオリ』

「やぁぁぁぁぁっ!!」
 小太刀を順手に構え直し、真っ直ぐ突き込む。化物は絶叫。悲鳴を無視してそのまま刃を掻き回し、無数に絡み合う内臓を乱雑に斬り捨てていく。斬る、斬る、斬る、斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。
 伊織介はこれでも武家の出だ。当然、生まれてからずっと人の斬り方ばかり学んできた。いや、学ばされてきた。凡百の兵士に負けないのは、訓練した年数だ。才能がなくとも、経験がなくとも、土壇場で人を斬れる程度には、無限とも思える回数の形稽古を繰り返してきた。だから他人(ひと)より()が斬れる。他人(ひと)に先んじて()が斬れる。それが出来るのは、偏に武家の出という、恵まれた環境があったからに過ぎない。
(けど、今僕は)
 気が昂る。血が沸き立つ。血に奮える。
(僕は今、()を斬っている)
 鬼の斬り方なんて、訓練していない。
 内臓の斬り方なんて、家では教えてもらっていない。
 だから伊織介は、めちゃくちゃに刃を振るった。出鱈目に刃を振るった。無我夢中で刃を振るった。返り血が髪から顔から服まで染めて、それでも尚、伊織介は斬った。斬って斬って斬りまくった。

「ごぉぉぉアァァァァァ……!」

 内臓鬼(ペナンガラン)が力なく吠える。弱っている。

『……そうだ、馬來鬼(ペナンガラン)ならば、〝頭〟を潰せば終わりだ。このおぞましい化物の力が、伝承に拠って立つものならば、その急所も伝承からは決して逃れられない。その法則(ルール)は化物も魔女も同じだ。強い伝承(ちから)ほど、制約(ルール)に大きく縛られる』

 確かに、伊織介は一度、内臓鬼(ペナンガラン)の頭を落とした。その時は再び頭が生えてきた。次に、フランも内臓鬼(ペナンガラン)の頭を潰した。その時も再び頭が生まれ(・・・)てきた。おそらく何度やっても結果は同じだろう。しかし――

馬來鬼(ペナンガラン)は、女の霊鬼だ。子供を死産した女の霊……ならば、その力の源は』

 伊織介は斬った。斬って斬って、内臓を掘り進んだ(・・・・・)
 ――そして見つけた。この化物には心臓が無数にある。肺も無数にある、胃も腸も無数にある、内臓だらけの化物……しかし、たったひとつしか無い臓器が、その分厚い内臓の壁の下に隠されていた。

 ――子宮。子を宿す、身体にたった一つの聖なる座。

『哀れなものだ』

 ル=ウがぽつりと漏らす。

『だが、哀れな死者を供養するのも、魔女の役目だ。――斬れ! イオリ!』

 一閃。
 伊織介の太刀筋が、内臓鬼の子宮を縦に割く。

「――ごぁぁぁぁぁぁ!!」

 子宮の中に入っていた、化物の核――本当の頭(・・・・)が、文字通り顔を出した。
 それはやはり、血走った目をした、哀れに吠える、女の首であった。

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